第二百六十九話 花嫁襲撃 1
7451年3月16日
今日は騎士団の入団テストが行われる日だ。
騎士団本部の建屋の前にある広場には一〇名程の若者が所在無げに屯している。
「団長、そろそろお時間です」
俺と並んでガラス窓から彼らを見下ろしていたバリュートが言った。
「ああ。行こうか」
俺が答えるとバリュートはさっと動いて団長執務室の扉を開け、外で待機していた騎士団員に「始めるぞ」と声を掛けた。
団員はその場に短い返事を残しただけで走り去る。
俺たちが下に行く前に、屯している若者たちを整列させに行ったのだ。
「今回は領内の貴族家の継嗣はいないんだったな」
「はい。継嗣どころか貴族は一人もおりません」
最初からある程度の能力を期待できそうな人材はいない、という訳だ。
目ぼしいのはトリスの奴隷頭のビルサインがいる程度で、残りはべグリッツを始めとする領内各地の従士の息子や娘ばかりだと聞いている。
俺たちが建屋を出ると、受験生たちは騎士団員の誘導を受け、整列させられていた。
と言っても、単に横一列に並んだだけなんだけど。
勿論、既に受験者の能力については報告を受けているのでいちいち鑑定なんかしない。
面倒臭いしそもそも一番期待できるビルサインは知ってるし。
整列している受験生たちの前に着いた。
やはりビルサイン一人だけが年食っていて目立っており、あとは全員が若々しい。
バリュートが俺よりも一歩前に進み出た。
「そなたらが今回の入団希望者だな?」
バリュートの問いに受験生たちは声を揃えて「はい!」と返事をした。
「よし、今から番号と名前を呼びあげるから、呼ばれた者は一歩前へ出て返事をしろ。一番! ダクルス・ドーランド!」
「はい!」
一人の若者が荷物を足元に置いたまま進み出た。
騎士団員が彼に番号が書かれたゼッケンを渡してやっている。
「お前の名はこの試験中は一番だ。わかったな? わかったら返事をしろ」
「はい!」
ドーランド君は元気よく返事をしながらゼッケンを受け取った。
「よし次、二番! クラリス・ジーキル!……」
全員にゼッケンが渡されると、遂に俺の出番だ。
「私がこの騎士団の団長のアレイン・グリードだ。今日は前途有望な若者を数多く迎えることが出来てとても嬉しい」
全員がしっかりと俺に注目している。
「さて、早速だが君たちに質問だ。君たちは読み書きは満足に出来るのかな? ああ、この時点で出来なくてもそれは入団試験の考課に影響はしないことを約束する……」
貴族の子弟でも長子を除けばこの程度の年令だと読み書きは出来なくても不思議ではない。
と言うか、それが当たり前だ。
貴族も跡取りとなる長子にはある程度の読み書きそろばんを教育しても、次子以降には碌にそういった教育を行わず、騎士団任せにすることが多いからだ。
「なるほど……」
予想通り、ビルサインだけが読み書きが出来るだけで後は全員がからきしだった。
「……あと、魔法が使える者はいるかな?」
彼らの入団希望の連絡は昨年中から受け付けており、その際には魔法の特殊技能を得ている、と連絡があった者は一人もいなかった。だが、今日までの間に覚えた可能性は否定できない。
そして通常、入団試験時に魔法が使える者は、魔法の技能検定も含めた入団テストとなるのでこの確認は必須である。
……やはりいないようだ。
これは予想していた通りなので別に気にしない。
魔法の教育は、成人してから行われる事が普通だからだ。
魔力切れなどの問題もあって、逆に成人前から魔法が使える、というのはちょっと特殊な感じだ。
具体的には親の教育方針が風変わりだと見做される事が多く、風変わりな教育方針で育てられた子供なので変わり者だと思われても仕方がない。
現代日本風に表現するならば、小学校に上がる程度の年齢の子供に子供の作り方とか効率のよい魔力の使用法を教えているようなものだ、と言った方がいいかもしれない。
こう考えるとそれが如何に非常識であり、気持ちの悪い事なのか理解しやすいだろ?
