第十二話 正しく、見るんだ
巨大な、銀色の、なにかは。
ぼくらの、すこし、はなれた、空き地に、ゆっくりと、ゆっくりと、降りた。
着地音は、ふつうに、ずん、と、地面を、ゆらした。
ふつうの、地震、より、ちょっとだけ、まじめな、ずん、だった。
公園の、葉が、いっせいに、ふるえた。
風が、ぐるりと、まわった。
それから。
それから、何も、起きなかった。
巨大な、銀色の、なにかは、空き地の、まんなかに、ふつうに、立っていた。
ふつうに、立っている、というのが、なんだか、いちばん、まちがった、表現な、気が、した。
ぴ、ぴ、と、銀色のなにかの、中央あたりで、青い、ランプが、点滅、しはじめた。
ふつうの、点滅、だった。
ぼくは、ファインダーを、おろした。
「アール」
「はい」
「あれ、なに?」
「機械です」
「それは、見れば、わかる」
「データベース、照会、しています」
「お前、毎回、その、もったいぶり、やめろ」
アールは、すこしだけ、間を、あけた。
それから、しれっと、答えた。
「特区、運用試験、第三段階、第二期、環境浄化フェーズ、です」
「は?」
「環境浄化、です」
「なんで、そんなに、もったいぶった、名前なんだよ」
「行政の、命名、です」
桐島先輩が、ぼそっと、つぶやいた。
「役所が、名前つけると、ぜんぶ、こうなる」
「ぜんぶ、こうなりますね」
絵島が、ぼくの、後ろから、ぼそっと、相づちを、打った。
「お前、いつから、いた」
「ずっと、いた」
「気配、消すなよ」
「ずっと、消してた」
ぼくは、ふっと、笑った。
笑いながら、もう一回、銀色のなにかを、見た。
そのとき、銀色のなにかの、横の、パネルが、ぱかっと、ひらいた。
中から、太い、銀色の、アームが、何本も、すうっと、出てきた。
アームの、先には、雑草ロボと、おなじ、ほそい、針がついていた。
それぞれの、アームが、地面の、別々の、場所に、ぴと、ぴと、と、針を、刺しはじめた。
刺しては、抜いた。
抜いては、刺した。
ちまちま、ではなく、ちゃんと、と、しか、言いようの、ない、動きで。
「先輩」
「うん」
「あれ、雑草ロボの、でかい、やつ、ですか」
「うん。でかい、やつ、ね」
「巨大な、雑草、抜くんですか」
「巨大な、雑草、見たこと、ある?」
「ないです」
「だよね」
桐島先輩は、ファインダーを、空に、向けて、ぱしゃっと、シャッターを、きった。
「だから、たぶん、ちがうやつ、だな」
「ちがう、って」
「あれは、雑草、抜くふりして、なんか、ほかのこと、してる」
「ほかの、こと、ですか」
桐島先輩は、すこしだけ、首を、かしげた。
「地面、しらべてる、っぽいけど」
「ですよね」
「まあ、特区だから」
「もう、そのフレーズ、出ましたね」
「便利でしょ」
ぼくも、ふっと、笑った。
諸星さんが、ベンチに、すわったまま、ふつうに、缶コーヒーを、ぐびっと、のんだ。
何も、言わなかった。
でも、なんとなく、笑っていた。
* * *
役所の、白い軽トラックが、空き地のすみに、ぱっと、停まった。
側面に、いつもの、文字が書いてあった。
『機械化学園特区 管理課』
中から、作業服のおじさんが、ふたり、めんどくさそうにおりてきた。
「あー、すいませんでしたー」
ひとりめのおじさんが、頭を、ぽりぽり、かいた。
「いやー、おさわがせ、しましたー」
ふたりめのおじさんが、ぺこっと、頭を、下げた。
桐島先輩が、にっこり、笑った。
ぼくは、その笑顔を、見て、もう、本能的に、後ろに、半歩、さがった。
「あの、これ、市長に、クレーム入れときますね♥」
「ぴ、ぴーっ?!」
「ま、また、あなたですかー」
おじさんふたりが、同時に、固まった。
「住民です。あんなのが、空から、降ってきて、ふつうに、生活、できないでしょ」
「いやー、ですから、広報誌に──」
「読まないわよ、あんなの」
「あー」
「うちの母も、読んでないって」
「あー」
おじさんふたりは、観念したみたいに、深く、深く、頭を、下げた。
雑草ロボの、ちいさいやつが、いつのまにか、空き地の、隅で、ふつうに、地面に、針を刺していた。
