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春の章・12話



春桜会が過ぎると暖かさは日に日に増し、緑が増え、野に里に村に町に花々が咲き始める


この頃になると、夏へと向けた作物の栽培が本格的に始まる


「レイン、今回の試験畑では何処の国のなんて作物を作るの??」


「そうねぇ・・あんまり去年と変わらないわねぇ。


この間の蓮で買い付けた餅米とかは新しく作付けするけれど、今は新種を増やすより、掛け合わせてより病に強いモノ、より収量の多いモノを作ることに重きを置いているの。


あ、そうそう、今年から田圃の面積を増やすわよー。今年から試験田ではなく、領地全体で植えてみるから、ちょっと気をつけておいてくれるかしら?」


耕作予定表を見ながらレインはアリアに告げる


「わかったわ。そうそう、今月から飼料の配合を少し変えてみるから」


「はいはい。乳量とか乳質が変われば分かるように、成分の分析をサディクにさせておいてね」


「ええ」


「それから、例の計画の為の資料を集めるのも同時進行でお願い」


「分かってるわ!」


忙しないが、毎年のことであるのでシュレイア家の面々はキビキビと良く動く


国としての行事は、春桜会の後は夏緑会まで無いのだが、領地の大きな行事の一つがシュレイアには控えているのである


「レイン様、失礼いたしまス。柚子茶をお持ちいたしました」


「ん、有り難う桐藍」


ふわりと笑って礼を言うレインに桐藍は温かい柚子茶を差し出した

ほんのりと甘いそれは桐藍達影の民にとっては舌に慣れた今はない故郷の味

だが、レインはこれを良く好んだ


疲れたときは甘いモノ、というのは世界が変わっても、国が変わっても、共通のようだ


「はぁ・・・癒されるわ」


「お疲れで御座いますネ・・・もう少しお手伝い出来れば良いのですガ」


ほふう、と息を吐くレイン


そんなレインを見て、悄気たように肩を落とす桐藍にレインは首を横に振る


「貴方たちがアーシャ達と土地の調査を凄く早く頑張ってくれたから、とっても助かっているわ」


「しかシ」


「しかしも案山子もないわよ。あんまり仕事しすぎて倒れられたら困るわ。貴方は特に、影の民の頭領で、私の右腕なのだから」


「・・・・・はイ。有り難きお言葉」


「ん。ホント、実際とっても助かっているわよ。この地図」


そう言ってレインは執務机いっぱいに広げてあるシュレイアの地図を示す

このシュレイアにおいて、地図というのは大体の方向と村の名前が書いてある大雑把なものが主流(というより国としてみても他に流通無し)なのだ

が桐藍達は数年を掛け、手分けをしながら伊能忠敬並の精度の高い地図を作った


更に影の民には薬師の一族である緑人族が供をし、土地の気候などを詳しく調べ、地図に書き起こしたのだ・・・緑人族はクスリ作りの名手であり、植物を育てる名手でもある・・・


