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巫女、考えてみても分からない

 ナルハと閣下は手を組むことになったのだが、現状すぐに動ける訳ではない。


 第一に時期である。今はギリギリ春であるが、学院への編入は秋が一般的だ。入学って春じゃないんだ〜と思ったことは記憶に新しい。途中入学が出来ない訳ではないのだが、それをするのは類稀なる能力を持った人材である。


 学院の初年度は選択科目など全く無く、魔術の基礎知識のみを履修する。だから面倒臭がった魔術師の家系の子供が二年目から編入ということ自体は稀に良くあるのだが、学期末から入学で〜す!は悪目立ちするのである。貴族に目を付けられると動き辛い。変なところで中世文化なので、平民差別が派手なのである。


 第二に、出自問題である。無から人は発生するか?出所不詳の人間が急に学校行けるか?当然、否だろう。

 ナルハは王立学院に紛れ込む為の戸籍...とまでは行かないが、不自然の無い経歴を手に入れる必要があった。


「手っ取り早くライガー姓を名乗るか?」


「無から発生した親族を作るんですか?かなり不自然ではないでしょうか」


「偶然にも親類の家が没落してな。当主に妻に、引き篭もりの一人娘。全員没したので真実を知る者は居ない。丁度良い隠れ蓑だと思うのだが」


「絶対それ偶然じゃないですよね!?」


「そうだとして問題は有るか?」


「無いですね」


 ナルハは非常に薄寒い心地になったのだが、ライガー姓自体は悪くない。閣下の後ろ盾はかなりデカイ。ライガーの名を持っているだけで全てが有利に進む。...ただ。


「閣下と頻繁にコンタクトを取っても不審で無い点や、高位貴族の一員であるという部分に置いて、ライガー姓は非常に有益でしょう。有益なんですけれども...」


「何方かが告発された際に同時に失脚する点が痛い」


「そうなんですよねー」


 そう。問題を挙げるとすれば、ナルハが失敗った時にレナード閣下の所にまで火が及ぶ芋蔓事故になるところだ。逆もまた然り。

 馬鹿でかいリスクを背負って小さなリスクを回避するか、小さなリスクを沢山背負って馬鹿でかいリスクを回避するか。共倒れが半端無く痛い以上、後者が良いだろう。


「苗字無しの平民ということで良くないですか?」


「それならば推薦状が必要になるな。君は確か、教皇に印を賜ったのだろう。しかしその手は使えない」


「最高権力者から直々の推薦貰った魔術師って普通にとんでもないですもんね」


「そういうことだ。なので此度は私が書いても構わないのだが...」


 思案顔で閣下は唸る。レナード閣下は普段から優秀な平民を見付けては推薦状を書いているのだが、その対象は”騎士適正のある青少年だけ“である。

 そらそうだ。実家が商家でも無い平民が貴族達と一般課程(貴族達のコネクションの場でもある)を収めるのは無駄だし、閣下はある程度の魔術はお収めになっているようだが、魔術師の適性を見抜けるほど精通している訳ではない。


 要するに、閣下が書くと騎士として鍛錬積む羽目になるよって話だ。

 ナルハは別に騎士を志すフリをしても良いのだが、コンタクトを取りたい第一王子は魔術科に居るので遠回りになってしまう。あと騎士志望の女は目立つ。


 閣下の名前で魔術科への推薦を書いて貰っても、普段騎士志望の発掘しかしてない閣下が魔術師を突然見つけてくればそれはそれで話題になってしまう。

 ここで天然ボケをかましまくってくる閣下からは汲み取れないが、本当に面倒臭いくらいの有名人なのだ。


「先ず、推薦状を書く人間を探すべきだな」


「何も知らない魔術師の方に犯罪の片棒を背負わせるのは申し訳ないですけどね...」


 次代の王とされている第一王子の序列をひっくり返したろ!という我々の謀略に巻き込むのは忍びないのだが、此方も命とかプライドとか志とか色々掛かっている。

 腐敗をスルーして我関せずに生きるのが一番利口だと互いに理解している筈だが、徹底的な理想主義者で過激派思想の閣下がナルハは嫌いではない。碌でもないが、素直に気持ちの良い人間性だと思う。やべーやつだとは思うが。


