喧嘩なら受けてたちます!
「ねぇご覧になって……」
「あれが噂の……」
自然と道が開かれ、前へと進む。
今日は洗礼祭の日と国で定められており、今日は国中の至る所にある全ての神殿で洗礼が行われている。ここ、大神殿は貴族専用の神殿で、貴族に生まれた子はほとんどがここで洗礼を受ける。
しかし貴族といえど、精霊の前では謙虚であるものだ。
貴族専用の神殿であるにも関わらず、ここには椅子のひとつもない。地面が大理石であるだけましだろう。普通の神殿では土だ。
今日、洗礼を受ける貴族は地面に直接跪かなければならないのだ。
私たちが通った道の傍らに既に跪いている家門もいた。
洗礼祭では所定の位置が暗黙の了解で決められている。家門の位が高い家から前に位置することができるのだ。つまり、アゼンタイン公爵家がいない今はベドフォード家が一番前に出る。
じりじりと開かれていく道を歩きながら、私たちに視線が集まっていた。
さすがに伯爵家や侯爵家が無作法をするわけは無いから倒れるものはいなかろうと、確かに釘付けになっている。
「真ん中にいるのがリリアン様?」
「まぁ…………なんてことなの」
「あれが……あんなに美しい顔ってあるんですのね……」
「見て。公爵夫妻、何年たってもお美しいままだわ。」
「公子様たちもよ。ご令嬢が羨ましいわ。あんなお兄様に囲まれて……」
反応は上々。今のところ反抗的な声も聞こえない。
どの道オーブリーであることがバレてしまえば嫌でも当たりのきつい言葉は上がってくるだろうけど、私たちの姿を見た時点での毒がないことに安心していた。
だけど、
「……おい。礼儀のわからないやつがいるなぁ」
「ああ。」
「……。」
先に気づいたのは先頭に立つお父様たちだったのだろう。すぐさまに立ち止まる。その後に続いていた私たちは急な停止に前方を見やり、眉をひそめた。
本来ベドフォード家が座るはずの最前列に、先客が居た。
中心に不純物の何もないような真っ白の髪を持つ女性が座っていて、その周りを濃い緑の髪色をした集団が取り囲んでいる。
あの髪色は……。
「フォスカレータ侯爵家ね。」
自分の声が思ったよりも低く響いた。お兄様と腕を解き姿勢を正す。
フォスカレータ、位は侯爵。
外国との貿易を中心として事業を展開する家門で、古くから存在する由緒正しき家。
フォスカレータ家には三人嫡子がおり、そのうち私と同い年の令嬢は名をフローティア、といい、彼女は世にも珍しい色を持たないアルビノという白髪に血の色をした瞳を持つ神秘的な容姿をしていて、顔立ちも可愛らしく、小柄で華奢であることも重なり、社交界で男性からかなりの人気がある方だ。
しかも、現在の皇后はフォスカレータ侯爵の実の姉だ。つまりフローティアは現皇后の姪にあたる。そのこともありフローティアは絶大な権力を持っている。現在皇太子妃の第一候補になってもいる社交界の華だ。
だけど残念なことに、性格が可愛らしくなかった。お世辞にも侯爵令嬢とは思えない。誇りも何も無いのだ。
異常な程に皇太子に執着しており、そのためなら自分に好意を寄せてくる男性を利用し、皇太子に近づく女をありとあらゆる手で排除し、彼女の家もそんな娘を諌めるどころか後押ししている。
けれど皇太子は一向に婚約者を決める気配がない。相当焦っている中に私という社交界でもっとも注目されている令嬢が出てきたのだ。しかも、本来なら皇太子妃の候補筆頭になるはずの。
それを知ったフローティアはどうするだろう?
