▶プロローグ 地球が真っ青になる頃
初めて小説を執筆します。暖かい目で見守ってください。
■西暦2060年1月1日 新聞記事データより
『世界連合政府樹立』
本日、各国家及びシーステーディングの元首による連盟で、「世界連合政府」樹立が発表された。
今後の地球環境の改善と人類の安全のため、全地域が共同で生産を管理し、都市インフラ整備を進めるための意思決定機関となる見込みだ。2週間前までは各民主主義国家から「共産主義の圧力」として反発が続いていたものの、昨年12月25日のニューヨーク大防壁崩落による水没を受けて、連合政府樹立の議論がまとまったとみられる。
日本政府関係者によると、「日本は島国として元々人工島建造やメガフロート技術、造船についても高いノウハウを持っている。これらの技術を提供し、代わりに各大陸の内地で生産される食品・製品の提供を受けることは、お互いにメリットが高い合意である」と語る。
1970年代から特に警鐘を鳴らされ続けてきた「地球温暖化」問題。各国は地球温暖化防止キャンペーンとしてCO2削減や緑化に取り組んできたものの、温暖化の魔の手は止まることなく、2050年、ついに地球から寒冷地域が消失し、海水面上昇により90カ国あまりが国家を失った。
我が国でも東京、大阪、名古屋、福岡などの平地に発展した大都市は水没を避けらなかった。海上都市建設を進めて国家機能を維持しているが、世界の各地域は環礁国家や海抜の低い国家、気候難民といった問題で混乱が続いている。
■西暦2051年 ある記者のインタビュー記録より
読んでいた資料を棚に仕舞い、カバンの中の荷物を確認する。手帳とペン、資料をまとめたバインダーとカメラ。仕事に必要な最低限は揃っている。鏡を見ると、前髪がベタついているような印象がある。普段は髪型なんて気にしていないが、今日ばかりは出来るだけ真面目な好青年に見られたくて、バームをなじませて櫛を通しつつ、少しふわっと持ちあげる。二十代前半のフレッシュな男性という印象に違わないな、と少し自己肯定感をあげる。鏡に跳ねた水滴の跡なんて目に入らないまま、洗面台を後にする。そのままカバンを持って家の外に出た。
照りつける日差しを手のひらのサンバイザーで直視しないようにしながら、街路に出る。路面を反射した凄まじい熱と光は、屋根の下だけを選んで通っていても足元にじりじりと這い寄ってくる。最近は、徒歩で外に出る人は見かけなくなった。政府が、人々の健康を守るために毎日発令している高温警報に従って⋯⋯というような理由ではなく、ただ単に外に出なければいけない理由がないからだ。地下鉄か地下道を利用すれば、日常の生活には困らない。しかし、僕の今日のインタビュー相手は、地上を通らなければ行けない場所に研究室を構えていた。
◇ ◇ ◇
「なぁお前、歴史系の研究している学者先生にインタビューする気はないか?」
先週、先輩記者のS.Wさんから案件を紹介された。僕が、大学の頃は史学を専門にしていたことを知っての提案か――はたまた熱い戸外に出たくなくて押し付けたかは定かではないが。
「扱ってる題材が、最近話題のアムステリウムについてでさ。科学系か!?と思って俺が企画進めてたんだが⋯⋯蓋を開けたら歴史系で。俺、文系科目弱いから、できればお前にこの仕事巻き取って欲しいんだけど、どう?」
「はぁ、アムステリウムですか。原子力に変わるエネルギー源として研究されてるやつ⋯⋯でしたっけ?」
逆に、僕は理系科目が苦手だ。アムステリウムという比較的最近見つかった鉱物が、各国の政府が共同出資して研究されていることは知っていた。しかし、それ以上の情報を調べようと思ったことはないし、正直避けたい話題ではあった。
「そうそう。ちょっと前にエネルギー変換効率が原子力超え! ってことで、今色々研究されてるんだけど⋯⋯その鉱石、地球の超深いところから発掘されていてさ」
