52.蒼空リフレイン
「どうしました?」
「えっと、ボリューム上げてもいい?」
「? 構いませんが」
頷くや否や、黄緑ちゃんの指がダイヤルに伸びてラジオの音量が増す。
「んー、やっぱこのイントロサイコー」
「ねー……あと、皆の声が爽やかに入ってくるところとかも」
助手席とその後ろで深い深い相互理解が生まれている様子だった。
「あ、今から会いに行くグループの新曲なんです」
「何となくわかりましたよ、あと……確かにここ最近よく流れますね、この曲」
「うんうん、いい曲だと思うでしょ?」
「えー……と」
キラキラとした曲調で甘めの声と歌詞が流れてくる、が。
「まあ、その、最近の女の子はこう言うのが好きなんだなぁ、と」
「「……」」
言ってから今のは完全に流行から取り残されたおじさん、と言う感じの台詞だと失言を悟る。
軽くは縮めた女の子たちとの距離感が一、二歩戻ってしまったような。
「ま、まあ蒼リフは女性ファン中心だしね」
「あ、蒼空リフレインってグループなんですけど」
「……名前だけは、聞いたことありますよ」
はい、取り残されたおじさんダメ押し。
レオさんや立花さんあたりだと話題に乗れるのかな? お嬢さんたちは年齢的には丁度だがあまりそういうイメージにはならない。
「え、えーっと……普段はどんなのを聞いているんですか?」
気を使わせて申し訳ない……そこのところは、接客業をしているだけはある、かもしれない。
「ただラジオを流しているだけで特には……」
そして助け舟を出して貰ったのにここで後に繋がらないのは拙いと意識して返してもらえそうな続きを口にする。
「ただ、幾つかのミニコーナーは楽しみなものもありますけれど」
「え? いつ頃やっているやつ?」
「日曜日の五時頃のですよ」
「五時って、午後……それとも」
「……午前です」
若い子はそんな時間に起きてないのは承知です。
ただ、休日の朝、郊外に行くときには必ず聴いてはいる番組があるのは事実なので。
「午後ならおススメっていうか、ウチの推しが出てる番組あるのに」
「そのタイミングで車に乗ってたら聞いてみますよ」
「うん、今度はこのネタで投稿してみようかな」
リスナー増やしちゃったぜ~、と親指を立てる姿、の向こうのサイドミラーを確認しつつ中型車を抜かして車線を変える。
提案した後で大幅に年下の女の子二人と間が持たせられるかを心配したけれど向こうに気を使ってもらったのは重々承知の上で何とかはなったんでは、なかろうか?
目的地のスタジアムの大型照明が遠くに見え、そこへの最寄りインターの看板に1㎞と記載されている地点までやって来ていた。
「さ、到着しましたよ、お嬢さん方」
一般車両の進入規制ギリギリで送ってもらっている他の観客も降りている車が止められそうなポイントでサイドブレーキを掛けながらそんなことを口にしたりする。
「確かに警備系のお仕事の人」
「っぽいね」
幸い、意図した冗談が通じたようで安堵する。
「時間も大丈夫でしたか?」
「それはもうバッチリというか」
「それより、あの、お礼を……ガソリンに高速まで」
そこに財布を入れているのだろうか、バッグを開いて手を入れている動作を、こちらも手で制する。
「普段と違うドライブを楽しめたので構いませんよ」
「え? でも」
確かに気は使ってしまうか。
ならば。
「今度、あの美味しいチャーシューを増量でお願いします」
「そ、それだけで」
「よし、ウチからも後で出すからどんぶりから溢れるくらい盛っちゃって」
「う、うん」
再度会釈をしてドアを閉め、手を振って走っていく女の子二人……悪い気はしないのはこちらも男だから仕方がない、でいいだろう。
ただ、まあ、高校生とは歳の差がやはりでかいな、と苦笑いした後で。
「……」
ふと思い浮かんだ顔を首を振って頭から追い出す……深く考えてはいけない、と。
まあ、とりあえず言えることは……。
「虎は連れて行かんといけないな」
今度弐玖に食べに行くときは、どんぶりから溢れそうなチャーシューに対処するにはそれが間違いなさそうだった。
「さて」
急ぐ道ではないので順番を譲りつつゆっくりとインターチェンジへと続く大通りに戻ってから近くのコンビニの駐車場に入る。
コーヒーを一杯と小さな正方形のチョコレートを一つ買いつつマシンからの抽出を待つ時間に周辺のおすすめグルメを検索しつつ地図を睨む。
普段寄り付かない界隈に来たので折角だから、という奴だ。
「んー……」
コーヒーの最初の一口で広がる苦みがすっと消えていったところで包装を剝がしたチョコレートを放り込んで甘みと共に溶けていく食感を楽しみながら載っているメニューにコレだと思い夕食を決定する。
茶蕎麦に桜海老のかき揚げを出してくれる店、どう見ても申し開きもできないレベルで色合いで決めてしまったけれどそれも一興。
そして夕食にはまだ早い時間ということで人の集まる場所で淀み始めている幾つかの穢れを確認しつつ有料駐車場に愛車を停め直す。
一応突発の対応業務ということで高速料金と駐車代くらいは会社から支給してもらえるんじゃないかな、と。
というか、部長にやや渋い顔をされるかもだがそういうことにしてしまおう。
折角の会場で妙な事故でも起きられたら彼女たちの楽しみが台無しだし、こちらとしても車を出した甲斐が無くなる訳で。
そして四時間後。
「はぁ……最&高だった」
「あー、尊さでまだ泣ける」
……それほどなのか、と内心で呟きつつ会場の最寄り駅に吸い込まれていく二人を術で気配を消し周囲からは街灯の柱の影くらいにしか認識できないであろう状態で見送る。
それから駅の電光掲示板に運転の遅滞情報がないことを見てから、確かに二人とも帰りは駅まで家族に迎えに来てもらえると言ってたことを確認する。
心配性が過ぎるかな、と思いつつも。
「女の子には優しくするものだろ」
そう呟いてから、自己だとは充分過ぎるほど自覚した満足を感じながら愛車を停めてある場所へとゆっくり歩く。
「……しまった」
そこで三時間放置した車内に充満した揚げ物の匂いに急転した日曜の夕方を実感するのだった。




