06 巨竜討伐
そこら中岩と砕けた城壁だらけの道を僕らは往く。巨竜の根城は文字通り、元はリバルの王城があった場所なのだという。だがドラゴンの襲撃を受け、王を含む全員が避難、被害こそ最小限に抑えたものの、そこには誰も、何者も住み着けなくなってしまった。モンスターの類もだ。
襲撃を受けた後、偵察を行った者によれば竜は日がな一日眠り、目を覚ます様子がないのだとか。だが偵察はその手紙だけを残し、この世から姿を消す。接近を試みてドラゴンに消されたのだと皆が判断した。故に討伐依頼こそ出しているものの、誰も挑まなかった。挑む必要性が無かったのだ。
こちらは手練れのハルメノスプレイヤーが二人。装備は万全だが、あるいは先のゴブリン村のようなこともあり得る。つまりはドラゴンが敵ではないパターンだ。それも加味して僕らは竜の寝床に辿り着く。
その姿はドラゴンというよりワイバーンに近く、前足と羽が一体化している。何より驚くべきはその巨体か。大きい、尻尾まで含めるとそれなりの高層ビルを横にしたくらい。体躯も巨大なもので、全身にくまなく鱗を纏っている。
「――貴様ら」
竜は寝ている。そういう話だった。だがそのドラゴンは僕らをずっと見ていたし、近づく間もその目を離さなかった。
「ともがらの匂いがする。魔術師、貴様か」
あ、と喉の奥から上ずった声が出る。そういえばこのローブ、竜の鱗を編み込んで作ったものだった。すっかり忘れていた。これは非常にまずい。
「報いを受けよ」
ぱかっと大口を開けた竜の喉奥から、青白い炎が噴出される――。
「『到来する星、守勢擁壁』!」
咄嗟に周囲の瓦礫で壁を作り、炎を遮る。しかし急造品、長くは持たない。
炎は依然として弱まる気配を見せず、壁は熱で溶け始めている。
「このままじゃ埒が明かない。だからよ、っと」
ニナは壁が溶け切る前にロングソードの側面を叩きつける。瓦解した壁は熱を伴ってドラゴンに降り注ぎ、その火炎を止めるに至った。
「賢しきこと」
羽をはためかせ、竜は風を呼ぶ。その風圧に気圧される僕達を捨て置き、はるか上空へと昇った。そうしてまた口を開く。上空から火炎の球がいくつも射出され、大地をたちまち灰燼へと帰る。
僕は竜のローブを来ているからある程度火に耐性がある。だがニナはそうではない。バフをかけようと彼女の姿を探すが、いない。
「ここだ、馬鹿」
天を仰げばそこにはドラゴンの姿があり、その頭上には太陽に照らされた彼女がいる。ロングソードを天高くかかげ、そして振り下ろした。
ぎぃん、とけたたましい炸裂音が鳴り響く。剣は竜の頭を割るに至らなかったのだ。それどころかドラゴンは頭をもたげ、彼女を振り落とそうとする。
バフをかけようにも遥か上空にいては効果が届かない。ゲームが立体的になったことで効果範囲も円状から球状に変更されたらしい。仕方ない、と僕は腹をくくり、杖を掲げる。地面の下深くの岩盤を引き絞ったバネに構築し、そのまま自身を射出した。
向かうはドラゴンの眼前、幸いニナが相手を引き付けてくれている(必死にしがみついているだけだが)、これで魔法の効果圏内だ。
大空に魔術師、騎士、ドラゴンが揃う。
「キョウスケ!ありったけだ!」
「『哀、金字塔』!」
「消え失せろ、人間共!」
ドラゴンの放った炎がその全身を包む。ニナの体が黄金の光を帯びる。
僕はそのまま地面へと打ち付けられ、口から多量の血を吐き出す。普通なら死ねる高さだが、先程のバネが緩衝材になってくれたので助かった。
上空ではニナが灼熱にその身を焼かれながら、それでもロングソードを逆手に持ち、再度竜の頭に突きつけた。
瞬間、世界が凍りついたように張りつめる。ドラゴンは一切の動きをやめ、そのままスライドするように落下する。塵芥と化した瓦礫の山に埋もれ、しかしその目に生気はない。
頭上ではニナが剣を引き抜き、こびりついた血をぶんと振るい落とす。皮膚は爛れ、折角の美形も台無しだ。それで済んだことをあるいは喜ぶべきか。
「ざっとこんなもんだろ」
「満身創痍に見えるけど?」
お互い様だ、そう言って勝利の余韻に浸る僕らに、
「許さぬ――断じて、貴様らを」
ドラゴンの声だ。だがその巨体は既に動かない。だというのに、声だけが木霊する。
「ともがらを利用するに飽き足らず、我をも打ち滅ぼすとは。だが我はここに誓いを立てる。貴様らに、報いを」
「まずい、ゲッシュだ!」
竜の呪いの言葉。デバフの中でもとびきりの邪悪を誇るゲッシュとは、そのまま即死を意味する。本来Sランクのドラゴンが使えるような代物ではないのだが、そもそもこのクエストは竜の強さを見誤っていた。
これはバグなのか、それともズルをしたがゆえの措置なのか、そこまで考えを巡らせる前に、足元に泥が湧き出る。たちまち辺り一帯は泥濘を帯び、そして泥の中から竜の顎が噴出する。
ニナはロングソードを構えるが、呪いの前では意味をなさない。僕らは竜の口の中に放り込まれる――その刹那。
「何だと」
頬を何かが掠め、そのまま竜の顎に突き刺さった。杭か、それにはびっしりと呪文が刻まれ、詠唱なく効果を発揮する。
呪いを打ち消す魔法。正確には呪い返し、ゲッシュを使用者に弾き返す、屍をも殺す因果逆転のまじない。
ドラゴンの雄叫びが虚空に消える。泥は跡形もなく消え去り、そして僕らの前に一人の少女が歩み寄る。
「王国騎士団が一つ『セルレオキア』所属、ハヴルック」
その手には弓矢を構え、照準を僕に合わせている。
「貴殿らを、連行する」