人の命をなんとも思わない彼女なら、たとえベドフォード公爵家相手でも攻撃してくるだろう。
フォスカレータ家は振り向こうとしない。明らかに背後に自らが座っている場所に本来、腰を下ろすべき者たちがいることに気づいているというのに、微動だにしない。
「……………………。」
手を握り締めたい気分だった。
まずいわ。
位はこちらの方が上。私たちは公爵家であることに加え、王家からの干渉を受けない唯一の貴族、影の支配者。フォスカレータ侯爵家は皇后を排出した家門だけれど、だとしてもベドフォード公爵家のもつ力のほうが強いのだ。明らかにここでの権力がいちばん強いのは私たち。だから私達から声をかける訳には行かない。けれどあちらが振り向き行動を起こさなければ、私たちがずっとここへ立っていることになる。それは公爵家としての威厳や行動の質が問われてしまう。つまり、膠着状態なのだ。
通常このような無礼を働いた家門があれば、無礼を働かれた家門の人間が直接抗議するのではなく、位の下のものが諌める。しかし今回参加している侯爵家はフォスカレータ家のみ。つまり、ここでの家門の順位は、フォスカレータ家が二番目に高い。私たち以外に彼らを諌めることが出来る者はいない。
「全員ぶっ飛ばすか?」
「やめろ。」
腕まくりをし始めたカイお兄様をライお兄様がとめる。
精霊の御前だ。無作法は許されないし、暴力などもってのほか。
しかも彼女に手を出せば皇后が黙っていないだろう。
かと言ってこのまま黙っておくことも出来ない。どちらかが動かなければ。
ふぅ、と息を吐いて、お父様たちの前に進み出た。
「私に任せてください」
「リリー?」
お父様たちなら既にこの場をどうすればいいか位は思いついているだろう。そしてそれは完璧だ。
でも、いつまでもお父様たちに頼ってばかりでは居られない。それに、私は今日初めて人前にたっている。ここでフォスカレータ家を黙らすことが出来れば、私の力と裁量を見せつけることが出来る。
あまり目立つような行動はしない方がいいけれど、相手がフローティア・フォスカレータなら話は別。
ここでの行動は彼女に踏み倒された令嬢たちの賛美の的となるだろう。
辺りはもう静まり返っていた。この神殿にいる全ての貴族が公爵家と侯爵家の諍いに注目している。
静けさの中に罅をいれるように足を踏み出した。
コツンッ
「あら……」
わざとヒールで音を立てながらフォスカレータ家に近づく。お母様がこの日のために手作りしてくださった、どこまでも白く滑らかなシルクの生地に、モーヴ色で統一されたレースやリボン、刺繍、花などが飾り付けされている裾の大きく広がるドレスが天井にはめ込まれたステンドグラスの光を受け、オーロラのような色に染まった。
その光のカーテンをくぐり抜けたところで、フォスカレータ家が動く。
来たな、とばかりに意気揚々と振り向いてくるのが気持ち悪い。フローティアが自信に溢れた、いや、嘲笑うような笑顔を浮かべて立ち上がった。
「まぁ!貴女があのリリアン・ベドフォードさまですか?お噂通りお美しいですわね!絶世の美女と謳われる童話の中の人魚姫のようですわ!」
顔がひきつりそうになったが、フローティアの手が拳を作っていることに気づき落ち着く。フローティアだって私の顔を初めて見る。
リリアンのこの美しさを目の当たりにしてさぞかし驚いたのでしょうね。精一杯意地をはっているわ。
それにしても……
童話の中の人魚姫ですって?
一見初めて出会ったベドフォード公爵令嬢の美貌を賛辞する言葉に聞こえるが、棘がたっぷり含まれている。
海の中に暮らしていた人魚の末娘。人間の男に恋をして最後には身を滅ぼしてしまう儚い人魚姫。
そもそも森の奥深くで暮らしているベドフォード家の令嬢を海で暮らす人魚姫に例える時点でおかしいわ。それぐらいは基本常識というか、基本常識ということさえ当てはまらない基本中の基本中の基本なのだから、明らかに賛辞では無いことがすぐに分かる。
しかも童話の中って、ちゃっかりベドフォード家の本好きを馬鹿にしてるわね!
「……。」
私が黙っていることを見て、恐らく私がなんの教養もなくただ家に引きこもって両親に花のように大切に育てられた箱入り娘だとでも思ったのだろう。自分の嫌味に言い返せない小娘だとでも。フローティアはフンと鼻を鳴らした。せっかく儚い色彩と美貌が台無しだ。皇太子がこの場にいないからできるのだろう。
その誤解は外からベドフォード家をみている立場からして見ればおかしい誤解ではないけど、それを侯爵家の令嬢がするとなれば馬鹿が知れるというものだ。
「お会いできて光栄ですわ。長年邸宅に引きこもっていらしたリリアン様のこと、ずっと心配しておりましたのよ。良かったらお友達になりませんか?色々教えて差し上げます。例えば…………目上のものは目下の者に、最初に声をかけては行けないという礼儀作法など。」
「…………」
周りにいる貴族たちは顔色を悪くしているんでしょうね。ここまであからさまに公爵令嬢を侮辱したのですから。
フローティアの後ろに未だに座っているクローレンス家一家がニヤニヤと笑いながら私を眺めている。
よくもまぁリリアンに向かってそんな顔が出来ますこと。
「フローティア様、ですわよね?」
彼女は名前を名乗ってかなかった。下の位の者からなのならければいけないのに。
「ええ。リリアン様に覚えて貰えていただなんて。」
許可もしていないのに名前呼び。初めのうちは家門に令嬢、をつけて呼ぶことが決まりなのに。
こんなに無礼をしたのだから、別にいいわよね??
