特別編:レオン目線
「どっどうかっ………お、お助け………………………」
レオンは血にまみれて相手にに許しを乞う男に近づく。もうすでに足は動かないのか、震えながら地べたを這いつくばって後ろへさがって行くが、そんな距離は簡単に埋められる。
先ほどまでの人殺しのギラギラした目はもうなく、涙で溢れ充血した目がレオンに向けられていたが、ためらいなく剣を男に向かって構える。もはや相手の戦意はなく、ソードマスターであるレオンにとっては蟻を殺すことよりも簡単なことだった。
「おっ俺は命令されただけなんだ!皇太子の護衛を殺せば金をやると………、いっ言うから!教えます、俺に依頼してきたやつを教えるからああぁぁぁぁぁあ!」
レオンは男の言葉を聞く気ははじめからない。ただ、主に危害を加えようとするものを殺すだけ。
返り血でぬらりと赤く光る剣が男に振り下ろされる。男の断末魔が響き、死の苦しさで喉をのけ反らせているが、急所を一太刀にされた男はすぐに声を発さなくなる。
レオンはそれを確認し、剣をふって血を払い落として鞘にしまってから、主であるクロードの元へと戻る。
クロードは今日その独特な髪色をかくし、仮面をつけ、レオンも同じく魔法で髪色を変えていた。
普段クロードには複数人護衛をつけているが、剣術大会にお忍びで来ている今日は信頼する専属護衛だけである。
血だらけの外套を脱ぎ捨て、あらかじめ用意していたストックを羽織る姿は、街中であれば恐怖の対象となるだろうが、すでに血の匂いが充満するほどの畏怖にまみれた控え室ではたいしたことではなかった。
あたりは大柄な男たちで溢れ返っていた。人を殺すための道具があちらこちらに立て掛けられているが、明らかに年齢不相応なこの場に来ても、すでに戦場慣れしている二人にとってみればかわいいものだった。
「例の奴だったか?」
「はい。」
クロードの問いかけに素直に応じる。
例の奴とは、先程絶命した男の事だ。
ただ単に剣術大会に遊びに来たわけではない。昨日皇太子の耳に入った、ある貴族が皇太子の首を狙っているという情報のためだ。皇太子の首をとるには、その護衛の存在が何よりも大きな壁であるだろう。皇太子に絶対的な忠誠を誓っており、賄賂や女にもまったく興味がなく、さらにはその年にしてソードマスターであるという剣の達人。
皇太子を討つにはまずはこの男から、というのは、皇太子を狙う反皇室派のなかでは常識だ。
剣術大会の、血の争いが当たり前のように起こる治安の悪さのなかなら暗殺者は油断して襲いかかってくる。そこをお前が討て、という主のお考えだが、用を終えた今も王宮へ帰るつもりはないようだ。
主の仮面の奥で、長年護衛を務めるレオンにしか分からない程度の気分のよさが滲み出ていた。
原因は先程の少女だろう。
クロードは自らのことを相手に印象付けるために、出場者に声をかけてまわっていた。その中でクロードの目に留まったのは、自分達よりも遥かに小さい、なんともか弱そうな少女だった。
まだ10にもなっていないようなその少女は年の割に落ち着いており、所作が丁寧で、声が透き通っていた。
少なくともこんなところへいるはずのない世界の人間なのだろう。指先まで手入れが行き届いていた。
間違いなく貴族であるあの少女は、三連続で自分の三倍もあろうかという男たちに勝利していた。
彼女をどうするのか、貴族であることを暴くなどという価値のないことは主はしないだろう。実際主は試合を棄権し、彼女に声をかけるわけでもなく、ただただ見つめていた。
そんな主の後ろに常についていたレオンの名呼ばれる。
少女も立ち上がったことから、対戦相手は彼女だと一目で分かる。
クロードがレオンに囁く。
「殺すな。ただし、完璧に打ち負かせ。」
「………は。」
主が何を考えているのか、時にはその考えを汲み主が求めることを遂行するのがレオンの仕事だが、大抵レオンは何を考えるでもなく、ただその命令に従ってきた。
今回も、それにそうだけの、つもりだった。
大きな歓声と共にレオンと少女が舞台に上がる。
レオンは少女が自分を驚いたように見つめていても、何も考えることなく剣を構えた。
当然だ。ソードマスターである彼に敵うものなどいるわけがなく、ましてやあの小さな少女が自分に刃を向けることができるかなど、答えは分かりきっていた。
主の命令通り、剣の柄を首にでも叩きつけて、気絶させればいい。ただそれだけの事だった。
試合が始まる。
合図と同時にレオンは地を蹴り少女との距離をつめる。一瞬だった。これまで対戦してきた男たちは、大抵ここで力量の差を思いしり、戦意喪失をして一振りで終わる。
だが、この少女は戦意喪失どころか、まるで今危害を与えようとしている自分に対してまったく興味がないかのように虚ろな目で自分を見つめている。
それになんとも言えない感情が沸き起こり、思わず口を開いた。
「余裕だな。」
発したのはその一言だけだった。少女がはっとしたようにレオンに視線を向けるがもう手遅れの段階だ。
レオンの振りの早さについていけるほどの反射神経がこの少女にあるわけがない。レオンもそうふんでいた。
そのときだった。
キンッッッ!!
