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水精少女ア  作者: クーラーつけたい
第一章 【始まり】
10/10

第一章10『虹色の太陽光」

 



 いつからだろう。


 余計なことはしない方がいいと思うようになったのは。


 それはいつの間にか根付いていた考え方の癖。


 ーー夢?


 そう思うや否や、私は机に散りばめられた紙を見つめていた。



「藍、この前の英語のテスト何点だった?」


 後ろから優しそうな男の声が聞こえる。


 振り返ることができないので、表情を確認することができないが、おそらく怒っている声だ。


「……92点です」


「ーー!」


 大きな音が鳴り響き、咄嗟に目を瞑った。


 恐らく机を叩いた音だろう。


「なんで100点を取ろうとしなかったんだ? 本当に努力してるのか?」


 男は肩に手を置き、優しく声をかけてきている。


 目を開ければ、机にはナイフが突き刺さっていた。

 ナイフは紙を貫き、机には穴が空いている。


 言葉と感情が合っていない。


「ごめんなさい、でもーー」


「でも?」


 言い訳をしようとしたせいで更に怒りは増しているようにも思う。

 怒っている人に対しては言い訳は逆効果だ。


 ーー余計なことは言わないほうがいい。


「でも? なんだ?」


「ごめんなさい」


 私は誠心誠意を込めて謝罪することにした。

 謝り続ければいずれ怒りは収まる。


「またこそこそゲームやってるんだろ? どこに隠した?」


「………」


 男は促すように語りかけてきている。


 これに対して謝罪することはない。

 謝罪は肯定することになるのだから更に悪化する。


「次見つけたら…分かるよな」


 机に刺さっていたナイフがいつの間にか首元に添えられていた。


「分かりました。お父さん」


「よし、いい子だ」


 お父さんは軽く頭を撫でると、部屋から立ち去った。

 優しい時は優しく、怒る時はしっかり怒る。

 絵に描いたようないいお父さんだと思う。


 だけど


「………」


 ーーいっそのこと殺してくれないかな


 そう思う私はおかしいのだろう。










 先生がいなくなった教室では私語が飛び交っている。


 私は静かに勉強を続けていて、内心では「うるさいな」とは思っていたが、話してる内容が気になって仕方なかった。


「あの子またやったって」


 ーーあの子


 あの子とは私のことだ。


 いわゆるあだ名ってやつ。


 気のせいだ。なんて気休めは聞きたくない。


 指を刺されて笑われているのだから…きっとそうだ。


「えぇ…また? あの子自己中心的っていうか、本当に空気が読めないよね〜」


「分かる〜、何考えてるのか分からないよね〜」


「……」


 気づかれていないと思っているのか、それとも気づかれても大丈夫だと思っているのか。

 クラスメイトはこちらに聞こえる声で話している。


 空気が読めないって、何なのだろうか








「藍ちゃん、この前は助けてくれてありがと…」


 ポニーテールの女の子がいた。

 気弱そうな女の子だ。

 私の数少ない友達でもある。


「ううん、気にしないで! やりたくてやったことだから」


「あ、そういえば」


 私はセカンドバッグから袋を取り出し、女の子に渡した。


「藍ちゃん、どうしたの? これ」


 不思議そうに袋を見つめる女の子。


「ーーさん! 今日誕生日だったよね。チョコ持ってきたの、誕生日おめでと〜」


「え………」


 女の子の表情は思っていたものとは違って、悲しそうだった。


「どうしたの?」


「藍ちゃん……学校にお菓子を持ってくるのはいけないことだよ? 私、悪い子になりたくないの。だから受け取れない」


 当然、私はお菓子の持ち込みは禁止だということは知っていた。

 でも、「誕生日だから大丈夫だよね」っていう軽い気持ちが彼女の心を傷つけてしまった。


「……え…あぁ…そうだったね。あはは…ごめんね」


「大丈夫だよ。先生には私から説明しておくから」


「…あ……うん」


 その後、先生に怒られた記憶があるが、何を言われたのか覚えていない。

 いや、何も聞いてなかったという方が正しい。


 ただ、ぼーっとしていた。









 学校の帰り道、コンビニの前にポニーテールの女の子と高校生ぐらいの男たちがいた。