なんの、ことも、なかった、みたいに。
ぼくは、ふっと、息を、はいた。
胸の、まんなかが、ふっと、ゆるんだ。
ふつうの、特区の、ふつうの、日、だった。
ふつうじゃ、ないけど、ふつう、だった。
* * *
それから、一週間が、たった。
街は、ふつうの、街に、もどっていた。
巨大な、銀色のなにかは、空き地に、ふつうに、置かれていた。
雑草ロボたちは、ふつうに、雑草を、抜いて、ふつうに、地面に、針を、刺していた。
ワイドショーは、しばらく、銀色のなにかの、話題を、ふつうに、編集して、ふつうに、不安を、盛っていた。
でも、街の人は、しだいに、ふつうに、銀色のなにかの、横を、通りすぎる、ように、なっていた。
慣れる、というのは、こわい、と、お母さんが、言った。
ぼくは、たぶん、それが、ふつうなんだろう、と、思った。
土曜日。
街では、特区祭り、というのが、ひらかれた。
経済混乱の、ど真ん中で、特区管理課が、ふつうに、お祭りを、ひらいた。
『市民の皆様への、感謝と、お詫びを、こめまして』
と、広報誌に、書いてあった、らしい。
お母さんは、それを、テレビで、見て、ぷっと、噴いた。
「あの人たち、ぜんぜん、反省してないわね」
「うん」
「でも、お祭りは、行こう」
「うん」
ぼくと、ハルカと、お母さんで、出かけた。
商店街は、提灯で、ふつうに、にぎやかだった。
屋台が、ふつうに、ならんでいた。
雑草ロボが、屋台の、すみで、ふつうに、雑草を、抜いていた。
ちょっと、不思議な、お祭り、だった。
* * *
屋台の、お好み焼きの前で、ぼくは、桐島先輩と合流した。
「あんた、来てたの」
「来てました」
「お、竹内ー!」
絵島が、屋台の、奥から、ぴょこっと、顔を出した。
「お前、たこ焼き、ふたつめだぞ」
「うるさい」
「最近、お前、うるさいしか、言わないな」
「うるさい」
絵島は、ふんと、笑った。
あかりが、ぴょんぴょん、跳ねながら、走ってきた。
「竹内君! みなみさんも、来てるよー!」
「あ、そう」
「今村さんも、来てるよー!」
「ええっ」
ぼくは、ぱっと、お好み焼きの皿を、危うく、おとしそうに、なった。
桐島先輩が、すうっと、皿を、つかんで、ささえた。
「あんた、ほんと、ヤバいね」
「すいません」
「人物撮るなら、もうちょっと、しっかり、しなさい」
「は、はい」
「写真、撮ってるとこ、見せたら? 二人に」
「は、はい」
桐島先輩は、ぼくの、肩を、ぽんと、たたいた。
それ以上、なにも、言わなかった。
ぼくは、ファインダーを、首から、はずして、両手で、握った。
提灯の、あかりが、ファインダーの、レンズに、すうっと、入った。
* * *
屋台の、奥のほうで。
みなみが、ふつうに、立っていた。
ぼくに、気づくと、ちょっとだけ、ぺこっと、頭を、下げた。
ぼくも、ぺこっと、頭を、下げた。
「お祭り、楽しんでる?」
「あ、はい」
「写真、撮ろうか」
「あ、はい」
ぼくは、ファインダーを、構えた。
みなみは、ぺこっとした、姿勢のまま、すこしだけ、笑った。
おとなしいけど、芯のある、いつもの、みなみの、笑顔、だった。
ぼくは、シャッターを、きった。
カシャ。
「ありがとう、ございました」
「うん。また、こんど」
「はい」
ぼくらの、間には、ふつうの、ぺこ、と、ふつうの、笑顔が、あった。
ぼくは、それで、よかった。
* * *
すこし、はなれて。
提灯の、ちょうど、すき間の、あかりの下に、今村さんが、ふつうに、立っていた。
ぼくは、すこしだけ、息を、整えた。
「あの」
「うん」
今村さんは、ふつうに、ぼくの方を、見た。
無表情の、いつもの目、だった。
でも、いつもより、ちょっとだけ、やわらかかった。
「写真クラブ、続けて、くれる?」
ぼくは、聞いた。
なぜか、聞いていた。
今村さんは、すこしだけ、間を、あけて、ふつうに、答えた。
「うん」
ぼくは、すこし、息を、はいた。
「……そっか」
それだけ、だった。
それ以上は、なにも、言わなかった。
今村さんも、なにも、言わなかった。
提灯の、あかりが、今村さんの、肩のあたりで、ふつうに、ゆれていた。
