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182.お弁当箱、四つ

「じゃあ、説明通り」

「はい」

「昨日の件の調べ事をしたら夕方迎えに来るので」

「済みません、ありがとうございます」

 午後から色々あり過ぎた日の翌日。

 愛車を取りに行く暇がなかったのでハンドルを握っている社用車の助手席で弟くんが頷く。

「危険があると判断したらすぐに連絡を貰えればいいから」

「はい」

 一応念の為そう伝えるが、最初の異常は妹ちゃんの方の病室で起こった模様なので彼の身辺にはそこまで不安要素はない。

 この後調べに行く病院の方が本命だ。

「あの……」

「うん?」

「本当にこれ、僕が持って行っても?」

 後部座席の巾着包みを指しながら確認をされる。

 今朝、昨日見送る前に言い含められた通り待っていると水音さんが届けに来てくれた四つの包みのうち一つ。

 二名の二食で2x2₌4、という訳だ。なお、ちゃんとどれが誰のいつの分という指定はあった、というか明らかに俺の分の方がデカい。

 で、その後から妙なというか疑問満載の目線で見られていて今に至る。

「何となくわかるかと思うけれど彼女はかなりいいところのお嬢さんで、家事担当の方もいらっしゃるようなお家でその方共々非常に料理上手の世話焼きなので」

「はぁ……」

「時々、ご好意に預かっているだけだよ」

 うむ、全く嘘は言っていないな?

「流石に置いて行かれても二つも食べ切れないのできちんと食べてきてくれ」

「わかりました」

 ちなみにこちらは嘘。その気になれば両方胃に入る。

「あ、この辺りで大丈夫です」

「まだ大分離れてないか?」

「時間に余裕はありますし、多少は歩きたいので」

「了解だ」

 丁度通り掛かった公園の駐車場に入り車を停めた。




 それから。

 少し周囲を調べ時間を調整してから例の病院の最寄り駅まで車を走らせる。

「お待たせしましたか?」

「いいえ。わたくしが早く着けただけのでお気になさらず」

 ラッシュ時間帯も過ぎた駅前ロータリーでスーツの上にブラウンのコートを羽織った清霞さんと合流する。

 控えめな色合いと落ち着いた装いで可能な限り目立たないように、といった感じか。

 どうしても美人は目を引いているがね。

「済みませんね、ご足労いただき」

「いいえ。水音からも頼まれましたから」

 初対面時や社内で会う時の印象から比べると大分柔和な表情で応じられる。

 けれどその直後、ハリセンボンを含んだ声で。

「少なくとも『当然やってくれるよね?』という空気でそう仕向けてくる誰かさんよりは全然快く協力したくなります」

「……何というか、マジ済みません」

 その誰かさんには心当たりしかない……言われてるぞ、義弟よ。

 コートを畳んだ清霞さんが助手席に収まった後、シートベルトを止める音を確認してからエンジンを再始動させる……愛車じゃないので音が物足りない。

「その双子さんたちが襲われた理由を、ということで宜しいですね」

「ええ。幻視などはあまり得意ではないので、どちらにしろ誰かに頼まなければというのであれば身近で一番精度が高そうな方にお願いしようかと」

「お上手ですね」

「本音ですよ」

 そんなことを話しながらロータリーから通りに出る。

「ところで征司さま」

「はい」

「行先の病院というのはこちらで?」

 綺麗に整えられた指先が差す方向は確かにそう。

「え? よくわかりましたね」

「いえ。ちなみにこちらには?」

 そっちは……さっき俺が走ってきた方角か?

