幼少期からずっと貴女を
その後も試合は順調に進み、とうとう決勝戦になった。ルーカスは相手に怪我させない程の実力者で、毎試合あっという間に相手を無傷で場外に弾き飛ばしていた。
最終戦での対戦相手はルーカスより横幅が二倍もありそうなムキムキのゴリラに似た選手で、声援がルーカスに比べて非常に少なかった。だが、女性人気を妬む怨念を込めた男子生徒はゴリラ側を応援している様だ。
「ゴーリックが今年も決勝戦に出てきたか。
彼も流石の実力で、三年間連続で準優勝賞の生徒だ。
男爵家三男であり、将来騎士になるつもりらしく、私の護衛に取り立てようかと思っている。
ルーカスはこのままいくと騎士団長の直下に着くだろうからね」
その会場の雰囲気にヴィクトリアは少し悲しくなってきた。ゴーリック様は悪い噂を聞かないし、試合後に対戦相手と握手するなど丁寧な対応をしていた。女子生徒からの〝ルーカス様にやられてしまいなさいゴリラ″などの罵声に居心地悪そうにしている。
なんで面の皮一枚であの心優しいゴリラと、スカしたルーカスの優劣がゴリラ不利に決まってしまうのだろうか。もちろん面の皮だけではなく横幅も違うが。
ヴィクトリアは判官贔屓でゴリラを応援しようと思った。
「頑張って〜!ゴリ様〜!」
ヴィクトリアが叫ぶと突然ルーカスが凄い形相でこちらを振り返り凝視してきた。流石に決勝戦では妹に声援を送って欲しいのねとヴィクトリアは訳知り顔をした。
何故かキャサリンは兄の話題は一切出さず、午前中のヴィクトリアの弓術についてローラと話し続けているが、気が向いたら兄の事を応援してあげてとアイコンタクトを送っておいた。勿論キャサリンには伝わらなかったが、ヴィクトリアと目があって嬉しそうにキラキラと目を輝かせていた。
ゴーリックはヴィクトリアに声を掛けてもらった事で頰を染めはにかんでいたが、ルーカスに殺意を込めて睨みつけられている事に気づき、顔を青褪めさせた。
「ゴーリック、許さん」
「待て待て待て」
二人は実は普段かなり仲が良い。だが現在のルーカスの態度には友情が見る影もなくなり、仇敵を見るような眼差しをしている。
試合が開始すると、ルーカスが踏み込んでくる事を見越してゴーリックは素早く槍を構え防御の姿勢を取ったものの、それを上回る膂力でルーカスが槍を振るい巨体を槍ごと弾き飛ばした。
ゴーリックは空高く跳び、場外に落ちていった。
槍の出場者の中では細身に見えるが、圧倒的な筋力だった。
幸い受け身を取った様でゴーリックに目立った怪我は無いようだったが、立ち上がりながらルーカスに叫んだ。
「俺に八つ当たりする前に、覚悟を決めて正々堂々ヴィクトリア様に愛を乞えよ!このストーカー!」
そのゴーリックの声はかなり響き渡り、会場が静まった。
ヴィクトリアは聞き間違えかなと動かなくなったルーカスから目を離し、後ろに座っているキャサリンを振り返った。
するとキャサリンが美しい顔を般若の様に歪めていたが、ヴィクトリアの顔を見ると直ぐにいつもの笑顔に戻った。
「ヴィクトリア様、今日の試合はこれで終わったので帰りましょう。
馬車までお送りします」
ヴィクトリアはやっぱり聞き間違えだったのかと立ち上がろうとすると、ゴーリックの声に背を押されたルーカスが焦った様に観客席のヴィクトリアに向かって声を張り上げてきた。
「ずっと前からヴィクトリア様を愛しています!
貴女に槍での決闘を申し込むので、もし私が勝ったら結婚してください!!」
ヴィクトリアがへ?と思っていると、隣のアレックスとウィリアムが口々に声を上げた。
「槍試合で優勝した者が武力を盾に求婚か!グッドナー伯爵家の名が泣くぞ」
「リアはお前のような脳筋には渡さん!友人に後押ししてもらっての求婚なんて言語道断!
リヒター公爵家の者は十八までは婚約を結ばないし、お前のような脳筋の義弟は必要ない!!」
その大声に負けないような声でルーカスが覚悟を決めたように叫んだ。
「私の槍術ではまだヴィクトリア様に勝てるとは思っておりません。
ですが幼少期のヴィクトリア様との邂逅からヴィクトリア様の事をずっと思慕し、これまで不得意だった勉学と共に絶え間なく槍術の鍛錬を重ねて参りました。
この三年間の槍術部門での最優秀賞の褒美としてどうか、貴女に挑戦させてください!!」
ヴィクトリアは何言ってるんだと呆然とした。ルーカスと試合なんてしたらゴリラですら空を飛ぶんだから私は雲の上まで飛んでいってしまうだろう。
まぁどうせ過保護なアレクとかシスコンの兄が断るだろうと思っていると、話が思いもやらない方向に向かっていった。
「まぁ確かにヴィーが負けるとは思わないが」
「ここでリアの素晴らしさを体感する事で烏滸がましい願いを捨てる事が出来るかもしれないしな」
意思弱い!あの剣幕は何だったの?
ヴィクトリアはあの二人はダメだと見切りをつけた。
そしてルーカスに凛と背筋を伸ばし語りかけた。彼女の雰囲気が変わった事に気づき、ざわめいていた周囲が波が引くように静まっていく。
「貴方の思い描く騎士とはどのような姿ですか?」
ルーカスはハッとヴィクトリアを見上げた。
「貴方の幼少期なりたかった理想の自分はこのような姿でしたか?
昔の貴方に胸を張って今の自分を誇れますか?」
畳み掛けるようなヴィクトリアの声にルーカスは我に返ったような顔をして自分を恥いるように唇を噛み締めた。このようにヴィクトリアが断れないように試合を申し込み求婚するなんて卑怯な手段だったと後悔した。
首を横に降った後、顔を上げて今日初めてヴィクトリアの澄んだ青い目としっかり目を合わせて告げた。
「私があの時貴女になると誓った騎士の姿はこのような卑怯な自分ではありませんでした。
これからもっと精進して精神も鍛え、貴女の十八歳の誕生日に胸を張って求婚できるよう出直して参ります。今日はこのような場で失礼な事を言い、ご迷惑をおかけいたしました。
ですが幼かったあの日から貴女をずっと愛しているのは本当の気持ちです。
これからもヴィクトリア様、貴女に永遠の愛と忠誠を誓います」
そう言い切りヴィクトリアに深く頭を下げた後、ルーカスが顔を上げると端正な顔に花が咲くような笑顔を浮かべていた。その笑顔を見て〝ルーカス様が笑った″と驚くような声が幾人かから漏れ出していた。
そしてルーカスは会場に背を向け去って行った。
ルーカスの潔い愛の告白に対し、会場からは大きく温かな拍手が送られた。皆が口々に賞賛を口にしている。
ヴィクトリアは急展開に理解が追いつかず暫し目を丸くしていたが、槍に飛ばされてお空の星になる事は避けられたらしいと目を潤ませながら手を前で組み我が身の無事を喜んだ。
ルーカスの告白を思い出してトキメキと羞恥に見舞われるのは、気持ちの余裕がやっと出てきた自室での夜の事だった。




