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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第二百七十二話 花嫁襲撃 4

7451年3月29日


「おおおっ!」

「ぐうっ! くっそぉっ!」

「死ねぇぇっ!」

「ぎゃあああっ!」

「何者だ!? 貴様ら!」

「知るか、よっ! っと」

「者共、馬車をお護り……ああっ!?」

「きへへ、やったぜぇっ!」

「おのれぇっ!」

「うわっ、うわっ、腹が……!?」

「左から来るぞっ!」


 馬車隊は白煙が薄れてきても未だ混戦に覆われていた。


「次、ジル、あいつだ!」


 バースが指差すのは又もや土手の上でクロスボウを巻き上げている男だ。

 デーバスの、いや、ロボトニー伯爵の騎士であるその男も次の狙いは自分であろう事を悟っている。

 つい先程まで隣にいた戦友が二人、あっけなく敵の魔術に斃されてしまったのだから当然だ。

 加えて、伯爵からも「魔術攻撃に注意しろ」と言われたばかりでもある。


 騎士はまだ巻き上げが途中であるにも拘わらず、敢えて巻き上げが終わったかのようにクロスボウを構えた。

 勿論狙いなど碌に定めていない。

 そうして自らに狙いを定めているであろう敵の魔術師や弓兵を牽制しつつ土手の奥へと引こうとしたのだ。


「……っ!」


 ジュリエッタの右手に真っ青な魔術光が凝集し、程なくして散った。

 速度に魔力を注ぎ込んではいないものの、彼女から目標までの距離は僅か一五m程。

 小学生のボーイズリーグにおけるピッチャープレートからホームベースまでの距離よりも短い。

 まして、眼下で混戦途中にある誰がこちらに狙いを付けているかもわからない状況である。


 加えて、投球動作の見える野球ではないから、発射のタイミングなど測りようもない。


 避けろ、という方が酷であろう。


 斯くして車列前方から三人目までのクロスボウ射手は葬られた。


「よし。暫くは目の前に集中!」


 そう怒鳴るとバースは盾に身を隠しつつ仲間達の左側面に進む。

 次の射手までの距離は二〇m以上。


 バースの腕なら例えクロスボウに狙われたとしても盾で弾く(流石にこの距離だと受け止めたり避けたりするのは無理だ)事は可能だろう。


「何者だ、あ奴ら?」


 ごく僅かの間に三名もの射手を失い、伯爵は僅かに動揺した。


 が、よく見てみれば馬車隊の前方は元々後方と較べて多目に冒険者達を配していた事もあって、戦闘自体は優勢なようだ。

 相手には多少マシな者もいるようだが、未だ戦闘員の数は上回っているように見える。


 それに、そのマシな者ベルデグリ・ブラザーフッドにしても二輌目の馬車の脇まで進む事がやっとであり、主戦場となっている中央の馬車までは突破せねばならない数はまだまだ多い。


――あちらはまだ大丈夫だろう。それよりも……。


 ロンベルトの姫は本当にあの馬車に乗っているのか?

 ひときわ大きな中央の馬車。


 恐らくはあの馬車に目的の姫が乗っているのだろうが、確認された訳ではない。


――やはり私も援護してやらねばなるまい……。


 伯爵は右手を伸ばし、目標を定め始めた。

 出来るなら指揮官クラスを始末したいものだ、と思いながら。




・・・・・・・・・




「きゃっ!?」


 中央の馬車の車内、その後席で身を縮めていた召使い女が悲鳴を上げた。

 彼女のすぐ脇の壁が大きな音を立てた為だ。


 味方の兵か敵が馬車の側面にぶつかりでもしたのだろう。

 もしくは、振り回した武器が当たったか。


 外から聞こえてくる喧騒はその激しさを増し、時折こうして車体に何かがぶつかる音もする。


 明り取りの天板や窓板が閉め切られた車内ではそういった物音も本来より大きく感じる。


「なぜ止まったままなの? 進まないの?」


 ミマイルが尋ねる声に返事をする者はいない。

 少し前に御者は「前が塞がれて進めません!」と言っていたし、それきり御者の声は聞こえて来ないために誰しもが今置かれている状況に対してある種の想像力を働かせているからだ。


 それくらいの事は質問を発したミマイルにも分かっている。

 分かってはいるのだが、黙っていると恐怖に押し潰されそうだっただけだ。


――アレイン様……!