「この地図のおかげで、詳しい地理がわかるし、気候が分かればそこにどんな作物が適するのか分かる。必需品よこれ」


にっこり笑って褒めるレインに桐藍も目を細める


「有り難きお言葉に御座いまス」


「さぁ、もう一がんばりするわ。柚子茶、有り難う」



さて、シュレイアの家について客観的に見てみると貴族と民では印象が大きく異なる


貴族は、公の場に滅多に現れず、貴族らしからぬ振る舞いを嘲った

貴族には、貴族として生まれたという誇りがある


だというのに貴族としての尊厳よりも、領民を優先させ農民のように土に塗れる事を良しとするシュレイアは貴族としての誇りを欠いた存在だと称した




一方、民はシュレイアの領主としての近さを喜んだ


不便が在れば早々に改善され、どんな領地の僻地でも上下水道を始め整ったインフラ


徴兵制の領軍こそ無いが実力者の揃う自警団が領内の治安を護り


小さな村でも2人はいる医者に、平民だろうと誰もが領制によって学舎へと通う事が出来る


異国との交易が盛んなシュレイアでは、経済も安定しており職を失って路地裏で野垂れ死ぬ人間も居ない


また、亜人達もシュレイアを最後の地と求め入国してきた


獣人と半獣は人でもない、けれど獣でもない存在として何処の国でも扱いは中途半端で良いものではない


国によっては人権すら、無い国もある


それが、シュレイアでは戸籍を与えられ、適材適所な職に就くことが出来、等しく学ぶ権利もある


元々柔軟な土地柄で、差別意識、選民意識も低かったシュレイアでは受け入れられるのも早かった


今ではすっかり馴染んでいるが、それが当然ではないことを亜人の民達は十分心に刻んでいる



「何せ、このオレを綺麗の一言で済ませたのだからレイン様には勝てる気がしない」


そう言って笑うのは東の守護役で、獣人・半獣の長で東の険峰を守る隼の半獣、疾風はやて


隼は本来、羽毛は背が青みがかった黒で腹部は白、胸部には黒い横縞があるが、疾風は全てが逆だ


元々半獣や獣人は普通の卵から生まれる突然変異が多く、生後まもなくあっという間に人間の赤子サイズになってしまう


そのため、生後まもなく仲間からも親からも捨てられ死んでしまう確率が高い



「ふーん?でも、ボクもハヤテは綺麗だと思うよ?」


「・・・はは、そうか」


「うん。ちなみに、半獣と獣人の違いって、なぁに?」


クリスの声に、疾風は嗚呼、と頷く


「似ているが・・・全く違うな。


半獣は人の姿も獣の姿も取ることが出来、獣人は見た目は獣なのだが身長は人ほどになり二足歩行する、と言うところか。


後は、半獣は人の姿では獣の力を発揮できないが、獣人は常時その姿のため獣の力が使える。そうさな、例えば熊の獣人はもの凄く力持ちだし豹の半獣は足が速い


狼の半獣は鼻がもの凄く良い、とかな。肉食系統の半獣はその力を生かして、自警団に所属している奴等が多い。


ちなみに、そいつ等を統括している団長が、クリスの兄さんで、キリク殿だよ」


「・・・うん!兄様はものすごーく強いよ!」


クリスのキラキラとした瞳に疾風は嗚呼、と頷いた


「お前の兄弟は皆、凄い方が多い。だからこそ、クリスも早く沢山の知識を吸収し、立派な大人になれるように鍛錬しなさい。


・・・さあ、お話は終わりだ。これからオレは守護役の会議に出ねばならないからな。

クリスもしっかり勉学に励みなさい」


そう言って疾風はクリスを膝から下ろす


定期報告兼、守護役の会合の為に東の険峰から下りて来た疾風は、丁度勉強の休憩時間だったクリスに捕まり強請られるまま、シュレイアの話をしていたのだ


まだまだ小さなクリスだが、だからこそ知識欲は旺盛で、特にレイン達上の兄弟の話などはよく大人達に強請っていた



「クリスの坊やはまたレイン様達の話を強請っていたのか?疾風」


「金か。ああ、純粋に<凄い姉>や<凄い兄>が嬉しくて仕方ないのだろう。・・・今までの他の子達もそうだったからな」


のっそりと後ろから疾風に近寄り、クリスとのやり取りを見ていたのだろ

喉の奥で笑う双頭の狼の長で北の守護役であるくがねが名前の由来でもある金に輝く二対の瞳を和ませるのを見て、疾風も笑った


「にしても、子供の成長は早い物だ。


ついこの前まで首が据わらぬ赤子であったというに、最近では自警団の訓練にも参加を始めたらしい。


まだまだ、誰かを守るためではなく、自分を守るための護身術らしいが」


