エフェメラル兄弟2
雷鳴が轟く。部屋の窓は全て割れてしまい、焦げ臭い臭いが充満する。
アッシュがいた場所は黒く焦げ、ドサリと何かが倒れる。それは黒い塊の何か……。
崩れ落ちていった黒いものを見てアリスは青ざめながらそれに近寄ろうとするがエドワードから止められる。それでも近づこうとする。
「あ、アッシュ?う、うそよね……?」
「ふん」
ヴィンセントは手を叩き、アリス達の方を向き、そちらへ行こうとするが、後ろから声がした。
「生死も確認しないで勝利したと思うのは、さすがに愚行じゃないかい」
「な⁈」
後ろを向くと傷のないアッシュが立っていた。そのままヴィンセントの腕を掴み、壁に向かって背負い投げをする。
今度は壁に当たることはなく、アッシュの腕を振り払い、ダァンッ!!と地面に強く着地してこちらを睨む。
「……化け物め」
「土人形みて勝利を勘違いしたのは君でしょ、さて、次は僕の番だ」
そういうと、アッシュの周りに蒼い炎が現れる。現れた炎をみた瞬間、ヴィンセントは眉をひそめる。
「その蒼い炎……、貴様、アウロラフラムか?」
「あれ、君、僕のこと知ってるの?」
「先代にから聞いている。我々と同じ神子に仕える一族。3年前に死滅したと聞いていたが……、なるほど、貴様生き残りか」
「……」
「もしそうであっても私がすることは変わらん。貴様がそうなら、なおさらアリスのもとに置くわけにはいかない。この場で始末する」
そういってまた魔法を展開し始めるが、アッシュは避けず、指先に灯る炎をピンッとはね、回転させると、ボソッと炎に向けて何かつぶやき、それを放った。一つしかなかった炎は増えていき、ヴィンセントが展開していた魔法に触れるのと同時に魔法陣が消える。
炎が触れるたびに消えていく魔法にヴィンセントは驚きを隠せない。
「ーー魔法が……⁈」
「さぁ、次は、どうするんだい?ヴィンセント」
魔法陣がなくなったことで防ぐものはなくなる。アッシュはヴィンセントのところまでゆっくりと歩く。ギリッとこちらを睨みつけて剣を再度持つヴィンセントに一気に距離をつめ、蹴り飛ばす。
ヴィンセントはどうやら体術よりも魔術の方が優れてる。なら、魔法を封じてしまえばあとはーー。
「言ったでしょ、ねじ伏せるって」
「貴様っ!!」
さらに追撃で殴り、窓まで吹っ飛ぶ。ガシャンッとガラスがさらに割れる音がした。よたよたと痛む身体を無理やりヴィンセントは動かしながら正面に魔法陣を展開させる。
「無駄だよ」
炎を飛ばす。魔法をキャンセルし、ヴィンセントの肩と腹部に2.3発被弾させる。
魔法陣を砕かれ、炎の追い打ちをかけたところで、舌打ちをするが動けるようなそぶりがないヴィンセントに追撃はしなかった。これ以上の反撃は殺しかねない。それにアリスの命令は止めることだからだ。
アッシュは炎は消さず、少しヴィンセントを見てからアリスの方を見る。
「アリス、終わったよ」
「アンタほんとすごいわ……。ヴィンセントにも勝てるの?」
「いや、ヴィンセントも強いよ。ただ加減しながらはちょっと難しいものだね。どこまでしたらだめかわからないし」
”ふ~ん”と言いながらアリスはアッシュのところへ、そしてエドワードはヴィンセントのところまで駆け寄る。
傷だらけの自分の兄に心配そうに声をかけた。
「兄様……。大丈夫か?」
「触るな、愚弟が……!!」
「そうは言っても傷の手当てをした方がーー」
「うるさい!! ただ守護者に選ばれたというだけで、なんの能力もない無能のくせに、私を見下すな!!」
「あにさーーっ!!」
ドンッと心配するエドワードの腕を弾き飛ばした衝撃で後ろにエドワードがよろめく。後ろにあった割れた窓へぶつかり、そのままバランスを崩して、窓の外側に出してしまう。
ハッとしたヴィンセントは急いでエドワードに手を伸ばすよりも先に、アッシュが飛び出し、エドワードの腕を掴み、部屋へ引き戻してヴィンセントの方へ投げる。そしてアッシュは引き戻した時の勢いが止まらず、窓から飛び出てて、そのまま落下する。
ここは20階以上ある部屋だった。
