了・美しく星の瞬く夜に
「……綺麗」
町の少女は何もかもを忘れたようにただそう呟いた。
王城を包む大きな炎は、まるで煌めく羽根を持った大きな黒い鳥の翼。
少女と同様に、外に出た人々も……立ち尽くし、それに見惚れていた。
奇妙な静寂の後に訪れたのは、人々のざわめき。
誰一人として王城に近寄ろうとしないのは、今までの圧による恐怖からだけではない。
圧政に苦しむ一方で、王家への威信はまだ消えてはいなかった。……つい一年程前までは、平和な国だったのだから。
成り代わる者すら一様に炎に巻かれた今、長い間指揮を執っていたリーダーを失った不安と動揺が民に広がる。
その中で時折上がる、解放された喜びとこれからへの希望の声──
一先ずはその内の誰かを中心に、新たな形でこの国が造られていくのだろう。
その先にあるものが、何かはわからないが。
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消し炭と化したかつての王城の跡には、たったふたり。
ラースは少しだけ離れてしまったシャーロットの身体に触れることも、声を掛けることもできずにいた。
全てが終わった今、きっとシャーロットの心に怒りはない。
ラースは彼女が今なにを思っているのかを掴むことができず……自身の中に揺れる不安に耐える。ただ、彼女を眺めて。
シャーロットの目から、少しだけ涙が零れた。
燃え盛る炎の中に消える、アルヴェロの……解き放たれた様な、穏やかな顔。
したことへの後悔などはない。
──ただ……なにかが違っていれば。
納得したように首をゆっくり横に振ると、シャーロットは微笑んで、ラースを見た。
「……シャーロット?」
「なんでもないの」
今ここにこうしていること……それは変わっていた過去では手に入らなかったもの。
ラースが隣にいても、幸福なだけではない。
失ったものは、多かった。
それでも今、彼は隣にいる。
一握りの幸福を噛み締める様に、シャーロットはラースの手を握り……ふたりは星の瞬く下を、行く宛もなく歩く。
「きっと、追手がくるだろう……」
ぽつり、とラースは言う。
天上人ミカエラ──
本来は粛正する筈だったこの地に立ったミカエラは、知ってしまった。ラースの生存とその経緯を。
その時に沸き立った、名状し難い気持ちをなんと言うか……天上人であるミカエラが知ることはない。
ミカエラはこの地への措置を、粛清に変更し……シャーロットが未来の王妃となるのを良いことに、アルヴェロを利用した。シャーロットを餌に、ラースに人間の本質を見せ付けて絶望させる為に。
それはあまりに天上人らしくなく、ミカエラ自身が最も厭んでいた人間の様だった。
ただし天上人らしく、ラースが肩入れしている人間の小娘などには興味がなかった。当然、その理由にも。
もう少しだけ、ラースを理解しようと……或いは人間を理解しようとつとめていたならば、また違う未来もあったかもしれない。
……だがそれは詮無きこと。
そしてミカエラには、個人的感情から、この地への措置を変えた咎があるとはいえ……天上人である。
それを手に掛けた、堕ちたラースと下賤な人間を……上は決して赦しはしないだろう。
君一人なら……そう言い掛けたラースの唇に、シャーロットの細い指がそっと触れる。
「……私の望みは叶ったわ。 次は、貴方の望みを叶える番。 それとも、また望んだ方がいい?」
私の望みは──そう言い掛けたシャーロットの唇を塞ぐのも、次はラースの番だった。
口付けの後、ラースは望みを口にする。
たったひとつ、シャーロットだけが叶えられる望みを。
気付けばそこは、かつて二人が出逢った森──
シャーロットはそれを知らない。
贈られた、花の意味も。
「……なぁに?」
「いや」
まだ蕾の薄紫の花を眺め、はにかむラースにシャーロットは不思議そうな顔をしたあと、繋ぐ手に力を込めた。
お読み頂きありがとうございました。
Special thanks……八刀皿 日音様、九傷様
【まさたま】
間咲 正樹 &砂臥 環
2020/04