第二百六十五話 視察 6
7451年1月19日
「それでは閣下。この度は急に押しかけることになってご迷惑をお掛けしました」
べグリッツ駅に停車するウィード行きの列車の前でリチャード殿下が丁寧に礼を述べた。
「いえいえ、このような田舎街なので大したお構いもできず、誠に申し訳ありませんでした」
これは社交辞令ではなく、ある意味本音でもある。
予め言っておいてくれたらもう少しマシな接待が出来た。
実際の視察についても、王都から西ダートへの道中ずっと一緒だったので小細工一つ出来なかったのはアレだが、まぁ、今更隠す事でもないからそっちは別にいい。
それより問題は……。
「それでは、このテツドーが一刻も早く王都まで開通することを祈っております」
「はい……」
「また、出資をお受け頂けないのは返す返すも残念です。お心変わりなされたらいつでもお声をお掛けください」
「あぁ、はい……」
殿下は馬車鉄道の未来に対してバラ色の夢でも見てしまったらしく、昨日視察を終えてべグリッツに戻ってからこっち、王家からも出資したいとうるさかったのだ。
俺も王国貴族の一員である以上、殿下の願いを叶えてやりたくはある。
とは言え、去年の暮れに直接報告したとおり、もう既に完成までにかかる費用の計算も終わらせ、予算化も済ませている。
今からこれを変えるのは面倒くさ……難しい。
当然、ロンベルティアまでの敷設路選定も済ませている。
工事監督や人夫の教育についても開始して久しく、今では熟練した工事チームの数も順調に増えつつあるのだ。
また、金が足りなくて首が回らない訳でもない。
最初に鉄道路線を引きたいと奏上した時に「許可するには王家の出資が条件だ」と言われていたら、俺としてもある程度の譲歩はせざるを得なかっただろうけれど……今更出資させろと言われてもねぇ。
そもそも、ロンベルト王国からの要求については、大抵のことなら受け入れるつもりだった(勿論、無条件ではないが)が、これだけはだめだ。
べグリッツからロンベルティアに至るまでの鉄道路線――最高に美味しい所だけは完全に俺の支配下に置いておかなくてはならない。
だいたい、出資を受けでもしたら俺が望まない路線を引けと言われるかも知れないのだ。
そんなのは真っ平御免である。
ん? ロンベルティアより北?
今の所、そんな方まで手を伸ばすつもりはないし、そっちは知らんよ。
好きにしたらいいさ。
必要なら適正価格で車両を売却したり、レンタルしたりするのも吝かではない。
レールの製造についても、その時に製造余力があって、きちんと対価を支払ってくれるなら請け負ってもいい。
こういった事を遠回しに言って出資を拒否したのだが、意外なことに殿下は結構粘ってくれやがったのだ。
今までも殿下とはそう多くの会話を交わした訳ではないが、ここまで粘るとは意外だった。
もっとあっさりとした人柄かと思っていたよ。
この鉄道運営への出資について、断るのには相当骨を折った。
上述の件などを丁寧に説明し、将来的に俺が独立した時にもう一度改めて考慮しましょうと言ったことで、なんとか今のところは諦めてくれた。
「ではまた、今年の年末に……王都でお会いしましょう」
俺は名残惜しそうには見えない表情を意識して言った。
「ああ、年末に……しかしこの車両は……凄いな」
殿下はまるで鉄道への出資についてはもうどこかへ飛んでいったかのように、豪華版の客車にすっかり目を奪われている。
俺の自慢の車両だ。
今はこいつの乗り心地やサービスを愉しんで欲しい。
出資は受けないが、ご利用は大歓迎さ。
因みに、今年の四月に予定されている俺の結婚式だが、ミマイルは正式に認められているとはいえ、庶子のため、成人した王位継承権を持つ王族の出席はない。
従って、王族の出席は、来月ころに俺に人質として差し出される事になっている、王位継承権順位八位の御年五歳になるダンカン・ロンベルト四世ただ一人だけだ。
・・・・・・・・・
殿下たちがべグリッツを発ったあと、護衛を兼ねて監視させていた三人を伴って場所を移した。
騎士団本部の俺の執務室だ。
バリュート士爵、カムリ准爵、バルソン准爵の三人は俺の前で直立不動になっている。
「楽にしてくれ」
声をかけると姿勢を少し崩した。
「で、どんな感じだった?」
予め俺に言われていたので彼らはきちんと殿下たちの様子を確認していたようだ。
「兵の高速輸送に使えると考えておいでのようでした」
「中でも少数の馬で大量の兵を動かせる、という部分にご興味をお持ちのようで、ズバリどの程度の人数を運べるのかと聞かれました。ご覧の通りですとの答え以外は返していませんが」
