第五百三十六話 物見遊山(偵察) 30
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7452年9月24日
レーンの命により、屋敷に務める執事など上級使用人はアレキサンダー王子を始めとする親衛隊の貴族階級に、下男や女中である平民はヘリオサイドやサグアルなど現役の軍関係者や、上級親衛隊員ではないものの、幹部に近い者達へ緊急の招集を伝えるために走った。
そしてレーン自身は、王城にある親衛隊の詰め所へと急ぐ。
当然ながら、ヘックスとジャックは屋敷に置いて行かざるを得ないが、今訊ける事は全て訊いた上での話である。
レーンが親衛隊の詰め所で待機を始めてから数分でアレキサンダー王子が姿を現した。
「どうしたんだ?」
親衛隊への緊急招集権限は上級親衛隊員全員にあるが、それが行使されたのは初めての事であり、驚いた王子としてもおっとり刀で駆け付けてきたのだ。
『ヘックスが戻ってきたわ』
『はぁ? まだ一月くらいだろ?』
『聞いて』
『早すぎないか?』
『聞いてったら』
アレクはレーンの様子がいつもと違うことに気がついた。
『ヘックスと彼の戦闘奴隷は、緊急離脱用に渡していた転移のマジック・ページで戻ったの』
『……』
魔法の一葉はそこそこに貴重な魔法の品で、特殊な事例を除いて現時点では新たに作る事はできない。
ベンケリシュの迷宮でしか入手できないのだ。
更に、首尾よく入手が叶ったとしても魔法の一葉の使用にはどれもこれも最低でも一分間程の詠唱が必要になる。
これでは緊急時に使用するには時間がかかり過ぎて使い物にならない。
例えば軽症治癒の魔法の一葉なら、より効果の高い魔法の水薬が瓶の栓を抜いて飲み下すだけで即座に効果を発揮してくれるのだから。
それでも怪我の治癒をしてくれるものであれば戦闘終了後などに全く使い道が無い訳ではない。
が、記載されている魔術が火の玉などの攻撃魔術などなら戦闘中にのんびりと呪文を詠唱するなど自殺行為に近い。
要するに、明かりや対魔法力場、連鎖電撃など、一葉に記載されている魔術によっては大した値も付かない事が多い。
そう言った中で転移は非常に有用なものだと思われがちだが、残念ながら異界でもある迷宮内での使用は出来ない(転移先は予め記号の魔術を掛けた物品のある場所に限られるため、好きな場所に転移する事は出来ないし、そもそも迷宮内での使用は例えシンボルが迷宮内であっても不思議な力によって阻害される)などの制限もあり、持ち帰られても大抵は国や貴族が買い上げてしまう。
ついでに、使用時に同時に転移可能なのは使用者の体重の五倍弱(正確なところは知られていない)まで、且つ何らかの形で接触していなければならないという制限もあるので使い勝手は良くない。
勿論、有用だとされる物も無いではないが、多くはない。
『二人は攻撃を受けていて、重傷を負っていたわ』
『何だと!?』
そこにミュールが顔を出した。
『おう、どうしたんだ?』
『時間がないからもう要点だけ言うわ。すぐに追撃隊を出して。目標はこのランドグリーズから逃げようとしている闇精人族の女性。ロンベルトのグリード侯爵の奥さんで、私達同様の生まれ変わりよ』
レーンの言葉に二人は一瞬で色めき立つ。
が、二人とも即座に落ち着きを取り戻した。
『追撃隊は構わんが……』
アレクの言葉にミュールが被せる。
『よくわかんねぇけど、追ってどうするんだ? 目的の達成をどこに置く? 保護か? それとも……』
更にレーンが言葉を被せる。
『可能なら保護だけど、難しいなら始末が必要でしょうね』
そして、少し悩んだが先程アレクに話した内容をミュールにも説明する。
奴隷であるジャックはともかくヘックスの責任が問われかねないが、誤魔化すにしても限界はあるし、本当の事を話さない限りはどう言い繕ったところで不自然に過ぎる。
