僕のこと2
アッシュが倒れた。
今まで見た事ない、苦しそうな表情で呼吸が浅く、身体中痛むのか、身体を丸くし、首と胸を抑えている。
意識があるかどうかは分からないが、何度も呼び続けた。
「おい!アッシュ!しっかりしろ!! おい!誰かアリスを呼んできてくれ!!」
「ハッ……ハッ……ぅうぐ……っ」
段々と弱くなる呼吸。どうにか出来ないかとアッシュを持ち上げたいが、非力すぎて持ち上がらない。
そうこうしてるうちに、アリスが真っ青な顔をして杖を片手に走ってきた。
「エドワード!どいて!」
アリスの指示通りすぐアッシュの元から離れて、アリス自身は杖をアッシュに向けて詠唱する。
「”ヒール”!!……きゃっ?!」
アリスが発動しかけた魔法が弾かれる。まるで回復を拒むかのように、弾かれたが、アリスは睨みながら、再度杖を構える。
「……っざけんじゃないわよ!」
構えながら姿が変わる。あれは神子特有の女神化。髪は完全に白くなり、翼が生える。魔力が大きく揺らめき、アリスは再度、詠唱する。
『”我、神に仕えし神子なりて、彼ものに神の祝福を、神の御加護を…… 光魔法:女神の祝福”!!』
唱え終えると、鐘の音と共に羽根と光の粒子が舞う。それらはアッシュの身体を包み、今度こそはじけることなかった。
だが、様子は変わらない。
『な、なんで、これが回復魔法で1番強いはずなのに……!』
何度も何度も回復魔法を唱えるが、次第にアリスは肩で息をするようになっていく。
魔力が尽きたのか、カランッと杖を落とし、姿が元に戻る。項垂れるアリスの後ろで、騒ぎを聞きつけ、バタバタとルーファス達もたどり着く。
「どうされましたか?!……っ!アッシュ君、どうしたんです?!」
「わ、分からない……。でもこんな苦しみ方、有り得なくて、どうしたら……!!」
普段泣かないアリスから大粒の涙が溢れてくる。原因が分からない。
手の出しようがなくて、途方に暮れていると、どこから声がした。
「おい、私にみせろ」
そう言って、上空から黒いマントを身にまとった、水の都であったやつが現れた。
あの時と同じ、紫の髪、黒いフードとマント。そして金色の瞳。やつはスタッと降り立ち、すぐ傍によると、アッシュの額に手を当てる。
「……これは悔呪の呪いと魔法の阻害、そして猛毒の三重付与がされている。先に魔法阻害をどうにかすれば後は問題ない」
「お、お前!」
ユーリの制止を無視して、そいつは自身の黒いマントを外し、アッシュの上着を上へと脱がし、腹だけ見える状態にする。手馴れた手つきで自身の手に傷をつけた後、アッシュの腹に魔法陣を書いていく。
「おい!グレン!なんでお前がここにいるんだよ!」
「うるさいぞ。貴様の話はあとだ。どちらにしろ私も貴様らに話があるからな。おい、アリス、だったか?」
「ふぇ?」
「私が阻害魔法の解除する。お前は先程の魔法はまだ使えるか?」
「……っ!できる……!できるわよ!」
「ん、いい子だ」
グレンと呼ばれたコイツは残りの陣を書いていき、最後は書き終えた魔法陣に手を添える。
その隣でアリスが再度杖を構えていた。
「こういうタチの悪いタイプは久々だが、まぁ問題は無い。準備はいいか?」
「うん!」
「”魔法解除”」
「”我、神に仕えし神子なりて、彼ものに神の祝福を、神の御加護を……光魔法:女神の祝福”」
グレンが唱えた後、アリスの魔法で再度問題なく、発動する。先程とは違い、アッシュの様子も落ち着き、呼吸も安定した。
その様子にアリスも安堵してアッシュに抱きつく。
「よかったぁあああ!よかったよぉ!」
「……ふぅ……」
グレンがゆっくり立ち上がる。少し笑っていた様子だが、何故かグレンの周りを騎士団達は取り囲む。それぞれ武器を持ち、睨みつけてきた。
だが、グレンは特に構える様子はなく、そのまま腕を組む。
それに対してルーファスも騎士団員と同じように睨み、グレンに対して強い威圧をかけるように言う。
「アッシュ君の件は助かりましたが……、あなたが何故ここにいるのです? グレン君」
「主に言われ、一足先にこちらに来ていただけだ。まさか、こんな事態になってるとは思わなかったがな」
