ずっと見ていた
(他者視点)
(ルーカス)
会場から去りながらルーカスは久しぶりに正面から見たヴィクトリアの美しい青い瞳を思い出していた。
彼女の隣に堂々と立ちたい。その為にはまだまだ努力しなければならない。
ある日、私は下を向いてばかりだったキャサリンが急に俯かなくなった事に驚いた。
彼女は何事にも積極的に挑戦するようになり、失敗しながらも社交に出たり、勉学に力を入れ歴史や語学、マナーを必死で学ぶようになった。
何故こんなにキャサリンが急に変わったのかを父に聞くと、先日の顔合わせでリヒター公爵家のヴィクトリア様に認められたからだろうと言っていた。
家族の中で弱く守らなければならない存在だったキャサリンを、ヴィクトリア様は空に羽ばたく強い翼を持っていると激励してくれたらしい。
その事からどのような女の子なんだろうと強い興味を持ち、ヴィクトリア様の話を聞いたその日に彼女に会いに行ったのだ。
今思えば普通であればリヒター公爵家の愛娘が、唯の寄り子の伯爵家の息子にアポイント無しにあってくれるはずがないのだが、その頃の自分は武術の才能を認められ、自分は万能だと天狗になっていたので深く考えていなかった。
リヒター公爵家に着くと屋敷の大きさに恐れ慄いた。無理矢理に公爵家まで連れて行くよう命令した御者が帰りましょうと呼びかけてきていた為、一旦撤退しようとも考えた。だが騎士になる身で怖気付くなどみっともないと気を持ち直し、門番に声を掛けた。
門番は取り次ぐ事を躊躇っていたが、どのような客でもとりあえずヴィクトリア様に報告するようになっている事から、屋敷に知らせを入れてくれた。
その後、多忙な中で何故かヴィクトリア様は話を聞いて会ってくださることになった。
すると、豪華絢爛な応接間に通された。調度の恐ろしいほどの煌びやかさに落ち着かなかったが、柔らかくて転けそうになったくらいのソファに座り、ヴィクトリア様を待った。
行き届いた侍女がスッと芳しいお茶を入れてくれ〝ヴィクトリア様は現在お客様の応対中ですので、少々お待ち下さい″とお辞儀をして去って行った。
その時の自分は不遜にも、どうにかして彼女の優位に立とうと思っていた。可愛がっていた妹が嘘のように元気になったのは嬉しかったが、内気な妹を変えようなどとは自分は全く考えもやらなかった。元気になった妹に喜びながらも、会ってもない歳下の女の子に完全に負けた気がして、気に食わなかったのだ。
実際会ってみるとヴィクトリア様は顔は度肝を抜かれるほど可愛いけど、口数も少ないし大した事のないやつだと思った。
傷ついたプライドをなんとかする為に彼女を下に見たいと無意識に思っていたのだろう。
どうにかしてこの澄ました顔をしたお嬢様を叩きのめしてやろうと企てた。
その時応接室に立派なチェスがあることが目に入った。今思えば公爵家の麒麟児と呼ばれている少女に対して無謀だったと思うが、その時の自分は二歳下の少女と少し遊んでやろうという気分だった。
そしてボコボコにされた。完膚なきまでに。父から騎士を目指すならチェスも勉強になると聞き、かなり強くなったと思っていたが、まるで話にならなかった。
殆どのコマを取られても降参しない自分をヴィクトリア様は不思議そうに見ていた。
「チェスはもう良い。
今度は槍で勝負だ!」
そしてヴィクトリア様を連れ、広い訓練場に出てなんでも良いから戦おうと言うと、彼女から得意な武器を聞かれた。
それに槍と答えると練習用の刃先が潰された槍を渡され、彼女も槍を持った。
試合が開始した途端に、空を見上げて地面に横たわっていた。本当に何があったのか全く分からなかった。
彼女は前に居て、槍を普通に持っていただけだった。
「何をしたんだ?」
問いかけると心底不思議そうに彼女が答えた。
「何故寝転がっているの?」
その言葉を聞いて無様に動揺した。
そして彼女には自分など到底敵わないと悟った。
その実力の差に馬鹿らしくなり、つい笑ってしまった。
「自分が強いと勘違いしていた。
馬鹿らしい。最強の騎士になりたいと心に決めていたが、井の中の蛙だったな」
そう言って自重するルーカスに彼女は尋ねた。
「貴方の思う最強の騎士って何?」
その質問に直ぐに答えられなかった自分がいた。
「それは、何があっても負けないとか?」
「それでチェスの時も降参しなかったの?
降参と言わなかったら負けない騎士だと思っている?
実際に戦を指揮した時もそうするの?
犠牲が出てもそのまま突き進んで、自分の武勇で勝てば良いと思っているの?」
ヴィクトリア様が必死な顔である事に気づいた。
その顔を見て、自分が根本的に間違っているのでは無いかと真剣に自問自答した。
降参するのは格好悪い?自分の武術で勝てば良い?
それは唯の自分のエゴだ。最強の騎士とはそんなものなのか?
「違う。違います。
このような姿は私の理想の騎士では無いです。
私が目指すのは、この身を賭して主君や家族、そしてこの国を本当の意味で守れるような騎士です。
ありがとうございました。ヴィクトリア様。
今日、貴女様にお会いした事で初めて自分の間違いに気づく事ができました」
そしてルーカスは公爵家を辞し、猛然と努力し始めた。今までは才能に胡座をかいていたが、ヴィクトリアの言葉で武術だけではなく軍事や政治も真剣に学ぶようになった事から、ルーカスは同世代の中でメキメキと頭角を表した。
父親はヴィクトリア様に兄妹共々お世話になってしまい、足を向けて眠れないと感謝し涙した。
余談だがヴィクトリア様に勝手に会いに行った事をルーカスは激しく叱られ、槍が持てなくなるくらい父にしばらく扱かれる事になった。
ルーカスはヴィクトリア様が学園に入ったら話しかけようと思っていた。
だが想像より神々しくなっていた彼女にはとてもでは無いが今の自分では話しかけられないと、そう思う度に黙々と鍛錬を続けた。
その後も彼女を見かけるたびに顔が強張ってしまい、何故か学園では周りにクールだとか言われるようになってしまった。
仕方がないのでヴィクトリア様の事をキャサリンに頻繁に聞く事にした。すると妹も暫くは素晴らしいヴィクトリア様について語れる事が嬉しかったらしく様々な情報を教えてくれたが、ルーカスの下心を感じ取り一年くらいで全く教えてくれなくなってしまった。
今では妹にヴィクトリア様について聞こうとすると虫けらのような眼差しで見られるようになった。
それでも彼女の事が少しでも知りたいと、教室の窓から眺めたりして彼女の素晴らしさを日々手帳にメモしていたが、それを見たゴーリックにストーカーなどと呼ばれてしまった。失礼な奴だ。
今日は彼の暴露という後押しもあり、とうとう女神に告白してしまったが、彼女の言葉によって己の未熟さを思い知った。これからはより鍛錬を重ね、彼女の十八の誕生日に出してくるだろう宰相の難題にも耐えられるよう、努力しようと思う。
ヴィクトリア様!これからも貴女のことをずっと見ています。




