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第二章 六白の聖女(6)

 遺跡の町ルーデルは赤月帝国に近い大陸の東北に位置している。ルーデルは赤月帝国によって古くからその存在を認識されていた遺跡であり、先の大聖堂(ルシード)と赤月帝国の戦の後に大聖堂の管轄となった。

 古ぼけたルーデルの町並みを眺めながらリリィは眉根を寄せていた。戦のせいで荒んでしまった土地なのかルーデルは廃墟寸前の様相を呈している。

「さて、まずは宿をとらないとな」

 コアの言葉にマイルも頷き、町の中心へと向かう。道を歩く人影はまばらにあるが家々の扉は堅く閉ざされ、ほとんどが住んでいる形跡すらないものばかりであった。

「また人、減ったな」

「安全かどうかは微妙なところだからな。仕方がない」

 コアとマイルの会話に入れず、リリィは唇を尖らせながら口を挟んだ。

「どうして?」

 リリィの問いにコアは周囲に気を配れと言った。リリィは改めて周囲を見回してみたが目に留まるのは柄の悪いごろつきの姿ばかりであった。

「遺跡の町っていうのは宝があると踏んだごろつきの溜まり場になりやすい。そういう連中が次第に旅人を襲い始めてますます治安が悪くなるんだ」

「あと、一般人には関係ないが一応言っておく。大聖堂の保護を受けているとはいえ、その大聖堂もまた戦争中だ。混乱が起き易い時にはこういった遺跡は狙われやすい」

 初めに聞いたマイルの説明は理解出来たが、リリィにはコアの言っていることがよく解らなかった。呑みこめないことをそのままにしておくと気持ちが悪いので、リリィは突っ込んで尋ねる。コアは厳しい表情でもっと傍へ来いと言った。

「愚者の存在を知ってるのは大聖堂だけじゃない。何らかの理由で愚者を求めようとする奴らは俺達のように情報を欲する。遺跡があるってことは、奴等の情報がある可能性があるってことだ」

 コアの言葉の意味を理解すると同時にリリィは自分が情けなくなった。気落ちするリリィには構わずコアは口調を改める。

「金があれば警備を厳しくも出来るんだが戦争中じゃそうもいかない。特に、ここは調査が終わってるからな」

「……どうして終わってる場所に来たの?」

「甘いんだよ、大聖堂の調査は」

 忌々しそうに吐き出すコアを見てリリィは別の疑問を抱き首を傾げた。しかしリリィが問いを口にする前にマイルが険しい語気で呼びかける。

「コア」

 マイルの視線を追いコアは無言で頷く。リリィはマイルに連れられて足早にその場を立ち去った。

「どうしたの?」

 建物の陰に隠れてからリリィはマイルを仰ぐ。マイルは少し表情を緩めてから前方のコアを指差した。コアは誰かと立ち話をしており、リリィは再びマイルを仰ぐ。

「あれ、誰?」

「大聖堂の監視だよ。一応、屯所があるんだ」

「どうして隠れるの?」

「俺達が見付かるとうるさいから」

 大聖堂は秘密主義が徹底しているので調査員が一般人と連れ立って歩いていることはそれだけで面倒を招く原因となってしまうのである。そう説明したマイルに納得を示し、リリィは眉根を寄せた。

