春の章・10話
龍山はエーティスの中心部にある岩山だ
標高は国一番高く、頂上付近に九つの大小異なる宮殿がある
八つの宮殿が八龍それぞれの居城で一番大きな宮殿が国府で、国府の中は更に、謁見の間に始まり多数の広間、公的な客を泊める客殿、国府官の執務室等々がある
春桜会はその国府の中、一番大きく一番華美な広間で催される
「広い・・・デスネ
姉様、兄様」
ぽかんと広い部屋、高い天井を見るクリスにキリク達は頷いた
「国府イチの広間だからな。やはり国としての見栄もあるし、それなりでないと駄目だろう。
他国もこんな感じだろう?レイン」
「ん・・・そうね。蓮はもっと柱に彫刻が細かく施されていて、凄く豪華だし、カラクサは中は勿論、窓から見える外が海だから圧巻よね。うん
でアベルは最古の国な分、どの国よりも豪華よ。太陽が届かないから外は真っ暗なのが残念だけど・・・」
青白い顔で説明するレインをクリスは眉をハの字にして心配そうに顔を見上げる
「・・・姉様大丈夫?」
「だいじょうぶ」
こっくり頷くレインの顔色は漸く戻ってきた
「レインの高所恐怖症も中々治らんな。今度から移動は全部翼竜にしたらどうだ」
「無理」
即答するレインにキリクは苦笑する
「それより、もっと端に行っておきましょう?視線が鬱陶しいもの」
「そうだな。クリス、レイン、端に寄るぞ。わざわざ近寄って集られることもないだろう」
滅多に公の場に姿を見せないシュレイアの姿に、あちこちから視線が集まっている
煩わしそうに吐き捨てたアリアと眉間に皺を寄せたキリクに、レインは苦笑を零した
レインはシュレイアの外交を殆ど引き受けるため、国外の夜会に出席することもある・・・勿論得意かと聞かれれば首を傾げるし、好きか嫌いなら出なくて良いなら一生出たくないほどには、嫌いだ・・・
だが、基本的に領内に籠もり、領地の生活向上に努めるアリアとキリクは大衆の視線にさらされる機会が圧倒的に少ない
・・・勿論、クリスも雰囲気に呑まれて怖じ気づいてこそいないが(そもそも二人は強心臓な為怖じ気づくこと自体余り無い)不愉快さを隠し切れていないのが端から見てよく分かる
なにせ客寄せパンダの気分なのだ
「クリスは夜会初めてではないわよね?」
周囲からの視線にビクビクとするクリスにアリアは首を傾げる
「デビューは八つで済んでる筈だ」
「覚えていません・・・・」
キリクの言葉にクリスはしゅん、と肩を落とす
「まあ、構わないだろう。兄弟姉妹以外と踊ることは余り無いだろうしな」
社交界デビューというのは明確な年齢の定義はなく、家それぞれで時期を見る
シュレイア家では男女ともに6~8つでデビューし、以降殆ど出席することはない
「ウチは何時異国に行っても良いように、デビューは早めに済ましておくんだよ」
「だからシュレイアは他所に比べてデビューは早いわね
一般的なデビューは、10~16の間よ。決して多くはないけど、そのデビューで将来の相手を見つけることだってあるの。だから、結構みんなギラギラしてるでしょ?」
クスっと笑うアリアにキリクは溜息を吐いた
「クリスに何を教えているんだか・・・」
「一般常識程度の知識はちゃんと入れておかないとね」
「もっと他に言うべき一般常識があるだろう・・・」
ハアと溜息を吐くキリクにレインは苦笑を零した
段々広間の人数は増え、その分シュレイアに向けられる視線も多くなってくる
ざわめきに、クリスは間近のレインの足元にへばり付いた
「クリス、ほらしゃんとしなさいな」
「来たこと後悔してる顔ねぇ」
「レインにこの先外交付いて行きたかったら堂々としておけ」
「姉様と兄様、クリスを慰めるのなら其の眉間の皺を解してからにしてくださいな」
やれやれと息を吐くレインにキリクとアリアは肩をすくめて見せた
「ん?曲調変ったわね」
「お出でになるな」
それまで広間に流れていた軽い曲調は一転、重厚感のある曲調に変わる
中央の大きな扉の両隣に立つ龍騎士が恭しく扉を開く
「見えない・・・」
「あら、見たいの?間近で?潰されるわよ」
「どうせ最初壇上にお上がりになられるのだから、あんなに赤絨毯に寄らんでもいいものを」
ふん、と吐き捨てるキリクのその声色と表情にレインは苦笑する
「姉様兄様、先ほどから辛辣なんですが・・・程々にしておきませんと聞かれると面倒ですわ」
「へいへい。・・・ほらクリス、赤龍様はピンピンしていらっしゃる。
怪我の後遺症も見たところなさそうだし、大丈夫だろう」
「良かったぁ」
飾り気の少ない濃紺の衣装を身に纏う赤龍の足取りには問題ないようでクリスは安堵の息を吐き笑顔になる
「八龍様がお揃いになると流石圧巻ね」
「赤龍様以外の衣装は流石、華美だな。特に青龍様は流石、だな
あの大胆な宝石のあしらい方も、さり気ないレースも」
「宝石を付けるとどうしても値段が跳ね上がるけれど、レースをワンポイントにあしらう位ならそこまで高価な物にならないし・・・領地に戻ったら早速お針子達とデザインを決めなくちゃ」
八龍は龍の姿も美しいとされているが、人型も十二分に美しい
年齢層も様々な美男美女が壇上に上がっている
周囲からは感嘆の息が漏れる中、八龍の衣装や装飾に目を止め春の新作デザインを話し合うキリクとアリアは最早職業病と言っていいだろう
あーでもないこーでもないと小声で言い合う二人に苦笑しレインはクリスの頭をなでる
真っすぐ赤龍を見るシュレイアの末弟は、余程赤龍を心配していたのか良かったと何度も安堵の声を漏らした
「あらクリス、赤龍様こちらに気付かれたかもしれないわよ」
「え?」
「ほら御覧なさいな。こっち見て目を見開いていらっしゃる」
零れてしまいそうだわ、と笑うアリアにクリスは目を輝かせる
「僕たちのこと、覚えてくださっていたのかなっ?」
「ふふ。きっと、覚えていてくださったわ。ほら、挨拶も済んでないのに此方にいらっしゃりそうよ?緑龍様が止めているもの」
にこにことするクリスに、連れてきて良かったわぁとレインはほほ笑んだ
黄龍の挨拶が終わると流れる曲調は軽やかになり、食事や飲み物の提供が始まる
ざわめきも大きくなったその中を、赤龍は急ぎ足で壇上から見つけた姿が幻でないことを祈りながら探していた
「(会いたいと願った故の幻だろうか)」
自然と避けられていくことなど今はむしろ好都合で、一路壁際に向かえば、ほんの一月ほど前に沢山の<初めて>を赤龍に与えた兄弟がいた
「(ホンモノ!!)