彼ら二人には申し訳ないが、彼らも瀕死の重傷の中、出来る限りの情報をレーンに、デーバス王国に伝えてくれたのだ。
レーンが説明を終えると同時にツェットが入室してきた。
『とにかくこれ以上説明している時間はないの! すぐに追わせて! ダークエルフなんだから珍しいし、間違えることも無いでしょう!?』
『お、おいおい、一体どうしたんだ?』
珍しく声を荒らげているレーンにツェットが目を丸くして言った。
『時間が惜しいって言ってるでしょ! 早く動いてよ!』
机を叩きながら叫ぶレーンの気迫は切羽詰まったものであり、その切迫する声音は只事ではないと感じさせるに充分だ。
『おい、幾らレーンでももう少し説明を……』
ツェットがそう言ったところにアレクが話し出す。
『わかった。すぐに追撃隊を組織して追わせるとしよう。ミュール、ツェット。君達とまだ来てないがヴァルとボークスにそれぞれ親衛隊の小隊を一個ずつ預けるから指揮を頼む。セルが来たら俺達とここで待機だ』
もう詰め所の前には連絡を受けた上級隊員や幹部たちに命じられて一般隊員も集まりつつあるだろう。
『お願いよ』
『それはいいが、説明してくれよ。誰を追うんだって?』
『ヘックスが重症を負った状態で転移の一葉を使って戻ってきたんだが、その時にグリード侯爵の嫁さんもくっついて来ちまったんだとよ。で、逃げられたんでその嫁さんを取っ捕まえるんだと』
ミュールが肩を竦めながらもかなり簡潔に説明した。
『二人目は流石にまずいしな』
アレクも苦い顔で言う。
『あ、そう言えばヘックスの野郎、重傷ってどの程度なんだ? 治療は?』
『うむ。容態はどうなんだ?』
ミュールとツェットの問いにレーンは表情を曇らせる。
『そうね。言うのを忘れていたわ。ヘックスもジャックもできるだけの治療はしたわ。でも、色々な毒を受けているし、体中を虫に食われて……助からないかもしれない。決めつけるようなことは言いたくないけど今夜がヤマ……いえ、必ず助けるわ』
沈痛な表情で答えるレーンの言葉を聞いて、ツェットは隣のアレクに小声で『おい、ジャックって?』と尋ねた。
それに対し、アレクは少し意外そうな顔で『俺が以前買ってやったヘックスの奴隷だよ。二人はいつも一緒に居ただろ』と答える。
ツェットは『言われてみればそんな奴も居たな』と思い出すが、重要な話し合いに参加することもなかった奴隷の名前までは覚えていなかっただけだ。
そして、セル、アル子、ヴァルの正規の上級親衛隊員が入室してきた。
ここにいる彼ら以外の全員も正規の上級親衛隊員と言えばその通りだが、それは資格を有していると言うだけで、普段から親衛隊の運営や行動ばかりか、訓練にすら参加していないのだ。
『遅くなったか? 親衛隊は全員整列させているが、どうした?』
セルの言葉にまたミュールが説明をした。
『ちっ、ヘックスがドジこいたって訳かよ』
『そんな言い方しなくてもいいだろ?』
『そうよ。彼にダート平原の偵察を押し付けたのは皆でしょ?』
ヴァルとアル子がセルを諌める。
『あと、治療中にヘックスとジャックから報告を受けたんだけど、彼らは鉄砲で攻撃を受けたんだって。最低でも三丁はあるみたい』
レーンは集まれる全員が揃ったので危機感を持たそうと考えたのか、いきなり爆弾を投げつけた。
『は?』
『え?』
『鉄砲?』
一瞬にして全員が呆気にとられた。
それはそうだろう。
今の今までオースで鉄砲を完成させ、あまつさえ実用化、量産体制まで整えているのは彼らだけだと思っていのだ。
まして、鉄砲は先のカンビット王国との戦いにおいても大活躍をしており、遠隔攻撃武器としての有用性を立証した超重要な武器だ。
それが既にロンベルト王国――グリード侯爵も所有していた?
