半神の魔法と治る傷
翌日の早朝。
本当はルーファスを混じえて、昨日話す予定だったらしいがユーリからのストップで話はできず。
そして、そのユーリはまだ事務処理があるということで、アッシュにルーファスの様子を見てきて欲しいと頼まれた。
最上階の1番広い部屋。迷子にならないかと思ったけど、ここは絶対に迷子にならない目的地だ。
目的地に着いたので、ノックをする。
……。
返事がない。そういえば、エドワードはルーファスの事、身体が弱いっていう感じに話してた気がする。もしかしたら中で倒れてる可能性がありそうだ。
もう一度ノックしても反応がないので、そっと手をドアノブにかけて回す。
すると、扉は難なく開いた。
扉の先には足の踏み場もないくらいの書類が散らかし放題。そして中央奥にある机には誰かいた。
「おーい、ルーファス、おはよー。起きてるー?」
そう声をかけながら進むが、微妙に書類に埋もれてる……。かき分けると中にはペンを握ったまま寝てしまっているルーファスがいた。
「……すー……」
寝息立ててる。よほど疲れているのだろう。
とはいえ、このまま寝てしまっているとさすがに身体に悪い。1度起こして、寝るならベッドで、寝直ししてもらおう。
「ルーファス、起き――」
起こそうと肩に軽く触れるとビクッと彼の身体が動き、ペンを持っていない方の手で銃をこちらに向けられそうになる。
殺気を感じた。
咄嗟にアッシュは剣を生成し、銃を持つ腕を掴みながらルーファスの首に当ててしまう。
「ちょっ!ストップストップ!僕だよ、アッシュだよ」
「……?アッシュ、くん?」
「そうそう、だからそれ置いて欲しいかなぁ……」
そう言いながらルーファスの首に当てていた剣をしまう。完全に銃を突きつけられたアッシュが両手を上げて敵意がないことを見せる。
ルーファス本人は青ざめた顔のまま、乱れた呼吸を整え、再確認した後に銃を下ろしてくれた。
「すいません……。ちょっと変わった夢を見てまして……」
「……僕、悪夢見る人に被害受ける呪いでも受けてんのかな……」
ため息をつきながら、ヘラッと笑いながら頬をかく。
ルーファスもようやく銃を机に置いて、水を飲む。
「それにしても、ルーファスも夢を見るんだね」
「これでも一応、ヒューマンでもありますからね。それに私が見る夢は大半が予知夢です」
「へー」
ジーッとアッシュの顔を見て、”そうですねぇ”とぼそりと呟く。
え、なんだろう。それに僕いたのかな……。
内心不安になりながらニコリと笑いかけてくる。
「今回の夢は実際に起こらないと祈りたいものです」
「え、待って、そんなヤバいの?なにか怖い夢?」
「ふふふ、まだ先のことでしょうからご安心ください」
「いつか起こることに安心出来ることある?」
いやいや、安心できないよ。にしても予知夢か……。エドワードもたまに視るらしいし、不安を感じてしまう。
なんてことを考えていると、下階層の方から何かざわめきが聞こえる。
下の様子を見るために窓へと近寄った。
「何かあったのかな?」
「あー、やはり来ましたか。下に行きましょう」
「ん、りょーかい」
ルーファスに連れられて、エントランスへ向かうと、既にアリスやエドワード達もいた。そして、彼女達がみているものを見ると、正門前に何かいる。
「おいゴラァ!!騎士団長様よぉ!!出てこいやぁ!!」
威勢のいい叫び声と発砲音が聞こえる。ただ、正門からこちら側まではどうやら結界が張られているらしく、球は弾かれ、全く迫力の欠けらも無い。
呆れながらも出てきたユーリが侵入してきた奴らを見てさらに面倒くさそうな顔をする。
「うわぁ、あいつらまた来てやがる……。毎度懲りねぇなぁ」
「んだよ、ユーリ達の知り合いじゃねぇの?」
「いやいや、ノアよ。よく考えろよ。ここ騎士団だぜ? あんな山賊連中知り合いなわけねぇよ」
ないないと手を横に軽く振りながら、アリスは子供達と1歩後ろに下がりながら”どうすんの?”と聞くとユーリは”俺らの大将待ち”と階段で座る。
と言っても多分この騒ぎを聞き付けたルーファス来るだろうけど、正直徹夜続きだったからあまり無理はさせたくない。
かと言ってユーリ単体で行ったとしても、向こう見るだけでも20人以上いる。
「ゆーり、たおしてこないのぉ?」
「さすがに俺一人は無理っての。10人くらいならいいけど袋叩きだっての」
「ゆーりださぁい」
「んだとこのチビ助ー!」
小馬鹿にしてきた子供の鼻をつまみながら、デコピンする。
こうして子供達が怖がらずにいられるのもルーファスが張ってくれた結界のおかげだ。ただ追い返すまでの力はないため、退けるなら力づくでしないといけない。
そう悩んでいると、騎士団の1人がユーリに声をかける。
「我々で追い返してきましょうか?」
「やめとけやめとけ、近々忙しくなるのにあれの相手して怪我したらそれこそ、ダルいわ。ほれ、チビ助は向こうでボール遊びしてこい」
「はぁーい」
子供達を見送ると、その入れ違いでルーファスとアッシュの姿が見えた。
「げっ、降りてきちまった」
「あれだけの騒ぎだと来ますよ」
目の前に現れてる山賊達を見て、ルーファスもため息をつく。そして、ルーファスの纏う雰囲気が変わる。
「さて、大勢でお越しいただいて、誠に残念ですが、ここはあなた達が来る場所ではございません。どうぞ、お早めのお引取りを」