 心の中では大声を上げているミマイルだが、表面にはそれを表さず、気合で唇を一直線に結ぶ。


――そうよね。アレイン様もバルドゥックの迷宮で、戦場で、このくらいの危機には何度もお遭いなされている筈……妻となる私も恥ずべき態度は……。


「……窓を開けるぞ」


 ミマイルの正面に座っていた護衛隊の副隊長は抜き身にした長剣を片手に、襲撃を受けていると思しき馬車の前方、つまり彼の後ろにある窓板を少し開く。

 また白煙が流れ込んで来るかと思っていたが、既に煙は風に流されてしまったようで、かなり薄くなった煙が少し車内に入ってきただけだ。


 それと同時に外の明るい光と護衛部隊の隊長や分隊長の怒鳴り声や兵士達の上げる喧騒が車内になだれ込む。


「く、糞っ、こいつら一体!?」

「うあっ!?」

「一人回り込んだぞっ! 始末を!」

「はっ、只今!」


 車外の喧騒を耳にして、召使い女達は更に小さく縮こまったり、互いに抱き合ったりしているが息を呑むばかりで大きな悲鳴は上げなかった。


 窓板の隙間に張り付くようにしていた副隊長はすぐに窓板を閉めた。


 副隊長が窓板を開けていたのは僅か数秒間に過ぎないが、それでも兵士達の言葉ははっきりと聞き取れた。


「御者はやられたようだ……」


 ドン!


 今度は馬車の左側面が叩かれたような音を発する。


「ひぃっ!」


 そちらに座っていた召使い女が悲鳴を上げた。 


「大丈夫よ。皆を信じて落ち着きなさいな」


 召使いに声を掛けるミマイルは、思ったより優しい声が出た事に自分でも驚く。


――少しは私も肝が座ったようね。


 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 脳裏にはバルドゥックの迷宮で戦った醜悪なオークやホブゴブリン、ゾンビ、グールなどが思い浮かぶ。


――曲がりなりにも私は皆を指揮して魔物を打ち倒してきたのよ! 騎士として正式な叙任も受けている……そして何より……あの御方の妻となる身。こんな事で動揺してどうするの!?


 ミマイルがそう思って剣の柄に手を掛けるとほぼ同時に、左側面に設えられている乗降用の扉も大きな音を鳴らす。

 その音は、馬車に乗っている大部分が誰かが扉に手を掛けたかのように思った程だ。


「何かがぶつかっただけだ……この馬車はそうそうなことでは壊されん」


 扉の傍に座っていた護衛騎士は、ミマイルと同様に落ち着いた声音で言うが、その手に握られた長剣は扉が音を立てる度、反応するようにピクピクと揺れている。


「……姫様だけでも動ける馬車で脱出して頂く方が……」


 右側面に座る護衛騎士が提案するが、副隊長は「もう少し外が落ち着くまでそれは下策だ」と切って捨て、今度は掛け金(ロック)を外して天井板を開けた。


「あああっ、痛ぇっ!」

「おらおらぁっ、隠れてねぇで出てこいよっ!」

「くっそぉっ、貴様らあっ!」

「ふんっ!」

「あうっ!?」


 再び喧騒が車内に響くが、副隊長は今度はすぐには閉めず、頭を半分だけ出せる程度で天井板を保持したまま周囲を見回している。


 そして、「こんなに敵が……まずいな……」と呟いたが、その直後。


「あっ!?」


 副隊長が発した声か、誰か別の者が発した声か。

 それともミマイル自身が発したのか。


 副隊長は弾かれたように倒れた。

 同時にバタンと天井板が閉じ、車内は再び暗くなる。

 そして、ドサリという音が響いた。


 暗くなる直前、最後に見えた光景は、天井板から頭を半分だけ出した副隊長の側頭部に魔術弾頭が命中した所だ。


「副隊長殿!?」


 ミマイルの右にいた護衛騎士が立ち上がると、つい先程まで見えていた副隊長に手を伸ばす。


「糞、魔法か!」


 もう一人の護衛騎士も立ち上がると素早く天井板をロックし直す。


 ミマイルは薄暗さを取り戻した車内では碌に見えないにもかかわらず、副隊長が床からこちらを見つめている気がした。

 そして、その考えを振り払うかのように頭を振ると、剣を抱くようにして己自身を抱きしめた。




・・・・・・・・・ 

 



