第二章 六白の聖女(7)
遺跡の町ルーデルに滞在して二日目、ラーミラを先頭に一行は遺跡へと向かった。遺跡の入り口には大聖堂の監視がいるのでリリィとマイルはひとまず物陰へと身を隠す。
「……いちいちこんなことしてるの?」
「毎度のことだ。そのうち慣れる」
リリィとマイルが短い会話を交すうちにコアが監視を追い払った。振り返ったコアが呼んだのでリリィとマイルは物陰を出る。
崖を背に存在している遺跡は平たい石造りの建物であった。その佇まいは古く、風雨に晒された外壁が歴史の重みを物語っている。
「元は何だったの?」
ラーミラとコアに話しかけたくなかったリリィは横を歩いていたマイルに尋ねた。
「ここは神殿のような場所だったらしい。現在発見されている遺跡の中でも古いものだよ」
答えるマイルの様子に変化はなかったが、リリィは平静を努めようとしている気配を察した。白影の里へ赴いた後のマイルは不自然であり、リリィは率直に問いを口にした。
「あの人のことが心配なんでしょう?」
「え?」
唐突に話を切り出したリリィに、マイルは面食らったように目を見開いた。リリィはもう一度、今度は解り易いように言い直す。
「あの緑青って人のこと。心配なんでしょう?」
緑青の名が出た途端、マイルの顔に悲哀が差した。マイルはリリィから顔を背け伏目がちに答える。
「……俺が心配するような奴じゃない」
「だったら何故、そんな顔をするの?」
唇を引き結び、マイルは何も言わなかった。煮え切らないマイルの様子を目の当たりにしたリリィは飾り気のない言葉を重ねる。
「心配だったら行けばいいじゃない」
「俺はコアに雇われている身だ、仕事を放り出すことは出来ない。それに、あいつ自身が決めたことだ。俺が口を出すことじゃない」
体裁ばかりを取り繕おうとしているマイルの言葉に、リリィは立腹した。
「そんなの関係ないじゃない!」
荒々しいリリィの怒声に驚いたコア、ラーミラ、クロムが慌てて振り返った。マイルもあ然としていたがリリィは構わず話を続ける。
「本当はあの人の所に行きたいんでしょう? 大切な人なんでしょう? だったら行けばいいじゃない! どうして行かないのよ!?」
「……リリィ、確かに緑青は友人だ。だが俺が行ったところで何も出来ない。彼の生き方に俺が口を出すわけにはいかないんだ」
リリィが本気で怒っていることを察したマイルは真顔で答えた。しかしその答えもリリィには納得のいくものではなかった。
「おい、ちょっと落ち着けよ」
「うるさいわね!!」
口を挟んできたコアを一喝し、リリィはマイルを睨みつける。
「仕事があるとか、何も出来ないとか、そんなの言い訳にもならないわ! 行きたいなら行けばいいじゃない! 自分にまで嘘ついてどうすんのよ!!」
押し黙るマイルを尻目にリリィは怒りの矛先をコアへと向けた。
「あんたもそうよ! 言いたいことがあるなら言えばいいじゃない! 聞きたいことがあるなら聞きなさいよ!!」
「勘弁してくれよ……」
呆れたように吐き出されたコアの言葉が気に入らず、リリィはさらにがなり立てた。
リリィが癇癪を起こしたせいで時間を食い、遺跡の調査は翌日へ持ち越しとなった。まだ陽が高いうちに宿へ戻る羽目になり、コアは深々とため息をついた。
「散々だな」
「まったくだ。一日を無駄にしたことになるからな」
非合理的だと言うマイルに苦笑しながらコアは煙管に火を入れた。
「吸うか?」
「そうだな……」
珍しくマイルが誘いに乗ったのでコアは吸いやすいよう煙管を掲げた。むせないようゆっくりと吸引したマイルは煙と息を吐き出す。
「緑青、危ないのか?」
マイルの異変に気がつきながらも敢えて無視していたことを、コアは初めて口にした。無表情のまま、マイルは曖昧に頷く。
「考えていたより赤月帝国の内乱は深刻だ」
緑青とマイルは同郷の友人である。だがコアはそれ以上は知らず、またどれほどの問いを口にしていいものか判断もつかなかったため頷くに留めた。
緑青や赤月帝国の内情については私的な事情が含まれるため、マイルはあまり口にしたがらない。だが現在は感傷的な気分のようで、マイルはもう一度煙をくゆらせてから話を続けた。
「国王の側近に切れ者がいるらしい。まずは白影の里を潰してしまおうという戦略のようだな」
「新しい王様は過激だな」
「大聖堂の軍も随分動いてる」
マイルがさりげなく嫌味を言ってのけるのでコアは舌打ちをした。マイルは反応を示さず無言で荷物に手をかける。旅装を整えるマイルを眺めながら、コアは紫煙をくゆらせた。
「子供が感情的になって口走ったことはあまり気にするなよ」
慰めのようなコアの言葉を聞いたマイルは小さく笑みを浮かべた。
「気にしてはいない。ただ、もっともなことは言っていた」
「状況把握って言葉が底を抜けた意見だったけどな」
「ああ。すぐ感情的になるのも悪い癖だ。何も知らず他人に意見することがどれだけ無鉄砲なことか、そのうち教えておく」
コアに顔を向けることなくマイルは荷物を手に去って行った。静かに閉まった古ぼけた扉を見つめながらコアは鼻で笑う。
「自分にまで嘘ついてどうする、か……」
幼稚な発想だが手厳しくもあるリリィの言葉をくり返し、コアは一考の価値があるかと呟いてみた。




