10 貴族の食生活
中世の貴族は、基本的に外食をしないだろう。
それは、食中毒や毒殺を懸念しての事だ。
食品の品質管理や医療技術が皆無な社会では、毎日必要な食事にこそ、死の可能性が潜んでいる。
それを他人に委ねるなど、危機管理の面からは有り得ない。
貴族が、他の貴族に菓子や飲み物を提供する場合でも、提供者が毒味をし、被提供者の配下が毒味をした後に食べる事になる。
他には、容易に脱着のできない派手な衣装の為に、トイレに行かない様にする為もあるだろう。
自宅で食事などの生活をする時は派手なドレスではなく、動きやすく脱ぎやすい服装をしていただろうから。
つまりは、【会食】や【飲食重視のパーティ】の類いは皆無だったと考えられる。
ダンスパーティや御茶会が主だった事がうかがえる。
貴族は外泊するにしても、自分の料理人に食事の手配をさせる。
他者に提供された食事に入っているのが、食中毒の原因や毒である場合も有るからだ。
料理人の手配した料理で主人が食中毒や死亡した場合、料理人は勿論、その家族や縁者まで処刑されるので、料理人は慎重になるだろう。
貴族などの権力者が庶民の店で買い食いするなど、品性に欠けるし安全面でも有ってはならない。
食中毒は予期せぬ事故だが、毒殺はソウではない。
今も昔も貴族は見栄と権力重視であり、影響力の奪い合いである。
だから武力を蓄えたり、上位の権力者に取り入ったりする。
だが、それでは奪えない地位や利権がある場合は【暗殺】を行う必要があるわけだ。
権力者の食生活は食中毒と共に、これ等の者による毒殺を警戒したものとなるのだ。
ほとんどの権力者は、【暗部】などと呼ばれる秘密部隊を持っているものだ。
日本では【忍者】や【御庭番】と呼ばれていた。
暗殺や毒殺、脅迫に風評の拡散や隠蔽など、秘密で非合法な行為の他、主人の警護や情報収集を行う。
権力者は他者に盛られる毒は勿論、如何に自分の配下である暗部に裏切られないかも重要になる。
自分の暗部に裏切られたらしい例に、徳川八代将軍吉宗の台頭がある。
徳川御三家の三男坊である吉宗が将軍候補になったのには、兄の一人が疱瘡にかかって病死し、他の兄と父親が食中毒で死亡した事があげられる。
競争相手である兄が居なくなった上に、親戚から後継を求める権限を持つ父親まで死んだのだから、吉宗の台頭を邪魔できる者が居なくなったのだ。
この事件を吉宗自身が望んだかどうかは不明だ。
ただ、下女であった吉宗の母方の親戚/御庭番は、一族の血を引く者が権力を持つ事を望んだだろう。
毒味役も、御庭番や暗部の仕事となるのだ。
通常は、主人が食中毒になれば毒味役が処分されるが、その後ろ楯/親戚が後継者ともなれば、有耶無耶にされてしまう。
いや、御庭番一族の繁栄の為に、毒味は全ての責任を背負って自害さえするかも知れない。
科学判定のできない時代では、即死でなけれは食中毒と毒殺の区別がつかない。
砒素や水銀、毒キノコやフグ毒など、遅効性の毒物は昔から多々あるのだから。
ここまでは、貴族の食生活における【安全性】だったが、次は【質】だ。
パーティなど、貴族間で振る舞われる御菓子や食べ物も、基本的に見栄を重視するので高級品や珍味が多い。
つまりは、必ずしも美味ではないという事だ。
だが、全く手を付けないのは無礼になる。
日本でも『据え膳食わぬは武士の恥』と言われている。
一般的に貴族の生活はプライドと風評を気にするもので、特に対外的行動において食品の用意は勿論、衣装や側仕えの人件費、調度品や馬車などに多くの費用を必要とする。
実際にはソノ大半が、今で言うレンタルだったかも知れない。
多くの貴族は、この様な交際費の跳ね返りが普段の生活に影響しているだろう。
貴族と言えど普段は、平民と同様の貧しい食生活を送っていたかも知れない。
この様に、庶民が憧れている貴族や王族は、実際には窮屈な食生活をおくっているのだ。




