君の名は
ネイドは急いで領主の屋敷に戻る。
猫族の女との戦闘は頬に擦り傷だけの軽傷だったので特に手当ての必要な傷ではない。
体力も思ったよりも消耗していなかったので、軽快に部屋までネイドは戻った。
バタン!と大きな音と共にネイドは部屋の中に駆け込んだ。
何事かと驚いた顔をしている緋波達が部屋の中に居た。
部屋の扉を閉じているネイドの頬の傷を緋波は目に止めて急いで治療をする為にネイドに近より椅子に腰かけるように促す。
心配そうに見ているレヴィに大丈夫と声をかけて、大人しく緋波の治療を受ける。
「緋波さん、そのままでいいから相談をしたいことがあるんだ」
ネイドは緋波の手当てを受けながら、傷を負った原因と現在の状況を緋波に話した。
「お話は分かりました。ネイド様、その女をこの部屋に連れてきたいのですね」
「そうなんだ。何かいい方法はないかな?」
「そうですね。深夜になりましたら、この下から部屋の中に投げ込みましょう」
緋波の顔をそっと伺うと真剣な表情で語っているので、それはどうだろかと ネイドが思っているとレヴィからアイディアがでた。
「緋波お姉さんのガラガラの中に入れればいいのです。経験者は語るです」
「あ~!アレか、だけど入るかな?緋波さんより頭一つ分、背が高い人だけど」
緋波の購入した鞄を思い出して聞いてみると緋波からは大丈夫との返事を貰い。
ネイドは緋波に鞄の準備をお願いして待つことにした。
緋波は鞄の中身を全部出してネイドの元に戻る。
流石に全員で動く訳にはいかないのでレヴィにはお留守番をしてもらうことにした。
緋波を連れて領主の屋敷の外に出るとウズメの待っている場所に向かう。
月明かりに照らされる道を緋波と進むと例の小屋の近くまで来た。
そこから道を外れて林の中に入ると猫族の女を隠した場所に到着した。
「う~!うう~、…………ゼエゼエ」
「お~、主様やっと来たか。この女、意識を取り戻したらこの通りじゃ」
動く事を制限されている為に体をイモムシの様にくねくねさせて、何とか声をだそうともがく猫族の女をウズメは面白そうに見ていた。
そのウズメの脇に腰を落としてネイドは縛られている猫族の女を見る。
「さて、僕を覚えているかな?君を倒した者だ、君の持っている情報がほしい」
「ううう!ばあう!」
「駄目じゃな、言うつもりは無いようじゃぞ」
猫族の女はネイドを睨み付けて、絶対に何も話す事は無いという強い意思を示す。
「ネイド様、ここは私にお任せを」
ネイドの後ろから緋波がズイ!と割り込んできて、イモムシ状態の女の近くにいたネイドと場所を変わる。
突然、少女が闇の中から現れた様に見えたので猫族の女は押し黙る。
先程まで自分の相手をしていた幼女に自分より年齢が若い少女を引き連れている青年に猫族の女は身の危険を意識してしまった。
後退りを始める猫族の女に緋波は
……「えい!」……
と可愛いらしい声を発したかと思えば猫族の女のボディに…ドコ!…と拳をめり込ました。
「終わりました、早く鞄に入れてしまいましょう」
気絶をした猫族の女を指差して緋波は自分の鞄を引いてくる。
余りの展開に言葉が出なかったネイドとウズメは静かに猫族の女を鞄に詰めようとしている緋波に気づき手伝いを始めた。
予想以上にしっくりと鞄に収まった事にネイドは安堵をして、ウズメと一緒に緋波の後を着いていく。
ガラガラと響く夜の道を歩き、緋波の前を照らしながら領主の屋敷に戻る。
誰にも疑われる事なく部屋に戻ると遅くなってしまったが夕食の用意をメイドさんに頼み出来上がるまで部屋で休んでいることにした。
「この綺麗なお姉さんがお兄さんを襲ったですか?」
「違うよレヴィ、この人が怪しい人物と一緒にいたから話しを聞こうとしたら襲われたんだ」
「…………とても、危ない人には見えないです。優しいそうな人に感じます……」
「そうだね」