二対の目を緩く細める金に疾風も頷く


「あっという間に大きくなって、剣を握り、兄達と同じように領内を駆け回るようになるのだろう。


子の成長は早い。というより、月日が流れるのがとんと早くなった気がする。何せ、オレがこの領に来て今年で15年だ」


「儂なんぞ200年目じゃ。今は早く感じるかも知れんが、もっと年を食ったら、早いとは思わないかもしれんぞ


何せ儂は500年生きておるが、このシュレイアに来てからの200年の方が酷く充実しておるからな」


呵々と3mの巨躯を震わせ笑う金にそうか、と疾風はつぶやき笑った


「確かにそうかも知れない」


シュレイア家の中で最も大きな扉を開く


この部屋は特別製で巨躯の持ち主が多い獣人や半獣達を考慮して作られた物で、屋敷で一番頑丈に作られているのもこの部屋である

天井も高く、3mの巨躯の金がのっそり入っても問題なく、室内も同じくとても広い


「あら、クガネ殿とハヤテ殿は一緒にいらしたの?」


「いや、近くで会った。アーシャ・・・いつもの事ながら、ホルンが最後か」


「今日は溝にはまったか、牛に追い回されたか、鳥の糞におそわれたか・・・さてどのような珍事にみまわれているであろうか」


会議室に揃って入れば既に翠の髪と瞳の美しい緑人族の長であり西の守護役であるアーシャが椅子に腰掛けていた


首を傾げるアーシャに疾風は小さく首を横に振り、守護役最後の一人が居ないことを確認し溜息を零し金はそれまでの珍事を思い起こす


三人がそれぞれ思い思いに珍事を思い浮かべていれば、突然扉が開き、髪がぐっちゃぐっちゃになった女性が1人、肩で息をしながら入室した


「・・・・・今日はですね、大量の鴉に襲われましたのー」


「相変わらずですね・・・大丈夫ですか?ホルン殿」


「うふふ・・・不運だわー」


影を背負い髪を乱し最後に入室したのは亜麻色の髪にコバルトブルーの瞳を持つ人魚の長で南の守護役、ホルンである


美しく歌が上手い上、非常に美声なのだが困ったことにすさまじく不運で

彼女が不運に見舞われない日は無いと言うほどだ


今回も悲惨なその様子に、同じ女であるアーシャが苦笑する


「遅れたわ!ごめんなさい!!って、あら?ホルン、今日は何があったの?髪が凄いわよ・・・凄くボサボサ」


遅れて入室したレインは、ホルンの髪の乱れ具合に目を丸くする


「先にその髪を何とか解きましょうね。花蓮、櫛を持ってきてちょうだい

華南はお茶を。みんな遠いところ何時も有り難う。


せっかくだから先にお茶にしましょうか」


その一言を合図に席に着いたのだった




シュレイアは開領300年を迎えた日本の近畿ほどの広さに日本を圧縮したような気候を持つ、この気候がばらばらな世界でも酷く稀な、難しい土地だ

ほんの数m変われば、育てることが出来る作物がガラリと変わる

例えば、小麦粉の横に砂糖黍があったり、パイナップルの横で茶を育てていたり、と言う具合に


そのため歴代のシュレイアの領主やその一族は、民と協力し、少しずつ土地の調査を行い、農地を増やしていった


今のように多くの作物を育てるようになったのはせいぜいここ100年ほどのことで全ては歴代の領主や一族、何より共に開墾してきた民衆あっての今なのである


そんなシュレイアには現在、人口約40万の民が暮らしている


(近畿の広さに、少し大きめの市程の人数しか居ない上、開拓はどうしてもゆっくりしたものになっている)


そのうち2割5分は、龍族でも人族でもない異種族達だ


シュレイアの近年の発展は、異種族の者達の力によるところも大きい


例えば、シュレイアに走る大きな8つの街道

これらはそれぞれ人口1万人クラスの5つの街を繋いでいるだが、道路の整備というのは多くの労力が必要になる


人力ならば一街道整備するのに1年掛かる・・・勿論、人手次第で長くも短くもなるが、力自慢の熊や牛の獣人の手を借りると、人力の三分の一程度の日数で完成するのだ


そんな力自慢達は、農地耕作に自警団に、土木業にと多岐にわたる活躍を見せた


適材適所とはよく言ったもので、力自慢には力仕事を、足の速さや空を飛ぶことが自慢の物には配達や斥候を、聴力や視力、嗅覚自慢達には領地の守護を、薬作りと薬草・毒草を育てるのに長けた緑人族は薬師として、海に住む人魚達には渦を発生させて敵の侵入を防がせたり、塩田を管理させたりと仕事を割り振り、元々暮らしていたシュレイアの民達に溶け込んでいる


