第22話 帰還、そして生死の残灯へ
入口で俺を探していた屯長たちと合流した。
屯長の話では──
一緒に歩いていた俺が、突然ふっと掻き消えたらしい。
そして何より驚いたのは、
あれほど長く感じた仙人とのやり取りが──
現実では、ほんの十分ほどしか経っていなかったという事実だ。
……あの問答が、十分。
まるで狐につままれたような気分だった。
俺は「道に迷ってはぐれた」とだけ告げ、
屯長たちとしばらく森を一緒に見て回った。
森はいくら探しても、ただの森だった。
仙人など影も形もない──そう“諦めたふり”をして、
帰還する旨を屯長に伝えた。
この時代じゃなくたって、
どんな病でも癒やし、寿命すら延ばす薬を持っているなどと
知られれば、誰に命を狙われてもおかしくない。
俺が姿を消していたのは、ほんの十分。
まさか神薬を手に入れたとは、誰も思うまい。
屯長は、すべてを察したような表情を一瞬だけ浮かべ、
何も言わず帰還の準備を始めた。
そこからは元来た道を戻り、麓で馬に乗り、
歩兵と合流して都へと帰った。
龍諂には
「一族の繁栄を祈念してきたので、叔父上にもきっとご利益がありますよ」
とだけ伝えておいた。
都で馬を返し、南下する道中──
何度か賊に襲われたが、問題なく撃退できた。
ただ、帰り道で兵の数名が発熱し、そのまま亡くなった。
帰れるという安堵が、緊張の糸を切ってしまったのだろうか。
皮肉なものだった。
亘江を渡り、父と繋がりのある勢力圏まで戻ると、
二十一頭の馬を買い付けた。
代金は……すべて親父に付けておいた。
そして馬を駆り、とうとう──
故郷の本宅へと辿り着いた。
往復百六十日を超える、長い長い旅の終わりだった。
まずは阿父に挨拶に行く。
順番を間違えてはならない。
「不肖の身、ただいま戻りましてございます。
この度の出立をお許しくださり、
また無事の帰還を導いてくださったのは、
ひとえに阿父の海より深きご慈悲と、
揺るぎなき門戸の守りあってこそ。
この執り成し、一生の恩義と感じております」
都で土産にと求めた、飾りを施した手綱を差し出す。
「都にて見事な名馬の具を見つけ参りました。
一目見た折、その気品ある造りは
我が家を支える阿父にこそ相応しいと確信し、
買い求めた次第です。どうかお納めください」
阿父は手綱を受け取り、わずかに頷いた。
「ふむ、達者であったか。……ならば良い。
若い時分の苦労は、何物にも代えがたい宝となる。
その経験を、我が一族を支える次男としての務めに活かし、
門戸の繁栄に尽力せよ」
次の瞬間、阿父の視線が鋭く俺を射抜いた。
「……して、例の噂に聞く“仙人の神薬”。
手に入ったのか?」
鼓動を抑え、微塵も動揺を見せぬよう静かに首を横に振る。
「いえ。霊山の中腹まで分け入り、
深き森林を彷徨いましたが……
仙人のお姿を拝むには能わず。
せめてもの務めとして、山中にて
一族の久遠なる繁栄と延命を祈り捧げて参った次第にございます」
阿父は目を閉じ、短く息を吐いた。
「……それは残念であったな。
だが、天の縁は無理に手繰れるものではない。気にするな。
それより阿母も伯も、貴様の身を案じておった。
まずは二人の元へ行き、元気な顔を見せて安心させてやれ」
「……ありがとうございます。
つきましては阿父、もう一つだけ、不肖の願いをお聞き届けください。
今まさに命の灯火が尽きようとしている阿京への接見禁止を、
どうか解いてはいただけないでしょうか。
せめて最期に一目会い、別れの挨拶を交わすことで、
心残りなく送り出してやりたいのです。
どうか、寛大なるご慈悲を……!」
室内は凍りついたような静寂に包まれた。
阿父は長い沈黙ののち、静かに口を開いた。
「……よかろう。貴様がそれで満足するというのであれば許す。
ただし、これを最後とせよ。
送り出した後は未練を断ち切り、
“一族のために身を粉にして尽力せよ”。
それが貴様の役目であると知れ」
「ははっ、寛大な沙汰をありがとうございます。
それでは退下させていただきます」
阿父の前を辞したあと、
俺は阿母、龍紅、阿玲のもとへ順に挨拶へ向かった。
阿母は俺の顔を見るなり、
両手で頬を包むようにして無事を喜んでくれた。
そして案の定、神薬のことを尋ねられたので、
阿父に告げたのと同じ答えを返した。
龍紅は俺の姿を見ると、
ふっと柔らかく笑って肩を叩いた。
「よく無事で帰ってきた。
見違えたな。……成長したのが分かる」
それだけを言い、神薬については一切触れなかった。
深く踏み込まない優しさを感じた。
阿玲は、俺の顔を見るなり目に涙を浮かべた。
「二兄……おかえりなさい」
神薬については何も聞かなかったが、
その瞳の揺れから、
“本当は聞きたい”という気持ちが痛いほど伝わってきた。
だから俺は、阿父に告げたのと同じ嘘を口にした。
阿玲に嘘をつくことに、胸が少し痛んだ。
だが──仕方がない。
今は、誰にも真実を明かすわけにはいかなかった。
逸る気持ちを必死に抑え、
ようやく帰還の挨拶を終えた俺は、
その足で阿京の元へと急いだ。
阿京が休んでいる部屋の前に立つと、
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
深く息を吸い、そっと襖を開けた。
「……阿京。阿京……」
驚かせぬよう、静かに呼びかける。
寝台の上で横たわっていた阿京は、
ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
その瞳に涙が浮かび、
それでも笑おうとしてくれた。
「……阿刀……おかえりなさい……
無事で……よかった……」
か細い声だった。
けれど、その言葉は確かに俺の胸に届いた。
その瞬間、
俺はやっと──本当にやっと、
“帰ってこられた”のだと実感した。
間に合った。
この手が届く場所に、阿京がいる。
喜びと安堵が胸の奥から溢れ、
視界が滲んだ。
「……ただいま……阿京……」
泣きながら、
それだけを絞り出すように言った。




