第一話 金色の鳩
「何が起きているか、ちゃんと見るんだ。そうすれば、こわくない――」
それが、お父さんが言ってくれた、最後の言葉だ。
三年前、お父さんは大事なお仕事のために、遠くへ行った。
ぼくにも、お母さんにも、ちゃんと「いつ帰ってくるか」は、教えてくれなかった。
たまに電話はかかってくる。でも、すぐ切れる。
たまに、心のなかでも、声がする。
さびしいって気持ちは、もう、あんまりない。
でも、まったくないわけでも、ない。
目玉焼きの、ジュウジュウ焼ける音と、テレビのアナウンサーの、ちょっとまじめすぎる声。
その二つを聞きながら、ぼくは洗面所で、歯をみがいていた。
「お兄ちゃーん、おそーい!」
ダイニングから、妹のハルカの声がとんでくる。
口をゆすいで、タオルで顔をふく。
「雄太、ちこくするよー」
お母さんがフライパンの目玉焼きを、お皿にすべらせながら言う。
「わかってる」
ぼくはイスにすべりこんで、目玉焼きの黄身を、ぐっとつぶした。
お父さんがいたころから、ぼくは黄身をつぶす派。
ハルカは、つぶさない派。
お父さんもお母さんも、しょうゆ派。ハルカだけ、塩こしょう派。
家族でひとりだけ、ちがう。
テレビでは、朝のニュースが流れていた。
お母さんは、フライパンの目玉焼きを、ぐいっとひっくり返している。
ハルカは、スマホを見ていて、テレビをまったく見ていない。
『……つづいてのニュースです。東京都練馬区の石神井公園では、けさもまた、あの“金色のハト”の目撃情報が――』
画面のすみっこに、ちらっと、変な鳥が映る。
めちゃくちゃ、ぴかぴかに光っていた。
「またあれかー」とお母さん。
「先週からずーっとだね」とハルカ。
「お兄ちゃん、信じる?」
「あの鳩のこと?」
「だって、金色だよ。ふつうの鳩、金色になる?」
「ならないだろ」
「ねっ」
「でも、あの鳩は、なってる」
「なってるって……」
ハルカがほっぺをふくらませた。
「そういうとこ、お父さんに似てる」
ぼくは黄身をなめながら、ちょっとだけ笑った。
「いってきまーす」
「車に気をつけてー」
ランドセルをしょって、玄関を出ると、四月の朝の空気は、ちょっとつめたくて、すぐ気持ちよくなった。
* * *
通学路に、出る。
少し先の方から。
カラカラ、カラカラ、と、車輪の音が、近づいてきた。
コンロボが、一体、ローラースケートみたいな足で、走ってきた。
胸のランプを、業務中の早さで、ぴこぴこ光らせていた。
ぼくは、なんとなく、よけた。
そのまま。
バゴッ。
コンロボが、電柱に、まっすぐ、つっこんだ。
ひっくりかえって、車輪が、空中で、くるくる、まわっていた。
ぴこ、ぴこ、ぴこ、ぴこ。
ランプが、四回、点滅した。
コンロボは、ぐいっと、起き上がった。
「業務、続行、します」
無表情に、自己申告すると、また、走り去った。
ぼくは、撮らずに、通り過ぎた。
ぼくは、ふと、振り返った。
コンロボは、もう、ぴこ、ぴこ、と、業務に、戻っていた。
ぼくは、また、ふつうに、まっすぐ、歩いた。
* * *
通学路の角を曲がると、今日も、いた。
丸い、胴体。
どんぐりみたいな、頭。
みじかい、アーム。
胸のランプを、なぜかすっごく元気よくチカチカさせながら、電柱の根元をのぞきこんでいる。
市の、インフラ管理ロボット。
通称――コンロボ。
見た目はどう見ても、おもちゃだ。
でも、これでもいちおう、れっきとした“公務機”だ。
排水管の点検、道路のひびのチェック、電線の見まわり、その他いろいろ。
市のパンフレットには、ちゃんと書いてあった。
『市民生活を、かげから支える、たよれる作業機』
……かげから支えろよ、と、ぼくはいつも思う。
「おはようございますっ! 竹内雄太様!」
コンロボは、くるりとふりむいて、ピシッと敬礼した。
「……またお前か」
「また私です!」
「そこ、誇らしげに言うなよ……」
ぼく――竹内雄太は、ランドセルをしょいなおした。
春の朝。風はまだ、ちょっとだけ、つめたい。
この街は、ちょっと変わっている。
国と市が一緒にやっている、『科学推奨特区』っていう、お試し地区だ。
学校にも、道路にも、商店街にも、ロボットが、やたらといる。
