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天上伝奇譚  作者: 橋口 紅葉
10/11

その強さ、鬼神の如し

「さて、あんな美人な女の子の前なんだ。手前には悪いが、此処で死んでもらう」


心を昂らせていた天城は、獰猛な瞳をぎらつかせ帯刀した太刀を抜刀し、鬼も大きな口を開けて鋭利な牙を見せつけて、天に轟く咆哮を放ち威嚇する。


結界に閉じ込められた憐れな赤鬼に威嚇された天城は鼻で笑って相手を挑発し、赤鬼はそんな目の前に佇む敵を忌々しそうに睥睨するが、手が出せない事を理解しているため唸り声を上げるしか他ない。


刹那、天城の姿が消えた。


「えっ!?」


毘売は驚愕の声を洩らして、その美しい一対の明眸を見開く。


動体視力が地上人に比べて何十倍も良い毘売だが、そんな彼女ですら予備動作をする事なく消えた天城を肉眼で捉える事ができなかった。


標的を見失った赤鬼は困惑した様子で周囲を見渡すが、やはり、天城は見当たらないらしく、結界を隔てて遠く離れた場所に佇む毘売に再び目を向け、威嚇の咆哮を放とうと口を大きく開ける。


直後、筋肉で覆われた赤鬼の体には大きな刀痕が出来ていた。


「グオオオォ!?」


勇ましい咆哮とは真逆の苦痛の声を上げた赤鬼は、痛みのあまりか手を地につける。


鍛え抜かれた勇ましい赤鬼の巨躯に、次々と新しい刀痕が浮かび上がるように出来るが、未だ消えた天城は姿を現さない。


いや、目を凝らしてみると、時折赤鬼の周辺に高速で動く物体が目視出来る。


毘売はその赤鬼の周辺で動く物体が何なのかに気付いた時、驚愕のあまりか無意識に口に手を当てていた。


「す、すごい」


驚愕した毘売の声を聞いて、天城の口端は嬉しそうに吊り上がる。


そう、天城は肉眼では追えない速度で動き、幾度となく鬼の体を斬りつけているのだ。


その速さは流星の如く、その猛攻は烈火の如し。


闇雲に暴れ回る鬼だが天城には攻撃が当たらず、次第に泣き喚くような声を洩らしており、先程までの凶暴な面影は残っていなかった。


天城の猛攻に耐えれなくなった赤鬼は大量の血を噴出させ、土煙と轟音を立ててながら顔からうつ伏せに倒れる。


だから、赤鬼は気づかなかった。


天城が赤鬼の頭上高くに姿を現したことに。


「はああぁっ!!!」


裂帛の声を大地に轟かせ、太刀を上段から振りかぶる彼の瞳は、獲物を捕らえた鷹のように鋭く赤鬼を見据えていた。


その姿は宛ら夜叉のよう。


声に反応した赤鬼は勢いよく顔を上げ、大きな眼を見開いたと思うと、迫り来る天城に対処出来ないと判断したのか距離を置こうと足を動かした。


が、時既に遅し。


筋肉の鎧で覆われた赤鬼の首に天城の愛刀“風切り”が振り下ろされた。


「グオッ…」


呆気ない断末魔の叫びであった。


斬首された赤鬼の大きな頭が地に落ちて、頭部を失った胴体からは火山が噴火したように勢いよく血が噴出し、辺りは血の池と化す。


少し離れた場所で事の次第を見守っていた毘売に被害はないが、赤鬼を斬った張本人である天城は真紅の血を浴びてしまい、二枚目の顔と相まって艶かしく危険な雰囲気を漂わせていた。


そんな彼に毘売の心は騒つくが、驚愕する出来事を目の当たりにし、目を見開く。


其れは斬首された赤鬼が黒い砂と成って消滅してゆくのだ。


この現象を引き起こしたのは、天城の愛刀“風切り”にある。


“風切り”は只の太刀ではなく、本来現世に存在してはいけない“魔”を降すために作られた太刀であり、斬り捨てた“魔”を冥府へと返す特質を持つ“降魔の剣”。


消滅してゆく赤鬼に一瞥する事もなく、天城は刃に付着した血を振り払い、静かに愛刀の“風切り”を鞘に納めた。

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