 馬車内から顔を覗かせた者が男性だと見て取ると、その者が横を向いた瞬間を狙ってロボトニー伯爵は攻撃魔術を放った。

 

 魔術弾頭は見事に命中したが、今その成果を確認することは出来ない。


 伯爵はまだ大声で兵を叱咤し、指揮を執り続けている騎士に右手を向ける。


 あの騎士こそ、この護衛隊の要だろう。


「……」


 精神集中を始めた直後に対象の騎士にこちらの冒険者が一人、討ち取られた。

 だが、その光景を見ても伯爵の精神集中は揺るがずに魔力を練り上げる。


「……っ!」


 騎士に向けて魔術弾頭を放つと同時に止めていた呼吸を再開させる。


「ぐあっ!」


 残念ながら狙い撃った急所は外したが、魔術弾頭は騎士の右肩を撃ち抜いた。

 これでもう、戦力にはならない。

 部下達を指揮するにしても、いつまでも大声は張り上げられないだろう。

 護衛隊の士気は確実に下降線を辿る。


 ふと横を見ると、射手達は漸くクロスボウの巻き上げを終えたらしく、再び膝立ちになって構えている。

 恐らくは、この斉射で生き残りの騎士もあらかた片付けられる筈だ。


 伯爵がそう考える間もなく次々にクロスボウが放たれた。


「うわっ!?」

「くううっ!」


 予想通り、僅かに残っていた騎士も落馬をしたのが見えた。


「よぅし。そなたら、後は逃げる者を集中して狙え!」


 伯爵がそう命じた時。


「あああっ!」


 また一人、クロスボウ射手の騎士が悲鳴を上げた。

 やはり先頭馬車に近い者だ。


 今度は攻撃魔術ではなく弓で狙い撃たれたらしく、胸から矢が生えていた。


――ふん、魔力が尽きたか? だが、厄介そうな者の始末が先か。


 伯爵は羽飾りのついた帽子を目深に被り直すと、馬車隊の先頭方向に目を向ける。


――ほう? やるな。


 あの辺りの戦闘はほんのつい先程までこちらが有利だった筈だ。

 だが、今は拮抗どころか幾分不利な状況に陥っているようにしか見えない。


 戦況を見極めようと伯爵がそちらに目を向けている間にも、また一人、こちらの冒険者が悲鳴を上げて倒れた。

 彼を倒した相手も冒険者のようで、幅の広い青碧の縞模様の入った逆三角の盾(カイト・シールド)を構えたまま雄叫びを上げて長剣を振りかざし、素早いステップで斬り込んでいる。