「護衛の騎士の方など、貨車や客車の大きさを歩幅で測っては難しそうな顔をして唸っていましたね」
まぁ、あの様子だとそうだろうな。
「そうか」
苦笑いを浮かべながら返事をした。
「非常に高く評価して頂いているようですね」
バリュート士爵も俺と同じような苦笑いをしながら言う。
「そう言えば、王家からも援助をしたいと仰せでしたね。私には返答の権限がありません、と答えましたが……」
バルソン准爵は「当然出資を受けるんでしょう?」というような顔で言った。
まぁ、含むところなく一般的に考えたらそうだよな。
資金的には楽になるし、何より王家も出資しているというのはこれ以上ないお墨付きになる。
現時点でも勅許は公布され、併せて特許(勅許)状は貰っているからほぼ最高のお墨付きは得ているが、それ以上の物になるのは間違いないし。
「……」
「お受けする訳がない。そうですよね、閣下?」
バルソン准爵がまだ喋っている途中だと思って俺は即答しなかった。
だが、彼女が言葉を続けずに暫く沈黙が流れたからか、カムリ准爵が言った。
「まぁ、な。今のところ……少なくともロンベルティアまでの路線が開通するまで……いや、今後ずっと殿下のご提案をお受けする気はないな」
俺もカムリ准爵に対して答える。
「え……?」
バルソン准爵は俺とカムリ准爵との会話が余りにも意外だったようで目を見開いた。
「はぁーっ。バルソン。よく考えろ。閣下は将来的に王国からの独立を志向なされておられるのだぞ?」
「はい……。ですが、それでも……」
バリュート士爵の言葉にバルソン准爵が何か反論しかかる。
「王家からの出資を受けてしまったら、独立後の線路の権利はどうなる? そうでなくとも、臨時列車を走らせろとか、ちょっとこれも載せて行ってくれとか好き放題に言ってくるに決まってる。ああ、当初からそんな要望など受けないと約束していてもだ。叶う叶わないは別にして、要求だけは突きつけて来るだろうよ。そして、出資者である以上、全てを無下にする訳にもいかんだろう。何より、利益についても分け前を寄越せと言われると思うぞ」
その通りだね。
バリュートには先日、行政府で働く役人たちと一緒に資本主義経済の基礎について教えてやったばかりだけに、あまり間違ってはいない内容だ。
「た、確かに……副団長が仰られる通りですね。自分の不明を恥じます……」
バルソン准爵は唇を噛んだ。
「まぁ、理由は他にもあるが、概ねは今バリュートが言った通りだ。出資を受けていなければ、勅許もあることだし、鉄道については完全に私のものだ。使うには必ず私の許可を得るか、乗客や荷主として、正規の料金をお支払い頂かねばならない」
遠い将来には団体割引などの特別料金を作ってもいいかも知れないが、余程の黒字にでもならない限りは俺が生きているうちの実現はないだろうな。
・・・・・・・・・
7451年1月20日
朝。
ロンベルト王国の天領南部にある人里離れた窪地には百人以上の者達が集結していた。
その格好は様々であり、統一感は感じられない。
ただ一つ、欲にギラついた目だけは全員が同じである。
昨日、日が落ちた直後に到着したロボトニー伯爵は一晩ゆっくりと休息を取り、今朝は湯で体も拭いたのでさっぱりとしている。
「さて諸君、待たせたな」
伯爵の前に集まった者達に対し、伯爵はよく通る声で話し始めた。
伯爵の言葉に失笑を漏らす者も多い。
ここに集結した者達のうちでも最初に到着した者ですら一か月も待つ事はなかったのだから。
当初の予定ではあと一か月は待ってもおかしくはなかったのだ。
「ここまで誰一人としてロンベルトの官憲に捕縛されることなく、また脱落せずに到着できたことは喜ばしい限りだ」
続く伯爵の言葉にもニヤついた笑いを返すのみ。
まるで、そんな事は当然だと言わんばかりである。
「流石はベンケリシュで名を上げた冒険者達だ。素直に感心する!」
国境や領境にある関所を守護する警備隊の目を避けて移動するなど、迷宮をうろつく魔物の目を避けて移動することと比べたら余程簡単で歯ごたえがないとでも言うかのように、冒険者達はふてぶてしい態度で応える。
「今日のところは私が運んできた酒で英気を養い、明日からの訓練に打ち込んでくれ!」
初めて歓声を上げる冒険者達を前に、伯爵の脳内では襲撃の訓練計画が再構築されていた。
そしてこの日の晩。
一人の闇精人族が宿営地に到着した。
彼はロンベルティアで公示された幾つかの重要な情報を携えていた。
「何? リーグル伯爵が侯爵に?」