『ちょ、レーン、お前、それ、本当か?』
いち早く気を取り直したセルが尋ねる。
『ヘックスもジャックも鉄砲で撃たれたと言っていたわ。幸運にも彼らに命中はしなかったみたいだけど、あの音は鉄砲に違いないだろうって。発射間隔的に最低三丁はあった筈だとの事よ』
『もしも一丁だとしたら連発銃って事か……』
セルは重要な気付きを発言したが丁寧に無視された。
誰もそのような悪夢など考えたくなかったという事も大きいが、それよりはこちらがあれだけの時間と費用を掛けてやっと実用化・量産化出来たものが先込め単発式の火縄銃であるというのに、少なくとも僅か二年前までまともな領地すら持っていなかった冒険者出身のグリード侯爵陣営に連発銃が開発出来たとはとても思えなかったからだ。
だとすると、思いつくところは一つしか無い。
即ち、グリード侯爵かどうかは不明だが、彼らの、いや、ロンベルト王国には連発銃を設計でき、加えて細かで精密な金属加工技術を持つ者が居た、と言う事になるし、それに連なる人物が潤沢な資金を持っていたか、そう言った……要するにかなり上位の権力者に銃の有効性を早くから認めさせていた、と言う事に他ならない。
資金だけあっても、銃の設計や火薬の開発が出来ても、製造し、完成させるにはかなりの年月を要する事は火を見るよりも明らかであるので、妥当な推測であろう。
簡単に言うと、ロンベルト側は(開発期間から逆算して)我々デーバス側よりもずっと前から銃の開発に取り組んできたと言う事になる。
それにしては多勢に無勢であったミューゼ要塞攻略戦やこの春から行われたダート平原での侵攻戦において一度も使われた形跡が無いことが不審ではあるが、それは惜いて考えるよりない。
『連発銃ってことは無いんじゃないか?』
『流石にねぇ。だって薬莢とか作らなきゃいけなんでしょ?』
アレクとアル子が連発銃は考え過ぎだとでも言うように言うが……。
『火縄式の次は燧石式になるとは限らないのかもしれないな』
ヴァルが呟くように言うがその通りではあるので誰も何も言わなかった。
とにかく、既にこちらより高性能な銃を実用化している可能性が高い以上、現時点でロンベルト王国――その尖兵とも言えるグリード侯爵とまともにぶつかるのは避けたい。
ここにいる誰もがそう考えるのも当然であろう。
『あとはもう既に鉄道……と言っても動力は馬みたいだから馬車鉄道というべきかしらね。何にしても鉄の線路と車輪を備えた交通機関が商業運転を始めているそうよ』
その話は全く知らなかった訳では無いが、線路という言葉が無かった為か、“馬車鉄道専用の街道”という言葉で報告されていた。
その為、通常より大規模な“駅馬車”のようなものを組織したのだろうと考えられていたのだが、これこそアレクに大きなショックを与えた。
それは既に銃を完成させているらしいという情報よりも大きなものであった。
何しろ、銃はひょっとしたらまだ試作品であるかもしれないし、そうなると確認されたという三丁共が未だ火縄式でこちらと同等であるという考えも否定は出来ないのだ。
それに、本当に開発の手間や資金、火薬の問題もある。
雷管を備えた雷管式であるなら火薬も二種類が必要になるし、本当に連発銃なら薬莢だってかなり高価になる筈なので、数を揃えるには経済的には厳しいと考えざるを得ない。
何にしても、これ以上時間を無駄にする訳には行かない。
『人相は不明だが、目的の人物はダークエルフの女性で生まれ変わりだ。グリード侯爵の嫁さんらしいからこちらに靡かせるのはほぼ無理だと思う。保護しても侯爵に彼女を取り返す口実を与えるだけになるから、見つけ次第始末しろ。死体も残すな』
アレクが命令を発した。
『『はっ』』
命じられた以上、親衛隊という軍事組織に属する者は了の返答を返す以外にない。
『二〇代前半であればダークエルフの女は皆殺しにするくらいの徹底度……いや、まずはランドグリーズから出ているかの確認だ。まだ二時間程度らしいからそう遠くまでは移動出来ていないだろう。馬を購入、又は盗んでいる可能性もあるからそちらのセンを当たるのも忘れるなよ?』
セル以下の皆はアレクの言葉を背に詰め所を後にした。
■コミカライズの連載が始まっています。
現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で現在第一四話まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。
■また、明後日の27日(火)よりコミックス2巻が発売開始となります。
連載の継続には皆様のご協力が不可欠です!
既刊の第1巻もそうですが、第2巻の初動(発売日前)を含む売上数で継続が決まるそうです。
全国の書店や大手通販サイトでお取り扱いされておりますので、この機会にご購入及び第2巻のご予約をいただけますと関係者一同凄く温かい気持ちになれますのでどうかご購入の程、宜しくお願いいたします。




