第五百四十二話 物見遊山(偵察) 36
7452年9月25日
もうミヅチの魔力は人を倒すには最低限の攻撃魔術を二発も放てたら上出来なくらいしか残っていない。
確実に始末することを考えると一発が限度だろう。
――魔術は最後の最後、か。
そうなると飛び道具持ちが厄介だ。
最低でもあと二人は残っている筈で、そのどちらかが優先目標となる。
定石ならこの身を隠している石柱を回り込ませる左右両翼に一人ずつ配置されているだろう。
じゃりっという足音が小さく耳に届いたが、おそらく五mは離れている。
――そりゃそうだわよね……。
ミヅチの手が届く距離で近寄ってくる道理はない。
そうなると、予め石柱に仕込んでおいたギミックに頼るしかないだろう。
尤も、ギミックと呼ぶには少々憚りのあるものだが。
ミヅチは軽くジャンプすると石柱の彼女が隠れている面の地上から一m程度の壁に突っ込んだ。
その面の地上一mから二m程度の高さには幅六〇㎝の中空の空間が設けられていたのだ。
その空間は内部で十字形に空けられており、四方向の壁は全て僅か一㎜程度の厚みしかない薄い石板で塞がれているだけだった。
障子紙よりは少し強い程度の抵抗でミヅチは石柱の中に飛び込むと同時に左奥の柱を蹴りつけて右側の石壁を破って飛び出した。
思った通りそちらには二人の兵士が間隔を取って広がっており、最前列に居た者は巻き上げ済みの弩を構えている。
「ハッ!」
地面に着地すると同時に、ミヅチは並んでいた兵士のうち、ミヅチから見て左側――後列――に向けて一歩を踏み出した。
「「なっ!?」」
突然の出来事に想像すらしていなかった兵士達は慌ててしまうが、訓練の賜物か、すぐに手にしていた武器をミヅチの方へと向ける。
勿論、ミヅチから見て右側――先頭に居た弩を持っていた兵士もだ。
しかし、左手を前に、右手を引き金に構える弩は目標が右側だとワンテンポ遅れる。
弩を扱う兵士が左利きという可能性もゼロではないが、普通の軍隊は右利きに矯正するのでその可能性は無視出来る程に低い。
二歩目でミヅチは右へと飛び上がり、魔法の曲刀を左の肩口に振り被っていた。
ビン!
弓弦の音とともに太矢が発射させるが、ミヅチは予め胴体、それも腹部を狙われるであろうと予測して体を捻っている。
突然の襲撃に対しては心臓や頭部などの急所よりもとにかく攻撃を命中させる事の方が重要だ。
そのため、より大きな目標である腹部を狙うのは兵士の心理から言っても読み易いのだ。
発射された太矢はギリギリのところで命中せずに飛び去っていく。
そしてミヅチの振るう魔法の曲刀は防御に使われた弩ごと彼の喉を切り裂いた。
「えやっ!」
そこに槍が突き込まれる。
最初にそちらを狙うと見せ掛けた左側の兵士だ。
「疾ッ!!」
左側からの突きに対してミヅチは槍を蹴り上げて躱すと、魔法の曲刀で槍の柄を叩き切って兵士へと走り込む。
そして、顔を歪ませる程に歯を食い縛りながらシミターを二閃。
「ぎゃあああっ!」
兵士は両目を切り裂かれ、右腕を切り落とされて地面をのたうった。
「向こうだっ!!」
誰かの叫び声がした時には再び柱の穴に飛び込んでいる。
・・・・・・・・・
パキャッという何かを割ったような軽い音について、ヴァルは最初は何だかわからなかった。
二度目に似たような音が鳴ってもまだその音の正体には気付けない。
「ハッ!」
「「なっ!?」」
全く予想外のその声。
味方の叫び声に驚いて一瞬体が硬直する。
ビン!
硬直はほんの一瞬だった。
何かが肉を切り裂いた音がする。
「えやっ!」
「疾ッ!!」
頭が混乱――今まさにターゲットを追い詰め……。
「ぎゃあああっ!」
――まさか、この岩がハリボテ!?
ターゲットは柱の中を通り抜けて向こうへ強襲を行ったのだ!
「向こうだっ!!」
ヴァルがそう叫ぶか叫ばないかというタイミングで弩を持っていた先頭の兵士はヴァルから見て石柱の左側、ターゲットが隠れていた方へ、槍を構えていた兵士はヴァルから見て石柱の右側へ駆け出していた。
ヴァル自身は二人の部下に命じながら抜き身の長剣を引っ提げたまま槍の兵士の方へ走り出す。
その直後。
一瞬にして石柱の壁が破られてターゲットが飛び出てきた。
デュロウの女は一歩だけ地面を駆けると、驚いて左側を見てしまったヴァルの肩口に飛び乗って来る。
前世の戦闘靴のような編み上げのブーツが印象的だ。
その底はヴァルが知るゴムサンダルなどとは比較ならない程に硬く、厚く、凸凹としており、しっかりと着込んでいた革鎧であっても踏まれた肩は痛かった。
――な!? お、俺を踏み台にしたぁっ!?
底の硬い靴に踏まれてしまった事で、ヴァルの左肩は脱臼してしまったかもしれない程痛む。
女はそのまま空中で体を捻りつつ一回転しながら槍を振り上げようとした兵士に斬り付ける。
「カッ!?」
兵士は兜ごと後頭部を縦半分に斬られて倒れた。
両手に持っていた槍も今の攻撃で柄の半ばから断ち切られている。
長剣を持った手を前に、肩がイカれた左腕をだらりと下げたまま、ヴァルは少しでも時間を稼ごうと口を開きかけた。
なぜなら、回転した拍子にこちら側を向いて地に片膝を付いている女の後ろから、槍を構えた兵士が忍び寄って来るのに気が付いたからである。
その兵士は先程、炎の壁に突っ込んでしまった騎兵の一人だろう。
もう体に点いた火は消せたようだ。
また、奇跡的に火傷も酷くは無いようでもある。
しかし、女はヴァルの期待には応えず、たった今柄を断ち切った槍を拾い上げると振り向きざまにその騎兵に投げつけた。
――今だ!
ヴァルは声も立てずに長剣を構えて足を踏み出す。
「ぐわっ!」
半分になった槍を投げられた兵士は躱せなかったのだろう。
そのまま流れるような動作で振り返った女は、いつの間に収めたのか、そして鞘の位置をずらしたのか、腰の後ろに挿しているらしい剣の柄に右手を伸ばして腰を落とした。
と、右手で剣の柄を上に弾く。
剣の柄は女の腰の後ろで左側に現れ、左手で柄を支えた。
そのまま低い体勢を保ったままヴァルへと突っ込んでくる。
――右? 左? どっちだ!?
一瞬、女の体がブレたかと思うほど左右に揺れ、ヴァルの右手から長剣が弾き飛ばされた。
ミヅチの必殺技、変移抜刀霞斬りである。
そして、女は一瞬にしてヴァルの右腕を捻り上げながら後ろに回り込み、首に黒く染められた剣を当てた。
『あなた、日本人ね。あいつにクロスボウを捨てさせなさい……』
その声はゾッとするほどの冷たさでヴァルの耳朶に届いた。
■果たして必殺技その2、飯綱落としが日の目を見る日は来るのか?
■コミカライズの連載が始まっています。
現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で現在第一六話まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
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「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
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