「書かせるとすれば、神官か学院の教師だろうか。丁度良さそうな人物は思い当たるか?」


 レナード閣下は魔術師の事情には疎いらしい。騎士と神官は命令系統が完全に別なので当たり前だ。

 神官も軍属ではあるが、一緒に仕事することもあるよってだけで配属も雇用も武官たちには関係無い。所謂魔術兵である戦う神官も居るが、魔術師は魔術師だけで小隊を組むので関係ない。


 その辺は魔術科卒のナルハに任せると言った感じに話を振られた。しかし、ナルハは「任せてくださいよう!」と言えない理由があった。


「...あの、閣下」


「なんだ」


「申し訳無いんですけど、誰が推薦資格を持っているとか、誰がよく人を推薦してるとか、サッパリなんですよね」


「...君は神官として何年働いていたんだ?」


「三年...」


「学院には何年居た?」


「四年です...」


「そうか...」


 気不味い空気が流れる。明らかに叱責の流れであったが、レナード閣下はあまり人を叱らないタイプの人間らしい。

 微妙な反応のまま流されてしまったので、ナルハは一周回って「怒ってくれよお!」という居た堪れない気持ちになった。半端な優しさが逆に心を抉って来る。


「何か思い出せないか?学院に入ったばかりの時期は、誰に推薦状を書いて貰ったなどと雑談をするものだろう」


「閣下もそういう話したんですか?」


「ああ。皆、私にその内容で話を振って来てな。当時の騎士団長の名を挙げる者、槍の名手の名を挙げる者...様々だったな。私は家名の力で入学したようなものだから、学院に馴染めるか少々不安だったのだが...皆が気さくで良かったよ」


「気さく...気さくでしょうか...?」


「そうだ。学院に入って暫くは、模擬戦も頻繁に誘われた。当時は熱心だとしか感じなかったのだが...今思い返すと親睦を深めようとしてくれていたのかもしれないな」


「...つかぬことをお聞きするのですけれど、それ以降は模擬戦誘われたんですか?」


「全く。やはり、親睦の為の親善試合だったのだろう。争いを嫌う平和主義であるのに、友情の為に剣を取るとは...素晴らしい同級生たちだった」


 閣下は美しい思い出のように語っているが、なぜだろう。ナルハは普通に喧嘩を売られているとしか思えなかった。

 家柄で入って来たボンボンを馬鹿にしようとしたけれど、相手にされないどころかド天然返しをされ、頭に来てボコボコにしてやろうとしたら返り討ちに遭ったと言った感じか。南無三。


 閣下はこんなのだが、本当に実力があるし頭も切れる人間なのである。人の心が絡むとクソバカ迷惑アホ天然なだけで。


 頭の痛くなる話を聞きながら自身の学生生活を思い出していたが、閣下の閣下だけは満たされたスーパーハッピー学院ライフと違って、ナルハの学院ライフはハチャメチャだったことしか思い出せない。

 霊峰で取る土素材ゴーレム。霊峰行くの面倒だった自分。パンで作ったゴーレム。合同課題提出パンゴーレム。後で知った同級生マジギレ。殴り掛かる同級生。ステゴロ弱すぎ。一方的に殴る自分。それ見た先生泡吹いて失神。うっ...断片的な記憶で頭が。


「あ」


「どうした」


「ノレイ神官が良いかもしれないです」


 ナオナ=ノレイ。ナルハの同門であり、くっ!殺す!系の敬虔な信徒である。

 特にパッとした能力の無い神官であるが、勤勉さと誠実さを買われて王城で勤務している。一応、王都勤務は精鋭揃いであり、其れなりの実力が無いと選考にすら入れないので彼もまたエリートだ。

 ナルハはキャンキャン噛み付いて来る姿しか見ていないので、そんな風には全く思えないのだが。


「彼、確か休日は殆ど慈善活動してた気がするんですよね。教会で聖書読んだり、市民に簡単な魔術教えたり。それで適性のある人材を見付けたら、率先して推薦状書いてた気がします」


