父と母の馴れ初め(9)
「実はね、さらわれてしまったことがあって
……」
「え!?お母様がですか?」
小さい頃から見てきたお母様には考えられない事だった。
まずお母様が自分に敵意をもつ人に気づかないわけが無いし、万が一そんなことがあったとしても、その前にお父様が助けるはずだ。お父様ったら四六時中お母様がどこにいるのかを把握しているんだから。
「ええ。わたくしもまだ未熟でね、ある日アーサーと喧嘩してしまったの。」
お母様とお父様の喧嘩と言えば、お母様がお父様を子供を叱りつけるかのように言い聞かせるものや、お父様の至らなさにお母様が拗ねてお父様が必死に機嫌をとるものしか見たことがない。
今お母様が言った県 喧嘩は、そんなものではなさそうだ。
「アーサーが中々本当の気持ちを言ってくれなくて、もう呆れてしまって、邸宅を飛び出したの。結界が張ってある区域を抜けて、街に一人で入ってね、今までサラが一緒の時にしか入ったことがないのに。そしたら案の定迷ってしまって、そこでお母様の実家の継母の手下にさらわれたの。」
お母様の実家の話は聞いたことがあった。嫁いでくるにあたり没落させてきたという話は知っていた事だったけれど、お母様の口から直接聞くのは初めてだ。
そんなことがあれば没落になって当たり前。お母様が没落させたと言うよりかは自業自得だったんだ。
「まぁ、当然だけれどアーサーがすぐに助けに来てくれて、そこでわたくしはこの人が好きなんだわって自覚したの。」
好き…………。
お母様が幸せそうに笑った。
眩しいほどに美しいその表情に見惚れた。旦那様と一緒にいる時の奥様のお顔は、世界一幸せそうなのですよ。とクリスが言っていたのを思い出した。
お母様は本当にお父様のことを愛しているんだわ。
「お母様は地下に閉じ込められて、精霊達さえも近寄れないように魔法をかけられてしまっていたの。そんな時アーサーが飛び込んできて、大丈夫か!?って……」
お母様が紅茶が入ったカップの縁を、楽しそうにくるくるとなぞった。その様子は恋する乙女そのものだ。
「精霊達に囲まれてきらきらひかるアーサーをみて、この方と離れたくないって思えたの。だからお母様からプロポーズしたわ。」
「えっ……お母様からだったのですか?」
二人のプロポーズについての話は初耳だった。この国では男性から女性へのプロポーズが慣例だから、てっきり二人もそうだと思い込んでいた。
「ええ。そしたら、先に僕のプロポーズに気づいて欲しかった、って。」
気づいて欲しかった?
「お父様はもう既に……」
「そうだったみたいね。でもあんまりにも遠回しなものだから、お母様気づかなかったわ。」
……いえ、お母様ならすぐに気づいてからかいそうなものだけど……。
そう、一枚上手の年上彼女、みたいな感じ。
勘のいいお母様がお父様からのプロポーズに気づいていないことなんてありえないんじゃないだろうか。お父様の事だし、ものすごく分かりやすかったはず。
……まさかお母様、分かっててわざと気付かないふりをして楽しんでいたんじゃ……。
そろっとお母様を見ると、にこっと笑われた。
「だって花を渡されて、アンナが望むなら我が家の温室を君の思う通りに変えたって構わないよ、なんて微妙な言い方じゃ納得出来ないじゃない?どうせなら僕と結婚してくれないか、ぐらいは言って欲しいわ。」
……気づかれてた上に言っていることが上級者だわ……。
吹き出してしまった私を見たお母様は、カップをいじるのをやめて持ち上げ、紅茶を一口飲んだ。
それにつられて私もカップを持ち上げる。
「それでお母様とお父様は結婚、まぁさらわれた時にはもうお腹にカイとライがいたから、結婚は決まっていたようなものだけれど。」
「ゴホッ…………ゴホッ、コホッ……!……っええ!?」
お母様が差し出してきたハンカチを受け取りながら聞き返した。
気持ちの確認もプロポーズも結婚も終わってないのに妊娠!?
「アーサーったらそういう手だけは早くて……。」
そういう手……。
そういえばお父様はかなりの頻度で……。
「まぁ誘ったのはお母様だけど。」
語尾にハートマークがついてしまいそうな程に軽やかに言われ、今度はハンカチを取り落とした。