ぼくが通っているのは、私立機械化学園・初等部・六年。
同じしき地に、初等部・中等部・高等部がぜんぶある、ちょっと変わった学校だ。
写真クラブだけは、初等部・中等部・高等部の合同で、ぼくも、そこに混じっている。
……まあ、その話はまたあとで。
問題は、まず、こいつだ。
コンロボはぼくのとなりを、ぴょこぴょこ歩きはじめた。
ならぶ必要、ぜんぜんないのに、ならんで、歩く。
「今日は、朝ごはんを食べましたか」
「食べたよ」
「内容は」
「トーストと、目玉焼き」
「良好です!」
「何がだよ」
コンロボは、ぴたっと立ちどまって、ぼくの顔のあたりを見上げた。
見上げる、といっても、こいつの頭は、ぼくの腰くらいまでしかない。
「今朝の、おなかの調子は、どうでしたか」
ぼくは、足を、止めた。
「……それ、女子に聞いたら、アウトだからな」
「承知しております」
「承知してるなら、聞くなよ!」
「竹内様には、問題ないと、判断しております」
「その判断が、もう、あぶないんだよ……」
コンロボは、胸のランプを、二回点滅させた。
考えているふりなのか、本当に考えているのか、よくわからない間だった。
「では、表現を修正します。今朝の、生理的循環は、円滑でしたか」
「悪化してる!」
通学中の小学生が二人、こっちを見て、くすくす笑っていた。
やめてほしい。
朝から、ぼくのはずかしさが、地域に公開されていた。
「……お前、インフラ管理ロボだろ」
「はい!」
「マンホールとか、電線とか、そっち見ろよ」
「機能向上による、円滑な業務遂行のためです」
「日本語にして」
「お仕事を、もっとうまくやるためです」
「やっぱり日本語にできるんじゃん!」
「最初からできます」
「最初から、それで言え!」
コンロボはまた、ぴょこぴょこ歩きはじめた。
「あなたの健康にも、寄与します」
「寄与しないよ。ぼくの『朝のはずかしい』が、増えてるだけだよ」
「精神的安定は、作業精度を、〇・七パーセント、向上させます」
「だから、それ、お前のためじゃん!」
「否定はこんなんです!」
「ちょっと、つまっただけだろ……」
* * *
うしろから、ぼそっと、低い声がした。
「朝から、ご機嫌だな、お前」
ふりむくと、絵島がいた。
ねぶそくみたいな目をした、いつものぶあいそうな顔。
ぼくの、いちばんなかのいい、友だちだ。
「機嫌よくない」
「ぜんぶ、住宅街にひびいてたぞ」
「最悪だ……」
「『おなかの調子』のあたりで、すれちがいの女子が、のけぞってた」
「やめてくれ……」
絵島はコンロボを見た。
「お前、また雄太にだけ、付きまとってんのか」
「付きまとってはおりません。お仕事上の、好意的接触です」
「言いかえても、変わってないぞ」
絵島はぼくに向きなおった。
「お前、そのうち、刺されるぞ」
「な、なんでだよ!?」
「まわりの、しっとで」
「だれが、これにしっとするんだよ……」
コンロボは、胸をはった。
「竹内様は、人気があります」
「お前だけの統計だろ、それ」
「現時点では」
「現時点限定かよ……」
* * *
校門が見えてきた。
私立機械化学園・初等部の正門。
名前だけは、なんかすごそうだけど、中身はわりと、ふつうの小学校だ。
宿題はあるし、体育はきついし、購買のメロンパンは、すぐ売り切れる。
ただし――各クラスに、ひとりずつ、人型の管理アンドロイドがいる。
登校の見守り、安全のチェック、授業のお手伝い、生活指導、学習ログのしゅうしゅう。
建前はいろいろあるけれど、要するに、
「先生だけじゃ手がまわらないから、機械にも、見守ってもらおう」
という、夢があるような、ないような話だ。
そして、その人型たちは、機体ごとに、けっこう性格がちがう。
やたら事務的なやつもいれば、笑顔だけ完ぺきなやつもいる。
うちのクラス担当のアールなんかは、どう考えても、設計のどこかが、ふざけていた。
「竹内さん」
校門の向こうから、その本人が、すっと近づいてきた。
人型。背が高い。黒髪。無表情。
しかも、なぜか――小学生用の制服を、きっちり着ているのに、めがねまでかけている。
なんでめがねが必要かは、だれも知らない。
