42話 看守
ガシャン…ガシャン…ガシャン……
看守の重い鎧の音がアイリスの牢に向かって近づいてくる。
看守は甲冑と、首から頭部全てを覆う兜を付けているので、どんな顔をしているのかさえ全くわからない。
最初は気味が悪かったが、さすがにそろそろ見慣れてきた。
小さなパンとスープが与えられる時間だ。
アイリスは食欲は湧かなかったが、いざという時に動けないと困るので、与えられた物は必ず食べるようにしていた。
山暮らしをしていたおかげで、牢で出される食事でさえ美味しいと思える舌になっていて助かった。
看守はアイリスの牢の前で止まると、鍵を開け、キイと音を立てる重い鉄柵の扉を押すと、そのすぐ下にいつも通り質素な食事を置く。
看守は絶対中に入らないのがルールだ。
囚人と何かあって、開いた扉から逃げ出されでもしたら一大事なのだから当然だ。
だから、食事を置くだけ置いてすぐまた扉を閉めてしまう。
しかしその看守は、周りをキョロキョロ見てから、中に入ってきた。
何かされるのかと、アイリスは恐怖の目で看守を見た。しかし…
「…アイリス」
と、突然名前を呼ばれて驚いた。
顔は見えないが、それでもその声は…アイリスにはよくわかった。
「…カイル?」
看守はキョロキョロ周りを確認すると、かぽっと兜を取った。
「カイル!」
「しっ!静かに!…わっ」
カイルは自分の唇に指を当てながら静かにするように言って、また周りを確認しようとしていると、アイリスがカイルに飛び付いてきた。
カイルは驚いたが、アイリスが静かに震えているのを感じると、強く抱きしめ返し、お互いの存在を自身に思い出させるかのようにそれぞれしばらく離れられなかった。
カイルはアイリスが我慢強いことを知っている。
こんな時でも涙を我慢することも…
それでもその震えは止められないのだと思うと、強く抱きしめずにはいられなかった。
「…アイリス…こんなことになってごめん。
恐かっただろう?
ここでは酷いことされてないかい?」
アイリスはこくこくと抱きついたまま頷いた。
「今すぐにでも出してあげたいんだけど、…もう少しここにいてもらわないといけないんだ…」
カイルは納得できない自分に言い聞かせるように苦い顔をして言った。
「でも必ず助けるから、待ってて」
カイルはアイリスをさらにギュッと抱きしめた。
しかしアイリスはおもむろに体を離すと、そのカイルを覗き込む目は輝いていた。
「何か新しい計画があるのね?」
声を弾ませてそう言ったアイリスを見て、カイルは、ぷっ、と吹き出した。
やっぱりアイリスは強くて面白い子だと、逆に元気付けられてしまったことにおかしくなった。
「ははっ、またそんな顔して。こんな時なのに君はすごいな」
「すごいのはこんなところまで来ちゃうカイルの方でしょ?」
笑った顔のカイルに、アイリスは真面目な顔で返す。カイルは微笑んでアイリスをもう一度抱きしめた。
アイリスのためなら何だって出来そうな気がした。
それなのにアイリスが先に口を開いた。
「ねぇ、私に何かできることはない?」
「ふふっ、まいったな、先に言われてしまったよ。
……そうだね、君にして欲しいことは……
狼のアクアじゃなくて、人間の僕を好きになってもらうことくらいかな?…なんてね?」
カイルはニコっと微笑んで首を傾げた。
「もうっ、ふざけないで⁇真面目に聞いてるのに!」
(大真面目なんだけどね?)
そう思って苦笑いするカイルをアイリスが軽く睨む。
「ふふっ、ごめん、ごめん。
でも本当に大丈夫だから、僕に任せておいて?
それに君の父上も助けてくれているから、心配ない。計画通りに進めば明日には解放されるはずだから、あと少しだけ待ってて?」
「…わかりました。…でも絶対無茶はしないでね?」
「ああ、気をつけるよ、ありがとう。
じゃあ、そろそろ見つかる前に行くよ。
君をここに置いて行きたくないけど…」
カイルは名残惜しそうにアイリスを見つめた。
「明日には出られるんでしょう?」
アイリスはそう言って微笑んだ。
「ああ、必ず出してみせる!」
もう震えは止まり、いつもの元気なアイリスに戻ったのを見て少し安心したカイルは、もう一度だけ抱きしめて、また兜を被ると牢を後にした。