 4人組で、いかにもやんちゃそうな雰囲気を感じる。


「うわ、君めっちゃ可愛いね」

「俺たちと遊ぼうよ」


 男たちは私の友達?を囲むと強引にどこかに連れて行こうとしている。


 周りにいた大人たちは見て見ぬふりをしていて、助ける様子もない。


 いつだってそうだ。

 誰も誰かを助けようとしない。


 ただ見つめるだけで、物事が終わるのを待っている。


「や、やめてください…!」


 友達?は手足を使って必死に抵抗している。


「………助けないと」


 私は心の中で「やめなさい」と呟いた。


 ーーやめなさい


 ーーやめなさい


 ーーやめなさい


 何度も呟いた。


 ーーやめなさい


 ーーやめなさい


 ーーやめなさい


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も


「………」


 ふと、友達?と目が合った気がした。

 その目は助けて欲しそうな目をしていたと思う。


 その目を見て一歩を踏み出そうとした。


 ………踏み出そうとした。




「………」


 私は走っている。


 どこを走っているのかも分からない。


 適当に走っている。


 行ったこともない場所を走っている。


 ーー私は何も見てない。何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない何も見てない




「悪いことしないで!」


 ーー気持ち悪い


「仲良くして!」


 ーー気持ち悪い


「誕生日おめでと〜」


 ーー気持ち悪い


 失敗。失敗。失敗。失敗。失敗


 何もかもが違う。


 生きてることすら間違いなんじゃないかって、何度も思った。

 結局は


 ーー余計なことはしない方がいい







 気づけば目の前には海が広がっていた。


 それは海と呼ぶにはあまりにも醜い光景だった。


 水面には無数のゴミが漂っている。


 プラスチック。


 空き缶。


 名前も知らない黒ずんだ残骸。


 波に揺られるそれらは、まるで腐った臓物のように見えた。


 水の中では黒い何かが蠢いている。


 ――ゴキブリ?


 足元の砂浜さえも落ち着かない。


 粒だったはずの砂が、生き物の群れのように這い回っているように見える。


 ――ウジ虫。


 空を見上げれば、太陽の光は虹色に滲み、世界そのものがぐにゃりと歪んでいた。


「……気持ち悪い」


 人の気配があることに気づき、咄嗟に口を押さえた。

 今の言葉を聞かれでもしたら変な勘違いをされてしまうかもしれない。


 嫌な汗が流れているのを感じる。



「ほら、早く行って」



 そこにはツユが居た。

 異世界に来て、初めて私のことを受け入れてくれた人がいた。


 ーー気づかれてない?


 さっきの失言はどうやら聞こえていなかったようで、ツユは真剣な表情で海を眺めている。



「……」



 ーーさっきの何?


 目を凝らせば綺麗な海に戻っていた。


 エメラルドグリーン色に輝く美しい海。


 ゴミが浮いてるわけでもゴキブリが泳いでるわけでもない。


「どうしたの? 早く行きなさい」


「……」


 ーー人が怖い。


 異世界なら違うと思ってた。


 人と仲良くできるんじゃないかって、勘違いしていた。


 みんなに嫌われて、恨まれて、最低の評価を下された。


 ーー余計なことはしない方がいい。


 私が何かするたびに人が傷つく。

 何ができるわけでもないのに首を突っ込んでただ迷惑をかける。

 私って何がしたいんだ?


 ーーこの人はみんなとは違う。だから大丈夫。


 本当に?

 この人の何を知っているの?

 本当は全てが演技なんじゃないか?

 名前をいう時だって、嘘をつく時の顔をしていた。


 ーー助けようとしても後悔するだけ。


 誰かを助けてもそれを助けてくれる人はいない。

 自分を危険に晒すだけだ。


「……」


「ねぇ、どうしたの?」


「私は…」


 ーー1人にしないって決めた。


 そうでしょ?


「……え…なに、あれ」


 ツユは唖然としたように何かを見つめている。


 都市があった方の空には大きな光の球体があった。

 直視できないほど明るい。


 手で覆っても尚眩しい。


 花火にしては大きすぎるし、何かの魔法だろうか?