本人は「印象補正です」と、言っていた。
言ってる意味は、相変わらず、よくわからない。
「ちこくまで、残り三分です」
「うわ、ほんとだ」
「なお、玄関前での私的会話は、学習効率を低下させます」
ぼくはコンロボを指さした。
「こいつが、からんでくるからだろ!」
「原因分析は可能です」
「してくれ」
「竹内さんが、応答するからです」
「そこ、ぼくが悪いの!?」
「はい」
絵島が、ぶはっと吹きだした。
「ほら見ろ」
「お前は、黙ってろ……」
アールはコンロボを、ちらっと見た。
「市の管理ロボが、特定の生徒に毎朝、はなしかけるのは、本来の動きではありません」
「だよな」
「過去のログでも、れい外的です」
「……え?」
ぼくは、コンロボを見た。
コンロボは、なぜかピシッと姿勢を正した。
「れい外です!」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「竹内様との接触は、私の機能を向上させます」
「だから、それ気分転換だろ」
「あなたの、いやしにもなります」
「インフラの仕事、ぜんっぜん関係ないじゃん」
「気持ちのおちつきは、お仕事のせいかくさを、〇・七パーセント、上げます」
「ほら、ただの散歩じゃん!」
「否定できません!」
「またかよ……」
アールが、ぼそっと言った。
「かなり、こわれていますね」
コンロボが、すかさず抗議した。
「故障ではありません!」
「そういうとこだよ!」
ぼくが叫んだしゅんかん。
校門の向こうで、何人かが、ざわっとした。
視線が、いっせいに、空へ向く。
「……何だ?」
絵島が、目を細めた。
つられて、見上げる。
青い、四月の空を。
一羽の鳩が、よこぎっていた。
最初は、ふつうだった。
いや、ふつうに、見えた。
でも、太陽の光が、はねに当たった、しゅんかん。
ぬるっと、ひかった。
金色だった。
「は?」
ぼくは、思わず声を出した。
鳩は、学校前の街路樹にとまって、首をふった。
完全に、ふつうの鳩のうごきだった。
ただ、全身が、ありえないくらい、きれいな金色だった。
昇降口の前にいた生徒たちが、つぎつぎとスマホを向ける。
ざわめきが、いっきに広がる。
「マジで!?」
「加工じゃないの?」
「動画、動画ぁ!」
絵島が、小さく言った。
「……ほんもの、か」
ぼくのとなりで、コンロボが、胸のランプをいつもより強く、点滅させた。
「高反射、生体個体を、確認」
「言いかた!」
アールは、いつもの無表情のまま、空を見上げていた。
頭の中で、お父さんの声が、ぽつんと、よみがえった。
『何が起きているか、ちゃんと見るんだ。そうすれば、こわくない――』
ぼくは、ふっと、息をはいた。
まだ、ぜんぜん、こわくは、なかった。
だってこれ――。
ふつうの鳩が、金色になっているだけだから。
「アール」
「はい」
「あれ、本物か」
「現時点では、判定不能です」
「お前、ほんとそういうとこな」
* * *
ぼくと絵島は、コンロボを校門に置いて、走った。
「業務に、もどります!」
うしろから、コンロボの誇らしげな声が聞こえた。
なんで、見送られているんだろう、ぼくたちは。
教室は、いつもより、ちょっとざわついていた。
「見た? 金色の鳩」
「やばくない?」
「うちのお母さん、テレビで見て、ぼう然としてた」
「もうネットで一位だよ!」
いつものメンツが、スマホを片手に、はしゃいでいる。
ぼくは、自分の席についた。
ふと、視線が、自然と、まどぎわに向いた。
二列目。
そこに、彼女が、いた。
今村さん。
黒髪。
白い指先。
まどの外を、流すように見ている横顔。
四月にクラスがえがあって、まだ、一週間しかたっていない。
まだ、ぼくは彼女と、まともに話したことがない。
話しかける勇気が、出ないからだ。
ぼくは、はずかしがりだ。
しかも、ただはずかしがるならまだいい。
ふつうを装おうとして、毎回、事故る。
でも、今日は、決めていた。
今日こそ、ふつうに「おはよう」を言う。
ふつうに。
何でもない顔で。
自然に。
「お、おはよう」
言えた。
たぶん、言えた。
しかし次のしゅんかん。
