38話 優しい男
仮面舞踏会でのダンスは、やけに密着して踊るようなゆったりとした曲ばかりが流れ、マリーサも選んだ男にべったりとしなだれかかっていた。
アイリスはまずいと思ったがもう遅かった。
相手の男がやたら体を寄せようとしてくるので、なんとか距離をとろうと押し返していた。
「…照れてるの?こういう舞踏会は初めて?」
「あっ、い、いえ、その…まぁ、はい」
「ふふっ、可愛いね。じゃあ慣れるまで少し離れてあげるよ」
アイリスは意外に紳士なことを言うその男を少し見直した。しかし、どっちみちこの場所に来ていること自体が胡散臭いので、警戒心は剥き出しだった。
「…僕がこわい?」
「え?あ、いえ、別に…」
「いいよ、正直に言ってくれて。こんなところに来ているなんてことがそもそも危ない人間と思われていても仕方ないんだから」
「………」
図星を突かれたアイリスは俯いて黙ってしまった。
「ふふっ、君は正直でいいね。それにこんなところにいるのに初心そうなのもいい。
実は僕も友人に無理に連れて来られただけで、今回が初めてなんだよ。
別に踊ったりもせずに帰ろうかと思ってたんだけど、たまたま壁際にいた君が目についてしまってね。
ここにいる女性はみんな群がる男たちの輪に入るのが楽しいみたいなのに、君は変わってるなぁと思って、つい声をかけてしまった」
男を見ると微笑んでいるのがわかった。
「そ、そうですか…」
そんなに悪い人でもないのか…と感じたアイリスは、カムフラージュには丁度いいパートナーに巡り会ったとほっとした。
「ふふっ、君はちっとも男性慣れしてなさそうなのに、どうしてこんなところへ?」
「あ、…それはまぁ…少し興味がありまして…」
適当な相槌を打ちながら、マリーサが移動してないか目線で追う。まだダンスをのんびり楽しんでいて安心した。
「…そう。でも、もうやめた方がいいかもね?君には似合わなさそうだ。よかったらあっちで少し休憩しながら話さない?ダンスホールも見えるから、さっき君が見ていた男性のこともよく見えるよ?」
仮面から見える目がウインクしていた。
「あっ、はい、そうですね、行きます」
好きでもない男性と踊っているのは嫌だったので、丁度いい申し出だった。それに、とりあえずこの相手と居れば、他の男性を追払い易くなる。
アイリスはそう思うと、素直に従ってスタンドテーブルが置かれた場所へ連れられて行った。
「飲み物はお酒じゃない方がいい?」
「あっ、ええ」
「じゃあ、ちょっとそこで待っててね?」
そう言って、男は給仕係から飲み物を2つ貰って戻ってきた。
「はい、どうぞ?」
「あ、ありがとうございます」
アイリスは貰った飲み物をマリーサから目を離さず飲んだ。自分でも気づかないうちに喉が渇いていたようで、とてもおいしく、ごくごくと飲んでしまった。
「ふふっ、おいしそうに飲むね?喉渇いてた?緊張してたのかな?」
男は優しい笑顔でアイリスを見た。
「そ、そうかもしれませんわ。おいしかったです。持ってきてくださって、ありがとうございました」
ぐびぐび飲んだ令嬢らしからぬ行為を見られていたと思うと、さすがに恥ずかしくなってアイリスは顔を赤らめる。
「いいよ、君が喜んでくれてよかった」
そう言って微笑む男の顔が…ぼやける。何か声をかけてくるが、アイリスは遠くの方で話しているように感じ始め、…瞼がどんどん重くなり、足元がぐらついた。
「おっと…大丈夫?ちょっとお酒に酔ったかな?」
男はそう言うと、アイリスを抱き上げ、ダンスホールから出て、部屋が用意されている奥の方へと歩いて行った。
その頃にはもう、アイリスはすっかり寝息を立てていた。




