#06少女騎士特訓
カイトはこの日、HVの整備をしていた。
デバイスを操作。
遠隔でメンテナンスハッチを展開する。
各部を点検・最近は襲撃もないため比較的修理箇所も少ない。
全体的な洗車をし、機体を磨けば終了だ。
大半の工程は、ドック内にあるメンテナンスマシンで行えるが、機体細部の掃除やコックピット内のメンテナンスは人力で行う必要があった。
単純作業は無心になって行える。
彼にとって一番安らぎを得られる時間だった。
それは、彼が元々メカニックとして働いていたことに由来する。
シートを拭いていると、当時の事が思い出された。
上司のアイザック、同僚のシモン、後輩のジェーン。
誰ともそこまで親しかったわけではないが、それでも仕事仲間として信頼していた。
そんな彼らも今は冷たい棺の中。
その事実は、彼に再び孤独を思い出させた。
「残されたのは、お前だけだ…」
カイトは、ハンドルを撫でた。
普段は思いやりを持つ人間を演じる彼も、コックピットの中では素直になれた。無機質な質感に、何故かぬくもりさえ感じた。
「カイトさーん!」
誰かが彼を呼んでいる。
画面越しに見ると、シエラが探しているようだ。
コックピットハッチを開け、顔を出す。
「呼んだかな?」
「呼んだかな?じゃないですよ!今日こそ特訓を開始しますよ!」
「仕方ないじゃないか…水作ったり電気通したりで時間が無かったんだ…」
「でもそれも終えたんですよね?じゃあ降りてきて、私を指導してください!」
しぶしぶコックピットから降りたカイトは、不安を感じていた。
彼は、一度指導に失敗していたからだ。
それは件の後輩、ジェーンとの関係だった。
仕事に関するスタンスの相違…それが原因で、彼女とは何処か距離を置かれていた。
シエラは、カイトが以前手渡したタブレット端末を見せた。
知識の習得はタブレット端末を渡し、シエラの自習という形で行われていた。
画面に表示された点数は満点。
「知識は満点になりました!ですから次は、実技ですよね?」
実技はカイトが遊んでいたVRゲーム"Space Exploration Simulator"通称SESが使われた。
これはHVを操縦し、資源採掘や建設をして自分の惑星を発展させるオープンワールド型VRゲームだ。"ゲームの中で、コーカーヴの街を再現する"それが、シエラに課された課題だった。
「戦闘訓練じゃないんですか!?」
「ああ…教えられないからな…。何より、君のほうが戦闘の知識は上だろう?」
「でも…敵を撃退して…」
カイトは肩をすくめた。
「あれは我流だよ。デクストロスが頑丈だったから無茶ができただけさ。」
シエラはしぶしぶゲームを開始した。
シミュレーターの中では、大抵の作業をHVを介して行うようになっていた。
「あのすぐに家を建てる魔法の機械はないんですか!?」
「あれを使ったのは迅速に建物を再建するためだ。本来は正規の手段に従って、鉄骨造の家を建てたかった。でもそんな”拘り”で、テントを張って暮らす生活を長引かせるわけにはいかなかった。だから、レギオンの装甲に使われた素材の剛性に目をつけた。前例のない試みだから、何度も配合をシミュレートしてやっとできたんだ。尤も計算したのはデバイスのcpuなんだけども。」
彼女には、専門用語はわからなかった。
けれど、その意図は確かに伝わった。
“彼は独りよがりな職人ではなく、誰かの為に技術を開放している”そう彼女は思った。
その日から、彼女はシミュレーションを続けた。
操縦については、学習能力が高かったシエラは直ぐに覚えた。建築に関しての知識はからっきしだった彼女にとって、街の再現は賽の河原のようだった。それでも根気強く丁寧に、一つづつ作業を続けた。
そして街の広場の時計台に最後のパーツ、シンボルとなる脱進機を設置すれば完成というところまで来た。幾つもの歯車で構成されたそれは、人間の手を再現したマニピュレータで繊細に組み立てる必要がある。深呼吸して神経を集中させ、歯車一つ一つを嵌めてゆく。この時彼女は集中のあまり、辺りが暗くなったことに気づかないほどだった。実に一晩の間作業を行い朝になった時、脱進機は完成した。時計がかちりと動き、朝を告げるボーンという音が鳴った。それは、街の完成を告げる音でもあった。
カイトは、この時の為に小型ドローンで街全体をスキャンしていた。
ソフィアがゲーム内の街と、スキャンデータを比較する。
『一致率95%』
「おめでとう…合格だ!」
シエラが乗ったHVがピースサインをする。
「操縦のほうだってほら…指先まで思いのままに操れますよ!」
「これなら現実でもできそうだな」
カイトは、ドックでデクストロスの隣でカバーをかぶっている機体の前に、シエラを連れてきた。
彼がカバーを外すと、デクストロスよりも一回り小さいHVが姿を現した。
「これは…」
「デクストロスを量産する為に再設計した機体だ。なにせ、あれはHVの中でも旧式の機体なんだ。だから内部構造のレイアウトを切り詰めて軽量小型にしたり、最新鋭のモーターによるホバー走行を…」
目を輝かせながら早口でまくし立てるカイト。
唖然とするシエラだったが、彼女は思い出した。以前難しい言葉を並べ、建物について語ったとき彼には他者に対する思いがあった。説明は下手なカイトだが、自分を思って何やら頑張ってくれたのだ。その事は、確実に彼女に伝わっていた。
「まぁ、とにかく君の新車だ。言わば合格祝いといったところかな…」
「ほんとですか!」
「そうだ。今日からこれは君のだ。その名をDX-Mという。」
「あんまり可愛くないですね…」
しばらく機体を見回していた彼女だったが、何か思いついたようで、カイトに問う。
「カイトさん、機体の肩に、この紋章を付けてほしいんです」
シエラは、自分のベルトに揺れる古びた向日葵の刺繍の紋章を指差した。
「これは?」
「私がいつも大切にしている御守です。向日葵は、私の家系に伝わる紋章なんです。『常に光の方を向き、決して折れない』その精神をこの機体にも刻みたいんです。」
カイトは腕を組んだ。
「やっぱりパーソナルマークがあったほうが愛着が湧くよな…俺も、ゲームの中ではパーソナルマークを付けてたし…ソフィア、御守をスキャンしてくれ。」
『承知しました』
小型ドローンが飛んできて、お守りをスキャンする。
カイトがデバイスを操作すると壁際にあった機械が動き出し、ステッカーが完成した。
仕上げにシエラ自身が脚立に乗り、慎重にステッカーを貼り付けた。
「今日からあなたの名前は"サニー"。私の相棒です!」
ソフィアが告げる。
『ペットネーム登録並びにドライバー登録完了。シエラさん、貴方は正式にドライバーとして認められました。』
新人類初のHVドライバーが誕生した瞬間だった。




