毘売の希求
その後、毘売は幾度となく実父に地上界に旅をする許可を求めるが、結果は散々なものだった。
だが数える事35回目、諦めの悪い毘売の希求が届いたのか最高権力者である月代は頷いてしまう。
其れは、毘売に根負けしたと言って良いだろう。
「分かった、そんなに言うのなら地上界に降りて放浪すれば良い」
「本当ですか!?」
溜息を洩らしながら眉間の皺を解す毘売の実父である月代は、何故、地上界なんぞに憧憬する。相変わらず可笑しな娘だ、と思わずにいられなかった。
毘売は昔から珍妙な価値観と人並み外れた思考回路を保持しており、其れ等も毘売の父親である月代も知っていた。
だが今回の件は、月代の許容範囲を遥かに超えていた。
本来、天上界に住まう者が穢れた地に降りるのは、重罪を犯した場合にのみである。
つまり、毘売は罪を犯したわけでもなく、自ら好んで流罪されようとしているのだ。
「ああ、だがな、毘売よ。此れだけは肝に銘じておけ、地上界で何をしようが構わないが、地上界に住む者と婚姻の儀は絶対にするでない。そのような愚行をするのならば貴様を刑に処する。此れは脅しではないぞ?」
月代は毘売を射抜くような鋭利で容赦の無い眼光を向けた。
だが、毘売は何も臆することなく頷く。
「分かっております」
「精々、自身の思い描いたモノとかけ離れた地上界に絶望すれば良い。自身の目で見たならば、彼の地は欲望にまみれ、見るに堪えない穢らわしい世界なのだと認識を改めるだろうからな」
「お父様、私は地上界に絶望など致しません。どうか、御心配為さらず」
嫌味を言われたにもかかわらず、地上界に降りていい許可を得た事に無上の喜びで月代の嫌味に気づかない毘売。
「ふんっ、此度の件でその愚かな誤信が無くなれば良いが。地上界に失望でもしたら何時でも帰って来ていいぞ」
「では、行って参ります」
毘売は浮れる気持ちを抑えて平静を保ちつつ、月代に一礼をする。そして、念願だった地上界へ向かうために屋敷の正門へ足を運んだ。