「アッシュ!!」
アリスが慌てて窓から下を見る。が、その下には誰もいない。
アッシュの姿もどこにも見当たらなかった。
「え、えぇ⁈ ど、何処に行ったの?」
きょろきょろとしていたら後ろからゴンッと音がした。振り向くとアッシュが床に倒れていた。
何故か痛そうに頭を押さえながら起き上がる。
「あいたた……。やっぱ無属性の魔法は苦手だな……」
「よ、よかった……。あんた無事だったのね」
「あはは、まぁね。エドワードは大丈夫?」
「あ、あぁ、助かった……」
少し戸惑いながらエドワードは隣でまだ彼の腕を掴んだまま自身の膝を抱えるヴィンセントの姿があった。咄嗟にヴィンセントの方に投げたけど一応無事のようだ。
「あの、兄様……」
「…………」
ヴィンセントは黙ったまま、大きく息を吸って息を吐いてはブツブツと何かつぶやいていた。
ぼそぼそとしゃべる姿は、先程まで好戦的にしてきたのとは大違いなくらいな様子でアッシュもアリスも互いに見てからもう一度、彼を見る。
ソッとアリスはヴィンセントと同じ目線の高さになるようにしゃがみ、肩をなでる。なでながらもう一度アッシュの方を見る。
「たぶん、これいじけモードだ」
「いじけモード」
「いつもあんな感じだけど、たまにあるのよ。落ち着いたらしゃべり始めると思うわよ」
「わ、私はどうしたら……?」
「一旦ステイで」
「……」
ヴィンセントに捕まったままなのでエドワードも動けず。
とりあえずヴィンセントが落ち着くまでの間、ユキ、ノアの2人で修復魔法を使いながら部屋を片付けていく。さすがに騒ぎになってしまい、ユーリにかなり怒られてしまった。一番怒られたのは、どうやら上からアッシュが落ちてきていたところを目撃されていたらしく、そこの件でかなり怒られた。
数時間後くらいにはようやくヴィンセントも落ち着いたようだが、相変わらず顔は不機嫌そうな顔をしていたことで、ルーファスにも説明しており、一緒に同席することになった。
「はあ……。ヴィンセント君、アリス君が心配なのはわかりますが、強制はいけませんよ。強制は」
「…………」
「ヴィンセント君」
「わかっている……。何度も言うな。先生」
ルーファスのことを”先生”と呼ぶヴィンセントは聞く限りだと、幼少期にこの騎士団で修行していたそうで、そのためか、相変わらず睨みはしてくるも、突っかかってくる様子はない。
「まったく、あなた達、昔、兄弟で仲良かったんですから、ヴィンセント君もあまり突っかかっては駄目ですよ」
「…………」
「私は兄様を尊敬してるし、喧嘩というか、突っかかれてもそんなには気にしてるつもりはーー」
「私はお前のそういうところが嫌いだ」
「す、すまん……」
「ヴィンセント君、やめなさい」
「チッ」
舌打ちする彼に対して、アッシュは口を挟もうかどうしようかそわそわする。エドワードはエドワードでいつもみたいな元気がない。
兄弟がいたことがないからこういうものだろうか……。
そう思いながらも二人が座るソファーの後ろから間に入るように割り込む
「な、なんだアッシュ?」
「君達二人は依然仲良かったんだ」
「近づくな、殺すぞ」
「まぁまぁ、嫉妬深いヴィンセント君、そんなピリピリしてると幸運が逃げるぞー」
「黙れ、そもそも貴様がアリスと行動していることが原因だ。さっさと消えろ」
「いやだなぁ、負け犬の遠吠えって言葉、知ってる?」
「ちょっ!あ、兄様もアッシュも落ち着け」
バチバチなアッシュとヴィンセントは言い合いをしながらも今のところ互いに手を出す様子はない。
けど、アッシュは少し気になったことがある。
「君、僕に対してあからさまに毛嫌いしてる理由はよくわかるけど、エドワードに対してもそれなのはなんで?」
「なんで貴様に言わないといけない?」
「あぁ、それは簡単な理由ですよ。純粋に守護者に選ばれなかった腹いせですよ。」
「おい、先生」
横から口を出したルーファスにヴィンセントは睨む。
ため息をして、続ける。
「いつまでもそういうのもよくないですよ。ヴィンセント君はもともとここの騎士団に来て修行していたのも守護者としてアリス君を守れるようにするためでしたからね」