私は眉尻を下げ、唇を弧を描かせながらも目は細めない、つまり、幼子を諭すような表情をした。
少し困っているような、そんな顔。つまりほら、分かる?
私は貴女の愚かさを見て、仕方がないなと嗤っているのよ。
「お友達……は御遠慮させていただきますわ。私共は邸宅にいる事が多いので、フォスカレータ嬢を御相手している時間は限られてしまうので。把握済みと存じますが、私たちは本を読むことが好きで、自らのやりたいことを全うする、そんな一族ですからね。」
訳: お友達になんてなりたくないです。貴女を相手してあげている時間が惜しいので。知っての通り本を読んだり魔法を学んだり、剣を学ぶことを好むのですよ。貴女の相手をしてあげるというやりたくもないことに時間をさきたくないです。
「…………はっ……!?」
フローティアが唖然としている所で畳み掛けるように満面の笑みを浮かべた。
フォスカレータ一家全員がたまらず立ち上がる。顔面蒼白だ。
さぁ、悟りなさい。あなた達の娘は、この私には適わないということを。
「お詫びと言ってはなんですが、家庭教師をつけて差し上げましょうか。こちらで厳選して差し上げますよ。礼儀作法は難しいですものね。私はお母様につけてもらいましたので正確ですけれど、貴女はそうではないようで。ああ、大丈夫ですよ。誰にでも失敗はあります。ね、皆様も。」
訳: 家庭教師をつけてあげますよ。クローレンス家は家庭教師さえ頼めないほどの財力なんですか?礼儀作法はあなたには難しいようですね。貴族の令嬢なら基本ですけれど、貴女は出来ないようで。私はお母様につけてもらって正確ですけれど、貴女はそんななんですね。まさかフォスカレータ夫人もそんななんですか?大丈夫ですよ。貴女は失敗しましたけどそちらの方々の娘なら納得ですわね。皆様そんなですものね。
緑髪の男を睨みつける。
と言ってもリリアンの美貌じゃ睨みつけていることにはならないだろうけど。
さすがにこの嫌味には気がつくだろう。そして、私の教養の深さにも、機転の良さにも、器にも。
「…………直ぐにおどき致しますね。」
何か言い返そうとしたフローティアの腕を掴んだフォスカレータ侯爵は、謝りもせずに言い放った。その顔は悔しさに満ち溢れている。
プライドが高すぎて謝ることもできないのね。まるで子供だわ。
「フォスカレータ侯爵様。」
「…………。」
公爵家令嬢に返答をしないのかしら?今度こそ潰すわよ。
侯爵にだけ見えるように顔を俯かせながら、表情を変えた、ら
侯爵は冷たい笑いを浮かべる私を信じられない物を見たかのように目を見開き、それでも必死にこちらを睨みつけながら口を開いた。
「……なんでしょうか。」
「ま。」
口元に手を当ててクスリと笑ってみせる。それにつられて辺りにも失笑が起こり始めた。
侯爵に逆らうことが出来ずに黙っているしか無かった貴族たちが、私の態度をみて恐れを無くしたのだ。つまり、侯爵はこの場で、この場にいる全員に見下された。
「……〜〜っ」
さぁ。何故皆が笑っているかが分かるわよね?何故私が笑うだけだったのか、何も言わなかったのか分かるわね?
怒りで顔を真っ赤にした侯爵の横で、歯を噛み締めているフローティアと目が合った。
「フローティア、と呼んでもいいですか?」
「……………………っだれがっ……!」
「やめなさいフローティア!!!」
フローティアがビクッとして自分の父親を見た。侯爵が私に頭を下げる。
私はベドフォード公爵家の末娘。公爵家の中で順位をつけるとするなら最も権力を持たない。
そんな私に頭を下げる、しかも、自分より何十年も若い小娘に。さぞかしの屈辱でしょうね。侯爵。
「申し訳、ありませんでした。」
「あら?どうしたのですか?私は貴女が謝罪するような事をされた覚えはありませんよ。」
訳: 謝罪する必要なんでないんですよ。許すなんて事もないし、扱いが変わる訳でもないのだから。その謝罪は無意味だわ。
「〜〜〜っ」
侯爵は最後の抵抗とばかりに私を睨みつけると、一家を引き連れ後ろへ下がった。
それを見てお父様たちが前へ進み出てくる。
よくやったな、というふうに肩を抱かれ、笑みをこぼした。




