彼から見た彼女
(他者視点)
(リーンテ視点)
目の前にいる美しい女性が会う度に自分の想像を超えてくる事が、リーンテは面白くて仕方がなかった。
だかこの感動的なフィナーレを最高に演出するために、ニヤつくのを抑えて王子らしい笑顔を作りながらダンスを踊りつつ、内心冷静にこの女を手に入れるにはどうすれば良いかを考えていた。
自分の人生は産まれてからずっと面白みのない灰色の世界だった。
幼少期は母である王妃からは決して目立たぬようにと言明され、父である国王陛下からはよそよそしく接される毎日の繰り返し。
それだけだったら良かったのだが、産まれてから愚兄が表舞台から消えるこの素晴らしき日が来るまで、側妃から命を狙われ続ける日々は酷く精神を摩耗させた。
母から腕の良い護衛をつけられていたから暫くは問題がなかった。
しかしどんどん側妃が力をつけ、王妃である母の実家がそれに反するように力を落とすにつれ、どんどん暗殺が過激になり護衛は役に立たない者にと代わっていった。
そのため必要に駆られて幼少期から段々剣を持ち闘うようになった。
上手く力を落として見せれば少しは楽になったのかもしれないが、短期的に見ればそれで何とかなっても、愚兄が王になる時には国は荒廃し、王妃派は自分を含め根絶やしにされるだろう。
よって自分には何時迄もあの愚兄をのさばらせておくつもりがなかった為、逆に努力して国民に自らの優れた能力をアピールする事にした。
母である王妃はその姿勢を最初は注意していたが、言葉では反省しながらも従う気が全くない我が子の様子を見て次第に何も言わなくなってきた。
そんな荒んだ幼少期に出会った隣国である大国の王太子アレックスは自国の王太子とは比べ物にならない程の才能に溢れた男だった。
彼とステイリル王国の大展望台から見た美しい夜景は荒んだ国と疲れ果てた精神からは眩しく見えて堪らなかった。
『美しいな、この景色は』
『だろう?
この景色を守る為に今頑張っていると思うと身が引き締まるんだ』
『それ以外にも大好きないつも言っている〝ヴィーちゃん″の存在があるんだろ?』
『ま、まぁな。
あの一際明るい光がヴィーの家なんだ。
良かったら今度リーンも一緒に遊びに行こう』
『そうだな』
そう返しながらも一緒に行くつもりは全く無かった。
あんな温かい光で包まれた美しい家で育ったお嬢様と話す事なんて自分には思いつかなかった。
王家はどの国も多かれ少なかれ汚い事に慣れている。
周りの環境は全てが利害関係で成り立っていて、昨日の味方が今日の敵なんて事も珍しくない。
例えカーティオ国とステイリル王国が今は友好国だったとしても、あの愚兄が王になったらステイリル王国の裕福さに目が眩んで攻め込んでくるなんて事もあるかもしれない。
そんな事を熟知しているだろう、大国の次期後継者であるアレックスが何故そんなに人を好きになれるんだろうと強く疑問に思った。
彼女の存在を鮮明に認識したのはつい最近だった。
カーティオ国は戦争の余波から復興が遅れていた為、ヴィクトリア基金に戦争孤児の支援など追加で融資を頼む仕事を愚兄から押し付けられた。
その時ふと魔が挿した。
交わる事のない、この天才である少女とここで燻っている自分の運命が重なったらどうなるのだろうか?
まず愚兄の側近を嵌めてヴィクトリア基金に送る細工した書類が、ユータリス王太子の指示でできた者だと証拠作りをした。
これで何時でも彼らが王権簒奪の計画を自家工作した大罪人だと証明できる。
成功すれば愚兄を破滅させる大きな勝因が一つできた事になる。
そして緊張しながら待っていると、細工した書類がやっと自分の手元にある戻ってきた。
一番下の自分のサインの横にある彼女の流麗なサインを見て沸々と理不尽な怒りが渦巻いてきた。
自分が死と隣り合わせで綱渡りしている中、安全な大きな屋敷で寝起きし、高度な教育を受け、才能を活用して羽ばたいている高貴な女性がいる事に。
自分がこんな卑怯な細工に事に全力を尽くしている横で、こんな額の支援を正々堂々と約束できる同年代の女性がいる事に。
そしてその怒りと共に、彼女と自分の運命を有無を言わさず重ねた事に興奮してきた。
「これで貴女と私は一蓮托生ですね。
安全な温かいベッドから施しをする側ではなく、自分が冷たい風雨に晒された時、貴女はどんな反応を見せてくれるのでしょうか。
その姿を見るまで死ねないですね」
そうして腹が立つほど美しい青い空を目を細めて見つめた。
元々母である王妃にも、父であるはずの関係の希薄な国王にも期待していなかった。
母は自分の保身が第一であり、父は国内のバランスを取るために自分の息子が死にかけていても気にしない王家の人間らしい非情さを持っているからだ。
だがそれは自分も同様だ。
自分が才を示す事で父母の立場が危うくなることを知っていたが、あの愚兄が王になればどうせ自分も彼らも命はないのだからと、無言の訴えを無視してメキメキと力をつけて絶えず周りにアピールした。
そんな気の抜けない日々の中、突然味方の陣営の中心的存在であるグラード公爵に動きがあった。
グラード公爵が秘密裏に姪を探している事には目をつけていたのだが、ステイリル王国の王弟の暴挙に姪が巻き込まれそうなので公爵がその子を迎えに行くようだとの情報を得た為、自分もステイリル王国に久しぶりに行ってみることにした。
勿論道中愚兄の邪魔が入ったが、予想通りだと私が直ぐさま暗殺者を切り捨てたというのに〝やはりこの国も危険だ。ローラ!君を安全に守りたいというのに!″とか叫んでて大袈裟過ぎるアホだと思った。
このグラード公爵は元グラード公爵夫妻の腐りっぷりの原因の大きな一つに側妃の実家による援助があったと証拠を掴んでいた。
彼らは元々は自分の子を妃へと画策していたが、その後側妃を推す事を金銭と引き換えに了承していたらしい。
だがこの程度の材料ではグラード公爵の方が消されるだけだからと、復讐の為にこちらの派閥に入ったのだ。
なので遠慮なく私のカーティオ国での手足として危ない橋を渡ってもらっているのだが、その公爵自身の綱渡りの立場から不安がある為に愛する姪っ子をステイリル王国に預けたままだったらしい。
「嫌われていないと良いですね?