「あー、たしか南極の氷が全部溶けちゃった後、南極大陸から発掘してるんでしたっけ?」
「15年前にはほぼ全部の南極大陸の地面が露出したんだけど⋯⋯あぁ、お前はまだ子どもだったから分かんないよな?俺はリアタイしてたんだが⋯⋯氷が溶けてでてきた地面に、それはそれは深い地割れがあったんだよ。当時は『地獄の入口』なんて呼ばれてたけど、調査を進めたら、そこに新発見の物質があった」
教科書では見たことがある。昔の南極大陸は、厚い所では3000メートルもの超極厚氷で表面を覆われていたらしい。それが徐々に溶け、露出した大陸には大きな赤い地割れがあった。赤い色は地面から滲み出た鉄分と何かが反応したものらしいが、大きな口のようで本能的に肩がすくんだ。その後、その写真の上に落書きをした友人のおかげで、それ以上は怖くならずに済んだ。しかし、その口の中からは大量のおたから鉱石が発掘されたと聞き、自分が抱いた恐怖はなんとも子供すぎる反応に思えて、思春期の心はアムステリウムという物質に非常に敏感になってしまった。
「ああ。だが、アムステリウム結晶自体は、元々いくつ地球上に存在していたんだ。たまたま、気づかれていなかっただけで」
「え? 気づかれずに存在しているなんてことあるんですか?」
「それがなぁ、民間の普通のご家庭で「家内安全守」にされていたり、宗教団体に「御神体」にされていたり、力石として昔から力試しに使われていたり⋯⋯と、生活に密接して別の役割をこなしていた。だから、誰もそれがものすごい可能性を秘めた石だって知らなかったんだよ」
「あー、それは確かに、調査とかもあんまりしなさそうですね⋯⋯うちの実家の玄関に飾ってる石もアムステリウムだったりするんですかね」
玄関に飾ってある、曽祖父あたりが旅行のお土産かなんかで持ってきたらしい縁起物。河原で綺麗な小石を持って帰るような子供だったら、何かしら発見があったのかもしれない⋯⋯と思うと、少しもったいなかったような気分にさせられる。
とはいえ、ファンタジー小説を読み漁り、転生チート勇者に憧れていた幼少期の僕は——アムステリウムが古代でチート級のアイテムとして活用されていたのではないかと想像せずにはいられなかった。
「意外とあるかもな?で、それら地上で発見されたアムステリウムが、どんな歴史を辿ったかってのを調べてるのが、件の学者――インタビュー相手の先生、ってわけだ」
「思っていたより科学寄りの内容じゃなさそうで、少し安心しました」
僕はそのまま、先輩の紹介でインタビューを担当することになった。どうやら、先輩はその先生と古い知り合いで、コネでインタビューの予定をとりつけたらしい。それまでは全ての取材を断ってきたと言うから、よほど深いご縁がある人なのだろう。しかしながら、想定外のの内容に面食らった先輩が、どうにか機会を無駄にしない方法を模索した結果、僕にお鉢が回ってきたのだ。
◇ ◇ ◇
研究室は、旧東京から北方へ数百km鉄道で移動し、更に徒歩でしばらく歩いた山の麓にあった。もっと無機質な建物を想像していたが、モダンに改築された古民家の平屋だった。
⋯⋯まさか、近所にレンタカー業者がないとは思わず。結局、汗だくで来る羽目になってしまった。タオルで拭き、額に張り付いた前髪からも水分を除いて、朝のヘアセットにできるだけ近づける。
なにせ、歴史を研究している学者と話ができるのだ。自分では叶えられなかった夢を、生業とする人。そんな人からどんな話が聞けるのか⋯⋯楽しみで仕方がない。
「アムステリウム結晶の可能性がある物体が出てくる壁画、神話、伝承には⋯⋯必ず共通するテーマがあって。『星』と『愛』の2つなんですけどね」
