理解者 1
大部屋に男女一〇人ほど。
マイクを握りしめた二人が画面に向かって叫ぶように歌い、周りはタンバリンやらマラカスを全力で鳴らしていた。
立花は喉がカサカサになり、水分を求めてストローに口を付ける。 プラスチックの筒から流れ込んで来たのは、氷が溶けて薄まった水だ。
「ちょい飲みもん入れてくるわ」
合いの手を入れている隣に声をかける。 火照った顔が振り向いた。
「おっけー! たしか、次の次くらいに立花の番が来るから早くねー」
『りょーかい』と立花はグラスを持って部屋から出た。 ドアを閉めても、大いに盛り上がった歌声は防音空間をすり抜けていた。
先ほどまで流れていた曲を鼻で歌いながら、ドリンクバーがあるフロアの中央に向かう。
そこまで行くとさすがに歌声はこれっぽっちも聞こえない。 周囲にいる人の話し声だけが、ハッキリと耳に入ってくる。
「次さ、デュエットしようぜ!」
「良き良き! 何の曲にしようかねぇ」
立花は、ドリンクバーから少し離れた位置で足を止める。グラスを持つ手を腰に当て、視線を向けた。
目の前にいる二人は、大部屋の仲間だ。
先に飲み物を入れた男と、緑色の液体をグラスに注いでいる高千穂。
(高千穂のやつ、まじで誰とでも仲良いな)
ふつふつと湧きあがるライバル意識。 何か参考になるものはないか、と気配を消して佇む。
すると曲の話題でテンションが上がった男は、高千穂に『肩を組んで部屋入ろうぜ』と手を伸ばした。
立花は革靴の踵で床を掠め、カコーンと甲高い音を響かせる。
二人が同時に振り向くと、立花は手元のグラスを揺らして見せた。
「おーい。 立花主催の遊びはセクハラ禁止って知らねーのか?」
ぽかんとしていた二人だが、直後に男は吹き出した。
「ぶはっ、セクハラとかしてねーから!」
「いやいやあれは捕まるわー。つか俺が通報するわ」
「おま、ははっ!それはだるいって!」
「そういや、お前そろそろ番来るから戻った方が良くね」
「え、もうそんな進んだ!?」
高千穂に『先行くわ』と残し、男は足早に大部屋へと戻って行った。
その背中が完全に見えなくなるまで待つ。立花は短い息を吐いて、サーバーにグラスをセットした。
「あいつ、話すと楽しいけど、ボディタッチ激しいから気をつけた方が良いよ」
目線の先はコカ・コーラのボタンにあるが、独り言にはならない。
「さっきのっしょ? 女子の間でも噂にはなってるし、立花が一秒でも遅かったらあたしが拒絶ってたかんね」
「はは、女子コミュニティこえー」
「……ね、麻戸って大丈夫なの?」
「ん?」
「ずっとマスクしてるからさ。 ただの風邪とは言ってたけど」
立花はグラスに流れ込むコカ・コーラを見ながら、パンパンに腫れた顔の麻戸と笑い合った事を思い出し、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「あ、あーね、うん……。 風邪気味ってやつだよ。 熱はないけど、うつんないようにしないとな」
「そっか」
コカ・コーラがグラスの半分まで達した時、氷を入れ忘れていたことに気づいた。
急いでボタンから指を離す。
四個くらいは入るだろうか、と立花は製氷機の前に移動する。
「あたしてっきり、殴られたんかと思ったわ」
トングで二個目の氷を掴んだ瞬間、立花は勢いよく振り向いた。
「その反応……、やっぱ知ってんだね」
麻戸が高千穂と関わる以前から、高千穂のことは知っていた。 今日のように、大人数で遊びに行くグループの中で見かける機会があったからだ。
印象は変わっていない。
男女問わず明るく接して、周りを笑顔にする女子。
それがどういうわけか、ここ数日で見たことない表情ばかり見る。
決まってそれは、麻戸が関わっている時に限られていた。
「このあと時間ちょうだい。聞きたいことがある」
立花はただ、小さく頷くことしかできなかった。
カラオケが終わり、高千穂は女子から『少し公園で駄弁ろうよー』と声をかけられていた。
立花はひっそりと『話は今度にして楽しい方に行けば?』と伝えた。 けれど高千穂は悩む素振りすらしなかった。
これ以上の悪あがきはやめて、一旦解散したように見せかける。 そのあとで連絡を取り合い、近くのファミレスに入った。