苦境でも助けに来てくれなかった伯父様なんて知らないわとか言われたりして?」
そう言って少し煽ってやると〝この悪魔!お前と契約してから俺の人生は滅茶苦茶だ!ローラーーー間違ってもこの男に惚れないでくれーー!この悪魔は顔と才能と家柄だけだぞー!″と褒めてるのだか貶してるのだか分からない言葉を叫んでいた。
切れ物のくせに、相変わらず自分を間抜けに見せることが上手なおっさんだと感心したが、直ぐに飽きたので青空を眺めながら考えていた。
どんな人なんだろうな〝ヴィーちゃん″
甘々なお嬢様の顔を見ることが楽しみで仕方なくなってきて鼻歌を歌いながら長い旅路を楽しんだ。
そうしてステイリル王国に着き、遠目に初めて彼女を見たときは非常に驚いた。
想像より百倍可愛くて、綺麗だったからだ。
アレックスの褒め言葉を内心〝惚れた欲目だろ気持ち悪い″と少し思っていた事を人知れず謝罪した。
そして早速紹介しろと嫌がるアレックスを押し出しながらとうとう彼女の前に歩み出た。
すると彼女の形の良い美しい澄んだ青い瞳に自分の薄ら笑いが映る事を不思議に思った。
彼女がここにいる。
そしてどう振る舞うべきか考えた。
そういえば、彼女とよそよそしい関係であると少し困ったことがある。
国家転覆の計画を記した偽造書類を作成できた愚兄達が作ってくる設定は恐らく、私が彼女に誑かされて国家転覆の書類にサインしたという陳腐な物語だろう。
その物語に沿う王子を演出する為に、彼女に跪いてプロポーズをした。
すると、彼女の反応はまたもや予想を超えていた。
その青い瞳に軽蔑も思慕も興奮も何もかもを浮かべずに、にっこりと笑って断ってきたのだ。
自分の中には彼女がいるのに、彼女の中には自分なんて欠片も存在しなかった。
その反応に強い衝撃を受けた事で、自分が今までになかった程に彼女に執着しているのだとその時やっと自覚した。
自国に帰り着々と準備を進めた。
計画は順調で、予定通り王妃の毒殺騒動を起こし、その証拠の捏造も終わった。
あの及び腰の父母はこれくらい劇薬がないと動かないだろう。
最後はステイリル王国を味方につけて一気に盤上をひっくり返そうと思い、わざと王妃と自分の身が危ういとアピールをして予想通り単身ステイリル王国への留学を勝ち取った。
結果として愚兄が思ったより愚かだったため一瞬で終わってしまった学園生活は、ぬるま湯に入ったかのように平凡に過ぎていった。
始業式になりワクワクしながら再び会った彼女は、最初と同様に何処までもフラットだった。
だが彼女の澄んだ青い瞳に再び見つめられ『無理をしなくて良い』と言われたのには思わずボーッとしてしまった。
カーティオ国でも他国でも自分をそうやって甘言で誘惑する人間はいっぱいいる。
だが彼女の瞳には相変わらず特別で利己的な感情はなく、その言葉は言葉以上でも以下でもなかった。
確かにこの学園にいる間くらいは力を抜いても良いのかななんて甘い事を考えてしまうくらい、彼女の他意の無い美しい青い瞳を覗き込むと引き込まれてしまう。
カーティオ国からの刺客はしつこく、自国にいた時よりはマシとはいえ学園内でも気が抜けない日々が続いた。
ある日中庭で視界の端に刺客が来た事は捉えていた。
だが予想もつかない動きで現れた彼女が刺客ごと吹っ飛んだのは想像もつかず、一瞬頭が真っ白になってしまった。
急いで駆け寄ると彼女の足は無惨なほど腫れていて、痛いだろうにぼうっとしている彼女を見るとヤキモキしてしまった。
彼女は周りに宝物のように大事にされているにも関わらず自分に無頓着な事に苛立ちを感じてしまう。
怒涛の勢いで話した後、彼女を持ち上げたがその軽さに驚いた。
あまりにも重かったら人目のないところでは肩に担ごうかと思っていたが、そんな心配は必要なかった。
彼女の温かさや石鹸のような香りに気が引き寄せられるのを制し、ぐったりとする彼女に極力揺れが伝わらないように気をつけながら歩いた。
その後も彼女は全く変わらなかった。
愚兄が、私の弱点として彼女を狙っても。
私が彼女の部屋に侵入したと捕まっても。
愚兄が彼女に知らぬ罪を突きつけても。
私が彼女を利用したと知っても。
彼女はその青い瞳に怒りを揺らしながらも、最後は結局苦笑して私の先行きを寿ぎ、いつもの澄んだ青い瞳に当然のように私を映してくれたのだった。
彼女は本当に私の想像を超えていく。
だが今日この物語では彼女は私だけのヒロインだ。