「そうではありません、結界があったはずです」
「あの程度の結界如きで私が入れないとでも思ったのか?……それよりさっさとこいつを部屋に連れていけ。雨に濡れていたし、そのままだと客人に風邪をひかせることになるぞ。ルーファス、また後でくる。」
囲む兵士を他所に、グレンはまたフードを被る。そして、来ていたであろう方向から去っていった。
何人かの騎士はグレンを追って向かうが圧倒的に速さが足りず、何人かは右往左往していた。
まだ礼も何も言えなかったのに……。
「……はぁ、すいません。アリス君。先程の会議の時に話す予定のことが早めにお伝えしなければいけなさそうです。ひとまずアッシュ君を部屋に運びましょう」
「えぇ、そうね……。エドワード、申し訳ないけど一緒についててあげて」
「あぁ、わかった」
グレンが去って行った方向を見るが、変わらず強い雨が降り注いでいた。
――――――――――
アッシュを部屋まで運んでもらい、私も同室の部屋にしてもらった。
もうひとつあるベッドの隣でアッシュは寝ているがどうもまだ顔色が悪い。そういえば呪いとは言っていたが、悔呪とはどういう呪いなのだうか。
カタカタとなる窓の外はまだ雨が降っている。
あいつはいつあんなものを受けたのだろうか。
……いや、朝のあれだろう。それぞれのナイフに付与がされていて、それぞれが作用した結果なのだろう。
「にしても、あいつ、グレンという名前だったのか……」
どうやらユーリ達の反応を見るにあまり訪問してきては欲しくなかった人物なのだろう。
正直、アイツが何者かは私は知らない。それでも、助けてもらった恩人だ。
「う……ぐぅ……っ、や、やめ……ろ……!!」
ハッと隣にいたアッシュが魘されていることに気付き、駆け寄る。
額に手を当てるとかなりの高熱がある。やはり、風邪もこじらせてしまったのだろうか。手を額から首元へ移し、脈の確認をする。呼吸は荒く、心拍数も高い。魘されていることだから一度起こすことにした。
軽く肩を揺すると、アッシュの目がカッと見開き、カバっと起き上がってきた。
「うわっ!び、びっくりした……」
「はっ……! はっ……!」
起き上がったアッシュは真っ青な顔で目を見開いたまま、肩で息をする。どこかいつもと様子がおかしい。
再度、肩に触れると、ビクッとして、ゆっくりこちらをむいた。
「おい、大丈夫か?痛みとか――あぐッ⁈」
突然、首を掴まれたまま、押し倒される。
どうにか振りほどこうともがくも、相手はアッシュだ。力が及ぶわけがなく、徐々に首を絞める手に力がこもり、息が、できなくなっていく。
それでもどうにか声を絞り出す。
「あ、アッ...シュ……! や…、め……!」
こちらの声が届いていないのか力は一向に緩められることは無い。
アッシュの顔を見るといつもの翡翠の瞳ではなく、紅く、まるで血のように真っ赤な瞳は濁り、何もうつしておらず、酷く寂しそうに、そして、明確な殺意と憎悪が読み取れる。
「憎い、お前が、憎い……!信じていたのに、どうしてっ!! 殺してやる、殺してやる!!」
「かはっ……!…ぁ……!」
さらに力こもる。
あぁ、この言葉は、以前みた夢で聞いたことがある。
朧気で見えなかったが、やはりアッシュだった。こんな顔をさせてしまったなら、あの時、助けるように言わなければよかったのだろうか。
……いや、それでもあの時こいつに助けを求めてしまっていただろう。
薄れゆく意識でそんなこと考えていたら、顔にぽたぽたと何か雫が落ちてくる。
「こんな、こんな思いするなら……、僕は君にも、レイチェルにも、主にも……、出会わなければ、よかった……っ ぼくを…見つけてほしくなかった……!!」
泣き崩れるように言葉を吐き捨てる、だがすぐに目つきは戻り、怒りが、憎悪がこちらを向く。
そして、さらに絞める腕に力が入る。
「……!! 僕はお前を許せない……!裏切った、消してやる、お前を消してやる!!」
「――――っ!!」
ミシッと軋む音がした。
死ぬと思った瞬間、バンッと力まかせに扉が開き、そして誰かが走ってきて、アッシュに飛びかかる。