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51.とある日曜日

 何も予定のない日曜日。

 日の長い季節とはいえ明るい時間からというのは酒の味を引き立てる要素の一つではあるよな、という考えの下、そのお供を求めて近場の商店街へと出かけ串カツにハムカツ、ウズラの串揚げを少し多いかくらいに買い込んでのんびりと自宅の近くまで戻ってくる。

 あとは別段応援している球団があるわけでもないけれど、野球中継なぞ見ながらだらだらと過ごすのも良いだろう……とか考えていると頭の中の何人かの年下が「おじさん臭い」と呼びかけてくる。

 ま、否定はできないかな、と思いつつ日差しに軽く焼かれながら右手に下げた袋から漂ってくる揚げたての香りに食欲が程よくくすぐられるに任せている、そんな時。

「……?」

 女性の悲鳴、のような声が聞こえて流石に聞き流せず駆け足寸前の速さでそちらの方に向かうことにした。




「やっぱり、ウチのパパもママもお出かけ中で戻って来れないっぽいしー」

「私の所も父さんも母さんもお店から離れられない」

「どうしよう、こうなったらタクシー使う?」

「いやでも、お金本当にギリギリだしグッズ買えなくなるじゃん!」

「ライブ見れないのとどっちがいいって話っしょ!? 頑張ってチケット争奪戦勝ち抜いたんだよ!?」

「そ、それはそうなんだけれどさー」

 自宅マンション近くのバス停でピンクと黄緑を髪に混ぜた女の子が二人、結構声量を上げてしまいながら切羽詰まった顔で各々のスマホを見ながら何やら言い合っている。

 年の頃は水音さんたちと同年代かな、と思いつつ見覚えがあってよくよく確認すればそのうち片方は時折顔を合わせるラーメン店の娘さんなので本当に高校生で間違いなかった。

 友達同士で出かけようというタイミングで何かトラブルのようだけれど、身の危険という意味での緊急性は無さそうだが……何やら差し迫った感はあるな。

 そうなると、店に何度か食べに行った程度なら声を掛けるのも憚られるなという気持ちと、それでも困っていそうだなという親切心がちょうどよく天秤でバランスをとる。

「!」

 そんな一桁秒にも満たない迷いの間に、向こうと目が合う。

 お店で会う普段とは違ってバンダナを取っていてピンクのエクステ交じりのお団子が露わになっている。

 更にはそこに同じ色の小さなクマのぬいぐるみまで括りつけて……何と言うか、気合充分、という感じだった。

「あ、こんにちは」

「ええ、こんにちは」

「ん? 誰このおじさん」

「うちの店の常連さんで……クラスメイトのバイト先の人」

 そういえば、切欠はそうだった。

「え、そのバイトってヤバいやつじゃないよね」

「た、多分?」

 場合によっては命の危険も、というのは洒落になってないか。

 まあ、この上背と体格とカラーの入った眼鏡なのでそんな風に想像されても仕方はないかな……と苦笑いしていると。

「って、今それどころじゃないし!」

「あ、そうだった」

 一瞬緩んだ空気が再び焦燥感で満たされる。

「察するに……何かしらトラブルですか?」

「え? あ、はい……乗る筈だった路線が事故で運休しちゃってて」

「焦ってバス見に来たんだけどこっちも遅れてる上にそもそも目的地まで乗り継ぎが多すぎて無理っぽいし……」

「成程」

 まあ、大体想像の通りだったな、と頷いたところで。

「「あ」」

 目の前の二人が同時に何かを思いついた表情をする。

 どう見ても免許取得可能年齢を超えてそうな顔見知りがここに居るよな、と。

「……ええと、こんなことお願いするのはどうかと思うんですが」

「……お兄さん、今からお暇だったりしないー?」

 お、おじさんからお兄さんに速攻で切り替わったぞ、と内心で可笑しさに噴出しながら返事をする。

「休日で暇をしていたところですね」

「もし、もし良かったら……」

「一応、その前に」

 同じタイミングで胸の前で手を合わせる二人に、ふとお小遣い切れ直前で飲みに誘ってくるレオさんを思い出しながらも、一度手の平を広げて遮る。

「あまり褒められたものではない申し出、だとは思って貰えていますよね?」

「そ、それは、はい」

 お団子ちゃんは深く頷くが、相方の子は。

「大丈夫、それに」

「ん?」

「万が一お兄さんがそういうことしに来ても蹴り倒してでもライブ行くから!」

「左様で」

 いいしなりで振り上げられたブーツの爪先から飛んできた仕事中でも滅多に感じない圧に思わず気持ち内股になりながらも頷く。

「と言うか、親戚のお兄ちゃんに会場まで送ってもらうだけだし? みたいな」

「あ、それいいかも」

 何か言われたらそれで押し切りましょう……と今は俺が押し切られる。