「………………………。」
レオンの剣と少女の剣が合わさった。
レオンの目が見開かれる。普段表情を変えず、声も必要最低限出さない彼のこの対応は、非常事態と言っても過言ではないほどのことであり、それを出させるほどの少女の反応だったのだ。
反応できないはずだった。なのに、目の前にいる少女は剣を一瞬で構え、自分の剣を受け止めた。その瞬間、レオンに闘争心が生まれる。
自分の予定外の行動をとる者は何としてでも組み伏せなければならない。皇太子を守る彼にとっては、想定外のことはあってはならないのだ。
レオンが剣に力を込めるとさすがに少女は受けきれないようで、刃を右に流す。
少女が距離をとるが、その距離を体制をたてなおしつめることはレオンとってはいとも簡単なこと。
次の一撃で仕留められる。相手はバランスを崩しかけている。
そう判断し、レオンが剣を振りかぶると、案の定少女は剣を横に構え頭上から来る攻撃を受け止めるための準備をする。
それを確認してから手首を捻った。少女の胴はがら空きだった。
レオンの剣の切っ先が少女の胴へと突き進む。
入るはずだった。
さすがにこの攻撃を避けられるはずがない。少女が避けられないような攻撃の仕方を選んでいる。けして実力をすべて発揮しているわけではないが、手を抜いているわけでもない。レオンがここまで力を解放しているなら、今ここで決着がつく、はずだった。
「………………………っ」
かすかな呻きと共に彼女の剣が下ろされる。まさか、と思った瞬間、刃が合わさり嫌な音をたてながら上へと持ち上げられた。
レオンは呆気にとられて少女を見つめる。
どこにそんな力と技術があるのかと、考えずにはいられない。
自分よりも遥かに幼く、技術も拙く、付け焼き刃であるにも関わらず、明らかに今までの対戦相手の中で誰よりも強く、自分の攻撃をここまでよける。
これができる理由は、偏に彼女の剣術に対しての才能、としかいいようがなかった。
急激な重心変化によってバランスを完璧にくずした彼女は地面を転がる。
レオンは剣を強く握りしめた。
もはや自分を見ている主や観客たちの目は脳裏にかすりもしていなかった。
この少女に興味があって仕方がない。
なぜ敵わないと分かっているであろう相手にここまで歯向かうのか、どうしてそんな小さな体で自分とここまで渡り合えるのか、ただそれだけを考えながら転がった少女の上に乗る。
レオンと彼女の仮面の奥の目があった。真ん丸に見開かれたその目は、今レオンが彼女の顔に突き刺そうとしている刃を捕らえていた。
その目をみた瞬間、レオンは我にかえった。
ガッッッッ!
「………はぁっ、…………はっ………はっ…………」
少女の荒い息づかいが聞こえる。
レオンの剣は彼女の目のすぐ横の地面を突き刺していた。
もしレオンが我にかえらずに直前で進路をかえていなかったら、もし彼女が最後の抵抗として顔をずらしていなかったら、今ごろ瞳は貫かれていただろう。
レオンはこめかみに冷や汗が伝うのを感じていた。
主の命が狙われたときでさえ動揺せずにいた自分が、少女相手にここまで焦っていたことに驚いていたレオンは、仮面がずり落ちて露になった少女の顔を見て息をのんだ。
少女の目の輝きがレオンを貫く。
なんの変哲もない焦げ茶色の瞳から、なぜか目が離せなかった。
レオンのまわりには珍しい瞳の色を持つ令嬢など山ほどいる。その色に興味を持つことはなかったが、レオンは今日初めて人の瞳に囚われた。
少女の瞳はたった今まで戦闘していたためか、わずかに震え、充血していたが、レオンを写す艶やかなそれが、レオンにとっては美しくて仕方がなかった。
また我を忘れ少女のことを食い入るように見つめる。
少女が何かを呟いたが、その声色に脳がしびれ、何と言ったのか分からなくなっていた。
少女もまたレオンを見つめる。
沈黙が流れるが、レオンは人生で初めてと言っていいほどに、自分を狙う人間のことを忘れ、まわりに対する警戒心を一切なくし、彼女の瞳に溺れていた。
その心地よさに酔いしれていたが、審判によって終わりを告げられる。
「レイヴァンの勝利!!」
歓声が耳に戻る。
完全に別世界にいたような感覚になっていたレオンは弾けるように上体を起こした。
少女から視線を引き剥がし、ざわつく胸を押さえ込んで背を向ける。
観客席で自分の護衛の様子をみていた主と目があった。
目を伏せて何事もなかったように取り繕う。
いつでもどんな状況下にあっても、平静を失ってはならない。動揺から隙が生まれ、主の命が危険にさらされるからだ
自分を落ち着かせようとしていた時に、後ろから声がかかった。
「ありがとう………………………っ!」
どくん、と胸が締め付けられた。
なぜなのかが分からない。
今まで味わったことのないこの感覚がなんなのかを追求する余裕もなく、足を止める。
「………………………………」
何を言えばいいのかが分からない。どうして彼女がお礼を言ったのかも分からない。これからどう行動したらいいのかも分からない。
はじめて頭が真っ白になるという状態を味わっているレオンは、わずかに顔を少女の方にむけた。
乾いた唇を開ける。喉が萎縮していて、ほとんど絞り出すように言った。
「………はい。」
悩んだ末にレオンがだしたのは、たったそれだけだった。
地面に張り付こうとする足を無理やり動かす。
恐らくもう振り返っても彼女の姿は見えないだろうというところまで来ても足を止めることはなかった。
柄にもなく敬語を自ら使おうとした相手は、今まで主しかいなかった。なのに、自分は今、彼女に敬語で返事を返した。
それが恥ずかしくてなのか、試合後で体温が上がっているからなのかは分からないが、レオンの顔は僅かに赤く染まっていた。
「………なんだ?これは……………………」
仮面に手をかけなから呟く。
自分が女に感情を振り回されることなど、
一生ないと思っていたのに…………