 その男は見事な体捌きでまた一人、冒険者を殴り倒す。


 彼をフォローするように弓を構えた女が至近距離で矢を放って倒れた冒険者に止めを刺し、すぐに周囲に視線を飛ばす。


 彼らのコンビネーションは手慣れている。


 先日まで襲撃訓練を行っていた冒険者達の動きを、より洗練させたその動作や連携には眼を見張るばかりだ。


――こちらよりも手練の冒険者か。


 そう評した瞬間、伯爵と弓を持った女との視線が交錯した。


 反射的に伯爵は横に飛び、女との間にまだ生き残っていた味方の射手を入れる。


 弓弦の音は鳴らなかったし、射手も怪我一つしないまま一心不乱にクロスボウを巻き上げ続けている。


――私の思い過ごしか……しかし。


 伯爵は味方の射手に身を隠しながらそっと女がいた辺りに視線を送る。

 女は弓を構えて下にいる冒険者の一人に狙いを付けている様子だった。


――飛び道具持ちから数を減らすのは定石だったな。


 伯爵はそっと右手を伸ばすと精神集中を始めた。




・・・・・・・・・




「ああっ!?」


 リザーラが上げた悲鳴に、バースは振り向きそうになった。

 だが、目の前に敵がいる今、彼女に構う訳には行かない。

 とは言え……。


「おおおっ!!」


 雄叫びを上げながら左腕のカイト・シールドを振り抜き、戻すのに合わせて右腕の長剣を突き出した。


 狙いは見事に当たり、長剣の切っ先が革鎧に守られた腹に突き刺さる。


「ふんっ!」


 力を込めて一歩を踏み出し、思わず腹に手を伸ばそうとする相手に蹴りを送る。


「バースッ! リズがやられたっ!」


 レンバールの叫び声にバースは顔を顰める。


「ジル! 頼む!」


 リザーラの治癒をジュリエッタに命じ、バースは引き抜いたばかりの長剣を振りかぶる。


 反撃を開始して以来、もう何人もの敵を葬ってきたが、白煙もほぼ晴れた今、バースの目に映る光景は味方の不利だ。

 ミマイルが乗っている馬車には敵が肉薄している。

 護衛の騎士や兵士も奮戦して何人もの敵を倒してはいるようだが多勢に無勢であり、敵味方の比率がある閾値を超えた瞬間にあっという間に不利を通り越してしまうだろう。


「今引く訳にゃぁ行かねぇんだよ!」


 吠えながらバースはベンノコのサポートを受け、腰だめにした長剣ごと敵に体当たりをした。


「おぐぇ!」


 腹に長剣を受け、血を吐きながらくの字に折れた敵をベンノコが蹴り飛ばし、緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドはその占領地をまた一歩、拡大した。


「じゃあああっ!」


 戦斧バトル・アックスを振り回しながらレンバルが突っ込み、彼が居た位置ポジションはすぐにロックによって埋められる。


 ビン!


 ロックの放った矢は、狙い違わず少し離れた場所で護衛兵と戦っていた冒険者の首を横から貫いた。


 そして……。


「うあっ!?」


 ジルの苦痛に塗れた叫び声が響く。


 今度こそ、バースは振り向いた。




・・・・・・・・・




 馬車の外から響く喧騒は一向に収まる様子を見せない。

 それもそのはず、襲撃が開始されてからまだ一分が経ったかどうかという程度しか時間は経過していないのだ。


「副隊長殿、ご無事ですか!?」


 薄暗がりの中、護衛騎士の一人が倒れた副隊長に無事を尋ね続けているが返事はない。


「あの……」


 ミマイルは天井板のロックを終えた護衛騎士に声をかけた。


「は、何でしょうか?」


 低い声で護衛騎士が答える。


「まだ勝敗がついていないということは、皆はまだ戦っているのよね?」

「ええ、勿論そうだと……」

「ならば私達も援護に打って出るべきでは?」


 ミマイルとしては戦闘が続いている以上、互いの戦力は拮抗しているかどちらかが僅かに不利だと予想していた。

 そして、当然あれだけの護衛がついているのだから不利なのは襲撃者側だろうと考えている。


 で、あれば、こちら側の戦力を増やした方がより被害を減らせる筈だと思ったのだ。


「いえ、それを認める訳に参りません。ミマイル様の御身に万が一の……」


 そこまで護衛騎士が答えた時。


 ドンドンと扉を叩く音が車内に響いた。

 二人の護衛騎士達は身構え、ミマイルも抱くようにしていた長剣の鞘を抜き払う。


「姉上、ご無事ですか!? 馬車を捨て、お逃げ下さい!」


 声の主はミマイルの種違いの弟のものだ。


「分隊長殿は討ち死になされ、重傷を負われた隊長殿のご命令でお迎えに上がりました!」


 その言葉に扉の前に居た護衛騎士が扉のロックを外し、開け放った。

 革鎧の右の肩当てが外れた弟が槍を構えたまま立っている。


 光が馬車の中を照らす。


「いや、いやああぁぁっ!」

「きゃああぁっ!」


 召使い達が副隊長の死体を見て金切り声を上げる。

 が、護衛騎士達は彼女達には見向きもせず、両脇からミマイルを抱えると馬車を飛び出した。


「どっちだ?」


 護衛騎士が弟に尋ねた。


「前方へ! あちらの方が状況はまだ……」


 弟が答えるよりも早く二人の護衛騎士はミマイルを挟んだまま駆け出そうとする。


「お待ち下さい! おい、そなたら、出てこい!」


 弟は馬車の奥で縮こまっている召使い達に声を掛けた。

 と、同時にミマイルの護衛騎士に目配せをした。


「早く出ろ! 死にたいのか? 私が一緒に逃げてやるから!」


 召使い達は次々と転げるように馬車から出てきた。




・・・・・・・・・




 馬車隊の後方部に襲いかかった冒険者達が、ある程度の犠牲を払いながらも護衛の始末を終え、中央部の戦闘へ参加し始めると、それまでどうにか持ちこたえ続けていた中央部の馬車の護衛は一人、また一人と討ち取られていった。


