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人でなしの恋と幸~災厄聖女は異質を愛す~  作者: 加賀瀬 日向
第2章 愛と狂気は紙一重
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17.気を付けて

 

「サンドラ! 出かけるのか?」

「えぇ、ちょっとそこまで」


 プラチナブロンドの髪を翻し、サンドラと呼ばれた女性は言った。

 ドリーさんほどではないが彼女もほっそりしている。どちらかといえば華奢だ。声をかけられたことでかぐやさんに気付いたらしく、彼女は足を止める。


「来てたのね、かぐ。今日は誰目当て?」

「最近ちまたで有名な殺人犯。物騒なんだから遊び歩くのもほどほどにしとけよ?」

「近所の花屋に行くだけよ。それじゃあね」


 マダムにも手を振った彼女は私の傍を通り過ぎた。踊るような足取りの背中へ向け、私は声をかける。



「いってらっしゃい。()()()()()()()()()()

「え?」



 振り返った時には既に扉は閉まりかけていた。

 パタン。と、キョトンとした顔は途端に見えなくなる。声をかけたのが意外だったのか何人かが私を見たが、気にすることなく手を振って見送った。

 フェルさんも手を振って見送っている。やがて手を下ろした彼女は、私へ顔を向けた。


「あの子、可愛かったでしょ? 花屋の店員に恋をしているの」

「恋?」

「嬉しそうに喋っていたでしょ?」


 言われてみれば『花屋』といった彼女の頬はうっすら染まっていた。足取りも踊るようだったが、そういうことだったのか。ドリーさんも初耳だったらしく、目を丸くする。


「いつから?」

「1週間前くらい? 友人に渋々ついてきたその人に一目惚れしたんだって。向こうも気があるみたいだから、毎日顔を見せては花を買っているそうよ」

「そう、だったのか……」


 彼女の表情はあからさまに曇ったが、フェルさんは何処となく羨ましそうだ。もしかして彼女も同じように恋をしていた時期があったのだろうか。けれどそれを聞くのは野暮だと思わせるくらい、フェルさんの表情は儚かった。


 フェルさんとドリーさん。同じ相手を見ているのに、どうしてこうも反応が異なるのだろう。しばらく俯いていたドリーさんは、やがて憂いの表情を浮かべたまま首を振った。


「バカだなぁ、娼婦(アタシら)が真っ当な恋なんてできる訳ないのに」

「あの子だって上手くいかないのはきっと分かっている……それでも、一縷(いちる)の望みに縋らないと生きていけないわ」

「この手の商売には『身請け』というものがあると聞きましたが」


 風の噂で聞いた話を口にすれば、フェルさんの笑みが寂しげなものに変わった。


「あるわよ? でも、身請けをするには莫大な金貨が必要なの。それこそ市民じゃ一生ムリ」

「アンタはまだ幼いから知らないだろうが、例えここから抜け出せたとしてもアタシらに対する世間の目は冷たいもんさ。『身体を売ることしか能のねぇ奴等に何が出来んだ』って、八分にされるだけだよ」

「世知辛いですね」

「そうね、だからこそ私達は恋をするのかも」


 かぐやさんが言っていた言葉がなんとなく分かる気がする。

 どうやら夢を売るファンシーなお仕事は、思った以上に大変なようだ。それでも叶わないと知っていてなお他者を愛するのは何故だろう。首を傾げていると、ドリーさんは「やっぱりバカだよ」と首を振る。


「殺された奴等もそうだったけどさ……純粋な奴ほど裏切られるんだ。口では愛だの(うそぶ)くけど本音なんて当人しか分からない。アタシは男の甘い言葉に騙されて痛い目を見た女の子たちを何人も見て来たんだ、サンドラにはそんな目に遭って欲しくないよ」

「ドリーの気持ちも分かるわ、でも夢を見る権利は誰にでもあると思うの」


 白く細い掌で彼女の頭を撫で、フェルさんは微笑んだ。


「それに花屋の彼がそういった男達と同じとは限らないでしょう? 大丈夫よ、サンドラはそういう点では男を見る目があるもの。引き際も弁えている子だし、心配することはないわ……ね?」

「……うん」


 まるで諭すような彼女の言葉にドリーさんは釈然としない表情ながらも小さく頷いてみせた。

 サンドラさんのことは分からないけれど、フェルさんが言うのならそうなのだろう。やっぱり気を付けて行ってきて欲しいねと頷く私に、フェルさんは打って変わって手を合わせる。


「恋は女の子をもぉ~っと可愛くさせる、魔法なんだから! だからアナタも怖がらずに誰かを好きになってみるといいわ。世界がガラッと変わるかもよ?」

「ガラッとですか、それは面白そうですね」


 ガラッと変わって世界が滅亡の道を辿ったらそれはそれで楽しそうだ。形だけの婚約も無事なくなったことだし、第2の人生は恋に生きるのも面白いかもしれない。好きって感情すらよく分かっていないんだけどね。


「ねぇ、ほんとにいないの? なんだか気になる~って人!」

「そうですね……」


 無意識に視線を送ってしまうと気が付いたのか、マダムと話していた彼は私を一瞥する。


 カンだけど、面白いことになりそう。

 頷いた私を見るなりフェルさんが顔を輝かせるなか――私は人知れず微笑んだのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

「面白い」、「続きが読みたい」と思った方は、是非ブックマークや評価などよろしくお願いいたします!

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