「じゃがレヴィよ、その優しそうな女が主様をその爪で切り裂こうとしておったぞ」
「その爪を切ってしまいましょうネイド様」
「待って緋波さん、先ずはじっくりと話し合いたいんだ。どうするかはその後で」
ここで緋波を止めないと絶対に彼女の爪を切り落とすと感じたネイドはひとまず止める。
夕食の用意を頼んだメイドさんが部屋に食事を持って来てくれたので、鞄を閉じて皆で食事をする事にした。
食事を運んでくれたメイドさんにソニアが戻っているのかと問うと、まだ迷宮より戻ってきていないと言う。
ならばソニアの仲間のサイトーは屋敷に居るのかと聞いたらいないと言われた。ネイドは首を傾げて、小屋の前で見たサイトーがどうやって此方に現れたのかの謎が残った。
皆で楽しく食事をして、各々が食後を部屋でダラダラと過ごしていると、緋波の鞄からゴトトと音が聞こえたのでネイドは猫族の女の意識が戻った事を知る。
とりあえず緋波とレヴィにはお風呂に行ってもらう事にした。
その間にある程度の意志疎通は必要だろうとのネイドの判断である。
ネイドは壁際にある緋波の鞄を開ける。
中に入っている猫族の女はスッポリと収まっており、一人では出る事は出来ないぐらいだ。
正面に彼女を見つめてネイドは今一度、彼女に聞く。
「君はあの場所で何をしていた?」
「…………」
プイ、と顔を横に向けて無言を貫く。
猿ぐつわをしてあるとはいえ、その表情は愛らしかった。
「主様よ、言葉では駄目じゃな。身体に教えてやらねばなるまいよ」
ウズメの言葉に反応してネイドに怒りの視線を送る猫族の女にネイドは苦笑した。
ネイドは猫族の女に手を伸ばす、ギュッと両目を瞑り抵抗を試みる。
予想された痛みや辱しめが無く、口の周りの解放感を感じて猫族の女は両目を開けると自分の口を塞いでいた布が取り除かれているのを見た。
「何のつもりなの」
「ただ、話しをしたかった」
「…………なら解放して」
「それは無理じゃよ。革命とやらの真実を教えてもらえねばな」
「何も言う事は無いの」
口を閉ざす猫族の女にウズメはヤレヤレと首を振り、ネイドはそれでも説得を試みる。
「なら君が会っていたあの男は誰?」
ピクッ!と彼女の猫耳が動いた。
「私を見張っていたの?どうしてなの…………」
「お主はアホじゃな、町中で目立っておったわ!」
「へっ。嘘よ私はこの町の人間に溶け込んでいたはずなの」
ウズメの言いようが心外だとばかりに猫族の女が反発した。
「やれやれ、猫族は頭が悪いのぅ。だから犬にも劣るのじゃ」
「犬なんかと一緒しないでなの、あの男に教えられた通りに行動をしたはずなのに…………」
「なら、騙されたんじゃな。可哀想にのぅ」
「違う!騙されてなんかいない。あの人達は…………」
「ほれ、主様よここでこの女に優しくしてやれば落ちるぞ」
「…………」
「…………えっと、肉でも食べる?」
ウズメの声を聞いていた猫族の女はジロリとネイドを睨み付ける。
ネイドはやりにくさを感じながらも彼女の目の前に干し肉を見せつける。
「…………じゅる」
干し肉を見て思わずヨダレが垂れたのを慌てて吸って猫族の女は視線を反らした。
クゥ~!と彼女のお腹から空腹を示す音が鳴る、視線をそらしながらも表情が赤くなっているところから恥ずかしそうだ。
ウズメは干し肉をネイドから奪い取り猫族の女の口元まで干し肉を持って行く。
「ほれ!。遠慮することはないぞ、主様のご慈悲を頂戴するがよい」
「グググ~、要らない。私は懐柔なんてされないの」
お腹の音はそれを裏切るように激しく鳴った。
「なら、交換しようか、此方はこの干し肉をあげる。
君は………名前を教えて」
「…………」
暫く干し肉を見つめている猫族の女の出方をネイドは待つ。
彼女は観念したかの用にため息を吐いてネイドに向き直ると。
「私の名前はシェスカ」
これでやっと彼女との会話の糸口を掴んだとネイドは心の中で思った。