「へー、そうなんだ」
「えぇ、その修行中、彼が十五歳の時にエドワード君が守護者だと判明しましてね。それ以来こんな感じです」
「ぐれてんじゃん。てか、今もってあたりでいい歳してぐれすぎじゃない」
「……っ ブフォ!!」
耐えきれなかったアリスは思わず吹き出す。
ルーファスの言葉でエドワードも困惑してる横で、ヴィンセントは黙って目を背ける。
「あっはっはっは!! なになに!もしかしてそういうこと?! 可愛いわねぇ〜」
「あーうるさい、うるさい。もういい、しゃべるな」
ソファの手すりに頬杖を着くヴィンセントの隣までわざわざきたアリスはニヤニヤ笑いながら、ヴィンセントの頬を突っつく。鬱陶しそうに払おうとするヴィンセントを見てユキが、”あ、なるほど”と呟く。
「何がなるほどなんだよ?」
「いえ、僕とノアの時にあからさまに態度が違かった理由が何となく分かりまして……」
「え、まじ?」
もうひとつのソファに座っていた、ユキとノアの声にヴィンセント以外全員そちらを向いた。
「まず、1つ目が僕とアッシュはアリスの守護者ではないじゃないですか。自身も守護者ではないから同行して守ることを諦めてるのに、一緒にいることが気に食わないのでしょう。2つ目がアッシュを特に嫌ってるのは他の神子の守護者なのに同行してる、というのが尚更気に食わないのでは無いでしょうか?」
「あってると思うわよ、多分それ」
ケタケタ笑いながらアリスは答えた。次にヴィンセントを見ると尚更そっぽを向いてこちらを見ない。どうやら図星のようだ。
そして追い打ちをかけるようにアッシュがニヤニヤと笑いながらヴィンセントの方を見る。
「なーんだ、そんなこと。嫉妬深いはやっぱり間違いじゃないじゃん。で?エドワードにはなれなかった八つ当たり? しょうもな」
「貴様……っ?!」
アッシュに睨みつけようと振り向いたヴィンセントにアリスは抱きつく。グリグリと額をヴィンセントの背中に擦り付け、何事かと振り向いたヴィンセントにニカッと笑う。
「そんなにアリスちゃんのこと大好きなら言ってくれたら旅の土産話以外に私の写真もつけてあげたのにぃー」
「なっ?!だ、誰がいるか!! アリス調子に乗るなよ!!さっさと離れろ!!」
「ふふふーん、でも、エドワードとはちゃんと仲直りしなさいよ?結構気にしてんだからね。エドは」
「…………」
アリスがしがみついたまま、ヴィンセントはエドワードの方を見る。エドワードの顔はやはりか少し暗そうな顔をしていた。
ため息をつきながら、またそっぽを向く
「……エドワード」
「あ、はい、なんだ?兄様」
「……さっきは悪かった。別にお前が本当に嫌いという訳では無い。私のくだらない意地だ」
「……っ! あ、あぁ大丈夫だ。兄様の気持ちを私も汲み取れず、知らぬ間に傷つけていたんだな……」
「別に、私の意地が原因だ。お前は守護者として精一杯してるのは知っていたからな」
「……ありがとう、兄様」
耳を真っ赤にしてるヴィンセントと嬉しそうな顔をするエドワードを見てアッシュもつられて笑う。
2人のやり取りにルーファスも”うんうん”と頷き、少し間を置いて手を叩く。
「さ、問題はひとまず解消しましたね。兄弟なのですからこれからは仲良くするんですよ」
ルーファスの言葉にエドワードは頷き、ちらっと見たヴィンセントは無視をし、ため息を吐きながら立ち上がる。
まだ後ろにアリスはしがみついたままなのをアッシュが引き剥がす。
「アリス」
「ん?」
「ひとまず、帰るというのは保留だ。そこの咎人野郎が強いことはよくわかったし、お前達に危害どころか身をていしてまで助けに行くことも。だが、もしこいつがお前達に手を出すというなら、全力で殺しに行く」
「わー、物騒」
呑気に返事するアッシュを他所に、アリスとエドワードは思った。
先日のアッシュの事件の事は絶対にヴィンセントにバレないようにしよう。
そう2人は思ったが口に言わなかった。
バレたら絶対ややこしくなるし、それどころではなくなりそうだからだ。