俺の両親にしてもそんなことは百も承知だっただろうが、それでも俺が騙った曽祖父(父親であるへガードから見て祖父)の言葉には抗い難かったというだけの話だ。
封建的な家父長制の弊害とも言えるが、それを利用した俺が言ってもな……。
「よし。ではこれから七四五一年度、春の入団試験を行う。受験生は全員係員の後に続け」
騎士団員に誘導された受験生たちは、それぞれの荷物を持ってぞろぞろと建屋に向かっていった。
例年通りなら訓練従士への合格率は三~四割程度。
落ちた者も最低限の体力基準を満たしているなら志願制の一般従士として合格だ。
どちらにしても、今までに合格後に入団を辞退した者は居ないという。
つい先年まで、我がリーグル伯爵騎士団の入団試験は年始早々と六月の、年に二回を基本として他は僅かな特例で中途入団者が居た程度だった。
具体的には旧煉獄の炎の連中とか騎士の叙任を受けていたクローとマリーを始めとする俺の関係者くらいだ。
これにしても領主の交代という特別な事態があったからこそで、普段はあんまりない。
訓練メニューを揃えにくくなるからなんだけど、俺も今後はそうそうな事では誰かを中途入団をさせる事はあんまり考えていない。
・・・・・・・・・
午後は体力や戦技のテストだ。
もともと騎士の叙任を受けていただけあって、ビルサインが突出している。
午前中の座学試験でも彼だけが好成績を修めているのも当然だろう。
あ、ほぼ全ての受験生たちは読み書きが出来ないから座学の試験と言っても、面接のように試験官が言う問題に対して答えを口述するだけだ。
例えば、太郎さんはりんごを三個買いました。でもお腹が空いたので一個食べました。その後りんごを五個買いました。太郎さんが買ったりんごは何個でしょう、みたいな問題や、詳細に描いたある植物の花の絵を見せてその名を答えろとか、あなたが一兵卒として所属する部隊が昼間の休憩中に敵の奇襲を受けました。部隊の隊形や指揮機能が混乱している状況です。あなたはまず何を行うことが妥当でしょうとか、敵に効果的な攻撃を行うために必要なものを重要だと思う順に挙げてください、というようなものばかりだ。
この程度でもちゃんとした教育を受けていないので、成人していても完全に答えられる奴はあんまりいない。
騎士団側も座学の試験についてはあまり重要視しておらず(尤も高得点に越したことはない)、どちらかと言うと決められた時間内、試験に対して集中していられるかどうか、という観点で見ている。
何しろこの程度、特に最初の二つなんかは入団後に行われる座学の講義さえ受ければ誰でもすぐに満点を取れるようになるものだしね(後の二つのような質問に対してある程度納得行く答えが出せたら騎士への訓練従士コースに乗る)。
ビルサインは剣も槍も充分な技倆を示してくれたので、毎月行われている座学の試験さえ突破出来れば正騎士としての叙任を受けられるだろう。
でも、俺が知る彼の頭だと数か月で突破できるとは思えないが、そこは彼の頑張り次第なのでなんとも言えない。
このあたり、一度でも正騎士としての叙任を受けていた彼と、そのような経験がないラルファたちとはそもそもの扱いが異なるのは仕方がない。
「どうでしょうか? 私は三番と五番、六番、あと九番は訓練従士として合格でもいいかと……」
試験の様子を見ながらバリュートが言った。
因みにビルサインは六番だ。
「ん。二番もいいんじゃないか?」
二番の女の子はたった今、俺の前を死にそうな顔をして走り抜けていったばかりだ。
単にトラック状の決められたコースを走れ、と言われただけで時間や周回数については知らせていない。
決めてない、とも言うけど。
たまにへばりそうな奴の尻を騎士団員が蹴っ飛ばして気合いを入れ直してやる程度だ。
なお、ここでもビルサインは最年長のくせにぶっちぎりで速く、且つなかなかペースを落としていない。
もう既に何人も周回遅れを作っている始末だ。
こいつがこの様子ならトリスやガルへ村の連中もきっちりトレーニングを続けているんだろう。
