特別編:レオン目線(2)
「お気を付けて」
「お前もな」
レオンは頷いて、馬車にのって親友の元へ向かう主を見送る。
馬車が見えなくなり、王宮において絶対的な存在であるクロードという主人がいなくなった瞬間、レオンに向けられるまわりの目が敵意に変わる。
これは5年前とさほど変わることはなかった。
歪んだ夜の狼が皇太子の護衛だということを、10年近くたった今でも認めない者は大勢いる。隙あらば暗殺しようと企む者、どうにかして失脚させようと夜な夜な女を送り込んでくる者、かと思えば、単純に恐怖を覚え姿を見るだけで泣き出す者もいる。
主以外自分という人間を受け入れてもらえないこの環境に、レオンは慣れてしまっていた。
レオンは剣を腰に差しなおし、憎悪や畏怖が入り交じった視線に背を向けた。レオンはもう知っている。力をもたない彼らは、受け入れもせず認めもせず、攻撃してくることもせず、ただ自分を消えるべき存在として扱うだけだということを。
振り返ることなく王宮の門をくぐる。門番たちも、警備にあたる近衛騎士でさえも自分を見つけたとたんに恐怖をその顔に浮かべるが、レオンは気にすることなく歩を進める。
レオンが向かう先は決まってはいない。対峙する相手がどこで自分に襲いかかってくるかで変わるからだ。
5年前にもあったように、皇太子の護衛であるレオンを狙うことは珍しいことではない。だが反皇太子派の彼らの思惑が成功したことは一度もなかった。
護衛を殺す過程で全員消息を絶つためである。
頭をひねり王宮の誰かを人質にとりレオンを脅す者もいた。痺れを切らし皇太子を直接襲う者もいた。だがすべて、失敗に終わっているのは、偏にレオンの勘の良さだった。
常にまわりから命を狙われる立場であり続けたレオンにとっては、人物が持つ殺意や敵意を察知することは難しいことではなかった。
変装していても体の動きの癖から正体を割り出すこと、誰が主を敵視しているのかを見極め主に報告すること、相手がどこから自分を狙っているのかを感じとり抹殺すること。これはレオンの日常になってしまっていた。
レオンは街中にはいり、人気の少ない場所を選んでぐるぐると巡回する。そうすると案の定、自分の命を狙う輩は姿を表した。
レオンの前に六、七人の男が立ち塞がる。手には装飾のついた剣や斧を握っており、ただの破落戸であった自分達に大きな権力をもつバックがついたことを過信しているようで、明らかに実力の差がありすぎるレオンにも好戦的だった。
レオンが鎧も仮面も身に付けていないことにか、それとも人数の差にたいしてなのか、男たちはさも余裕であるという足取りで剣に手をかけるレオンに近づく。
すでに男たちは剣を構えているが、レオンは目の前にいる奴らではなく、その後ろで優雅にくつろぐ男を見ていた。
こんな状況であるにも関わらず、なにをそんなに悠長にしていられるのかなどレオンは考えない。明らかに貴族であるその男こそが主を狙っていた者なのだと認め、主への忠誠心が敵への殺意に変わっているのだ。
「かかれ」
その男の声と共に破落戸たちが四方八方に飛び散る。一人がレオンの真正面に突進した。
ソードマスター相手にこれだけの人数で、こんな実力しかない者たちで、戦闘が成り立つわけがないことを知っているレオンは、後ろにまわった男を気にすることもなく、自分に突っ込んできた男を避け蹴り飛ばした。
ガラスが割れる音が響き、その破片を男が顔で浴びる。あたりに鮮血が飛び散った。
叫び声を気にすることなく剣を抜いた。
その時だった。
急に自分の視界が暗くなる。魔術師でもいたのか、と頭上を振りかぶり息を飲んだ。
自分の頭の上に少女が落ちてくる。レオンが驚いたのはそれだけの理由ではない。落ちてくる少女があげる悲鳴が、古い記憶を呼び戻した。
5年前の、記憶の中のあの時の少女の声色と、今まさに自分の耳をつんざくその悲鳴が、合致したのだ。
レオンはそれを知った瞬間に、剣をおろし、落ちてくる少女に細心の注意を払った。
自らの持つ剣が彼女を傷つけないように、その柄でさえもこれから受け止める彼女に当たらないように。
両手を広げ、命を狙われたときよりも何十倍もの意識をむけ、その少女を抱き止めた。
ほんの一瞬の出来事だったが、レオンにはとても長い時間のように思えた。自分の腕の中にいる少々が信じられず、思わず抱える腕に力を込める。
少女をはしばらく顔を背けていたが、ゆっくり仮面を着けている自分の顔を見て衝撃を受けたようだった。
あの時とは異なる色彩をしているが、変わらずに自分を魅了し続ける瞳がレオンの姿を捕らえる。
かつてと同じく、レオンはその瞳に一瞬にして溺れた。彼女の瞳を見ると、どうしてなのか、心を囚われてしまう。
少女は仮面をつけてい自分を抱き抱える男が誰だか分からず混乱していたようだったが、不意に動きをとめる。
淡い期待がレオンに生まれた次の瞬間、少女はレオンの服を掴みその顔を近づけた。
仮面の奥の瞳を覗き込まれる。その神秘的な薄桃色の瞳に確信が宿った途端、レオンの胸に、言葉に表せない感情の渦が沸き起こった。その感情の乱され方に覚えがあった。5年前の剣術大会の時だ。
またこうして出会えたことが、少女が自分に気づいてくれたことが、どうしようもなく嬉しく、同時に彼女を離したくないという思いに襲われる。
少女が唇を開いた。
「あの!」
儚すぎるその声でこれから自分にどんな言葉を投げ掛けてくれるのか、その期待にレオンの心の臓が暴れる。
しかし、それをきくことは叶わなかった。