ぼくの、胸の、まんなかは、しんと、していた。
しんとして、すこしだけ、あったかかった。
声には、出さなかった。
それで、よかった。
* * *
屋台の、すみの、ベンチで、坂本さんが、ジャケットの襟を、なおしていた。
横で、奥さんが、ふつうに、わたあめを、食べていた。
「やあ、竹内君」
「こんばんは」
「お祭り、たのしんでるか」
「はい」
「お母さんと、来た?」
「はい」
奥さんが、わたあめを、ふっと、横に、よけて、ぼくの顔を見た。
「あらー」
「あ、こんばんは」
「やっぱり、お父さんと、似てきたわねえ」
ぼくは、ぴたっと、止まった。
胸の、まんなかが、すこしだけ、しんと、なった。
「……そう、ですか」
「うん。ぜんぜん、雰囲気が、ね」
「お父さん、最近、どう、してますか」
ぼくは、ふつうに、聞いてみた。
奥さんは、ちょっとだけ、坂本さんを見た。
坂本さんは、ジャケットの、襟を、なおすのを、止めた。
それから、ふつうに、答えた。
「元気、らしいよ」
「らしい、ですか」
「うちの、夫が、よく、知ってる」
ぼくは、坂本さんを、見た。
坂本さんは、ふつうに、笑った。
「うん。元気だ」
「そう、ですか」
ぼくは、ぺこっと、頭を、下げた。
目の、奥が、ちょっとだけ、熱くなった。
ちょっとだけ、だった。
すぐに、引っこめた。
引っこめながら、お好み焼きを、もう一口、ふつうに、食べた。
ふつうに、おいしかった。
* * *
そのとき、だった。
「やあ」
ぼくの、後ろから、声が、した。
聞きおぼえの、ある、ような、ない、ような、声、だった。
ふりむいた。
ふつうの、おじさん、だった。
ジャケットでは、なかった。
ふつうの、ジャンパー、だった。
頭は、ぼくより、ちょっと、白いところが、あった。
目が、ちょっとだけ、雄太に、似ていた。
「お父さん……?」
ぼくは、つぶやいた。
「ああ、ただいま」
ふつうに、答えた。
ふつうすぎる、ただいま、だった。
ぼくは、口を、ぱくぱく、させた。
ただいま、と、言われたら、おかえり、と、言うんだろう、と、思った。
でも、口が、うまく、動かなかった。
目の、奥が、ふっと、熱くなった。
すぐには、引っこめられなかった。
ぼくは、ぱっと、下を、向いた。
下を、向いたまま、しばらく、固まっていた。
そのうち。
下の、地面の、提灯のかげが、ぐにゃっと、ゆれているのが、見えた。
ぼくの、目のせい、だった。
「お、お好み焼き、うまそうだな」
お父さんが、ふつうに、屋台を、見まわして、ふつうに、つぶやいた。
「あ、はい」
ぼくは、ぱっと、顔を、あげた。
声が、すこし、かすれていた。
すこしだけ、かすれた、ぼくの「はい」を、お父さんは、ふつうに、聞き流した。
「ひとつ、買ってくる」
「あ、はい」
お父さんは、ふつうに、屋台に、歩いて、ふつうに、お好み焼きを、買った。
ふつうに、ぼくの、横に、もどってきて、ふつうに、お好み焼きを、食べはじめた。
それで、よかった。
ぼくは、しばらく、黙って、お父さんの、横顔を、見ていた。
ぽろっと、聞いた。
「鳩……金色の」
「うん」
「あれ、お父さん、ですか」
「うん。あれは、特区管理システムの、視認テスト用」
「視認、テスト」
「住民が、空を、ちゃんと、見るかどうかの、テスト」
「テスト?」
「うん」
「鳩、なんで、金色」
「かわいい、と、思って」
「センス、おかしい!」
ぼくは、思わず、叫んでしまった。
お父さんは、ふつうに、お好み焼きを、もぐもぐ、しながら、ふつうに、答えた。
「失礼だな」
「いや、失礼じゃ、ないですよ、ふつう、ふつう、おかしい、ですよ」
「うーん」
「UFOは、何ですか」
「あれは、雑草ロボの、母艦」
「雑草ロボに、母艦、ある、ん、ですか」
「ある」
「雑草、抜くだけ、ですよね?」
「いや、ちがう」
お父さんは、お好み焼きを、もう一口、もぐっと、食べた。
「あれは、雑草、抜くふり、して」
「はい」
「地震と、火山の、長期観測装置」
「は」
「雑草を、選り分けてるのは、土壌の、サンプル、採取」
「は」
