麻戸の抵抗 3
興味本位で来たのだろう。 麻戸からすれば、これは監視だ。
わざわざヘアリストに買って出て来てこの程度かよ、と言われてる気がしてならない。
「ぇ、まぁ、ちょっと、簡単なやつ、ですけど」
「急にどもるじゃん。どしたぁ?」
「言葉で説明しづらいだけでしょ。おとなしく見てよーよ」
一ノ瀬に覆い被さるように高千穂が抱き付いた。
(………偶然、じゃないな)
麻戸は確信を得た。
彼女達の言葉で精神に負荷が掛かった時、高千穂が割り込んで来ている。
晒し者にするのが目的だと思っていたがために、彼女の行動理由にはまるで見当が付かない。
(どうせ分からんし考えても無駄か)
分かっているのは守られているという事。 それは受け入れ難いものだった。
もう、一度たりとも怯えてたまるか、と麻戸はこのひとときだけ全力を尽くすと決めた。
「単純にさ、ハーフアップってボリュームあった方が良いと思う」
「めっちゃ良きぃ」
「って事で、立体的にボリュームを付けます」
「はぁい」
動画撮って! と観月が言うと、携帯を構える高千穂。
「両サイドから引っ張って来たやつをまとめて結ぶ。手前からクルンと一回転させて、間に入れる」
「ほほぅ」
「捻れる事でボリュームが出来て、その結び目付近の毛を軽く引っ張って形を整えたら…………、はい終わり」
「あ、可愛ぃ!」
「ねっ。しかもマジ簡単じゃん!」
一ノ瀬と高千穂が食い付いて見ると、弾き出される麻戸。 観月も動画を見ては一緒になって騒ぎ始めた。
「ありがとね!麻戸。気に入ったわ」
「良かった。 ……一つ聞きたいんだけど髪のケアって何してる?」
「ケア?………麻戸がすんの?」
「俺じゃない。 妹が髪に気を遣ってるから、なんか特別なことやってるなら教えてほしくて」
「妹ラブかよ、麻戸お兄ちゃん」
「妹も麻戸だけどな。 もしかして秘密にしてる?」
「なわけ」
観月は指を一本立てて得意気に笑う。
「髪をサラサラにするにはヘアオイルが一番っしょ!」
「あ、それは付けてる。 そのあと手洗わずにドライヤーするもんだから拭いても拭いてもベトベトだ」
「あー……」
彼女は気まずそうに目を逸らす。 どこか理解を示すような反応。 しかし共感している相手は麻戸にではなく妹の方だろう。
「じゃあ、クシは?」
「それも使ってる」
「どこの?」
「さあ。そこらへんに三〇〇円くらいでありそうなやつ」
「それだ。良いやつに変えてみ。 めっちゃ良くなるから」
「分かった」
クシ程度で変わるとは思えないが、これだけ論より証拠を見せつけられたら疑う必要はない。
「てかもうそろチャイム鳴るくない?」
高千穂が言った。
「うわマジだ。めんどくせー」
「私はトイレ行っとこっかなぁ。梓一緒に行こうよぉ」
「んー、今はいいかな」
寂しいんだけどぉ、と一ノ瀬が駄々をこねる。 しかし高千穂は誘いには乗らずに手を振って送り出す。 二人が教室から出る時には、麻戸は自席についていた。
「おつかれ、麻戸」
高千穂は何故だか自分の席を通りすぎて、麻戸の椅子の背もたれに手を置いた。
「策を弄して嵌めて来たくせに白々しいな」
「我ながらヤバいわ。演出が神過ぎたよね」
「残念でしたね。俺を嵌めた瞬間に女神の座からは降ろしてやったっす」
「逆に女神の時があったことに驚きなんだけど」
でも、あれだね……と言いながら高千穂は顔を近づける。
「胡春の髪やってた時の手付き、エロかったね」
「……………は…?」
麻戸の机の上にはプリントがあった。 まもなく休憩時間が終わると言うのにまだ一文字も書いていない。 そして今も、動こうとしていたペンが止まった。
「胡春かわいいから緊張したでしょ。 ケアの仕方とか聞いちゃってたし、あわよくば一緒にお出かけ出来るとか思った?」
「な、に……」
「ミキが後ろから話しかけた時は距離近かったねー。 あたしも抱き付いて思ったけど、良い匂いだったよね」
「…………………、」
「なぁに黙ってんの? もしかして思い出してる最中だった?それはさすがにイヤラシくない?」
ようやく。
ここに来てようやく高千穂の目的が明らかになった。
彼女は種をまいていたのだ。 最後に全て収穫するつもりで、自分一人だけ愉悦に浸れるように。
そんなつもりじゃなくても、女子とのやり取りを言語化されては麻戸も戸惑いを隠せない。 顔に熱が集まり、真っ赤になった表情で、パニック寸前のたどたどしい言葉で慌てふためきながら否定をする。
「なん、ていうか……」
もしも彼女がそんな麻戸を思い描いているのなら、それは大間違いだった。
「んー、どしたどした?」
「高千穂、勘違いしてるだろ」
「え」
「まぁ、どうぞ」
目の前でフリーズしている高千穂に、人差し指をちょんちょんと動かして席に座るように促す。
想像していた反応ではなかったのだろう。 高千穂はおとなしく腰を下ろした。
まず、と麻戸は切り出す。
「髪を結ぶだけでエロは無いし、言葉として弱い。下ネタキーワードで盛り上がる中学生か。 それと俺はあくまでギャルが苦手というだけであって、女子に対しての免疫がない訳じゃない。 むしろ兄妹がいるやつはその辺の陽キャよりも耐性がある」
麻戸はペラペラと捲し立てた。 ここで押し切る事が勝利条件だと何となく察した。
「あと一ノ瀬の匂いで共感求めて来たってことは、少なからず高千穂が思った事だろ? ははっ、一ノ瀬の匂いで高千穂が興奮してたって本人に言っちゃおっかなー?」
「それ言ったらそっちがキモい扱いされるからリアルにやめなね」
遊びの無いマジトーンで返される。麻戸は言葉を詰まらせた。
高千穂はカバンを漁って一枚の紙を取り出す。
「はい。邪魔してごめんね代」
渡されたそれは、次の授業で提出しなければならないプリント。 白紙の麻戸とは違って、高千穂のは全ての空欄が埋め尽くされていた。
「正直さ、やり過ぎたかもって思ってたんだよね」
「……自覚あったんすね。確かに、演出だとしても机に座るのは俺もどうかと思ってて」
「いやシンパシー感じれてないわ、それ」
麻戸は首を傾けた。
「ミキ達がいたのにダル絡みしたでしょ。怖くなかった?」
「怖くなかったと思ってるなら赤点どころか落第ですけど」
「だよねー……。でもそうやって挫けずに返してくるから、こっちもノっちゃうんだよ」
「………え、性格悪い発言?」
「麻戸と話してると楽しいってニュアンスで受け取ってもらえる!?」
「あ、そっちか」
「うん。そっち」
「………………………、」
ふいっ、と麻戸は外を見た。 まもなくチャイムが鳴るから即行でプリントを写さないといけないが、彼は横を向いたまま顔を固定する。
「あっ、やっぱ炭酸飲みたいわ。 買いに行ってくるけど先生来たら………えっと、鼻血出して保健室行ったって言っといて」
『分かった』と言い終わる前に、椅子を引きずる音が聞こえた。 直後にはテンポの速い足音が遠ざかっていく。
少し経った後で麻戸は頬杖をつく。 憎たらしいほどに雲一つない青空を、眉間に皺を寄せて眺めた。




