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(5)キャンプ場2

 会話がひと段落したとき、男性がふと思い出したように言った。


「そういえば……前に不思議な話を聞いたことがあって」


 焚き火が弾ける。


「この先、もっと奥に入っていくと袴狭の第二集落みたいなのがあるって」


「え? 第二集落?」


 忠史が顔を上げる。


「地元では“奥村の人”って言ってるみたいだけどね」


 奥村。その響きはどこか閉じている。


「気になってね。何年か前だけど、まだ今より元気なころに二人で行ってみたんだよ」


 女性が苦笑する。


「けっこう歩いたのよねえ」


「でもね」


 男性は火を見つめたまま続ける。


「道は途中で無くなってた」


「無くなる?」


「そう。山道が細くなって獣道みたいになって……やがて完全に消えた」


 滝の音が遠くで一定に響いている。


「この奥に村があるなんて到底思えなかったよ。だって道がないし……」


 男性は周囲をゆっくり見渡す。


「そもそもこのキャンプ場だって徒歩だとしんどいでしょ? それをさらに奥って」


 たしかに。ここまで来るだけでもそれなりの距離だった。ここよりもっと先に生活物資を運ぶなんて大変だ。


「冷静に考えたらありえないな、と。単なる噂だなーなんて」


 女性が肩をすくめる。


「でも地元のお年寄りはね、昔は人が住んでたって言うのよ」


「いまは?」


「さあねえ」


 男性が小さく笑う。


「大学生で時間もあるなら、遺跡もいいけどそういう探検みたいなのも面白いと思うよ」


 その言葉は軽い冗談のようでいてどこか本気だった。


 奥。地図には載っていない集落。忠史の胸の奥がわずかに熱を持つ。

 旧石器もいい。だけど、そっちの方が生々しい。


「でも、行くにしても無理はしないでね。山は急に雰囲気が変わるから」


 忠史は頷いた。だが胸の内側では別の声がしている。

 理屈で考えればただの噂だ。そもそも山奥に村があるなら生活の痕跡があるはずだ。電線、水道、舗装路。少なくとも継続して人が住める環境でなければならない。このキャンプ場に来るだけでも大変なのにさらに奥など現実的ではない。


 だからこそ。

 面白い。


「明日、遺跡に行く前にちょっと滝の向こうを見てみようかな」


 気づけば口に出していた。

 夫婦は一瞬だけ顔を見合わせる。


「好奇心旺盛だねえ」


 男性は笑う。


「くれぐれも無理はしないこと。道が無くなったら引き返す。それだけ守れば大丈夫だ」


「熊鈴、持ってる?」


「あ、はい」


 去年のキャンプブームで買ったものがある。


「なら安心ね」


 女性は穏やかに微笑む。

 焚き火を囲む空気はあくまで和やかだ。だが忠史の中では明日の予定が静かに組み替えられていた。


 当初は――


 朝、遺跡。

 昼、撤収。


 そのはずだった。だが今は違う。


 朝、滝の奥。

 そのあと遺跡。


 あるいは状況次第でもっと変わるかもしれない。だが少なくとも“奥”を見ずに帰ることはない。

 焚き火が小さくなっていく。


 滝の音が夜に溶ける。

 青いテントは相変わらず静まり返っている。

 空には雲が流れ星がにじむ。


「じゃあ、そろそろ」


 片付けを終え、忠史は「おやすみなさい」と会釈し自分のテントへ戻る。

 ジッパーを閉め寝袋に潜り込む。


 明日滝を越える。その先へ。

 理由はない。

 ただ気になる。


 それだけで十分だった。


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