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第4夜 その名は、ライラ



 顔を向けると、端切れに包まれた少女がその場に立っていた。


「おやおや。お目覚めですか、姫様」


 アミルは意地悪く笑う。

 汚い端切れを体全体に包み、顔まで隠していた為、目しか見えていなかったが。長い睫毛に縁どられた、意志の強そうな黄金色の眼がこちらをしっかりと見据えていた。

 シトリンのように、輝く宝石のような目の色だった。

 宝石商が目にすれば、飛びついて離さないだろうと思うほど、人の目にしてはやけに綺麗な目の色だった。


「私の名前はライラ。貴方の探す賞金首ではありません」

「ライラぁ? ふーん、可笑しいな、聞いたことねえ名だな。俺ぁはここら一帯を管理する土地主だから住んでる奴の名前は全員覚えている。特にあんたみたいに綺麗な目ぇした女なら、忘れやしねえんだろうがな。あんたは見たことがないぞ?」

「私は東の地区の人間です。このファギィールに来たのは昨日が初めてです」

「ほーう、それは奇妙なこった」


 アミルは完全に少女を疑っていた。

 ライラと名乗った少女は、頭四つほど上の位置にある髭面の男の顔にも決して怯まずに、その髭面の顔を鋭い目つきで見上げている。


「笛吹で商売を立てる旅の大道芸人だったのですが、山賊に襲われ荷物は無くなってしまいました。嵐の中宛もなく彷徨っていた所を、彼に助けていただいたのです」

「大道芸人だあ? そんなんがここに何の用だよ」

「隣町のマシュグールに行く予定だったのです」


 ライラはチノパンのポケットから「辛うじてこれだけは守ることが出来たのですが」と言い、葦で出来た質素な飾りつけの縦笛を取り出した。笛吹の大道芸人などあまり見たことはないが、まあ、酒場などに行けば持て囃されるのかもしれない。ウリは酒場になど、勿論行ったことが無いので門外漢だ。

 その縦笛を見ても、未だ怪しむ素振りを隠そうともしないアミルを見て、ライラは小さく息を吐き、縦笛が入っていたのとは逆のポケットから小さな小包を取り出しアミルの前の床に置いた。

 床に落とされたそれは麻で包まれた何かで、床に落ちるとじゃらじゃらと、中で何かが擦れる音がした。

 その小包を見て、アミルは目の色を変える。

 

「それを貴方にあげますのでここはお引き取りください。そもそも、サンドリアの第三王女は顔を出していないのにどうやって探すおつもりだったのですか」


 床に落とされたそれは金貨の入った小包だった。

 アミルは麻の小包をひったくり、中の金貨を数え始める。


 大体、こういう場というのは金が出ることで収まる。

 だが、それは、日々の暮らしをまともに過ごせる側の人間が思い付く、安易な考えとも言える。

 明日食べるものも容易に用意が出来ない最下層の人間たちからすれば、このように簡単に金で物事を解決しようと図ってくる人間というのは、強請りやすいのだ。なぜならば、それでしか解決法を持っていなく、それで丸く収まると考えているから。こんなのでお金を貰えるのならば、もっと強請れば更なる大金が手に入る。

 アミルの目の光を見て、ウリは彼が脳内でそう考え始めたことが手に取るように判った。いや、アミルが、ではない、俺がその立場でも、そうする。


「…だが、あんたが姫様じゃないって証拠もねえだろ、顔が割れてないなら誰だってその可能性はある」


 思った通りだ。

 土地主と言えど、スラム街の土地主など正直高が知れている。


(…さあ、どうするんだ)


 この状況を静観しつつ、静かにウリは緑の瞳を汚い布に包まれた少女へと向けていた。

 彼女が、何の意志を持って急に出てきたのか。そのまま寝たふりをしていれば、身は助かったかもしれないのに。それか、何かの切り札を持っているのか。


「……しつこいですね」


 折れようとしないアミルに、ライラはため息をついてそう呟いた。

 そうして、再びポケットの中をごそごそと探り出す。


――またお金か。


 アミルの期待の顔がその様子を見守るが、次にライラのポケットから出てきたのは写真の束だった。

 数十枚に及ぶ写真が、床の上に無造作に散らばる。

 それを目にしたアミルの顔が、見る見るうちに青ざめていった。


「――なっ、ど、どこで!こ、これはっ……!」


 先程までの殊勝な態度はどこへやら、面白いくらいに狼狽え、慌てふためいて床の上に散らばる写真を隠すようにかき集める大男を、シトリンの瞳は冷ややかに見下ろす。

 隙間からしか見えなかったが、それは全てアミルの写った写真のようだった。誰かと歓談している様子のアミル、綺麗な女性に近づき鼻の下を伸ばすアミル、ウリも目にしたことがある暗殺者(同業者)と写っているアミルなど、様々なアミルの写真がそこにはあった。暗殺者と写る写真には、よく見れば死体も一緒に写っている。


「アミル=ドゥライミー。ファギィールのスラム街及びその周辺地域を管理するドゥライミー一家の長であり、この地域一帯の土地主。スラム自体の治安を維持する名目で曽祖父の代からサンドリア王家よりその任を授かっている筈ですが、数年前に貴方が家長になってからというもの、貴方は暗殺依頼者と接し、違法暗殺業の受領をするようになる、正式な依頼を経ていない暗殺は違法であり、場合によっては極刑もあり得ますが」

「そっ、それは……」

「さらに貴方は隣町マシュグールの有力貴族であるサーニー家の一人娘であるスィーリーンを嫁に貰っていた筈ですが。 ……これらの女性は、一体どなたなんでしょうかね」

「し、仕事相手だ!それ以上ではない!」

「ほう?以上とは? なぜそこまで狼狽えるのですか?」

「く、くそっ……」


 この国において、不貞行為とは神に背く行いであり、何にも重い罪だ。

 彼がその写真に写る女性とどのような関係を持っているのかなどは知らないが、どうやらアミルは身分不相応な相手を嫁に貰っているらしい。この床に散らばる写真が流出すると彼の身が明日どうなるかなど、想像に難くないだろう。

 

「私は大道芸人として各地を渡りながら情報を集める情報屋でもあります。これ以外にもたくさんの証拠を持っていますが、如何いたしましょうか」

「っ~――……。 …………クソッタレ!行くぞ!!」

「うわあっ!お、親方!?」

「な、俺はなんで今まで…」

「うわあ、誰だ!!」


 アミルはこちらに悪態を付きながら、伸びている大男三人を叩き起こし、そのまま掘立小屋を出て行った。

 何度もこちらを気にする素振りを見せながら、四人は外に転がり出て行った。


 気が動転しているあまり、小包を手にして出ていくこともせず、金貨が外に散らばった麻の小包がその場にぽつねんと落とされていた。



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