R.A先生は、オカルト話か?と疑ってしまうような語り口で話し始めた。⋯⋯彼女が女性でよかったと、つくづく思う。年上の男性に「星と愛だよ」⋯⋯なんて言われていたら寒気がしていたことだろう。――ともかく、アムステリウムの活用法と、その由来を探るには、この考察を前提としなければならないらしい。
「実はね、アムステリウムが存在するところでは⋯⋯驚くほど深い深い愛で結ばれた人々が居たんだ。それが、どの地域でも『明確に記録』されているの。⋯⋯分かるかな?本来、一人一人の小さな恋愛記録なんて、歴史に残らないはずなんだ」
確かにそうだ。国王級の人で、かつ婚姻によって社会になんらかの変革があったような人物であったとしても、プライベートの秘話なんて残っていない。エジプトのクレオパトラと、ローマのアントニウスが、実際はどんな恋愛をしたかなんて、今の誰にも分からない。記録として残っている書簡や歴史書が、「娯楽物語」や「その後の皇帝たちのプロパガンダ」として創作された可能性だってあるからだ。クレオパトラとアントニウスの場合は、恋愛関係であったことは各資料を比較しても事実といえるが、その逢瀬のエピソードの信憑性はまちまちだ。
「その、明確な記録というのは⋯⋯それが記録された一次史料が沢山ある、とかでしょうか?」
「君は、史学の学科にいたそうね。専門的にいえば、史料批判を行ったわ。複数の立場の者の一次史料を比較し、石碑などの改竄されにくい史料もあわせて確認したけれど⋯⋯信憑性が高すぎる逸話ばかりよ。そもそも、それぞれの逸話は各地でおとぎ話や歴史の一部になっているわ。そのような物語・歴史の裏側に、『アムステリウムが影響していた』と私は考えているの」
「それはつまり⋯⋯アムステリウムとみられる石の所有者は、必ず恋愛が上手くいって⋯⋯あとは、星が⋯⋯好き? みたいな感じですかね」
いい分析をしようとして、墓穴を掘ったかもしれない。彼女は、ふふっと小さく笑ってフォローしてくれた。
「そうね。ほぼ同じ見立てよ。⋯⋯記録に残っている恋愛を詳しく分析すると、謎の石や宝石、そして愛に関する女神を信仰してる、という事実が見えてくる」
歴史上の恋愛エピソードを読みまくっていただけ、ではなさそうだ。もしかしたら本当に恋愛小説好きなのかもしれないが、共通点を見出し、アムステリウムに関連付けて考察している着眼点は流石のものだ。話を記録する手が止まらない。僕も、知っている知識で何とか会話を続ける。
「愛の女神といえば、ヴィーナスですか?」
「そうね。ヴィーナス、アフロディーテ、フレイヤ、イシュタルあたりが近しい存在かもしれないわ。⋯彼女らは愛や美と共に、金星を象徴していたりするわ」
「そういえば、アムステリウムには星の要素も大事なんでしたっけ。もしかして、金星?」
「それがね、恋愛の逸話を調べていたら、出てきたのよ。『愛と星』を司るという女神が」
僕はそれなりにファンタジーが好きで、それなりに神話や宗教をかじっている。だからこそ、そんな女神に心当たりはなかった。
「愛と星の女神、レナ⋯⋯彼女に対する信仰は、世界各地に局所的に発生していたようの」
それはおかしい。信仰というものは、一点から波紋のように、徐々に広がっていくもののはずだ。僕が無意識のうちに眉間に皺を寄せていたのを、彼女は見逃さなかった。
「⋯⋯おかしいでしょう?私もね、おかしいと思ったの。でも、レナという名前の愛と星を司る女神は、あらゆる地域、あらゆる年代に、僅かながら記録を残しているの。その信仰は、規模の大きいものではなかったようだから、どこかの集団のものが伝播したとも考え難い。」
「でも、レナなんて僕は聞いたことが⋯⋯」