「いつもこんな感じなの?」

「大聖堂関連の場所へ同行する時はいつもだな。だから、常に周囲に気を配っておくんだ」

 コアから視線を外さないままマイルは淡々と言う。まだまだ学ばなければならないことは多いようだと、リリィは深く頷いた。

「行こう。終わったようだ」

 マイルが歩き出したのでリリィも後に続いた。

「ただの巡回だ。でも早めに宿に引きこもった方が良さそうだな」

 合流したコアが言い、足早に歩き出す。リリィとマイルも追い、当初の目的地である宿へと向かった。

 町に一件しかないという宿屋は粗末な作りで閑古鳥が鳴いていた。朽ちかけたカウンターにはコアが向かい、リリィとマイルは戸口で立ち止まる。

「珍しいな。他に客がいるのか」

 無愛想な店主にコアが宿帳をめくりながら話しかけている。リリィは無言で記帳が終わるのを待っていたが、背後から別の声が聞こえてきたので振り返った。

「えっ? マイル? マイルじゃない!」

 宿に入って来た二人連れのうち、若い女がマイルを見て驚きの声を上げた。知り合いのようでマイルは笑みを浮かべて迎える。

「奇遇ですね。お久しぶりです」

「待って! じゃあコアもいるの!?」

「ええ。あっちに」

 マイルが体を退けたのでリリィも自然と場所を譲った。

「コア! コアじゃない!」

 悲鳴のような嬌声を発し、女はどかどかと店内に突入して行った。振り返った格好のまま、コアは固まっている。

「会いたかったわ!」

 走り寄るなり女がコアに抱き付いたのでリリィはあ然とした。

「うわっ!! やめろ!」

 これぞ本場の悲鳴とばかりに叫んだコアは女を引き剥がす。しかし女の方も食い下がり再び身を寄せた。

「コアったらヒドイわ。久しぶりに会えたのにそんな冷たい言い方しなくてもいいじゃない」

「だから! くっつくな!! それより、何でお前がここにいるんだよ!?」

「仕事に決まってるじゃない。レゾール遺跡が片付いたからこっちに来たの」

 女の一言にコアは顔面蒼白になった。成り行きを見守っていたリリィはマイルを仰ぐ。

「もしかして、あれって……」

「そう。ラーミラさんだよ」

 マイルから返答を得たリリィはもう一度、押し問答を繰り返す二人を見た。

 ラーミラの髪型はショートボブという短さであり、服装も動きやすさを重視しているのか軽装である。だが質素に見えないのは、カナリヤ色という髪色と彼女の大胆な行動のせいであろう。活発そうな美女ではあるが品のなさに眉根を寄せ、リリィはマイルを仰ぎ見た。

「……マイル、楽しんでない?」

他人(コア)の不幸は蜜の味、と言うだろう?」

 極悪なマイルの一言にリリィは初めて、哀れみをもってコアの行く末を見守った。


 その後、何かと理由をつけて逃げ出そうとするコアをラーミラとマイルが許さず、落ち着いたのは夜になってからであった。コアはラーミラの隣は嫌だと駄々をこね、一番端の席に陣取っている。隣に座ってくれとコアに頼み込まれたリリィはうんざりしながら誰とも目を合わせないよう努めていた。

「そちらは新顔ですね」

 向かい合う形でコアの正面に腰を下ろしているラーミラの隣には若い男が座っており、マイルが紹介を求めた。

「そういえば、会ったことなかったわね。私の新しい助手のクロムよ」

「はじめまして」

 ラーミラが紹介し、クロムと呼ばれた青年は深々と頭を下げた。

 二十代前半と思しきクロムは耳が隠れるほどの髪は焦茶、瞳の色はブラウンという地味な容貌をしている。隣に控えるラーミラに存在感があるため影が薄い印象があるが、それは控えめな性格を表しているようでもあった。

 助手の紹介もそこそこに、ラーミラはコアへと色目を流す。

「そんなことよりコア、私がいない間に他の子にちょっかい出してないでしょうね?」

「誰がそんなことするか!!」

「そう? コアだってまだ若いんだから心配だわ」

「そんなことお前が心配せんでもいい!」

「だって、私の知らぬ間にこんな若い女の子と連れ立ってるし」

 ラーミラが視線を送って来たのでリリィは冷や汗をかいた。妙なことに巻き込まれでもしたらたまらないとリリィは思ったが、それはすぐさま杞憂に終わった。

「こいつはモルドのオッサンからの預かり物だ」

「あら、そうなの?」

 コアの発言を聞いたラーミラは真顔に戻り、今度は真正面からリリィを凝視した。しかし言葉を発することはなく、ラーミラはマイルを一瞥したのち何事もなかったように再びコアに話かける。リリィはすっきりしない気持ちでマイルを仰いだが目を合わせてはくれなかった。

「そんなことより!」

 軽い調子を断ち切るようにコアがテーブルを叩いた。驚いたリリィがそちらを見ると、それで承知のようにラーミラも真顔に戻る。店内に他の客の姿はなかったが少し声を潜めてコアが口火を切った。

