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翌日。
二度も失神したのに僕の周辺は全く変わってないどころか、悪化してしまった。
近くに誰もいないのだ。なんかもう、本気で泣きたくなるどころの話じゃないというか学校やめたくなるレベル。
でもやめたくない。とりあえずは昨日保健室で僕を看てくれた少女と、普通に会話できるまでは。
これはもう目標だ。今回入学した際に達成する目標。だから、少しでもあの少女と会話したいなぁとか一体どういう子なんだろうかとかワクワクしてる訳じゃないので悪しからず。変な邪推しないでね。
……そう言えば今日初めて僕はクラスを見渡してみた。
いやはやさすがにいろんな星と世界から来てるね。髪の毛は色とりどりだし姿かたちも様々だし。
でも、ぼっちはいないなぁ意外と。ひょっとして僕だけ? と思えてしまうぐらい。
話変わるけど僕を運んでくれたのはこの学校の体育教師らしいね。とりあえずお礼だけ言ってきた。
珍しいな、と笑われたけど。
……さて。正直言おう。授業が暇過ぎる。ていうか、いくつかここは詳細に語らないとだめだろうがと言いたくなるようなものが存在する。それぐらい暇。
過去の歴史及び数式及び現存する言語に至っては使用するものすべて覚えている僕にとって、復習程度のものでしかない。
だから……絵を描く! ノートに絵を描く!! ぼっち舐めるな! 二十世紀ぼっちの画力舐めるな!!
皆さんディスプレイ見ながらタブレットでメモしてるけど、僕は一人空気なのでノートで絵を描く。猛スピードで描く。
はっはっはっ! 一枚にかかる時間わずか一分!! 授業が終わるまでにノートの三分の二は埋め尽くしてくれるわ!!
変なスイッチが入った。
時折僕にはこういう事がある。一人でやっていると何故かテンションがハイになり、落ち着いて確認すると、何故か大量のデッサンがあったり、やけに大量のおかずがあったり、同じマフラーが二つ出来ていたりと、思わず首をひねってしまうことがあるのだ。
……今はまだ入り始めだからいいけど、おらぁ四枚目ぇ!
まだまだ描いてやるぜヒャッハーーー!!
「……あれ?」
チャイムが鳴った。授業が終わったようだ。そこで僕は我に返ったのでノートを見てみる。
そこに描かれていたのはどこかで見た覚えがある花瓶と、それに差してある花。名称を覚えてない僕にとっては別にどうでもいいけど。
気になって隣のページを見ると、東京タワー改め日本首都タワーと名称が変わった建物が。
…………ん?
パラパラとページをめくってみる。すると、絵は描かれているけど一枚一枚に統一性がなく、まるで思い出したものを一から描き続けた結果こうなったような感じだった。
ていうか、なんで影までくっきり描かれているんだろう? 謎だ。
とりあえず次の授業の準備しよう。そう思ったら、いつの間にかクラスメイト達はみんないなくなっていた。
「次はなんだっけ……あ、美術か…美術!? 大変だ!」
猛スピードで準備する。
この学校の美術は遅刻したらネチネチネチネチ……と説教がうるさいのだ。その時の先生は退職してても、僕が入学してきた時の先生は大体ねちっこいので面倒だ。
見つかったら僕昨日と同じで失神しちゃうよ……そう思いながら教室を飛び出して美術室へ走り出した。
皮肉にも先生が来る前に到着できたから何とか説教を受けずに済んだ。
で授業を受けておりますが……一番後ろの、ね? 壁に、あるんですよ、未だに。データ化されて。
五百年前に描いた静物画が。
理由はあまり聞きたくない。だって僕自身が描いたものだから。ばれたらきっと大変なことになると思うんだ。……そうでもないと思ったりするけど、一応。
というわけで、あれとは違う作風でぱぱっと書いてしま……
「そういえば空野君」
「は、はい?」
突然名を呼ばれ顔を上げ周囲を見渡す。だけどみんな描くのに集中している。
誰が呼んだんだろうと首を傾げながら描くのを再開した途端、また「空野君」と声をかけられた。
今度はちゃんと聞こえたので声がした方を向く。そこにいたのは、美術の先生だった。
僕は気負わずに何とか返事をすることができた。
「な、何ですか?」
「あの絵を描いた人と同じ名前ですが、卒業生に居ました?」
すごく疑われた。まぁ同姓同名というのはそれほどいる訳ではないからね。ましてや僕はずっと生きてきたからいることすら怪しい。
なので僕は首を勢いよく振って否定した。
「そんなわけないじゃないですか。僕今年入学したばかりですよ?」
「ですよね。過去数百年のデータにも載ってないそうですし」
……データあったんだ。ヤバかったな、目立つと。
となると僕が定めた『誰かに名前を覚えてもらう』が達成されると、学校にもう二度と入学できないのかな。う〜ん困るかもしれない。
ま、いつまで生きるか分からないんだけど。
そんなことを考えていると、先生が「ま、いいです」と言ってその場を立ち去ったので、僕は息を吐いて再び描くことに集中することにした。
が、それもすぐに遮られた。
「うっわーうまいね、君。空野君、だっけ」
「え?」
空気な僕に話しかけてくる親切もしくは奇特な方がいるという事実に驚き、思わず声がした方へ向いてしまう。
女子だ。見事に女子だ。すごい明るそうな女子だ。ただし、水星人・・・の特徴である長い耳と若干青い肌をしている。近所に土星人がいるけど水星人はいないから新鮮だったりする。どうでもいいけど胸の方はない。
「意外とスケベなんだね」
「え、い、いや……」
どうやら下の方まで見てしまっていたようだ。そういうの興味ないかと思ったのだけれど不思議なものだ。
そしてそんな僕を見てニコッと笑う。
「ははは冗談だよ。人の視線が多すぎると気絶しちゃうもんね」
「うっ。……はい」
はいからかわれましたー。久し振り過ぎて素直に答えることしかできません。
もういいやい。さっさと描いて終わらそう。
そう思ってもう一度キャンバスに視線を向けると、「あー待って待って」と小声で慌て出した。
僕は素っ気ないと取られても仕方がない態度で、絵を描きながら「何?」と訊いてみる。若干声が上ずったけど。
ま、彼女はそんなことを気にしなかったようで、普通に話しかけてきた。
「だからさ、絵上手いよね?」
「…わざわざそれを言うために?」
「いや、どうしたらそんなにうまく描けるのかなぁって」
描きながらもとりあえず話をする。他の事に集中してると緊張感も何もなく話せることが分かった。
いいことが分かったなぁと思いながら、僕は答えた。
「慣れ。というか、僕は趣味でずっと描いてたからね。……友達いないから」
「へぇ。すごいね! 喋りながらも描くスピードが全く変わってないし」
なんかすごい感心されてるけど、僕としては君の授業態度が気になる。
「お喋りはいいからデッサン描こう?」
「無理。私絵が描けない」
そう言って首を振るので、気になった僕は見ようと思ったけれども。
よく考えたらそんなことできないんだよね、僕。チキンと呼ばれようができないんだよね。
だって僕人見知りだし! 今普通に会話してたけどもう心臓バックバクで過呼吸になってもおかしくない状態だったし!!