階段を降りながら淡々と言い捨てる。
そして、結界内であれば奴らは入ってこられない。なので、すぐ目の前までルーファスは歩き続けた。
「もし、相手の力量の差も判断できず、引かないのであれば、私が始末いたしましょう」
そう言って、ルーファスはパチンと指を鳴らすと、山賊達がいる範囲を魔法で取り囲む。
が、何故か向こうは余裕そうな顔を崩さない。
「けっけっけ!俺様達が化け物相手になんの策も持たずに来ると思ったか?!」
「っ!」
そう言って出してきたのは3人の子供。それは恐らくここの子供達ではないのであろう。首には奴隷用の首輪がされていた。
「せんせーは、いたくガキ達を大事にされてるよなぁ!例え、よそのガキでもよ!!」
ルーファスの表情にくもりと焦りが見えてくる。
こいつらは子供を人質に取るつもりだ。先程まで発動しかけた魔法陣が消えてしまった。
そんな様子を遠くで見ていたアリス達は魔法陣が消えたことで、何かあったのかとざわざわし始める。
「ルーファス、どうしたのかしら……」
「……どうやら、子供を人質にとってるようですよ」
「え、見えてるの?」
「目はいい方なので」
ユキが目を細目ながらアリスに状況を説明してくれたが、ピンチなのには変わりない。
どうしようかと慌て始めるアリス達をよそに、アッシュは黙って見ていた。
後ろにいたアッシュは、エドワードに声をかける。
「エドワード」
「なんだ?」
「これは口出しはしていいものかな?」
「……っ! どうにかできるのか?」
「へへ、君達が望むなら、任せてよ」
相も変わらずニコリと笑う。
正直、彼等には興味がまるでない。ただアリスやエドワード達の表情を見るにどうにかしたいのだろう。なら、僕はそれに応えてあげるだけだ。
アッシュのその言葉にアリスはすぐ、アッシュの元まで走り、手を握る。
「アッシュ!どうにかできるなら、ルーファスを助けて!」
「ん、いいよ。ただ、その代わり多分向こうは何人か死んじゃうかもだけど大丈夫かな?」
「なるべくそれもダメ!子供達がトラウマになったら困るから」
「……わかった。善処するよ」
困ったように笑いながら、アッシュは階段をジャンプで降りていき、着地と同時に地面を蹴り、山賊がいるところまで飛ぶ。山賊がどうやらルーファスに結界の外まで出るよう要求している様子。結界外に出ればまずい。その前に、子供を助ける。
ルーファスの服を掴んで後ろに引く。本人は驚いた様子と、相手も驚いて隙ができてる間に――
スパンッ
アキレス腱を数人断つ。
「ぎ、ぎゃああああ?!」
切られた山賊達は立つことができずその場で崩れ落ちた。動揺と困惑の隙に、人質になっていた、奴隷の子供達、3人を抱えてそのまま結界内へと飛んだ。
ルーファスの隣に着地したアッシュは声をかける。
「ルーファス、もういいよ」
「っ!”テレポーテーション”!!」
再び山賊の足元に魔法陣が現れ、そして魔法陣が展開されそうになった瞬間――
「クソガキども!!そいつを殺せぇ!!」
放つように叫ばれた命令。向こうは魔法によって飛ばされたが、命令は止まらない。
アッシュが抱き抱えていた3人の奴隷は何処から出したのか、ナイフを持っていた。戸惑いの様子を出す奴隷達だったが、アッシュが密着してる状態のため、ナイフに対して回避も何も出来ず、刺される。
ドスッと嫌な音がした。紅い血が流れていく。
首に深々と刺さっていたにも関わらず、それでもアッシュは変わらず笑顔で、子供達の頭を撫でる。
「大丈夫、君達は自由だよ」
解除の魔法で、3人が着いていた鎖はゴトリと音を立てて外れる。
ゆっくり降ろし、泣きそうな顔をした3人と同じ目線までしゃがむ。
「ほら、お兄さんはこう見えて丈夫だから大丈夫だよ」
「ご、ごめ、なさ……!めいれいで、止められなくて……!」
「うん、大丈夫大丈夫、ほら見て!怪我してないよ!」
刺されたであろう所を見せる。ナイフが刺さっていたはずなのにその傷口がなかった。子供達も唖然としてるが怪我をしていない、大丈夫というアッシュの言葉で、さらに泣いてしまった。
「あー、ルーファス、申し訳ないけど後はこの子達お願いしてもいいかな?」
「え、あ、は、はい!ユーリ!保護をお願いします!」
同様に唖然としていたルーファスもアッシュに言われて急ぎ3人を保護する。ユーリに渡ることを確認して、アッシュの方を見て、刺されたであろう場所を再確認した。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
「ホントに大丈夫だよ。ほら、思ったよりもナイフが刺さらなかったようで、怪我してないからさ」
「え、でも、首のナイフは刺さってた気が……」
「あはは、気のせい気のせい!」
本人はそういうが首は絶対に刺さっていた。横で見ていたから分かる。彼の服をよく見ると刺されたであろう箇所に血が着いている。首と、腹と……そして、心臓に。
「……アッシュ君、君はいったい……」
「……ルーファス、いくら神様でも、触らぬ神に祟りなしって言葉、知ってる?」
ニコリと笑うアッシュの目は笑っていない。触れるなと言うことだろう。
彼は自身の服をはたくと血が着いていたところは綺麗な状態に変わっていた。