第1夜 不夜城の物語
――昔々、とある国にそれはもう見事な美しさを持つ、絶世の美女と呼ばれる娘がいたそうな。
その娘は、その国の王様に仕える大臣の愛娘だった。
数々の男たちから求婚を受け続ける娘だったが、娘は魅力的な殿方よりも、本を読むことに夢中であり、求婚をしてくる男たちを片端から追い返していた。
娘には、生まれてからずっと、不思議な力があった。
それは、万人の病気や傷病も、たち時に治せるという、まさに神の御業であった。
その御業にお気を召した国王が、とうとうその娘を欲しいと強請った。
例え国王であったとしても、大事な愛娘を嫁にやれないと、大臣は毎晩悩み続けた。
其れもその筈である。
その国王はあまりにも傍若無人な人物であると恐れられており、その邪知被虐さに臣下は毎日慄いていた。
日中、気に召さないことがあればその者の首を夜中のうちに刎ねてしまう国王の、望みを断れば自らの命も危うい。
けれども、娘をそんな悪魔のような男の嫁には送りたくなかった。
しかし、娘はそんな父親の悩みを振り払うようにして、自ら望んで国王に嫁ぐといった。
あれほど色恋沙汰に興味が無く、毎日本の虫をしていた娘が一体どうしたのだろうと不思議に思う大臣に、娘は言った。
――あの男の傍若無人さにはもう辟易しております。私が、かの王の蛮行を止めて参ります。
そうとだけ言って、静止の声も聞かずに娘は宮殿へと行った。
陛下の御前に現れた娘を見て、国王は下卑た笑みを浮かべる。
今すぐにでも、この世に一人しかいないと言われる、真珠のような髪にガーネットの瞳を持つ絶世の美女を自らの手の内に仕舞い込もうとする国王に、娘は毅然とした態度で言った。
――私は今夜、貴方の妻になります。ですが、一つだけお願いがあります。これから毎晩、私のお話に耳を傾けて頂いても宜しいでしょうか。
娘はそれから、たくさんの本を読んで得た様々なおとぎ話を、毎晩国王に聞かせるようになった。
千一夜にも及ぶ毎晩を、娘は違うお話を国王にお話しした。
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砂漠へと続く大陸と大陸の受け皿。
大きな大陸からはみ出た、そこそこ大きな半島があった。
そこそこ大きな半島は、名をパルティア半島と言った。
パルティア半島は、五百年ほど前までは一つの大きな国だった。
それから諍いが起き、暫く経って大陸にあった国は三つに分かれた。
大陸に近く、大陸側との混血が多い人種の住むサンドリア王国。パルティア半島でも二番目の広さを誇るその国は、サンドリア王家が長年、国を治めていた。
そのサンドリア王国の、王都から外れたスラム街近くの森の中。
ウリは、暇を持て余していた。
汚い池に放り込んだ簡易的な釣り竿は、朝からずっと様子を見ているがぴくりとも動かない。
そろそろ太陽も自身の真上に到達しそうな勢いである。
一週間前に食料が枯渇し、草しか食べていない。そろそろ栄養価の高い食事を食べたいと思っていたのに、肉も手に入らなければ魚も手に入らない。
自分はそこそこ頑丈な身体のつくりをしているけれど、このままいけばそのうち餓死してしまうだろう。
餓死をする前に、一回くらいは目ん玉が飛び出そうな大きさの肉にかぶりついてみたいものだったが、それは夢で終わりそうだ。
そもそもが、身寄りのない孤児で、スラム育ちの自分にはとんと縁のない話なのだが。
「…………あー、腹減ったあ……」
何日も洗っていなくてふけの溜まったぼさぼさの黒髪に、浅黒い肌をした青年は、緑の瞳を細めて空を見上げた。
毛髪や身体は太陽の光に強いのに、どうしてかこの瞳だけは直射日光に弱かった。
ぽちゃん……
阿呆の顔をして太陽を見ないようにしながら空を見上げていれば、不意に即席の釣り竿が音を立てる。
「…お、まじか」
ここ数時間、もはや数日間は一切ヒットしなかったのに、ここに来て初の動きを見せる。
思わずがばりと身を起こして、糸が垂れている池の真ん中に目を向ければ、ぷくぷくと小さい泡が水中から浮き上がっているのが見えた。
「………んん?」
どうにも魚のようには見えない。けれど、釣り竿はその泡の方へ引かれていた。
いや、もしかしたら何か大物が引っ掛かったのかもしれない。
昨日は随分な嵐で、この池の近くのスラムで毎日野晒しの中睡眠を取っていたのだが、流石にこれはまずいと思い、この池の近くに立っている誰も使っていない掘立小屋に夜中いそいそとやってきたのだが、あの嵐で近くの川から大物がこの池に迷い込んできていたとしてもおかしくはない。
迷い込んでいたとしても既に死んでいるかもしれないが。
そもそも、こんなに汚い池でとれた魚は食べたら身体を壊しそうではあるが。
しかしそんなこと考えていれば毎日生きていくことはできないのだ。
泥水だって、虫だって、毒のあるキノコだって食してきた。
少し寄生虫がいる魚だって、体の中で分解すれば食べられるだろう。
「……よし、待ってろよ、大物!」
その場に立ち上がり、竿を両手で持った。
勿論リールなどはないのだから、何かが掛かった場合は思いっきり引き上げるしかない。
ぐいっと引っ張れば、先についているソレは案外重いようで、結構踏ん張らなければ引き上げられそうにない。
重さ的に言えば、巨大魚が釣れていてもいいくらいだ。
もしや、ここにきて人生初の豪華巨大魚をまるごとぱくりと出来る機会に見舞われたというのか。
人生、何が起きるか分からないものである。
ウリは、両足をしっかりと地につけて、腰に力を入れ、両腕をこれでもかというぐらい張り、今まで出した力の中で一番と言えるくらいの力と大声を上げて、釣り竿を一心に引き上げた。
「うおりゃああああああ!!!!」
もうお腹は既にぐるぐると音を出しており、この糸の先に付いているであろう獲物を口にしたくてうずうずとしていた。知らぬ間に口の中に唾液が溢れてきている。
――これは、御馳走だぞ。
かなりの手応えを感じつつ、青年は泥臭い水中から獲物を釣り上げた。
大きな水飛沫を上げて、それは水中から現れた。
「………ん?…え…………はあ?!」
水中から引き上げられたのは、大きな魚でも、水に落ちてしまった動物でもなかった。
正確に言えば、水に落ちてしまった動物というのも強ち間違えではないのかもしれないが。
それは、青年と同い年くらいに見える、女の子だった。