「レゾール遺跡は解るが、何で次がここなんだ?」

「以前寄った時に気になる場所があったから調べさせていたのよ」

「何か見付かったのか?」

「壁がね、剥がれたの。そこから文字が見付かったって言うから解読に来たの」

「で、内容は?」

「まだ読んでないわ。明日から行こうと思ってたところ」

「同行させてもらうぞ」

「もちろん、構わないわ」

 コアとラーミラの豹変ぶりについていけずリリィは半ば呆然と話を聞いていた。しかし誰もリリィの様子など気にしておらず、コアは真顔のまま話を続ける。

「それで、レゾール遺跡の方はどうだったんだ?」

「まあまあなんじゃないかしら。はいこれ、写しでよかったら」

 紙片をラーミラから受け取ったコアはさっと目を通す。それからマイルに回り、そしてリリィの手元へと渡ってきた。


『罪に身を貶めた流刑人の行き着く孤島。二度と戻れない死の海に響き渡るはローレライの歌声』


 読める文字で書かれてはいたが言葉の意味は解らず、リリィは眉根を寄せて紙片から顔を上げた。初めて見る内容なのはコアも同じなようで、ラーミラに問う。

「誰だ?」

「そこまでは判らないわね。ただ、髑髏の左目のことを言ってるのは間違いなさそうよ」

「やっぱり左目か……」

「知ってるとは思うけど、大聖堂も幾度か調査船を出しているわ。全てが失踪して帰って来なかったけれど、つい最近一艘だけ打ち上げられていたの」

「初耳だ」

「まだ大聖堂に報告は行ってないと思うわ。つい先日、私が使いを出したばかりだから」

「そうか。それで?」

「船には誰も乗ってなかった。乗組員がどうなったのかも判らない。ただ、死体は上がってないみたいだけど」

 死体が上がっていないということは万に一つは生きて陸の孤島に辿り着いているのかもしれない。だが戻って来る術がないのでは謎は謎のままだと、リリィは話に耳を傾けながら空を仰いだ。

「とりあえず、私が提供出来る情報はこんなもんかしら」

 話が一段落したところでリリィはラーミラに紙片を返した。コアが頷き、ラーミラに応じる。

「わかった。近い内に行ってはみる」

「じゃあ、この話はここまでね?」

「さて、ちょっと夜の散歩でもしてくるわ」

 ラーミラの顔付きが変わったのを見てコアが素早く立ち上がった。しかし次の行動を読んでいたかのような速度でラーミラも席を立つ。

「奇遇ね。私も行こうと思ってたの」

「じゃあ、俺は酒場にでも……」

「ちょうど一緒に飲む相手が欲しかったのよね」

「じゃあ……」

 付き合っていられないとリリィが腰を上げるより先にマイルが立ち上がった。じゃれ合っているコアとラーミラに声を掛けるでもなく、マイルはそのまま去って行く。

 終始無言に徹していたマイルは、コアをからかっている時とは別人のような険しさを漂わせていた。とても声は掛けられず、リリィは後ろ姿が消えるまで見送った。







 月が雲に隠れ、影さえも消してしまう夜。遺跡の町ルーデルは、こんな夜の方が人通りがある。獲物を狙う夜行性動物のように光る目を潜り抜け、マイルは赤月帝国の内乱に思いを馳せながら一人で歩いていた。

 大聖堂(ルシード)も陸の孤島に行く術を知らない。だが赤月帝国の新王は自ら陸の孤島へと出向いた。わざわざ白影の里へ情報を流したのは誘い込むためであろうと確信し、マイルは町の片隅で立ち止まった。

 崩れかけた壁の裏手から姿を現したのは、マイルと同じ栗色の髪をした少年。十八歳にしては小柄な彼は(るい)といい、マイルの影として動いている。

「やはり虚言だったようです」

 耒が発した言葉は、マイルには解りきっていたものであった。ため息をつきたいのを堪えマイルが頷いたので耒は淡々と報告を続ける。

「確かに国王の姿もありましたが調査が目的にしては護衛の数が多すぎました。あれは大聖堂の軍です」

「戦力差では圧倒的に国王有利だが民をほぼ全て敵に回している。鎮圧には時間がかかりすぎると思ったのだろうな」

「おそらくは。白影の里さえ潰してしまえば国民の抵抗など微々たるものですから」

「それで、戦況はどうなっている?」

 耒は、すぐには答えなかった。彼が躊躇していることを察しマイルは体を強張らせる。一時の沈黙の後、耒は言い辛そうにしながらも口火を切った。

緑青(ろくしょう)殿の部隊は先陣で出撃しました。おそらく、そこまで読んでの出陣だったのでしょう。惨敗です。ひどい有様でした」

「惨敗? あの緑青が?」

 緑青は白影の里の次期棟梁候補である。それは先見の明があると現在の棟梁に買われての地位であり、また弛まぬ努力の賜物でもある。緑青には統率する能力があり、戦闘能力も秀でていることを知っているマイルは驚きを隠せなかった。