「ん~、二番ですか……。他のと比べれば多少マシですが……」
「ダメか?」
槍のテストではなかなか良い感じでブレない突きを放っていたと思うんだけどな。
ブレない突きってのは腕力も関係するが、体の動かし方やセンスも大切な要素になる。
「いえ、ダメという程では……ですが、結構速度が落ちています。落ちるのが早すぎです」
「……」
正直に言わせて貰えれば、この時点での体力が低くても、教育でなんとでもしてやれる。
どんなに運動不足のデブだろうが、ガリガリのもやし野郎だろうが、五体満足でさえあれば自衛隊はたった三か月でどんな奴でも腕立て腹筋は二分以内でそれぞれ四〇回と四五回、三〇〇〇m走で一四分半以下(二四歳以下男子の場合)で走れるように仕立てているのだ。
これはあくまで最低線なので実際の平均はもっとずっと高い。
「まぁいい。そなたが思うようにしろ」
今回は訓練従士になれなくても、彼女にその気があってしかるべき努力を怠らなければ後々志願従士から鞍替えすることも可能なのだから別にいいさ。
今回のテストにおいて誰を訓練従士として合格させ、誰を志願従士にするのか決定するのはバリュートの仕事なのだから。
・・・・・・・・・
7451年3月20日
「そうですか……」
天領のある草原でミマイルが搭乗する馬車隊は行き足を止めた。
「は。申し訳ありませんが、車軸に亀裂が入ってしまいましたもので……」
馬車隊の護衛隊長を務める騎士が申し訳無さそうに言う。
嫁入り道具を運んでいた馬車の一輌に故障が起きたのだ。
馬車の車軸が折れたりすることはままある事で、普通はそういった事態を考慮して移動日程はある程度の修理時間も織り込んで立案される。
軸受部分の破損ではない、単なる車軸の交換ならば二~三時間も見込めば充分であるし、今回の行程において車軸の破損は隊に所属する他の馬車も含めればこれで二回目になる。
ミマイルは馬車の中でスカートだけ穿き替えると馬車から降り、数人の護衛を伴って周辺の散歩に出掛けた。
「……あまり見ないでください」
護衛の従士や騎士がミマイルの後ろ姿を目で追うのを見て彼女の弟が口を尖らす。
彼は王国第三騎士団に所属して三年目になる従士で、もう数ヶ月程を大過なくやり過ごすことが出来れば正騎士の叙任を受けられそうな立場になっていた。
「ああ、すまんすまん。どうしてもつい、な。解ってくれとは言わんが、許せ」
注意を受けた騎士達は揃ってバツが悪そうな顔になる。
ミマイルは、母親から受け継いだ造作の良い顔に加えて美しいプロポーションをも兼ね備えた見目麗しい容姿をしている。
更に国王陛下の血という高貴な血筋を受け継いでいることに加え、嫁入りの為に常に美しいドレスに身を包んでいることから護衛の冒険者達は隙きあらば一目見ようとするのだ。
護衛の騎士や兵士は、そういった視線からミマイルの姿を隠す事も任務の一つである。
しかしながら、現実は護衛すら見惚れてしまう始末であった。
「しっかし、ロンベルティアを出てからこっち、毎日別のドレスとはたまげるねぇ……一体何着のドレスを持っているんだい?」
女性兵士が羨ましそうな顔で弟に尋ねるが「陛下からも相当な量が贈られてきたってのは聞きましたが……知りませんよ、そんなの」と肩を竦めて答えるのみだ。
一方、ミマイルの方はと言えば、束の間の揺れない地面を楽しんでいた。
第二騎士団時代に彼女と一緒にバルドゥックの迷宮に入ってくれたフォーケイン家の従士達――現在は彼女の護衛騎士となっている――を伴って修理が行われている馬車から少し離れた草原を歩いている。
「姉二人の方もすげぇ美人だったが、ありゃああれで大したもんだ」
そんな彼女を遠目に見た冒険者の一人が言った。
「よせよ、また兵隊さんに怒られるぞ」
そう言って窘める者もいるが……。
「しっかし、お貴族様の嫁入りの護衛ってんで良い金になるのは確かだったけど……」
「ああ。こうなるとはな……」
