第17話 好きみたいけど
「なになに。なんで途中と止めるの?」
「そうそう。なに言おうとした? 途中で止めると、やけに気になっちゃうんだけど」
はるとことはは獲物を囲む捕食者のように周に圧をかけてきた。周はそっと横に目を逸らした。
「俺なにも言ってない」
「いや、とぼけないで。今莉子ちゃんが藤田くんここでバイトする知ってるって言ったでしょ」
「いや、知ってるとは言ってないが」
「とにかく、そう言おうとしたでしょ」
何気なくそう言おうとはした。
「なんで莉子ちゃんが知ってるのかな。もしかして莉子ちゃんもここに来たことがあるから?」
「そういえば、この前、莉子がカフェでバイト始まったって言ってた。まさかここ?」
はるの推測に、周は背筋が寒くなった。
「藤田もしかして莉子と一緒にバイトしてる?」
「いっ、いいや。俺は七瀬さんがバイトすることすら知らなかったんだが」
「そぉう?」
はるとこはるの言葉ひとつひとつに、冷や汗をかいた。周は早くこの話題から離れないといけないと思った。周はさっきはる叩いていた椅子に座った。
「そ、それよりさっき俺と話したいって言っただろ。なんの話がしたいんだ」
「あ、そうだったね。すっかり忘れてた」
はるは思い出したように手を叩いだ。はるは身を乗り出して尋ねた。
「藤田はいつから莉子のことが好きだった?」
「・・・・・・・は?!」
不意打ちの質問に、一瞬思考回路が止まってしまった。七瀬さんとのバイトのことから逃げたと思ったのに、まさかこんなこと聞かれるなんて。逃げた先に楽園なんてないってこういうことか。いつから好きだったなんて・・・。
「俺、七瀬さんのこと好きじゃないが」
「嘘つくな。莉子かわいいから、藤田も好きでしょ」
「友達としては、その・・・好き、かも」
「そう? 残念だね。莉子は藤田のこと好きみたいけど」
ちょ、今なんて・・・?!
はるの微かな独り言に、周の目が少し大きくなった。
七瀬さんが俺を? いやいや、ありえない。。絶対ありえないんだ。俺とは住む世界が違う人だ。そんな七瀬さんが俺なんか好きになるわけない。
と頭ではわかっている。でもなぜだろうか。胸がドキドキした。高鳴りすぎて堪えられないくらいだった。
「あら、藤田くん顔真っ赤だ〜」
抹茶フラペチーノを飲んでいたことはが周の顔を指さして言った。
「やっぱ怪しい。莉子ちゃんのこと好きなんだよね?」
「す、好きじゃないって」
俺は自分の身のほどをよくわきまえている。俺なんかが七瀬さんのことを好きになっても、なんの意味もない。決して七瀬さんと結ばれることなんてないから。ただ遠くある美しい山を眺めるようなものだ。恐れ多くて登ることはできないけど、美しいから目を奪われてしまう。周にとって莉子はそういう存在だった。けれど、さっきのはるの言葉が、その思い込みを根底から打ち壊した。
『莉子は藤田のこと好きみたいけど』
その一言で、胸が抑えきれないほど激しく高鳴った。今もまだドキドキして、はるやことはん聞こえてしまうのではないかと心配になるくらいだった。
「否定ばかりで、つまらない。質問を変えてみるか。藤田くんはいつから莉子ちゃんと仲良くなったの?」
「いつからって・・・どういうこと?」
「質問が難しかった? じゃ、初めて話したのはいつ?」
初めて話したとき、か。
「入学式の次の日。同じクラスだからって、向こうから挨拶してくれたときかな」
「挨拶じゃなくて。何をきっかけに話すようになったのかって聞いてんの」
「あ、そういう意味か。えぇと・・・内緒」
「なんでぇ。教えて」
答えないと、ことはが駄々をこねた。
「いや、そう言われても」
カフェのバイトでちょっと親しくなって話すようになったなんて絶対言えない。
「っつか、それなら俺じゃなくて七瀬さん本人に聞けばいいじゃん」
「あの子、何も言ってくれないんだもん」
横で静かに聞いていたはるが答えた。
「不思議なくらい藤田のことになると何も言ってくれないんだ。他のことは普通に話してくれるのに」
「だから怪しいんだよね。莉子ちゃん本当に藤田くんのことが好きでうちに隠してるのかな」
「そんなことは、ない、と思うけど」
多分、俺のことをこの子たちに話せないのは、俺と一緒にバイトしていることをバレたくないからだろう。もしバイトするのを他人にバレても構わないなら、普通にこの二人に話したはずだ。と周は思った。
(そうだ。きっとそんなはずだ。だから勝手に勘違いするな)
七瀬さんが友達に詳しく話せない理由は自分が一番わかっている。けれど、わかっているけど、心は勘違いしたがってしまう。実は本当に俺のことが好きで友だちに黙っているのではないか、と。そんなことないってよくわかっている。その可能性が0.1パーセントもないってわかっているのに。それでも、なぜか俺はその0.1一パーセントを期待してしまう。
「ああ、詰んだね。藤田も全然話してくれない。藤田から何か聞き出せるつもりだったのに」
興味が冷めたはるは、椅子の背もたれにもたれて天井を仰いでため息を吐いた。
(話はこれで終わりなのか。じゃ俺はレジに)
これ以上ここに座っていたら、余計なことを口にしてしまいそうだった。
早く離れないと。
二人に気づかれないように、静かに椅子から腰を浮かせた。その瞬間、カリンと店のドアベルが鳴った。周は反射的にドアへ顔を向けた。
「いらっしゃ・・・七瀬さん?」
周の目が大きく見開かれた。店のドアを開けて入ってきた女性は、他でもない莉子だった。