「ーー!」


 大きな爆発音と衝撃が空気を震わせた。


 ーー爆発?


 足で立っているのも難しいぐらい激しい衝撃だった。

 もう何が何だかわからない。



「姫様」


 振り返ると、男がいた。

 白髪の老人。

 白いローブを纏い、杖を持っている。


 ーーどこからきたの?


 背後は海だったはずで、どこから来たのかまるで分からない。


「……あなたは」


 ツユは目を見開き、男を凝視している。

 知り合いなのだろうか?


「急ぎでご連絡したいことが」


「何かしら」


 老人はツユに対して跪き、言葉を続けるのかと思ったが、その目はこちらを向いていた。


「部外者は立ち去れ」


 ーーえ


 老人から鋭い視線を感じる。

 誰だか知らないが、いくら何でも急すぎると思う。


「………」


 私は心の中で「嫌です」と呟いた。


 ーー嫌です


 ーー嫌です


 ーー嫌です


 何度も呟いた


「………」


「本当にどうしたの?」


 ツユの視線がおかしなものを見る視線に変わっているのに気づいた。


 変人を見る目だ。


 怖い人を見る目だ。


 理解できない人を見る目だ。



 そう思った時には走っていた。


 見たこともない場所を走っている。


 明るくて暗い道を走っている。




 私は何がしたかったのだろうか


「………」

















 どれくらい走ったのだろう。


 腕時計でも持っておけばよかった。


 転移前であればここまで走ることはできなかったはずだ。

 それも体が痛みを感じないせいだとも思う。

 本当に異常な体である。


 それにしても先程から視界が悪い。

 全体的に暗く見えるというか。


 何かが空気中に舞っているように見える。


 ーー雪?


 手にとって見てもそれが何なのかわからない。


 冷たくも白くもない黒い雪のようなものだ。


 ーーあれ?


 気づけば焦土を走っていた。


 森の中を走っていたはずなのに緑が一切見えない。

 黒い炭が散らばっているのだから、もしかしたら山火事でも起きたのかもしれない。



「ーーれ」


 ーー?


「ーーれ」


 何かが聞こえるが、どこから聞こえてくるものなのかもわからない。

 いくら見渡しても炭しかない。


「ーーれ」


 ーー?


 炭が私の足を掴んだ。


 私は咄嗟に振り払おうとしたが、なかなか離れない。

 何度見てもただの炭なのだが、がっちりと足を掴んでいる。


「助けてくれ」


 炭が声を出している。

 炭が声を出すわけもないので、きっと幻聴なのだろう。


「離してよ!」


 私は片足で炭を蹴り、強引に引き剥がすと、走った。


 ーー私は何も見てない


 柔らかいものを踏み抜く感覚がある。


 ーー何も見てない


 地面じゃない何かがそこら中にある。


 ーー何も見てない


 どこに行っても焼けこげた匂いが漂っている。


 ここはどこなのだろう。


「………アイ」


 私は足を止めた。


 私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。


 ーー誰が?


「アイ…助けて」


 辺りを見渡してもやはり、炭しかない。


 ーーやっぱり、誰もいない。


 私は走った。


 どこまでも


 どこまでも


 どこまでも


 どこまでも


 どこまでも


 足を止めてしまえば嫌なものを見てしまいそうで怖い。


「………」


 体が溶けては再生を続けている。

 なぜ溶けているのかも分からない。


「ーー!」


 凄まじい爆発音が聞こえt


 こまくが破れた


 ーーまぶしい


 しかいがまっしろ


 たゃんとはしれてるかな



 はしって


 はしっt


 hsk


 hf














「んーん、起きて、アイ」


 ーー?


「起きないと熱々の雑煮口に突っ込む」


 何かが唇に当たっている。


「ん、まさかの犬舌」


「やっぱり死んでるッスか?」


 ーー!!


 嫌な声が聞こえて、飛び起きた。


「うわッ…ビックリさせないでくださいッス〜心臓が飛び出るかと思ったッスよ〜」


 目の前にはハツ。


 そして


 ペーニャがいた。










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第一章「始まり」の終了です。

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