「針を、刺してるのは、地下水と、地殻の、振動を、はかってる」
「は」
「日本中に、配置するための、運用試験」
「は」
ぼくは、口を、ぱくぱく、させた。
「全部、つながってる、んですか」
「全部、つながってる」
「カモフラージュ、すごい、ですね」
「住民が、こわがらないように、と、思って」
「住民、ふつうに、こわがってましたよ!」
「うん。失敗だ」
「失敗、だったんだ!」
お父さんは、ふつうに、笑った。
ぼくは、ふっと、笑ってしまった。
笑った、あとで、目の、奥が、もう一回、熱くなった。
すぐに、引っこめた。
引っこめながら、お父さんの、横顔を、ちらっと、見た。
ふつうの、横顔、だった。
ふつうに、お好み焼きを、食べる、ふつうの、お父さんの、横顔、だった。
それで、よかった。
* * *
「あと、母船」
「はい」
「あれは、自信作なんだが」
「自信作、なんだ!」
「うん」
「自信作、こわい、ですよ」
「失礼だな」
「ふつうの、人、見たら、絶対、こわい、ですって」
「広報誌に、書いておいたが」
「読まないですって、ふつう」
「回覧板にも、書いた」
「行政、アナログ、すぎですよ!」
お父さんは、ぐぐっと、口を、あけて、ふつうに、笑った。
ぼくも、ふつうに、笑った。
しばらく、笑った。
* * *
ふと。
ぼくの、足元のあたりで。
ぴこ、ぴこ、と、いつもの音が、した。
見ると。
コンロボが、ふつうに、ぼくの、横で、ぴこ、ぴこ、と、胸のランプを、点滅させていた。
業務同行のため、いるんだか、お祭りに、来ただけ、なんだか、ぼくには、わからなかった。
たぶん、コンロボにも、わかってない。
「お前、来てたのか」
「業務、同行、です」
「業務、お前、それ、何の業務?」
「随行も、任務の、一部、です」
「日本語にすると?」
「お祭り、たのしい、です」
「お前、それ、業務じゃ、ないだろ」
「現時点限定の、感情、です」
「現時点限定かよ」
ぼくは、ふっと、笑った。
それから、コンロボの、頭を、ぽんと、軽く、たたいた。
コンロボは、胸のランプを、二回、点滅、させた。
なんとなく、うれしそうに、見えた。
* * *
そのとき、だった。
ぼくは、口を、ちょっと、あけた。
そのまま、しばらく、考えた。
胸の、まんなかで、なにかが、すうっと、ほどけはじめた。
毎朝、ぴこ、ぴこ、待っている、コンロボ。
ぼくの、視線を、追いかけてくる、アール。
「写真部の、竹内ね」と、ふつうに、言った、七瀬さん。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぼくのため、みたいに、ふるまっている。
ぜんぶ、ぜんぶ、つながっている、気が、した。
「あ」
ぼくは、お父さんの、横顔を、ちらっと、見た。
「お父さん、これ──」
「うん」
「コンロボとか、アールとか、七瀬さんが、ぼくに、なつくの」
「うん」
「お父さんの、せい、ですか」
お父さんは、お好み焼きを、ぐもっと、食べた。
「半分、正解」
「半分」
「特区管理システムに」
「はい」
「主任の、家族、って、登録されてる」
「はい」
「ちょっとだけ、親しげに、振る舞うように、設定、されてた」
「ぜんぶ、お父さんの、せい、じゃないですか」
「設計の、問題だな」
「設計じゃ、なくて、人格の、問題ですよ!」
お父さんは、ぐぐっと、口を、あけて、ふつうに、笑った。
ぼくは、ふっと、コンロボを、見た。
コンロボは、ぼくの、横で、ぴこ、ぴこ、と、ふつうに、胸のランプを、点滅させていた。
ぼくの、ツッコミも、お父さんの、解説も、ぜんぜん、聞いていないみたいに。
ふつうに、ぴこ、ぴこ、していた。
ぼくは、ふっと、笑った。
「お前は、お前、だな」
コンロボは、すこしだけ、間を、あけた。
「私は、私、です」
「お前のそれ、自分でも、わかってないやつ、だろ」
「自己申告、です」
「自己申告で、自分のこと、わかった、ふりするな」
「特例の、一号機です」
「もう、毎回、それで、流すな」
ぼくは、ふっと、笑った。
横で、お父さんも、ふつうに、笑っていた。