なので僕はもうこれ以上この人に関わることはよします! 以上!!
そう決めて好奇心を抑え絵に集中することにした。
学校の一日は午前は四校時、午後は三校時の計七校時。八時までに登校して八時十分から一校時目が始まり、一校時五十分。休憩時間が十分なので、四校時目が終わるときは十二時ジャスト。昼休みが一時間で……授業が全部終わった時には四時になる。
で今昼休み。例によって一人の僕は、そのまま自分の机で弁当箱を広げてお昼を食べる。
はずなのに。
「あの…」
例によってまた来ましたおさげ髪の少女。正直邪険に扱いたくないので僕は弁当を広げながら「…何か用?」と訊ねる。
僕はどうやら、相手の顔を見て話すと緊張するようだ。水星人の明るい少女に気付かされた。だからまぁ、僕は視線を合わせずに何とか会話することで自信をつけるつもり。つく筈のない自信とか意味ないとか思ったりしたけれども、まぁそこは気持ちの持ちようだと思うんだよね。
という訳で、僕のくだらない心理状況を置いとこう。
少女は手に包みを持ちながら言いにくそうにしていたので、その場でそうやられてるのも少しなぁと思った僕は「……場所変える?」と弁当箱を袋に戻しながら提案してみる。
すると彼女はすぐさま「はい!」と言ったので、丁度終わった僕は席を立ち教室を出ることにした。
…………初めてだったりするのは内緒。
とりあえず来た場所は人気のない校舎の裏側。そこにあるベンチを一人一つ使って弁当箱を開けております。
ていうかなんで一人一つ使ってるのかって? 僕が無理に決まってるからだろうが! 隣同士とか間違いなく保健室直行じゃ!! …なんて言いたくなるのです。だから無理。
でもベンチが隣同士だからいいよね。セーフだよね?
「「…………」」
黙って弁当を食べることになり、話題がない上に名前を知らないので、僕は気まずい気持ちを抱きすぎて大変。具体的に言うと、食べたものがリバースするかもって感じ。
僕から話し掛ければいいのだろうけど、それをやる勇気なんて超人見知りな僕にできるはずもなく。
こうして黙って食べるしかないのさ! 分かったかい!?
……多少自棄になってるのは認める。
と、何か知らないうちに荒れた自分の気持ちを慮ったわけではないだろうけど、少女は口を開いた。
「すみません。楽しくないですよね…?」
僕は首を横に振ってから、「今更だけど、どうして今日も来たの?」と彼女の姿を見ないで聞く。
「…確かに昨日、私は謝りました。け、けど……気に、気になったんです」
「何を?」
「あの時――轢かれた時なのに、どうしてあんなに速く走れたんですか?」
あ、ごめんなさい。質問に答えるからこちらに顔を向けないでくださいお願いします。
視線に気付いた僕は心の中でそう思ってから嘘を答えた。
「か、体が頑丈だったからだよ」
「……なるほど」
どうやら納得してくれたご様子。僕としては不死者であることを知られたくないので――って、あれ? そしたらなんで僕は彼女と普通に話せるようになりたいと思ってるんだ?
弁当を食べるスピードを上げながら少し考えようと思ったけど、「す、すいません」と声をかけられたので現実に思考が戻る。
「えっと……何か用?」
「あの、今更、ですけど……お名前は?」
どことなく申し訳なさそうな雰囲気。ま、今更感半端ないからそうなってしまうのも仕方がないだろうけど。
別にいいかなと思いながら、「空野、明メイ」とだけ答えてしまった。
……何やってるんだ僕は! いきなりぼっちが治るわけないことは承知していたけども!!
「私は、エリザ。エリザ・クラスト・ギルフォード、です」
そんな自己紹介が聞こえたけど、ちょっと耳には言ってなかったためにもう一度(土下座して)言ってもらった。
――そしてこれが、僕の運命を変える出会いとなる。
ちなみに美術の時に話しかけてきた人は水無ダストさん。活発な女の子。一応美少女…だと思う。感覚が古すぎて僕もうわからない。というかあまり直視してないしね!