「早速何かわかりましたか?」

「まだ朧げな物ですが」

「成程。でもとりあえず言えることがありますね」

「?」

 助手席で黒髪が流れる。そういう意味では一番上のお姉さんが一番似ている。

「清霞さんにお願いして間違いなく正解でした」




「次は会合があるんでしたっけ?」

「はい。ただそれまで移動を除いても一時間半はあるので調べるには充分です」

 病院方面へ走行しながら確認すれば、その澱みの無さにメモなどを見るまでもなく予定はきちんと頭に入っているんだろうな、と納得してしまう。

 その会合とやらは一一時の開始か……規模にもよるが昼食を交えつつ、ということにもなるのだろうか。

「せめてものお礼にお昼でもと思ったんですが、残念です」

「あら? 征司さまったらおかしなことを」

「え?」

 そんな変なことを言ったっけ? とポシェットから出した扇で口元を隠しつつ首を傾げると流し目が後部座席に。

「お弁当、持っていらっしゃるのに?」

「……」

 ご存知でしたか。

 いやまあ、蕎麦かうどんあたり食べた後おにぎり弁当なら充分行けるんだが。

「お残しは、許しませんので」

「それは、もう」

「ちゃんと残さず、食べて下さいね?」

 子供に言い聞かせるような声色で、ただ眼差しはもう少し違う色合いで。

 普段とは違って子供っぽい感じに笑っていた。




「それにしてもお兄さんは」

「はい」

「毎回色んな女性を連れてやって来るね」

 病院到着後。

 いつものヘヴィメタルやハードロック系の衣装の方が似合いそうな看護師さんと顔を合わせ双子の現状を報告し昨日の状況を分かる範囲で教えてもらった後、愉快そうに言われる。

 無論勤務中なのでそんなことはないけれど、煙草を吹かすようなジェスチャー付きで。

「偶々というか、成行き上こうなってますがね……」

 車とか警護とかフォローとか色々で、と付け足す。

 全く持って嘘じゃない。

「例えば昨日は弟くんと男子高校生も入れて晩飯を食べに行ってきましたよ?」

「ふーん?」

 一つ事実を述べた上で。

「そういう訳ですので、女性と行動する機会も多いですが別段下心などがあるようなことは……」

「あら。そうはおっしゃいますが昨晩も本当に男性だけでしたか?」

「ほほう?」

「それに、先程昼食に誘って頂いたのはただのポーズですか?」

「……」

 背後から刺されるとはこのことか。

「それは、その……御足労を掛けたお礼もありますし、折角なので友好を深めるのも良いかと思ったまでで……下心などは」

「あたしを誘ってくる若い先生たちなんて丸見えだったりするけど」

「……」

 いかん、挟まれてる? どちらも綺麗どころだけれど間違っても両手に花なんて状況じゃないぞ?

「まあ、お灸はこの辺りに致しましょう」

「俺、悪いことしましたか?」

「さあ、如何でしょうか?」

「自分の胸に聞いてみたら?」

 二対一である以上にびっくりするくらい旗色が悪い……。

 いや、別にやましいところは一切ないのだが。

「では、もう少し外回りの方を視させていただきますので。参りましょう、征司さま」

「あたしもこの辺で勤務に戻るので宜しくです」

「はい、お疲れ様です。お話、ありがとうございました」

「いえいえ」

 というか、この二人歳はある程度近そうとはいえどうしてこんなに息が合ってるんだ!?




「……」

 繰り返しになるが胸にやましいものは一切ない。

 いや、正確に言うと一欠けらくらいしかないのだが。




***




「水音さん」

「あ、征司さん」

 夕刻少し前。

 本社に集合し打ち合わせに入る前に廊下で小柄な後姿を呼び止めて。

「これ、今日もありがとうございました」

「いいえ、私が好きでやっていることですから」

 給湯室で洗った二食分の器を返却する。

「その、ええと」

「?」

 周囲に誰もいないのを確認した後、不思議そうに見上げてくる瞳の方に軽く身を屈める。

「いつも通り美味しかった、ありがとう」

 一応の安全を確認したとはいえ、場所が場所なので早めに言い切って身を戻す。

 いつもお礼は言っていたし、改めて……感謝なのはこちらだったのに。

「はいっ、こちらこそ嬉しいです」

 さらに上乗せして返されてしまった。





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