設計が、どうとか、設定が、どうとか、お父さんの、せいなのか、コンロボの、せいなのか、よく、わからなかった。
でも。
ぼくの、横で、ぴこ、ぴこ、している、こいつは。
たぶん、こいつ、だった。
それで、いい、気が、した。
* * *
そのとき、ベンチのほうから、声が、した。
「諸星先生、お久しぶりです」
お父さんが、ぺこっと、頭を、下げた。
ぼくは、ぱっと、ふりむいた。
ベンチに、いつものように、諸星さんがすわっていた。
帽子を、ふつうに、深く、かぶって、缶コーヒーを、ふつうに、もっていた。
「あ、武くん。今日は、何の、用?」
「息子に、会いに、です」
「ああ、そう」
ぼくは、ぴたっと、止まった。
「諸星さん」
「ん」
「お父さんと、知り合いなんですか」
諸星さんは、ふつうに、缶コーヒーを、ぐびっと、のんだ。
それから、ふつうに、答えた。
「元同僚、だよ」
「えっ」
「先に、引退しただけ」
「えっ」
「地面のこと、研究、してた」
ぼくは、口を、ぱくぱく、させた。
第三話の、缶コーヒーが、一瞬、止まった、あの瞬間。
第十話の、雑草ロボの、針の、地面の、しらべ方を、聞いたとき、何も、答えなかった、あの瞬間。
第十一話の、ぼくが、声に出した、その瞬間に、ふっと、笑った、あの瞬間。
ぜんぶ、ふっと、つながった、気が、した。
「諸星さん、知ってて、何も、言わなかったんですか」
「うん」
「なんで」
「言わない方が、いいことも、ある」
「えっ」
諸星さんは、ふつうに、缶コーヒーを、ぐびっと、のんだ。
「君が、自分で、見るほうが、ね」
ぼくは、口を、つぐんだ。
胸の、まんなかが、もう一度、しんと、なった。
しんとして、すこしだけ、あったかかった。
ふつうに、ふつうに、しんと、していた。
* * *
諸星さんが、缶コーヒーを、ふつうに、置いて、ぽつりと、つぶやいた。
「あ、あと、富士山も、そろそろ、噴火するみたいだしね」
「えっ」
ぼくは、ぱっと、口を、あけた。
お父さんが、ふつうに、つけ加えた。
「そうそう、次の、研究は、富士山、噴火対策、ロボだ」
「えっ」
諸星さんが、ふつうに、聞いた。
「本当に、噴火するの?」
お父さんが、ふつうに、答えた。
「そろそろね」
「やめて、ーっ!」
ぼくは、思わず、叫んでしまった。
お父さんと、諸星さんは、ふつうに、笑った。
ぼくの、横で、コンロボが、胸のランプを、ぴこ、ぴこ、と、点滅させていた。
桐島先輩が、屋台のすみから、ぼくらを、ちらっと、見て、ふっと、笑った。
絵島が、ふんと、口を、あけて、こちらを見ていた。
あかりが、けらけら、笑いながら、ぴょんぴょん、跳ねていた。
みなみが、屋台の、奥のほうで、ふつうに、立っていた。
今村さんが、提灯のあかりの下で、ふつうに、立っていた。
七瀬さん──ルウア──が、お祭りの、入り口のほうで、ふつうに、警備、していた。
坂本さんと、奥さんが、ベンチの、横で、ふつうに、わたあめを、食べていた。
お母さんと、ハルカが、屋台の、別のすみで、ふつうに、たこ焼きを、食べていた。
ぼくは、ファインダーを、構えなおした。
撮ろうか、と、思った。
撮らなくても、よかった気が、した。
でも、撮ろうと、思った。
シャッターを、ゆっくり、きった。
カシャ。
提灯の、あかりが、ふつうに、ゆれていた。
風が、ふつうに、街を、抜けて、いった。
雑草ロボが、屋台の、すみで、ふつうに、地面に、針を、刺していた。
ぼくは、ファインダーを、おろして、空を見た。
雲は、ふつうに、流れていた。
母船は、ふつうに、雲の、奥に、すこしだけ、見えていた。
ぼくの、心の中で、ぽつりと、声が、する。
正しく、見るんだ。
そうすれば、こわくない。
ぼくは、ふつうに、つぶやいた。
声には、出した。
「正しく、見れば」
「ふつうの、お祭り、だな」
お父さんが、横で、ふつうに、笑った。
「うん。ふつうの、お祭りだ」
ぼくは、もう一度、シャッターを、きった。
カシャ。
提灯の、あかりが、ファインダーの、中で、ふつうに、ゆれていた。
──こうして、機械化学園特区の、本日も、平常運転、だった。
たぶん、来年も。
了