「俺プリン食べるけど高千穂はどうする?」
「いや、あたしはドリンクだけで良いかな」
「うぃ」
注文は慣れたものでスムーズに終わらせ、各自で取りに行ったドリンクをテーブルに置いた。
「曜真はさ、甘いのが好きなんだよ」
不意の一言に、高千穂は大きな目をぱちくりさせた。
「でも甘いのだけだと胃もたれするから、甘いもの食う時は必ずホットのブラックコーヒー飲む」
言うと、静寂が訪れる。
立花は何も言わず、ゆっくりとストローでオレンジジュースを吸い上げる。
しばらくすると『あはっ』と高千穂が小さく吹き出した。
「麻戸はなんなのさ、もぉー。 どこかしらズレさせないといけないもんなの?」
「一応、理にかなっているのが釈然としないよな」
「同感来た! たまに突拍子もないこと言いだすやつ。 八割が訳わかんないのに、二割はちゃんと話繋がってんの! いやー、むかつくわぁ」
高千穂は満面の笑みでそう言った。
「それ、冗談でも本人には言うなよ?」
「分かってるって。 でも誰かとシンパシー感じたい案件だったから、つい、ね」
ほう、と息を吐くと、高千穂はスーッと表情を消した。
「で、本題なんだけど」
「甘いもの食う時はコーヒーを飲む……が曜真に関する本題ってことにしようぜ。 つまり話は終了」
「…………なにそれ」
揺るぎない視線が交錯する。
「話す気がないってこと?」
「いんや。釘刺されたわけじゃないから聞きたいと言われたら話す。 たださ、他人のテリトリーに踏み込まなくても楽しく話してるだけで良くね?」
提供されたプリンに目を向けることなく、立花は言う。
「興味本位でわざわざ人の嫌なとこ見る必要はないだろ」
「…………興味本位、ね」
『間違いないわ』と高千穂は自嘲気味に笑う。
「あの日何があってどうなったかを知りたいのは興味本位。 麻戸のことを知りたいと思うのも興味本位でしかない。 でも、あたしは本気で聞いてんの」
「……、」
「あたしの気持ち、立花は知らないっしょ。 偶然麻戸と藤木が一緒にいるのを見てさ、イヤな感じがして追いかけて、見つかったらヤバいかなって思ったからフェンスんとこの草木に隠れんの。……あたしは、麻戸が殴られてんのを黙って見てたんだよ」
高千穂は静かな口調で、しかし胸の内を吐露してるせいか、言葉の一つ一つに重みがある。
「前に絡まれてるのを助けてもらった時に、麻戸は考えて行動するんだって分かった。 だからっ……、あたしなんかが出しゃばると邪魔しちゃうかもって思って、動けなかった」
最後まで見てたのなら、その判断は正しかったと分かるだろう。 しかし納得するのとは到底違う。
あの時、二階から動画を撮っていただけの立花は、逃げるように目線を落とす。グラスを握る手には力が入り、浮き出た血管が脈を打っていた。
「本当の意味で友達を理解するために、あたしは知りたい。立花が教えてくれないんなら麻戸に直接聞くつもりだよ」
「……それを最初にしなかったのは?」
「勇気がなかった。 開き直って聞こうと思ったけど、訳わかんない話で誤魔化されそうだし……」
正直、ここまでとは思わなかった。
高千穂とはなんだかんだ悪くない関係を保っていると、麻戸は言っていたが、それはただの謙虚。
端的に言えば、文句なしの理解者だ。
(曜真。貴重な友達が一人減ったらごめんな)
思えば、ファミレスに場所を移したこと自体、どこか期待していたのかも知れない。
立花はスマホの画面を操作して、高千穂の前に置いた。
「何これ、動画?…………えっ、あの時のやつ!?」
「そうだけど、一つ約束してほしいことがある」
「約束……?」
一時停止になっている画面を見て、高千穂は反射的に手を伸ばしかけた。 しかし途中でピタリと止めて顔を上げる。
「全部話す。 ……で、もしも曜真のことが嫌いになったら、表面的な関係すらもなくして綺麗さっぱり離れること。 あいつには俺から訳を話すから」
「……そんなやばいん?」
「ドラマ化されるほどじゃないよ。 ただ曜真に対する価値観は変わるかも」
『今なら後戻りできる』と立花は釘を刺す。
へぇ……と高千穂は頷いた。そして自分のスマホでも拾うかのように、いともたやすく手に取った。
「受け入れてやろうじゃん」




