レイヴァンのことが気になって仕方ありません!
ぐいっ
「わっ」
汗まみれのふくよかな体に倒れこむ瞬間、いきなり二の腕を掴んで引っ張り上げられ、同時に掴まれていた腕が男の子の手から抜ける。
完全にバランスを崩した私は、男の子の代わりに、私の腕を引っ張った人物にもたれ掛かった。
はずみでカシャンと金属音をたててメガネが落ちる。それを気にする余裕はなかった。
かなり体重をかけてしまったからそのまま体がずり落ちそうだと身構える。すると、体に二本の腕がまわり、私はそれを支えになんとか体制を立て直した。
「あ、ありがとうございます………。」
顔も見ないままとにかくお礼だけは言う。
「なんだよお前。そいつは俺と踊るんだ」
「まあ!クル-何してるの!!」
男の子が私を指差したその時、男の子の後ろから母親が名前を呼びながら走ってきた。
そして私と私を抱える人を見て高揚していたその頬を、一瞬で真っ青にする。
「な、む、息子に何を………!」
私は訳が分からず言葉を失っている。私を抱える人がどんな顔をしたのかは分からないが、返答を得てもいないのに女性は震えだして、男の子の肩をつかんだ。そして無理やりふりむかせる。
「なんで?お母様。あいつ俺のパートナーを」
「しずかに!」
ごねる男の子を無理やり引っ張って、カーテンを潜り抜けていった。
残されたのは私と後ろの人との沈黙。
あの女性の怯えようを見て、私は井の中の蛙になったような気分だった。
あの反応………。
今私を抱えている人って、とんでもない人なんじゃ………………。
だとしたら私今、そんな人と二人っきりだ。しかも密着状態!!
焦りだした時、ゆっくり腕が離れ解放される。
「あ。」
もう体は自由だけれど、怖くて後ろをふりむけない。
とりあえず前へ進んで距離をとろうと、よろよろしながら数歩歩く。その間も後ろの人は無言。
高まる緊張を感じながら、恐る恐る後ろを振り向いた。
そして。
「………………え………。」
後ろに立っているその人をみて、目を見開く。はっと小さく息を飲んだ。
目の前に立つその人は、かつてと同じく、私がその瞳を凝視し、相手もまた、私をじっと見つめていた。
その髪と瞳の色は、何度も思い浮かべたあの、夜中に咲く薔薇の色、漆黒に赤を混ぜこんだような色。
一目でわかった。
「………………レイヴァン………。」
名前を呼ぶと、レイヴァンは私から目をそらした。その顔に、居心地が悪いかのような、なんと言ったらいいのか分からないかのような、そんな微妙な表情が浮かんだ。
そこで初めて気づいた。
いや、気づいてはいたのだ。認識が出来ていなかっただけで。
レイヴァンは今日、仮面をつけていなかった。
「………………。」
初めて見る彼の本当の姿に絶句する。
男性にしては白く、綺麗な肌。伏せられているが、睫の長い少し切れ長な目元に、つんとした鼻と顎のライン。むだな肉がなく、その滑らかな骨格が分かる頬。形のよい唇。
私が惹かれてやまないあの色の髪は短めで、目にかからない程度で揺れていた。
レイヴァンは、超絶美形だった。
なぜ貴族しか参加できないパーティーに彼がいるのか、彼は貴族だったのか。
そんな疑問を頭から消え去らせ、この暗闇の中でも光を放つのではないかというほど、信じられないくらい整った顔。
彼は声を発さない私にもう一度視線を戻し、唇を動かした。
「名前、は…………………。」
彼が言ったのはそれだけだった。
ただそれだけなのに、どこか艶かしさを感じさせる。
「わ、わたしは、」
リリアン、と言いそうになって踏みとどまった。
かろうじて残っていた理性が警告をならしたのだ。
彼がもし貴族なら、ベドフォード家のリリアンは絶対に知っているはず。もしリリアンだと言えば、金髪紫眼を想像するだろう。
私は今日レイラの姿で来ているから、本当の名を言うわけにはいかない。
「…レイラ………………………。」
偽の名前を呟く。リリアンだと言いたい気持ちをぐっと押し堪えた。
「レイ、ラ………………。それは、」
彼の声を聞けたのはそこまでだった。
「レイラ!!!」
私の背後のカーテンがめくられ、クリスが焦ったように入ってきた。
かなり探しまわったのか、額に汗が滲んでいる。
自分がすっかりクリスのことを忘れていたことを思いだし、クリスに駆け寄って、謝ろうとした。
「あの………………。」
クリスはそんな私の手を握りしめ、うつむいて息をはく。
きらした息を落ち着かせてから顔を上げ、私を見た。
「どこにいたんですか、ずっとさがし………。………………。」
そう言いながら私が向き合っていたレイヴァン気付き、言葉を切る。
その顔色がみるみる悪くなっていくのを見て、クリスもレイヴァンのことを知っているのだと気づいた。
クリスは姿勢をただして、レイヴァンを睨み付けた。
「………………レイラに何か。」
「………………………………。」
レイヴァンが答えることはなかった。
「あっ………………。」
「レイラ、帰りますよ。」
クリスに腕を引っ張られる。いつものどこまでも優しいクリスじゃない。焦っているのか、力が強く、痛みに顔をしかめた。
「クリスまって、私………」
クリスがとまることはない。
まだ、話していたいのに、どうして私がこんな気持ちになるのか、どうしてあなたがそんなに私を見つめるのか知りたいのに。
どんどん彼と私の距離が開いていく。
名残惜しげに彼を見つめる私の前で、クリスによってカーテンを閉められたのを最後に、レイヴァンの姿は見えなくなった。