「引き受けちまったもんはしょうがねぇし。それも王家関係だっつーんだから断る事も出来ねぇ、とくらぁ」
「だけどよう、グリード君が侯爵とはなぁ」
「んで俺達ぁ、その女房の護衛か……」
「ちっ、あいつらが生言わなきゃしばくこともなかったのに……」
「でもまぁ、これも縁だし、仕官させてくれっかも」
「だな。俺たちももうそろそろ腰を落ち着けても……」
「ああ、黒黄玉や煉獄の炎だって仕官出来てんだろ? なら……」
彼らは国内ではかなり名が通っている迷宮冒険者だ。
その名を緑色団という。
本来、嫁入り道具の護衛を請け負っていたのは彼らとは別の、一般的な冒険者達だったのだが、その冒険者達がバルドゥックの街で問題を起こしたのが発端だ。
国王の庶子の嫁入りの護衛を引き請けた、しかもその庶子の法的な保護者である准男爵家の当主から直々に、ということで冒険者達は気が大きくなり、丁度出先だったバルドゥックの酒場で大層酔っぱらってハメを外してしまった。
その勢いで、少しでも嫌な顔を見せる者達にしょうもない絡み酒をしてしまったのだ。
そんな冒険者達が騒ぎ始めた酒場に緑色団が居合わせたのは単なる偶然だが、どちらにとってより不幸な偶然だったかは神のみぞ知るところである。
なんにしても、冒険者達は泣く子も黙る緑色団に喧嘩を売った。
面倒事を避けようとする緑色団は聞き分けのない子供をあやすようにいなし続けていたのだが、絡みがあまりに酷く、遂には彼らのプライドを傷つけるセリフを吐いたことで殺される寸前まで叩きのめされた。
迷宮都市バルドゥックは総人口の三%以上が荒くれ者の迷宮冒険者で占められていると言われるほどに特殊な街だ。
冒険者同士の喧嘩や諍いなど日常茶飯事であり、騎士団もそうと分かるとすぐに捜査の手を引く。
従って、被害者は怪我の補償すら受けられないことが多い。
メンバー全員が半殺しの憂き目にあった冒険者達は雇い主であるフォーケイン准男爵に泣きついたものの、准男爵もバルドゥックの騎士団から事の顛末を聞いて「酔って他人に絡み、請けた仕事を自慢する」彼らへの発注を取り消して路傍に放り出した。
だが、腕利きの護衛は必要なので、国王に紹介を頼み、国王から紹介を受けた緑色団に改めて護衛の依頼を行ったのである。
緑色団の方は、当初こそ国王から紹介されるほど名誉な依頼だとリーダーを始め喜んだ者も多かった。
だが、内容を聞いて揃って微妙な気持ちになった。
酒場で叩きのめした冒険者達が請けていた依頼だったからだ。
准男爵と王家の連絡員は、緑色団に対して「暴行事件を見逃してやる替わりに、被害者が請け負っていた仕事を請けろ」と要求を突きつけるだけで、交渉の余地すら見せなかったのだ。
護衛対象は過去に顔を合わせた事もある国王陛下の庶子と彼女の嫁入り道具。
内容についてはかなり名誉な仕事でもあるから不満はない。
遥か高みにまで出世した旧知の者への嫁入りだが、将来への顔つなぎにもなる可能性もあるし、それもいい。
問題は提示された報酬である。
一般的な護衛依頼と比べると破格だったが、真の一流冒険者である彼らを満足させる額ではなかったのである。
拘束時間が長すぎる、というのが本音でもあるが。
暴行傷害を見逃して貰う事(バルドゥックの慣例だと見逃されるのは当たり前)と名誉、侯爵との顔つなぎとを天秤に掛け、微妙でも納得せざるを得なかったのだ。
どちらかと言うと「仕方がない」という諦観の方が近いだろう。
思わぬ休憩時間に兵士や冒険者達は充分な休息を摂ることが出来た。
・・・・・・・・・
7451年3月29日
「あと一時間ほどか……」
ロボトニー伯爵は偵察に出ていた冒険者からの報告を受けると天を仰いだ。
麗らかな昼下がり、天気も良く小鳥の囀りが響いている。
「よし、全員、聞け」
彼の周囲に立つ冒険者達は表情を改めた。
「今から一時間後、あそこを通る車列が目標だ。ダート平原に向かう嫁入りだが、乗っているのはロンベルト王家の血を引く姫だ。後々の交渉の切り札にもなるから姫だけは殺すな」