「私も初めて聞いたわ。でも確かに、極めてローカルな資料には残っている。そして、レナの信仰が興った後、その地域は発展しているから、メジャーな宗教にレナの信仰が取り込まれていったと考えているわ。⋯⋯それこそ、ヴィーナス、アフロディーテ、フレイヤ、イシュタルあたりは、レナと近いニュアンスを持った女神たちだから、そういった信仰と合体していくことは歴史的にはよくあることよ」
「じゃあ、今の神話体系に女神レナの信仰が混ざったとして⋯⋯アムステリウムは、愛と星の女神とどう関連するんです?」
「私はね、アムステリウムは宇宙から降ってきた⋯⋯隕石じゃないかと思っているの。」
僕はその時初めて、自分の心臓がこんなにも大きく拍動するのだということを知った。
「あの、アムステリウムは地球の深層⋯⋯核付近、にあるものでは?」
「ええ、そうよ。そして、同じものが宇宙にもあって、それが空から降りてきた⋯⋯神話では、隕石の事を神と崇めていることはよくあることよ」
確かに、日本にも星神を祀る神社にはあるし、そこでは御神体として隕石が祀られていたりする。天災は、昔の人にとっては神の御業だった。
「すると、宇宙から飛来したアムステリウムの隕石が、人間に何らかの影響を及ぼして、恋愛に発展して⋯⋯そのご利益を求めて女神として信仰され始めた?とかなんですかね」
「細かい経緯を見ていくと、御神体のアムステリウムを管理する巫女さんの方が、むしろ女神レナとして信仰されていたように思えるわ」
⋯⋯うん、自分も石が女神より、隕石を大事に守っている可愛い巫女さんの方が愛と星って感じがして、とても想像が捗る。
「その巫女や神官のような役割をしていた女性⋯⋯女神レナと見なされたであろう女性が、それはもう『不可解な因果』としか言えないような恋愛をしているのよ」
「色々な地域に降ったアムステリウムの隕石が、時代も地域も超えて女神レナの存在を見出した、となれば、多少は納得できますが⋯⋯」
あまりにも突拍子もなく、またファンタジー要素が強く感じられて、まだしっかりとは飲み込めない。
「私はね、地球は近い将来、住めない環境になるんじゃないかって思うのよ。去年の時点で、地表の20%は海中に沈んでしまった。その地域の史料の調査は、もう出来ない。⋯⋯人類は生き残りのために、総力をあげて科学の力を磨いていかなければないって時に、歴史なんて目を向けている暇はないからね。それでも、今後失われてしまうのなら、誰かが時明かさなければ——アムステリウムの大事な側面を忘れて、ただエネルギーを取り出すためだけの物質としてしか扱われなくって⋯⋯それは寂しいことだと私は考えてる」
真っ直ぐに、未来を考えている人の目だった。僕が史学研究をしていた頃は、「過去ばっかり振り返ったって、地球温暖化は止められない」と後ろ指をさされることも多かった。そんな歴史研究を、この人は「未来のために」やっているのだ。僕自身の、心の中に燃える炎の色が変わった。
「その、不可解な因果の恋愛の逸話⋯⋯という史料を、僕にも見せてくれませんか」
彼女の⋯⋯R先生の目の色も変わった。
「君は⋯⋯恋愛小説は好きかな?」
ガラガラガラ、テキパキと動く先生は、台車でダンボール箱を何箱も持ってくる。それが何か認識する前に、僕の周りはダンボール箱の壁ができた。
「S君は私の知り合いなんだけどね、彼は非常に初心で⋯⋯恋愛が絡む話題だって知ったら、顔を真っ赤にして帰ってしまったんだ。よかったよ、君は耐性がありそうで」
僕は、恋愛小説⋯⋯もとい、滅びゆく地球に残された、古い古い、愛と星の記録を⋯⋯ただひたすら読むことになった。
記者って、想像していたより大変だなぁ⋯⋯。
次回から、オムニバスで各時代の恋愛の逸話の話に入っていきます。しばらく記者君とR先生はおやすみです。
更新は2、3日後の予定。本業は絵とアニメーションなので、暇ができたら挿絵つけていきます。
あれ、もしかしてこれ恋愛ジャンルよりもSFとかの方がいいんでしょうか?