――ふむ。大方は順調か……そろそろ頭数あたまかずを減らしにかかるべきか。


 敵方にいる手練の冒険者のうち、攻撃魔術を放つ女二人を始末したロボトニー伯爵は車列の後方へと視線を移した。


 そちらの方で動く者は怪我を負って喘ぐように身動みじろぐ者が多少いるだけで、馬車の御者も含めて軒並み戦闘不能になっている。


 そして、デーバスの冒険者達は中央の馬車に殺到し始めている。

 この瞬間なら彼らを背後から撃てるだろう。


 当然、伯爵には腰の物入れにある魔法の品(マジック・アイテム)を使う気などサラサラ無い。


「二人減らせ」


 三度巻き上げが終わったクロスボウを構えた騎士達に命じる。


 騎士達は素早く目配せを終え、射手を決定した。


 二人の射手がクロスボウの引き金(トリガー)を引くと、馬車の護衛に襲い掛かっていた冒険者で最外部に居た者の盆の窪に太矢クォーレルが突き刺さった。


 断末魔を上げる間もない即死だ。


 既に慣れ始めた奇妙な感覚を身震いしてやり過ごし、次に伯爵は馬車隊の前方に視線を戻した。


 驚いたことに手練の冒険者達は生き残っている数名のロンベルトの重装歩兵と共に戦線を押し上げている。

 それは当然、中央の馬車近辺に集まるデーバスの冒険者達にも気付かれており、激しい戦闘が繰り広げられている。


――ふむ。あちらはもう暫く放っておけば程よく減らしてくれるか……ん? あれは?


 中央の馬車の向こう側から前方へと向かう女が伯爵の目に入った。

 高級そうな衣類を巻きつけ、一枚は頭の上で被るようにしているため、本来着ているであろう服装や顔まではわからない。


「そなたら、姫はあそこだ! 捕らえよ!」


 命じられた二人の騎士はクロスボウを持ったまま、腰から長剣を引き抜いて土手を走り出した。


 同時に伯爵はあの女が囮である可能性も考えている。

 そのため、他に中央の馬車から離れようとする者が居ないか、注視し続けていた。


 流石にまだ生き残っている護衛兵も居るため、冒険者達は馬車の向こう側には回り込めていない。


――ふん、やはりあれは囮か。


 前方に向かって走る女に遅れる事一〇秒程度で、一組の男女がその反対側、後方に走り出したのが見えたのである。

 恐らく、そちら側の冒険者達が護衛兵との戦闘に集中した隙を狙っていたのだろう。


 こちらの女も先程の女と同様に高そうな衣類を体に巻き付けるように正体を隠している。


「小癪な。そなたらも追撃しろ!」


 今度は三人の騎士に命じた。

 これで伯爵の側に控える騎士の残りは二名だけだ。


「閣下! あれを!」


 残された騎士の一人が声を上げる。

 彼が指差すのは車列の前方だ。


 伯爵がそちらに目を向けた時、二輌目の馬車に駆け込む人影が見えた。

 こちらも男女二人組である。

 ひらひらと翻る布の端が目についた。


――さて、どちらが本命か? まぁ、どちらでもいい。


「行け! 捕らえるのが難しければ殺しても構わん!」


 伯爵がそう命じた瞬間、また一組の男女が後方に向けて走り出した。


「くっ……」


 知らず、伯爵は歯噛みをする。

 馬車の前方に逃げたのは女と男女。

 後方に逃げたのは男女が二組。


――向こうに生き残りはいない。数も多いし後方あちらが順当か……? それともまだ居るのか?


 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い。 [気になる点] これダークエルフ完全に有罪でだめだなぁ。 ベルはもうね…。 処されてください。
[一言] 面白いです更新ありがとうございます!!!
2020/09/14 19:36 退会済み
管理
[良い点] うーんやはりというか……生命力と魔力に富むメイジは贄になっちゃいますよね…… カムシュさんはソーセージ食べたりヴァンパイアロードの時についてきた人で印象深い リザーラの方はヴィルハイマーの…
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