今村さんが、こっちを見た。
目が、合った。
思ったより、近い。
きれいだ。
脳が、止まった。
「……まど」
「え?」
「いや、その、まど際……いいよね」
何を言ってるんだ、ぼくは。
教室の空気が、一秒、止まった気がした。
今村さんは、一秒だけ、無表情でぼくを見たあと、視線をまどの外にうつした。
「……そうね」
「あ、うん、そうだよね」
ぼくは、自分の席にすわった。
心ぞうが、うるさい。
斜め前で、絵島が無言で、こっちを見ていた。
「……何」
「すごいな」
「何が」
「初手で、人じゃなくて『まど』をほめるやつ、初めて見た」
「やめろ」
「お前ほんと、そういうとこな」
「やめろってば!」
そのとき、教室のうしろのドアがあいた。
アールが、入ってきた。
「おはようございます。出席確認をはじめます」
クラスメイトたちが、つぎつぎ席についた。
「アール、お前、見た?」
「見ました」
「どう思う?」
アールは、少しだけ間をおいて言った。
「社会が、騒ぎたがっている、と分析します」
「お前、朝から重いな」
「軽量モデルですが」
クラスのあちこちで、笑いがおきた。
「竹内さん」
「はい」
「本日の精神状態は、やや不安定です」
「出席確認で、言うことじゃないだろ!」
「今村さん」
その名前が呼ばれたしゅんかん、ぼくの目は、無意識にそっちを向いた。
「はい」
今村さんは、まっすぐ、前を向いていた。
でも――。
ほんの一しゅんだけ。
こっちを、見た気がした。
……気のせいだ。たぶん。たぶん。
……たぶん?
* * *
放課後。
写真クラブの部室は、旧校しゃの三階のいちばん奥にある。
むかしは「視ちょうかく準備室」っていう、よくわからない部屋だったらしい。
せまい。
古い。
でも、なんか、おちつく。
ドアをあけると、薬品と紙と、ちょっとしめった木のにおいが、まじって、流れてきた。
「おそい」
いきなり、それだった。
うちの写真クラブの副部長――桐島先輩が、うでを組んで、こっちを見ていた。
中等部の二年。
うちの初等部・中等部・高等部の合同クラブのメンバーで、ぼくよりふたつ年上だ。
細い、ぎん色のぶちのめがね。
肩までの、黒い髪。
制服はきっちり着ているのに、なぜか、この部室の中では、誰よりも馴じんで見える。
たぶん、ここがこの人の本拠地だからだ。
「いや、ちょっと、教室で……」
「またコンロボに、つかまってたんでしょ」
「なんで、わかるんですか」
「朝、校門で『おなかの調子』のはなししてたって、もう中等部にまで広まってる」
「情報網どうなってんですか、この学校!」
「女子の情報網、なめないほうがいいわよ」
ぼくは、ことばにつまった。
部室の奥の机で、白いエプロンをした女の子が、ふりかえった。
「あ、竹内君、おはようございますー!」
元気いっぱいの声。
あかりだ。
初等部の五年。うちの後輩。
その横に、もう一人。
まどぎわで、しずかにアルバムをめくっている女の子がいる。
みなみだ。
初等部の六年。実は、ぼくと、おなじクラス。
クラスでは、教室の前のほうで、いつも本を読んでる、おとなしいタイプ。
ぼくは、まだあんまり、話したことが、ない。
ぼくに気づくと、ぺこっと小さく、おじぎをした。
「お、おはよう」
ぼくも、おじぎを返した。
そのとき、後ろからアールが、すっと入ってきた。
今日も、無駄に姿勢がいい。
無駄に。
「おはようございます。桐島副部長」
「おはよう、アール」
桐島先輩は、ふつうに返した。
アールのことを、機械としてではなく、完全に部員として扱っている、ふしぎな人だ。
しかも、たぶん、ぼくよりも、雑に扱う。
「アール、昨日の現像液、補充した?」
「完了しています」
「ありがとう」
「竹内さんの分も、完了しています」
「なんで、ぼくの分まで、アールが」
桐島先輩がため息をついた。
「あんた、昨日やるって、言ったでしょ」
「……言いましたっけ」
「言ったわよ」
「言いましたね」
アールが、即こうげきした。
「写真クラブ内の、竹内さんの『あとでやる』発言ログは、長期保存対象です」
「最低だな、そのシステム」
あかりが、けらけら笑った。