 ノレイの出自をナルハは知らないが、サウス女教皇に多大な恩があるとは聞いたので大凡ナルハと同じような生い立ちなのだろう。

 しかし、己の為の時間を削ってまで神や他人に尽くす彼は若干病的だとも感じる。だが、そのお陰で推薦状が手に入りそうなので感謝すべきだろう。


「ノレイ神官か。君は仲が良かったな」


「閣下もしかして人間が二人並んでたら全て仲良しに見える感じですか?」


 ナルハとノレイは胸ぐらを掴み合って罵倒し合う間柄である。あれが仲良かったら人類の殆どは仲が良い。


「問題は私の身元が特定されたら困るってことですけれど...一度ノレイには見破られているのですよね」


 彼には一度認識阻害を破られている。

 学生時代は阻害魔術を使っていなかったとはいえ、正式に巫女と成ってからは徹底的に認識阻害をしていた筈だ。それを鑑みると、やはりノレイは優秀な魔術師なのだろう。

 或いは、ナルハ自身に強い執着があったか...と考えてはみたが、それは無いだろう。前述の通りナルハとノレイは犬猿の仲だったので。


「素人の意見なのだが、君が見破られたのは言葉遣いからではないか?認識阻害の魔術は、顔、声、匂い、体格、雰囲気を朧げにする。然し、その人物の思想や発言は記憶として残ってしまう。あくまで外的要素の認識を歪める魔術だからな」


「言葉遣い...考えてもみなかったですね」


「君は無意識なのだろうけれど、かなり特徴がある。何処となく教皇に似ている風に思う」


「あの破戒僧クソババアとですか!?」


「その辺りが特に似ている」


 レナードが話すように、認識阻害の魔術は外的要素の記憶を朧げにする効力しかない。

 話し方や語り口を強く印象に残しているのであれば、それは有り得る話であろう。成程なあとナルハは感心する。魔術師が否魔術師に指摘されて恥ずかしくないのか?


「サウス女教皇の信者であるノレイは特に、女教皇と同じような語彙と近しい思想をしているわたしが見分けやすかった、という仮説ですか」


「そういうことになるな」


 その仮定が正しいとすれば、ナルハは非常に良い人物から安全に推薦状を得られる。

 雨天の巫女ヤデシネと仲が悪く、普段から魔術師を推挙しており、その相手は平民貴族問わない。ナルハが猫を被って貰いに行けばあっさりクリアだ。


「しかしノレイに会いに行くのは気が進みませんね」


 嫌な顔を隠さずにぼやけば、閣下は「認識阻害の魔術は強力だ。君が下手を打たなければ問題無い」と神官愛用ローブの高性能さを推した。


「それはそうなのですが...」


「何か別の理由が?」


「正体が見破られる危険性云々よりも、わたしが死んだことで赤飯炊いてそうな人間に会いに行くのはちょっと...」


 前述の通り、ノレイはナルハを毛嫌いしていた。ナルハを邪魔だと思っていたのは上層部の癌どもに限らず、近しい身内にも居るんだろうなって話である。

 因みにこの世界にも赤飯は普通にある。しかし赤飯は嫌いな人間や、無能が死んだ時に炊くダークネス祭事飯となってしまった。


 ぼやきを聞いた閣下は、整った顔に手を寄せた。顔の輪郭に指を当て、思案するような姿が非常に絵になる男である。


「...憶測の域でしか無いのだが」


 黄金の瞳がナルハを見る。なんとも言えない威圧感と荘厳さを持ったレナードに見つめられると、不真面目なナルハでも背筋が伸びてしまう。


「ノレイ神官は本当に君を嫌って居たのだろうか?」


 真剣な顔をして閣下はそう言うが、過去を振り返ってみても嫌われていたような記憶しかない。

 基本的にノレイは殆どナルハに怒り狂って居たし、素行を直せと何度も言われている。顔を合わせれば嫌な顔をされるし、可愛らしい顔から舌打ちをされる始末である。


 トータルで考えてみても、多分メチャクチャ嫌われていたがファイナルアンサーではないだろうか?


 眉間に皺が寄りまくったナルハを気の毒に思ったらしい。閣下は手を一度叩いて、話を切り替える。


「深く考える必要は無いな。不要な話題を出してすまなかった」


「いえ。過去の人間関係を無かったことと割り切る良い機会になったので大丈夫です」


「そうだ。ヤデシネという巫女は死に、二度と帰ることはない。ノレイ神官が君をどう思っていようと、君が行うことは変わらない」


 その通りだと、ナルハは頷いて返した。

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