「張り巡らされていた罠は全て、緑青殿一人の動きを封じるものでした。おそらく緑青殿がビルの出身だということまで調べ上げたのでしょう」

 淡々とした口調は崩さず、しかし複雑な胸中を滲ませる耒の言葉にマイルは考えこんだ。

 ビルは大陸の西北に位置する小さな村であり火器の製造と販売、そして間者の派遣を生業としている。マイルと耒は緑青と同郷であるので火器に関する知識もある程度は有している。

「火器封じか」

 水辺に布陣する、風上に立つなど火器を封じる戦術を総称して火器封じと呼ぶ。苦く腕を組みながら独白したマイルに耒は頷いて見せた。

「全ての火器は封じられ、炎を得手とする緑青殿の部隊は壊滅しました。逃げるのが精一杯だったでしょう」

「生き延びてはいるのだな?」

「判りません。全て、炎に包まれました」

「どういうことだ? 火器は封じられたのだろう?」

「国王軍は風を味方にしました。湖を背に布陣し、風上に立ち、容赦なく火器を投じました。そして戦場は、林です」

 マイルは絶句した。押し留めようもない苦さを露わに、耒が私見を述べる。

「おそらく、緑青殿は国王軍が火器を用いることを想定していなかったのだと思います」

 己の得意とするもので徹底的に叩かれる、それは屈辱であったことだろう。緑青の敗北を間近で見ていた耒は悔しさを噛みしめていてマイルは空を仰いだ。

「国王の側近に頭が切れる者がいるようです。気をつけて下さい」

 虚ろな気持ちでマイルは耒に視線を転じた。

「大聖堂の人間か?」

「判りません。追って、連絡します」

「……わかった」

 耒の姿は再び廃墟寸前の町へ消えて行く。一人になってから、マイルは拳を握りしめた。







 リリィにあてがわされた一人部屋はいつの間にか相部屋になっていた。

「でねでね、あの時のコアったらカッコよかったのよ」

 すでに三十回は聞かされたラーミラの惚気に曖昧な相槌を打ちながら、リリィはため息を飲み干した。

「だから、」

 ふと真顔に戻り、ラーミラはリリィに顔を寄せる。リリィは驚いて後ずさったがすぐに捕まってしまった。

「ホントのとこ、コアのことどう思ってる?」

 ラーミラの顔は至極真面目ながら言葉の軽薄さに嫌気がさし、リリィは引きつった笑みを返す。

「別になんとも思ってませんから。安心してください」

「ほんとうにぃ?」

「本当です。嫌な奴くらいにしか思ってませんから」

 左手の傷痕が疼き出したような気がしてリリィは拳を握る。ついでに痛んだ頭を押さえながら、リリィは初めて問い返してみた。

「あんな奴のどこがいいんですか?」

 ラーミラが熱弁を振るうほどのコアの良さがリリィには解らない。だがラーミラは心外そうに驚いて見せた。

「あなた、コアのこと何も知らないのね」

「知りたいと思ったこともありませんから」

「う〜ん……絶対に惚れないって約束してくれる?」

「絶対ないです」

「じゃあ言っちゃおっと」

 迷いのないリリィの返事に満足したらしくラーミラはコアの昔話を始めた。

「コアはね、大聖堂(ルシード)に入る前は傭兵やってたのよ」

 生まれは何処か判らない、けれどそんなことはどうでもいい。そう言ったコアの大雑把さに心を奪われたのだと、ラーミラは熱く語る。

「自分の身は自分で守るしかない、だから強くなったんだと思うの。今の穏やかさからじゃ考えられないけど、傭兵時代は数多の異名を持つ恐れられた存在だったらしいわよ」

 恍惚の世界にいるラーミラとは対照的にリリィは不快を感じ顔を歪めた。「戦争」というものがリリィに嫌悪感を抱かせているのであるがラーミラは気にせず一人で話を続けた。

「一度ね、賊に襲われていたところを助けてもらったの。そりゃあもう見事な戦いぶりだったわ」

 自分から尋ねたにもかかわらず、すでにリリィは興味を失っていた。今尚喋り続けているラーミラは放置し、リリィは窓から外を眺める。月のない闇の中、宿へ向かって歩いて来る人影にリリィは目を細めた。

 月明かりがないので顔は窺えなかったが背格好からするに人影はマイルのようであった。リリィは建物に消えるまでその姿を見送ったが人影が顔を上げることはなかった。

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