第五百四十八話 受け入れる心境 4
7452年9月25日
――全部で一七か。中途半端な数だが……。
小屋の屋根に寝転がりながら、アルは再び生命感知の魔術で埋めた敵兵の位置を感知していた。
そして埋め立てた位置をしっかりと脳内に刻みつけると、小屋から飛び降りて予め用意しておいた木の枝を土に突き刺して大体の目印にした。
「少しズレてるかも知れんが端から掘り出していく」
そう言うと息も絶え絶えで放り出されているヴァルの監視にグィネを置き、小屋の中で眠っているミヅチを残して全員を集めた。
「んじゃこいつから行くぞ」
そう言うと対魔法力場で一人を掘り出した。
掘り出された騎兵は足が見えてすぐにマリーの長剣に貫かれて無力化された。
「ハズレだね」
アルが頭の位置まで土を消すと青い髪を確かめたラルファが言った。
「うりゃ!」
「がっ!?」
彼女は騎兵の髪を乱暴に掴んだまま顔面を地面に叩きつける。
死にはしないだろうが、気を失うほどの打撃であり、死んでしまってもおかしくはない。
鼻は確実に潰れているだろうし、前歯も折れている可能性は高い。
「次行こうぜ」
クローの言葉に全員が次に行く。
「この人もハズレね。おりゃ!」
「ぐぇっ!?」
再び掘り出した騎兵の顔面を地面に打ち付けてラルファが立ち上がる。
「酷……」
そんなラルファを見たネルが目を逸らして呟きを漏らした。
――は? 酷いだと?
アルにしてみればいちいち掘り出すことなく、ここに放ったまま全員窒息死させてもあきたらない相手である。
妻に危害を加えるべく追撃してきた相手に対し、僅かな同情心すら湧くことはない。
たとえそれが自分の意志ではなく、上位者からの命に従っただけだとしてもだ。
――即座に殺さないだけ感謝して欲しいくらいなんだがな。だが……エムイー訓練の洗礼が済んでない人ならこんなもんか。
別にアルを始めラルファやクロー、マリー達が殊更酷薄な性格をしていたり残虐な行為を楽しんでいる訳では無い。
あたかもスイッチをオンオフするかのように、そういった行為に対する忌避感を切り替えているだけだ。
エムイー訓練の真の目的とは肉体を苛め抜いたその先にある。
与えられた軍事的な目的を少しでも効率良く達成するために必要なもの、余計なものを自在にオンオフできる精神力を叩き込むのだ。
そして、現在は敵対勢力による襲撃が確定し、その勢力に所属する人員に抵抗力が残されている可能性がある状況だ。
である以上、エムイー徽章を所有している者達は全員それに従って心のオンオフを行っているだけの話というだけなのであった。
そうして一〇人目。
「あら黒髪じゃない。『あなた日本人? 言葉がわかるならなんか言って』」
マリーがミュールの髪を掴んで引き起こしながら尋ねるまでもなく、
『助けて! っ、助けて下さい!』
と荒い呼吸を挟みながら叫ぶ声が響いた。
『抵抗するな』
その首筋に刃先が血液で汚れた魔法の手斧を突きつけながらラルファが低い声で命じた。
『わかった。抵抗はしない!』
そこまで聞いた時点で、アルは腕を振ってまだミュールの上に残っている土を消した。
勿論ミュールの右足首は腱を断たれているので抵抗は疎か碌に移動すら出来る状態ではない。
『それ以上喋るな。勝手に喋ったら仲間を殺す』
『え?』
『喋ったな。一人殺せ』
『は? 何を……?』
『追加でもう一人だ』
アルの命にクローが即座に先程掘り出した騎士を二人、殺した。
『お前の理解が悪いせいで余計な時間も食ったし、二人死んだ。理解出来たら頷け』
マリーとラルファに引き起こされて座らされたミュールはブンブンと首を縦に振る。
『この部隊の指揮官は誰だ。答えるためにだけ口を利いてもいいぞ』
『お、私だ』
『この部隊にお前の他に日本人が所属しているか?』
『いない』
『ん? ステータスオープン……ミューネイル・サグアル……ほう、【偽装】か、珍しいな』
なんの気なしに【鑑定】したアルの顔色が微妙に変わった。
家名は当然、名前の感じからしてアルの脳裏には一人の女性の顔が浮かんでいた。
懐かしい、どことなく愛嬌のある顔だ。
『既に一人捕虜がいるんで新たな奴は情報取ったら始末しようかと思ってたんだが、運が良かったな、お前。おい、こいつも縛っとけ』
と言うと、ぽんと膝に手を当てて立ち上がる。
勿論脅しのセリフではあるが、簡単にそう見抜かれないために、最初に躊躇なく二人殺させていた。
・・・・・・・・・
デーバス王国王都ランドグリーズ。
王族親衛隊本部。
本部には少し前から数人の男たちが詰めかけていた。
「ですから、演習です」
テーブルの向こうでセルは少しだけ申し訳なさそうな顔つきで言った。
「演習と言うには各部への通達もなしに王都中を駆け巡っているじゃありませんか!」
それに対し、高位貴族へ一応の礼儀を払いながら一人の男が強い口調で言った。
彼らは王都警備の部隊長達である。