「やー、部長、いつもですもんね、それー」
「あかり、お前は黙ってろ」
「えー」
桐島先輩が、口元だけで、すこし笑った。
「で、ロボッ……あ、ちがう、アール」
桐島先輩が、めずらしく、言いまちがえた。
アールが、ぴたっと止まった。
めがねを、すうっと、押し上げた。
「副部長」
「は、はい?」
「アンドロイドと、言ってください」
桐島先輩が、まばたきした。
「いや、アールって言ったし、いま」
「ロボット、と言いかけました」
「ばれてた」
「アンドロイドと、言ってください」
「言ったって!」
「もう一度、ちゃんと、お願いします」
桐島先輩は、ちょっとだけ、まよった顔をした。
「……ア、アンドロイド」
「ア・ン・ド・ロ・イ・ド」
「うわぁ……」
ぼくは、思わずつぶやいた。
「アール、お前、めんどくさいやつだったの?」
「印象補正です」
「だからそれ、なんなんだよ!」
あかりが、ばたばたと笑っていた。
みなみも、ちょっとだけ、くすっと笑っていた。
桐島先輩は、ため息をついて、こめかみを押さえた。
「……まだ、四月なのにね」
なぜか、しみじみと、言った。
そのとき。
「副部長」
「はい」
「また、増えました」
「え?」
みんなで、まどの外を見る。
校庭のさくらの枝に、金色の鳩が、三羽。
いや、四羽。
今朝より、確実に、増えていた。
校庭の下では、生徒たちがスマホを向けて、さわいでいた。
桐島先輩が、めがねを押し上げた。
「……きれいね」
ぽつりと、それだけ言った。
ぼくは、その横顔を、つい、見てしまった。
この人も、こういう顔を、するんだなと、思った。
* * *
夕方。
ぼくは、一人で家へ帰る道を、歩いていた。
通学路の途中に、小さな公園がある。
ブランコが二つ。
すなば。
あとは、ベンチが、一つ。
広くもないし、特別きれいでもない。
でも、毎日通る場所だ。
その日も、いつものように、そこを通った。
ベンチに、おじさんが、すわっていた。
帽子を、深くかぶっている。
手には、缶コーヒー。
反対の手には、何か、小さな、丸い機械。
それを、やけにていねいに、布で、ふいていた。
ぼくは、なんとなく、足を止めた。
おじさんは、ぼくに気づかない。
いや、たぶん、気づいているけど、こっちを見ない。
ただ、機械を、ふいて。
缶コーヒーを、一口、のんだ。
空を、見上げる。
夕やけが、街を、きれいに染めていた。
その空の、すみっこ。
街路樹の上に、金色の鳩が、いた。
一羽じゃなかった。
二羽、いた。
今朝より、確実に、増えていた。
ぼくは、おじさんに声をかけようとして、やめた。
なんとなく、声をかけちゃいけない気が、した。
おじさんは、機械をふきおえると、ポケットにそれをしまって、また、空を見上げた。
まるで、何かを、数えているような、目をしていた。
鳩でも、数えてるのかな。
そう思って、ぼくも空を見上げた。
金色の鳩は、二羽、いた。
おじさんは、何も、言わなかった。
ぼくは、そのまま、公園を出た。
* * *
家に帰ると、テレビがついていた。
『……石神井公園で目撃された“金色の鳩”ですが、本日午後、ついに、二羽目の個体が確認されました。専門家のあいだでは……』
「お兄ちゃん、二羽目だって!」
ハルカが、リビングからとんできた。
「うん、知ってる」
「学校でも見た?」
「めちゃめちゃ、見た」
「ずるい!」
「ずるくはない」
ぼくは、ランドセルを、おろした。
台所からは、お母さんが夜ごはんをつくる音。
ニンジンを切る音と、ゆきちゃってない、ふつうの夕方の音。
明日も、たぶん、いつもの朝じゃない。
でも――。
お父さんの声が、また、頭の中で、聞こえる。
『何が起きているか、ちゃんと見るんだ。そうすれば、こわくない――』
うん。
ぼくは、ふっと、息をはいた。
今日のロケハンで撮りそこねた写真、明日は、桐島先輩に、ちゃんと撮ろう。
たぶん、明日も、ろくな日にならない。
ろくな日にならない、っていう予感は、わりと、よく当たる。
でも、写真にとるには、悪くない毎日になりそうだった。
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