レイン!キリク!アリア!クリス!!!」
「こんばんは赤龍様」
「お身体の調子はどうですか?変わりありませんか?」
「っああ、平気だとも。四人は何故・・・お前たちは滅多に公の場に現れないと」
「(珍獣みたいな扱い・・・)
クリスが、赤龍様のお怪我を心配していたのです。シュレイアを発たれた時は未だ傷は塞がっていらっしゃらなかったし、と」
レインのセリフに赤龍を頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲った
「心配、してくれたのか?クリス」
「えっと、・・・はい。赤龍様は、とってもお強いですけど、痛いのは、同じでしょう・・・?だから、その」
「っああ、有難う」
赤龍はここが人前でなければ小さな体を抱きしめたいと思った
こんなにも幼くか弱い子供が、赤龍を心の底から案じている
「レインたちも、有難う」
「あら、私たちが勝手に心配しただけですわ。お礼など、結構でございます」
にこりと笑うレイン達に、赤龍は嬉し泣きのような表情をする
驚いたのはレイン達で、あわあわとそれまでの大人びた様子を一転させ心配気に赤龍を案じた
それが、また、赤龍の心に響いた
「泣いているのか?赤龍」
「おやまあ」
「っ黄龍様?緑龍も?」
ざわめきと共に、貴族の間を縫ってきた二龍にレイン達は頭を下げる
「頭を上げてくれまいか?シュレイアの子等よ
私はそなたに礼を言おうと参ったのだよ」
「・・・礼で御座いますか・・・?」
「うむ。そなた達は、我が同胞を救ってくれた。有り難う」
「とんでもないです」
「・・・・・本当に有り難う」
「緑龍・・・レイン達が参加することを知っていたのか」
黄龍とレイン達が小声で会話しているのを視界の端に認めながら、赤龍は自身をイイ笑顔で見ている緑龍を不機嫌な面持ちで見詰め返す
「ん?当たり前じゃないか。最終の書類は私の元に来る」
サラリと緑龍に返され、いっそう不機嫌になった赤龍を緑龍は隠すことなく笑う
「・・・知っていて、黙っていたと?」
「何、内緒にしておけと提案したのは黄龍様だ。
案の定、良い反応が見れたよ」
「・・・・・黄龍様もグルとは」
「おや、グルとは失礼な。ちょっと面白そうだと思ってね
落ちた場所も、助けた人も、これこそ運命というものかも知れないな」
会話に加わった黄龍が酷く面白そうな顔をして赤龍を見詰めた
「・・・?」
黄龍の意味深な言葉に首を傾げた赤龍だが、真意を伝える気はないようで、黄龍は笑って視線を流した
「ふふ、そうそう、緑龍に持たせてくれた菓子と果物、非常に美味しかった。
あれが近隣で評判のシュレイアの甘味だね?
もし叶うなら、また是非食べたい。遣いをやって買いたいのだが、何処にでも売っているのかな?」
「まあ。ありがとうございます。あれは私が作った物で、まだ市場にレシピを流していないんですよ。他の菓子なら何種類かはすでに町で購入できますし果物もありますが・・・
宜しければ領地に帰り次第、献上させていただきます」
「いや、ただ私が食べたいだけだからちゃんと買うよ。アルテナも、シヴァも他の同胞も自身のものは自分で出向いて買っているしね。私自ら買いに行くのは難しいから、遣いを出すけど、献上はしなくていい」
「左様で御座いますか・・・出過ぎた真似を致しました。お許し下さい」
「気にしないでくれ。
さてシヴァ、赤龍、他の貴族の元にも向かうぞ。」
黄龍が嫌がる赤龍の背を押し歩き始めれば緑龍がレインに近寄る
「レイン殿、私も今度、菓子の買い付けに伺います。その時は屋敷にお邪魔しても構わないかな?是非先日の紅茶?をもう一度飲みたいのだ」
「勿論、どうぞいらしてくださいませ」
「楽しみにしているよ。
・・・さあ、赤龍。嫌がってないで行くぞ」
赤龍の背をを黄龍と同様に押した緑龍
あっという間に貴族の間に消えた黄龍達
残されたレイン達に今度は周囲の貴族の好奇のまなざしが遠慮無く突き刺さった
「(面倒なことになりそう)」