「抜き打ちは実戦の勘を養うにも有効なので隊員にも通達なんかしていませんよ」
「それはそうだが、警備としてはそれじゃ困るんですよ!」
「すまんが我々も上からの命令なんでね」
「そりゃそうでしょうが、こちらにも部隊の動きを伝えて頂かなければ困ります」
セル、いや親衛隊は少し前から苦情責めに遭っていた。
夕暮れからこちら、王都中での聞き込みだけでなく、あちらこちらへ騎馬を走らせているので当然と言えば当然である。
一件も事故を起こしていないのが奇跡と言えた。
警備部隊としても親衛隊だからと見過ごすなど言語道断であろう。
応接に一人の若者が入ってきた。
このままだと埒が明かないと見たアレクである。
因みに苦情処理などでセルという戦力を潰されるのに耐えられなくなっただけのことだ。
「そなたら。この私が、王太子であるアレクサンダー・ベルグリッドが言っているのだ。二度言わせるのか?」
本部の応接に乗り込んで、セルに苦情を申し立て続けている部隊長達は、機嫌の悪そうなアレクの顔を見て一斉に押し黙った。
「迷惑をかけているのは申し訳ないと思うが、堪えてくれ。また、事前に部隊の動きを伝えていない事も詫びよう。我々としては実戦形式での訓練が必要だと判断したのだ」
上級貴族どころか王太子に言われてしまえば黙るしかない。
――あれ? 王族親衛隊って隊長というか責任者はストールズ閣下だよな? 王太子殿下は関係ないんじゃ?
隊長の一人はそう思ったが、ここで正論を述べたところで彼個人が王太子――将来の国王陛下の不興を被るだけだろう。
黙って引き揚げるしか道はなさそうだ。
なにせ、オース中どこを探しても、地球で言う“法治国家”など一つもないのだ。
法律は権力者によって簡単に書き換えられ、権力者の気分一つで遡及適用や拡大解釈など自由自在なのだ。
現在のオースには“人治国家”しかないのである。
当然、それらの無法を戒める法律もあるが、広く公表などされていないし、そもそも一般には公示すらされていない。
法を確認可能なのは貴族階級以上か、専門的に法を学ぶことで身を立てようと志す者(ほぼ全てが貴族階級かそれに準ずる者、もしくは大店や豪農に連なるようなある程度以上の資産を有する者)が普通である。
「くそ、こんな事をしている場合じゃ……逃げられたら大変な事に……ヘックスは大丈夫なのか? 助かるのか?」
アレクとセルは口の中だけで悪態を吐きながら警備隊長達を応接から追い出し、状況の報告に戻り、指示を待つ隊員が控える部屋へと向かった。
・・・・・・・・・
――サグアル……ねぇ。ミュンの親戚かなんかかねぇ?
家名も合致しているし、それ以外に考え難い。
念のためにサグアルという家名を【鑑定】したうえでサブウィンドウを見てみたが、アルが記憶している通りの情報が記載されていた。
元々大した量の記載が有った訳ではないが「戦闘奴隷が暗殺で身を立てた」という部分だけはなんとなく覚えていた事も大きい。
なお、掘り出すのが最後の方になってしまった二人は窒息死してしまったが、残りは全員足の腱と右脇の腱を切ったうえで縛っている。
ミュールは後続の追撃部隊を確認し、不明だとの答えが得られたあとでヴァルとコミュニケーションが取れないように小屋の反対側に放ったままだ。
勿論、掘り出す際に足の腱を切っただけでそれ以上の傷は与えてはいない。
また、彼らがここまでの移動に使ってきた軍馬もそっくりそのまま入手している。
見張りの若手は生命感知を一番広範囲で使用できるアルとクローが始末していた。
『暇なら尋問しても痛めつけてもいいが、殺すなよ。俺とミヅチは朝まで寝るし、全員連続四時間以上の睡眠は取っておけ』
そう言うとアルは食事を済ませて眠ってしまった。
『これからどうなんのかね? やっぱ戦争かねぇ……?』
竈の炎を見つめながらクローが言う。
『でしょうね』
隣に座るマリーが掠れた声で答えた。
『まぁ、アルさんは無茶苦茶怒ってるみたいだし……』
干し肉を戻しただけのスープを啜りながらグィネが呟くように言う。
『二回も奥さんを拐われたら。そりゃ怒るでしょうけど……』
ネルは少し怯えているような声音だ。
『ミヅチだけじゃくて、アルは誰が拐われたとしても……』
片膝を立て、長い木の枝で竈の中で燃え続ける薪の位置を直しながらラルファはそこで黙った。
『私達の誰が拐われてもアルさんは助けに行くだろうし、同じように怒ると思うけどね』
しばらく経ってもラルファに言葉を継ぐ様子がなかったので、グィネはそう言って水筒の水をグビリと飲んだ。
■コミカライズの連載が始まっています。
現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で現在第一七話まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。




