託された想い
凍り付くシオンのそばに腰を落とし、ダリオはくつくつと笑う。
「くっくっく、ちゃんとその目に焼き付けなくてもいいのか? 惚れた女の柔肌だぞ?」
「け、けっこうです! 俺はそんな不埒な男じゃありませんから!」
「とか何とか言って、何度もガン見していたたではないか。修行の末に身につけた動体視力でもってして、完全に脳裏に刻んだだろ」
「うぐぐぐぐ……っ!」
図星を思いっきり突かれ、シオンは真っ赤になって言葉に詰まる。
見ていたのは本当だし、記憶に刻んでしまったのもまた事実。
だがしかし、これは不可抗力というやつなのだ。
「だって仕方ないですよ!? 好きな子の水着なんて見るの初めてだし……師匠も師匠ですよ! なんでよりにもよってあんな過激なのを買ってきたんですか!?」
レティシアが水行に挑むということになったので、急遽水着が必要になった。
かと言ってシオンが調達してくるわけにもいかず――ダリオに財布を託して、人里までおつかいを頼んだのだ。
結果、布面積が心許なさ過ぎる代物が届いた。
そのこと自体はなんとなく予想していたものの、想定外の展開が起こっていた。
「それと、なんでレティシアはあんなのを素直に着たんです……! いくらなんでも、恥ずかしいって嫌がるはずだと思ってたのに……!」
「体が水に触れる面積が多ければ多いほど、修行の効果が高い……などとデタラメを吹き込んだら信じてくれてな。やる気満々でばっちり着こなしてくれたぞ」
「レティシアに変なこと吹き込むのはやめてくださいよ!? どんな水着だろうと、水に入ったらどのみち全身濡れるじゃないですか!」
「うむ、あやつに足りないのは人を疑う心構えだな。この分なら、一応買ってきたこっちのエグい方もワンチャン着てもらえるやもしれん」
「悪魔かあんたは!?」
ダリオが胸元からすっと取り出したのは、大事なところがギリギリ隠れるだけの、ほぼヒモ――としか呼べない水着だった。
シオンはそれをむしり取るようにして奪い、灰も残さず燃やし尽くした。
ぜえぜえと肩で息をする弟子のことを、ダリオは腹を抱えて笑う。
「だははは! やはり弟子は汝しかありえぬな! 我をここまで楽しませてくれるのは、世界中探したところで他には見つからぬだろうよ!」
「ほんっともう……師匠は通常運転なんですから」
シオンは顔を手で仰ぎ、なんとか赤みを引かせようとする。
師のテンションはいつも通りだ。それとは対照的に、シオンは浮かない顔をする。
「これでも俺は、昨日聞かされた話をいまだに呑み込めていないんですからね。それだけ衝撃的だったんですよ」
「そうは言われてもな。我にとってはしょせん過去だ」
ダリオは飄々とうそぶく。
昨日――クロガネの案内で、シオンは立ち入り禁止の洞窟へと足を踏み入れた。
そこで聞かされたのは耳を疑うような話だった。ダリオが万神紋について何かしら知っていることは以前から気付いていたが……まさか、そこまで因縁があるとは思いもしなかった。
「前に言っただろう。我が生きていた千年前は、神紋を付与する手術が蔓延っていたと。我の姉様はその手術を受けて命を落とした」
姉は、自ら手にした力を制御できず灰も残らず焼死した……ダリオはそう聞かされた。
それゆえ、納める亡骸のない墓の前で強く決意したのだ。
神紋至上主義を見返すべく、神紋に頼ることなく力を付け――姉の命を奪った聖紋教会をこの世から葬り去ることを。
「だが、ある日襲撃した奴らの拠点のひとつで……我は死んだはずの姉と再会したのだ」
「その時点で、すでにお姉さんは万神紋を持っていた……と」
「そのとおり。そしてそれと引き換えなのかは知らんが、すべての記憶を失っていた。ちょうど、あの娘のようにな」
ダリオは泉に浸かるレティシアのことをぼんやりと見つめる。
姉は、ダリオのことはおろか、自分の名前すら忘れていた。
おまけに万神紋の力を制御できず、人里で匿うのはあまりにリスクが大きすぎた。
そのため、ダリオは当時魔物が蔓延る禁域とされていたこの土地に、姉を連れてやってきたのだ。
ここで先述のような修行を積んだことにより、彼女はある程度力を自由に使えるようになった。
「だが、保護した時点で肉体の方はすでに限界間近だった。姉様はそれから半年と持たずに息を引き取ったよ」
視線をレティシアに向けたまま、ダリオはここではない場所を、今ではない時を見つめていた。
凄惨なはずの思い出を語るその声は、これまでシオンが聞いたこともないほどに柔らい。それは長い年月をかけて削られて、丸くなった小石を想起させる。
「姉様は我のことを思い出してはくれなかったが、ともに過ごしたあの日々は満ち足りていたな。最期も眠るように……って、おい、どうした、シオン」
「だって……だってそんなの、あんまりじゃないですか」
シオンは膝の上でぎゅっと拳を握る。
爪が手のひらに食い込んで、うっすらと血がにじむのを感じた。
それでも拳をゆるめることはできなかった。わけもなく叫び出したくなるのを、手に力を込めてぐっと堪える。
「お姉さんと再会できたのは、喜ばしいことだったと思います。でも、師匠は二度もお姉さんを奪われることになった。その苦しみは……とても言い表せるものじゃないはずです」
「まあな。当時の我は、そりゃもームシャクシャしておった。おかげで教会を殲滅できた」
ダリオはからからと軽く笑う。
しかし不意に笑みを取り払い、声を低くして続けた。
「万神紋……あの神にも等しい力を生み出すことこそが、教会の目的だったのだ」
「ほんっと、やることが無茶苦茶ですよね……」
神紋至上主義を啓蒙し、神紋手術を人々に勧める。
これにより神紋手術の研究が大きく進み、彼らの悲願である万神紋が生み出された。
いわば、教会自体がていのいい実験動物を確保するための装置だったのだ。
「だが、幸か不幸か成功例は姉様だけだった。おまけにクロガネが言うにはこの千年、他に万神紋が現れたという例はなかったそうだ」
ダリオから万神紋を知らされた彼女は、それからずっと警戒していたらしい。
何しろ、あらゆる神紋の力を奪う能力だ。魔物や竜というものは、人間よりも遙か昔から神紋を有する存在だった。それゆえ彼らにとって、万神紋は絶対的な脅威となる。
それらしい噂を耳にすれば、こっそりと現地に赴いて調査する……という地道なことを彼女はコツコツと続けていたらしい。
しかしその結果、本物の万神紋に出会えた試しは一度もなかったそうだ。
「となると……この現代で、わざわざその技術を蘇らせた黒幕がいるってわけですね」
「うむ、先日レティシアを狙った者どもの例もある。今はこうした秘境にいるゆえ、そうそう仕掛けてくることはないだろうが……油断するなよ」
「もちろん、心得ています」
「くくく、素直でよろしい。さすが我が弟子よ」
ダリオはくつくつと肩を揺らして立ち上がる。
すこし泉のほとりまで歩いて行って――。
「いいか、シオン。師として、先人としておまえに命じる」
こちらに背を向けたまま、ダリオは静かな声で祈るように告げた。
「あの娘を守り抜け。おまえはけっして、後悔するなよ」
「……はい」
シオンは小さくうなずいた。
命令だとは言われたものの、託されたと感じた。
続きは明日更新します。
あと数回ほどは更新できると思います。お暇つぶしになりますように!