 どちらかと言うと俺自身に対して警戒を促したんだが、まあいいか。

「ではそのままここで待って……」

 いや、それでは時間が勿体ないか。

「このまま家に車を取りに行きますか」




「す、すっごい車乗ってらっしゃるんですね」

「それに……マンションがアレだし」

 無人タイプの立体駐車場のドアから現れた愛車と付近で色々な意味で一番高いマンションを交互に見て目を白黒させている二人を促す。

「もしかして、すっごいお金も……」

「少々お知り合い価格で色々あるだけなので気にしないでください」

 言いながらまずロックを開錠してエンジンをかけた車を前進させ立体駐車場のパネルを操作する。

「さて、狭いですがどうぞ」

「あ、はーい」

「失礼します」

 後部座席のドアを開けて促す、ものの……。

 運転席側の後ろに野外で料理をする道具を積みっ放しだった。

「あ、じゃあウチがこっち乗るね」

 サッと助手席側に回り込んだ後で。

「あ、もしかして奥さんの指定席だったり?」

「……既婚者が近所のラーメン屋さんに顔を覚えられるほどは通わないでしょう」

「確かにー」

 不要だった心配を、あっさり納得されて微妙な哀しさはあったもののこちらも運転席に座ってシートベルトを締める。

 こちらに移動してくるまでに聞いた会場への道順を一応思い浮かべて信号待ちの間にナビは入れるけれどまずはこちら方面に向かおうとウィンカーを中指に掛けて点灯させつつ。

「じゃ、出しますよ」

「はーい」

「お願いします」




「これでオッケー?」

「ええ、ありがとうございます」

 幸いにして……急いでいるから本当に幸いなのだが殆ど信号待ちなく高速道路へ上がることになり、目的地の設定は助手席の黄緑ちゃんにお願いすることとなっていた。

 そう、お団子ちゃんのピンクと同じように黄緑色を交えた髪を気合を入れて巻いて、同じく同じ色の小さなクマのぬいぐるみをサイドポニーの根元にくっ付けている。

 表示された到着予定時刻を確認しながら。

「この時間で問題ないですか?」

「はい」

「バスの乗り継ぎよりは全然早いし、もう安全圏っしょ」

「ならよかった」

 頷きつつ早くもやって来る最初のジャンクションに備えて車線変更を行う。

「運転、お上手なんですね」

 家のお父さんは運転荒くて……と言う呟きに厨房で鍋やらを振るう動作はむしろ繊細なのにむしろその反動かな? とか考えつつ。

「まあ、こちらに転勤する前に居た方面は公共交通機関では行けないところにも向かう必要があったりして色々回りましたから」

「へえー……」

 そんな後部座席のお団子ちゃんからのお褒めの言葉に、場合によっては安定した転移も組めない県境を三つ跨いだ山奥や海沿いの洞窟等へも狩りに出かけたことを思い出しながら答える。

 都市部の高速道路とはまた違う環境ではあったけれど車の位置取りや車体が空間に占める体積の把握、操作への反応挙動等はそこで随分と馴染んで正に愛車、と呼べるものになっていた。

 ああ、また海岸辺りとかドライブもしたいな、と自分の言葉にそんなことを考えていると突然、助手席からも話しかけられる。

「お兄ちゃんのお仕事ってもしかして借金取り、とかだったりする?」

「へっ?」

「後部座席に何だか長い包みとか結束バンドとかキャンプ用品みたいなのあって車でしか行けないところとか行くんでしょ? で、お休みの日だっていうのに黒スーツだし」

「……ああ」

 そしてこんな厳つい風体だし、か。

「言いたいことはわかりますが、高校生のバイトを使う借金取りとか危ないでしょう」

「それもそっか」

「一応、警備関係みたいな感じ、とだけ言っておきます」

 霊とか悪魔関連なら、そういう依頼も受けてはいるのでそう濁す。

「……将虎、そんな危ないバイトしちゃってるのかと思っちゃいました」

「んー? その子がフッキーのクラスメイト?」

「そうそう、話したらいい奴なんだけど、見た目は金髪メッシュで威勢が良くて、春にクラス分けした時はどうなることかと……」

 ああ、個人的な虎への評価と一致するな、と思っていたら。

「あの……それってさ」

「やっぱり、大丈夫なところ、ですよね?」

 二人から疑いの目で見られてしまう。

「きちんとしたところですよ、ちゃんと」

 堅気の人には言えないことも多いけれど……とは内心でだけ。

「そういえばあいつ、この前の体育で帰宅部のくせして本職の剣道部員吹っ飛ばしてた気が」

「え? それヤバくない」

 おいおい虎よ、さすがにそこは加減しろよ……とこっそり内心で突っ込んだところで。

「「あ!」」

 一斉に二人の動きと言葉が止まった。




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