それを聞いて、ひゅう~っと口笛を吹く者もいれば下卑た笑みを浮かべる者、「そんな話は聞いていないぞ。誘拐など正義に悖る」と正論を述べる者まで様々だ。
伯爵の騎士の一人が正論を述べる冒険者を説得すべく話し合いを始めた。
が、伯爵は襲撃に難を示している者達の代表者らしい立場となった若者の顔面にストーンアーバレストの魔術を放つ。
魔術光を目立たせないよう手袋越しの発射に加えて至近距離から放たれた事、更には僅か数秒という非常に短い集中時間に若者は躱すことすら叶わない。
そして碌に反応すらできないまま、彼の命は絶たれた。
その行為に、周囲は一瞬にして静寂に支配される。
伯爵はこういう事態も見越して、実力が低い割に正義感の強そうなメンバーのいる冒険者を敢えて参加させていたのだ。
冒険者達は伯爵が見せた優れた魔術の技に、一様に度肝を抜かれている。
金杯の称号を持つ、筆頭宮廷魔術師。
今の光景で冒険者達の誰もが、伯爵は今まで敢えて実力を低く見せていた事に思い至る。
本当にここにいる誰よりも優れた魔術の使い手なのだ。
伯爵は反論した若者に冷たい視線を向けた後、彼に賛同する様子を見せていた冒険者達を睨みつけた。
「私の言葉は陛下のお言葉も同様である。そなたらも王国の命に従えぬか? 従えぬと言うのなら……」
賛同者たちは一斉に青くなって首を振った。
「嫁入りの車列だ。金目の物があればいくら奪ってもかまわん。そなたら、分け前が増えて良かったな」
物言わぬ骸と化した若者の言葉にある程度賛同するかの様子を見せていた他の者達は一様に気後れした顔つきをして黙り、それ以外の者達は騒がず静かに喜んだ。
「いいか、目標を残して全員殺せ! 姫以外は一人も生かしておくな! それは偶然に同行しているだけの無関係の者が居てもだ!」
伯爵の言葉に大きな頷きを返す者、顔面をぐちゃぐちゃにされて事切れた若者と周囲を交互に見回す者、素早く宗旨変えを果たし、襲撃に対してあからさまに気勢を上げる者もいる。
「目撃者は少ない方が荷運びの時間も出来るぞ」
「「うっす」」
「「わっかりやした」」
「「りょ~かい」」
「「お仕事お仕事、ってな」」
「「やっと本番かよ」」
思い思いの返事で応える冒険者達だが、その言葉とは裏腹に表情は引き締まって目つきも剣呑なものになっていく。
武器や防具を確認する動きは手慣れていて一切の無駄はない。
「手はず通りにやるぞ。配置につけ!」
目的の車列が予定のポイントまで進んだ時点で罠を起動させ、伯爵自らが先頭の車輌を引く馬に攻撃魔術を叩き込む。
それを合図に魔術師が車列の先頭と後部に土魔法でありったけの元素を出して道を塞ぎ、襲撃するのだ。
彼らが東の襲撃地と呼ぶこの場所だが、街道の東側が一五m程も深さのある渓谷が数百mも続いており、襲撃を仕掛ける西側は数mの高さの土手状になっている。
渓谷側に落ちたら大怪我は必至、それだけで死亡してもおかしくはないという地形だ。
勿論、普段から往来のある街道なので、道から外れたら即渓谷とか土手などという事はなく、どちらにもそれなりの余裕はある。
が、騎兵や兵士を広げて戦闘できるような場所ではない。
また、先触れの騎兵も今朝早くにこの場所を通り過ぎている事も確認済みだ。
おそらくは南に六~七㎞程離れた人口千人程の村が今夜の宿泊地なのだろう。
直接戦闘には参加しないとの言葉通り、闇精人族は三日も前から全く姿を見せていない。
伯爵としては、ダークエルフ達はどうせどこかで見守っている筈、ならば万一の時の保険という意識もあったのだが、完全にあてが外された形だ。
――だが冒険者共に襲撃手順や罠を教え、仕込んでくれたのは大きな助けになったな……失敗は許されんが成功の暁には……。
自らの持ち場に向かいながら、伯爵は無意識に腰の物入れに手を当てた。
先程使った魔術によって消費された魔力程度なら、襲撃時には回復しているだろう。
――ふ、私も命がけだと言うのに結構落ち着いているではないか。いい傾向だ。