異種族達にとって、働くことは生きる活力になっている


働けば認められ、昇級もありやりがいもある


何より自分たち自身の力で既存の住民とコミュニケーションを取りながら他の人間達と変わらない当たり前の生活を営めるというのが大きいようだ


「去年の東の侵入者は、前年度の2割増しでした


しかし、大方を捕らえ、国外に出しております。1割ほどは、山の肥やしとなったと報告を受けております」


「内海に海賊船なんかの侵入はなかったですよー。


入り口の所に渦を作ってるのが効いてますねー。何隻か侵入しようとして沈んじゃってます。一応水蛇ちゃん達が助けれるだけ助けて小島とかに放置してました」


「北の険峰は侵入者は特にいなかったな。


昨年の雪が酷く深く、一年を通して雪山だったのでな。元々西にあるライ山と同じく国内有数の難所でもある故、突破しようという猛者は居なかったようじゃ」


「西の領境は農民崩れの山賊の類が侵入しようとして最近少し騒がしかったです。現在は沈静化しております」


菓子を摘み、茶を啜りながらするには少し物騒な内容の声も上がる会議であるが、誰も気にした様子はない


否、当初はレインも気にしていたが、苦い顔をすれば何故、と問われること何度か目で気にしないようになったのだ


それぞれの報告を聞いていたレインは少し難しい顔をする


「最近、本当に草の流入が多くて、影の民の警邏も増やしているの

ちょっと対策を考えないと駄目ね。


草が多いのは、勿論情報を集めているからだけれど、何故情報を集めている

のか、が重要ね


・・・単純に商売敵だから、って事なら、良くはないけど良いのだけれどね」


ふう、と息を吐くレインに金が二対の瞳を細める


「国内のみでなく、国外にも目を向け、有事の際はすぐに動けるよう情報収集と初動体制の確立が重要ですな」


「ええ。今規定している初動体制を少し変更して、より早く、より的確な一手を打てるようにしなくてはならないわね


そのための第1弾として、アーシャ達緑人族のみんなには、薬の予備を多く準備していてもらえるかしら?


それに合わせて西の森のすぐ近くに、菜園を作れるように土地を用意したから、疾風の所の力自慢達を動員して協力して土地を耕してもらえる?」


「手が空いている奴等を回す」


「承知いたしましたわ」


頷く二人によろしくね、と返したレインはホルンを見る


「ホルンには塩の製造を増やしてもらいたいの


正直、塩は幾らあっても困らないしね」


「わかりましたわー」


「金には、動ける子をちょっと動員してもらって、領内の巡回に手を貸して欲しいの。


影の民達に今以上に情報収集に動いてもらうとなると、正直領内の警邏に手が回らなくなる。特に、自警団の手が回りにくい山や谷、それから夜」


「儂等の得意分野じゃな。承知した


丁度春から一人前を名乗れる新米が20はおる。そ奴等を動員しようかのう」


「よろしくね。

今年は領主交代の予定もあって、春夏秋冬問わず、非常に忙しくなるわ。みんなには無理をしない程度に、手を貸して欲しい

助けてくれる・・・?」


「何を今更・・・当たり前です」


「そうですよー。私たちが好きでやってるんですから、レイン様はどーんと胸を張ってください!」


「我々は、返しきれない程の恩がある。何より、この領地に愛着があるのでな、全身全霊で力添えする所存」


「ええ。皆さんの言うとおり、ですわ」


4者4様に是と告げた事でレインはホッとした表情になる


「・・・・・ありがとう。知っての通り、1月先にはこの領地の春祭りがあるわ。例年より、念入りに警戒をお願い」


レインの声に4人は静かに頷いた



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