泉の修行
次の日、シオンは竜人族の里からほど近い場所にある小さな泉を訪れていた。
里のふもとに広がる湖とは異なり、周りをぐるっと歩いても数分とかからないほどこじんまりとした水場だ。こんこんと水が湧き出ており、水面は底が見えるほどに澄んでいた。
この近辺は竜人族の領土ゆえ、凶暴な魔物なども出ないらしい。
とはいえ、近年は他種族の侵略が起きつつある。油断は禁物、ということでこの辺りまで出てくる竜人族は見回りの戦士くらいに限られるらしい。
ときおりはるか彼方から狼のものらしき遠吠えが聞こえてくるし、どこか緊迫感が漂っている。
それでも泉の周りは静かなものだ。
まわりを林に囲まれており、鳥のさえずりが響く。
穏やかな自然のなか――。
「ひゃっ」
小さな声が響き渡った。
レティシアだ。泉におそるおそる足を浸けたものの、思った以上に冷たかったらしい。
ぶるりと身を震わせるその出で立ちは、いつもの法衣ではなく水着である。しかも、ちょっと露出度が高い。
そんな彼女に、シオンは背後からハラハラと声を掛けた。
「レティシア、大丈夫?」
「こ、これくらい平気です。大丈夫です!」
レティシアは勢いよく振り返り、胸の前でぐっと拳を握ってみせる。
意気込みはけっこうなものではあるものの、そのせいでたわわな胸が押し上げられて、谷間が強調される結果となった。
シオンはさっと目をそらすしかない。
「そ、そっか……でもその、無理だけはしないでね……?」
「くっくっく。夏場とはいえ、ここの水は冷えるからな。昔からそうだ」
シオンの隣で、ダリオがからからと笑う。
「あまり無理はするなよ、適度に上がってくるがいい」
「ありがとうございます。でも私、精一杯頑張ります!」
レティシアはやる気の炎を燃やし、ざぶざぶと水へと入る。
陽気な水着姿だが、その顔は真面目そのものだ。水遊びというより水行に近い。
ガタガタと震えながらもレティシアは泉の中へと入っていく。
「こ、この泉に浸かれば、力を制御できるようになるんですよね。それなら頑張るしかありません」
「うむ。さっきも言ったが、この地域はもともと魔力が豊かでな。中でもこの泉は特にそれらが集まる場所だ」
それゆえ、ここは竜人族が保有する聖地のひとつらしい。
軽い打ち身程度なら、泉の水に浸かるだけで癒えるという。
特別にクロガネが許可を出してくれたため、今日はレティシアの貸し切りである。
「大昔、万神紋を所持していた者も、最初は力の制御ができなかった」
ダリオは人差し指を教鞭のように振って続ける。
「だが、この聖なる泉で沐浴することで力を使えるようになった……らしい。その理屈は、先ほど教えてやったよな」
「えっと、高濃度の魔力を体に流すことで、力の感覚を覚えるから……ですよね?」
「その通り! うむ、やはり汝も教え甲斐のある生徒のようだ」
ダリオは満足げにうなずいてみせる。
その柔らかな反応にレティシアがぱっと顔を輝かせた。褒められて嬉しいらしい。
「えへへ、お師匠さんはお優しいですね。シオンくんもこれまでいっぱい褒めていただいたんですか? 羨ましいです!」
「や、優しい……?」
これまで一度たりともダリオに感じたことのない概念だったので、シオンは目を瞬かせるばかりだった。
一方、持ち上げられたダリオは得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん、レティシアは物分かりがいいではないか。シオンを破門にして、こっちを弟子にするのも悪くは……うむ。マジでわりとアリなのでは……?」
「本気の顔するのはやめてください」
真剣に考え込む師匠にツッコミを入れて、シオンは泉の中へ呼びかける。
「意気込むのはいいけど、無理しちゃダメだよ。風邪を引いたら心配するからね」
「は、はい。でも……ようやく手がかりが見つかったんです」
レティシアは右手を胸に抱いて、わずかにうつむく。
「この力を制御できるようになったら、もう怯えなくて済むんです。また誰かを傷付けちゃうんじゃないかって、ずっと怖かったから……」
「レティシア……」
「だから……今は全力で頑張るんです!」
そう言って顔を上げたとき、レティシアは晴れやかな笑みを浮かべていた。
恐怖から逃げることなく立ち向かおうとする意志を感じさせる、とびきりの顔だ。
胸を打たれるシオンの隣で、ダリオはこくりと首肯する。
「うむ。かつての万神紋所有者も最初は制御できなかったが、そのうち多くの神紋の力を操れるようになった……らしい。汝もきっと、その神紋を物に出来るはずだ」
「はい! 今日はたっぷり浸かります!」
「それだけだと冷えるだろ。ほれ、このボールで遊んでろ。適度に汗をかくのも大事だからな」
「わわっ、あ、ありがとうございます!」
投げ渡されたボールを受け取って、レティシアはこくこくとうなずく。
それから真面目にもぽんぽんと投げ上げるのだが、傍目から見ると魔力の修行というより体力作りの特訓だった。
「……頑張ってね、レティシア」
シオンは泉のほとりに腰を落とし、その姿を見守るだけだ。
しかし――。
「えいっ!」
「っ……!」
頭の上でボールをトスして、レティシアは水中からざぶんと跳び上がる。
その勢いで、ボール並みに大きな胸が激しく揺れた。
シオンは首がねじ切れそうな勢いでそっぽを向く。
(見守ることには見守るけど……直視しないようにしよう、うん)
スタイルがいいことは服の上からでも分かっていたが、まさかここまでとは思わなかった。
続きは明日更新します。書籍版もよろしく!
最近は息抜きにウマやってます。アグネスタキオンかわいくない?




