第17話 開門、そしてはじめての都へ
三十八日目、俺たちはついに都へ辿り着いた。
城を迂回して先へ進むことも理屈の上では可能だが、
俺も兵も限界だった。ここで数日休息を取るべきだと判断した。
武装した兵たちは門から離れた場所に控えさせ、
俺は屯長を含む数名だけを従者として門へ向かう。
「止まれ! 何者だ!」
門兵が槍を構え、鋭い目で俺たちを睨みつける。
「都で宮中朗を務めている龍諂様の甥、
阿刀と申します。こちらは私の従者です。
通行許可証も持参しております。」
「……見せてみろ。龍諂様だと? 偽造ではあるまいな」
門兵は許可証を乱暴に奪い取り、光に透かして検める。
「そちらに官印も押してあります。ご確認ください。」
門兵の眉がわずかに動いた。
「ふむ……しかしな。最近は精巧な偽造も出回っておってな」
面倒くさそうに言いながら、許可証を指で弾く。
「では龍諂様に取り次ぎ、ご確認を願えないでしょうか?
龍家の次男が挨拶に来たとお伝えいただければ、
すぐに明らかになるはずです」
俺がそう言うと、門兵は鼻で笑った。
「とはいえな……我々も簡単に持ち場を離れるわけにもいかんのでな……」
──なんだ、こいつら。
仕事だろうが。
何をさっきからゴタゴタ抜かしている。
こっちは地獄みたいな山脈を越えてきて、疲労困憊なんだ。
怒りがふつふつと湧き上がる。
その時、横にいた屯長がそっと耳元で囁いた。
「二若君……あれは賄賂を求めております。
いくらか握らせればよろしい」
……ここでもか。
都の門兵ですら腐っている。
流民の惨状も、壮の語った棄民の話も、
“知識として”は理解していた。
歴史を学んだことがある。
歴史シミュレーションゲームでも何度も見てきた。
教科書なら
『当時、多くの流民が発生し、都の治安は汚職にまみれていた』
の一行で終わる話だ。
──だが、実際に自分の目の前で起きると、
──こうも腹立たしいものなのか。
こんなところで時間を無駄にしても仕方がない。
俺は屯長に目で合図し、差配を任せた。
屯長は門兵に握手をするふりをしながら、
「そこを何とか。皆様のお勤めの気苦労も承知しておりますゆえ」
と低く囁き、いくばくかの銭を握らせた。
門兵の顔が途端にほころぶ。
「うむ、分かってくれるか!
若君、長旅ご苦労であった。
都の雅な風を肴に、旅の塵を落とされるがよかろう。
ゆるりと休まれよ!」
賄賂を受け取った門兵は、急に態度を変えて門を開いた。
……やれやれ。
これが“文明の中心”だというのか。
俺は従者に、運んできた財貨のうち
龍諂への土産として渡す品をいくつか持たせた。
分家が持たせてくれた、都で人気だという生地も含めて。
さらに、貨幣や玉を兵に渡し、
「お前たちを城に入れることはできない。
城外にある駐屯地で
これで好きな物を食べ、好きな物を飲み、英気を養ってくれ」
と伝えた。
兵たちは民間の一般宿に泊まることになったが、
後ほど龍諂の伝手で、城にほど近い高級宿を手配してもらった。
この後も旅は続く。
休息は、何よりも重要だ。
龍諂か……そういえば、俺が“設定した”キャラの一人だったな。
遠縁の親戚で、都で宮中朗の官職に就いている。
ずるく、狡猾で、生き馬の目を射抜くような男。
父・龍健と都をつなぐパイプ役として作った設定だ。
地方の豪族なら、中央に親戚の一人や二人いてもおかしくない──
そう思って作った、ただの背景キャラ。
……まさか、こんなところで本当に助けになるとはな。
設定で苦しみ、設定に助けられる。
皮肉と言うべきか、諸刃の剣と言うべきか。
そして門をくぐった瞬間、視界に飛び込んできたのは──
巨大な正門、永城門だった。
目の前にそびえ立つ宮殿は、視界を遮るほどの規模。
門や櫓は威圧感すら放ち、中央の大路は見渡す限り真っ直ぐに伸びている。
広々と整備された道は、現代の幹線道路よりも大きい。
両脇には街路樹が植えられ、側溝らしき排水設備まで整っていた。
宮殿や高級住宅を思わせる建物からは、
どこからともなく荘厳な音楽が響き渡る。
──すげぇ。
豪族の次男として育った俺の家も整備されてはいたが、
これほどの規模ではなかった。
市場の区画を覗くと、そこは活気の渦だった。
この世界の珍品がすべて集まっているのではないかと思えるほどだ。
ガラス細工、宝石、手の込んだ絨毯。
路上では音楽家が楽しげに演奏し、
どこからか肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
酒蔵からの芳醇な香りが、さらに食欲を刺激した。
まさに、この世界の栄華と雅の極みがそこにあった。
──もし。
もし俺がこの世界に来たとき、
最初に目覚めた場所がここだったなら。
当時の文化に触れる感動に、
きっと喜色を浮かべていたことだろう。
でも……ここに来るまでに、
俺は“人の地獄”を見てきた。
だから今の俺には、この都が
どこか色褪せて、虚飾にまみれた世界にしか見えなかった。