「然り。昨年の春に青竜を退治した功績と……デーバス王国に連なっていた村を三つ、陥落させた事によるものであるとか……」
ダークエルフは伯爵がデーバス王国の要人であることを知っていたためか、少し言い難そうだ。
「それに伴って、ダート平原に並ぶ領地……中西部、中部、東部ダート……の三領土についてもこの四月からグリード侯爵が正式に領有することになり申した」
ロボトニー伯爵は脳内にダート平原の概略図を広げた。
ダークエルフの言う、中部だの中西部だのというロンベルト風の言い方ではなく、デーバス王国的な土地の呼び方に直すためもある。
「……すると、リーグル伯しゃ、いや、グリード侯爵であったな……は北ダート全域を手中にすると?」
「そうなり申す」
「ふぅむ……」
伯爵は腕を組んで唸った。
――褒美に得る領土は北ダート(中部ダートの事)だけで飛び地になるとの事だったが……。
この様子だとリーグル伯爵改めグリード侯爵は今非常に勢いに乗っていると言わざるを得ない。
これについては、そもそも侯爵はドラゴン・スレイヤーという比類ない功績を打ち立てただけでなく、デーバス領の切り取りまで成功させているから、まぁ、納得は行く。
だが、放っておけばその勢力はますます大きくなるだろう……。
……主にデーバス王国のダート地方を切り取る形で。
それは、取りも直さず侯爵の存在がデーバス王国にとって脅威であることに他ならない。
「して、国王の娘との婚姻についてはどうなった? 予定は発表されたか?」
「然り。婚姻の予定は四月一五日。ミマイール・フォッケインという准男爵家の娘が侯爵の第二夫人として嫁ぐと……」
「四月一五日か……」
オウムのように日付を返しながら、伯爵は瞠目せざるを得ない。
なぜなら、ここまでロンベルト王国に潜入する途中で接触した軍管轄の諜報員(しかもこの諜報員は普段ロンベルトの情報に触れる機会が多いであろうロンベルティアにある王国領事館に詰めているのだ)は婚礼の情報について、その存在すらも知らなかった様子だったからだ。
そもそも、今年の正月に公示されたという婚礼の情報はダート平原のロンベルトの村に潜入させていた、ベルグリッド王家に連なる諜報員から齎されたものである。
――諜報員の質の違い、と言ってしまえばそのとおりなのだろうがな……流石は“赤”か。
軍の諜報員がロンベルティアを発ったのは昨年の年末頃だと言っていた。
婚姻の情報について公式発表されたのは今年の正月でありながら、“赤”はその情報を半年以上――事によったら一年近くも前から掴んでいた事になる。
ロボトニー伯爵自身、若い頃には王国随一と謳われる白鳳騎士団に所属していた事もあり、軍の諜報員ならここまで期日が迫っている婚礼であれば、その情報はとっくに掴んでいるものと思っていたのだ。
が、その期待は無情にも裏切られてしまっていた。
――しかも、“赤”の諜報員は輿入れの時期までほぼ正確な情報を掴んでいたということか。
期せずして苦い笑いを口の端に乗せ、伯爵は小さく短い溜め息を吐く。
――事実との違いは賜る領土の数が増えた事と侯爵への陞爵くらいか……。
賜る領土が飛び地ではなくなったため、“赤”から齎された情報である「侯爵の不満」も一部は解消されていることだろうが、本質はそこではなく、兵力の増員がなされない事である以上、ロボトニー伯爵には大した問題だとは思えなかった。
現に、侯爵の不満を逸らす目的である筈の姫の降嫁については予定通り執り行われるのだ。
「……そして、ロンベルティアを発つのは一月前の三月一五日であると」
ダークエルフは考えに浸っていた伯爵の間を計り、ゆっくりと続けた。
「なるほど。では、このあたりに差し掛かるのはいつ頃になる?」
「普通の馬車での移動なら西ダートまで四週間でござる。それを考えると二週間と二日後の三月二九日前後に東側の襲撃地点を通るものと思われまするが……」
「むぅ……」
再び唸り声を上げる伯爵。
デーバス王国の常識で考えるなら、高貴な人物の婚姻であれば予定日の一週間前に目的地に到着していてもおかしな事はない。
まして、花嫁は国王の娘でもある。
それを娶る花婿の地元では一週間前から宴会が始まっていても何の不思議もない。
だが、ロボトニーという伯爵は若い頃から己の上位に立つ者達を蹴り落として今の立場に上り詰めた男である。
何か行動を起こす際には相手の立場に立って考えることが出来るのだ。
――庶子とは言え王家の血筋に連なる娘の輿入れだ。その点ではデーバスもロンベルトもそう変わりはないだろうが、こちらの風習も調べておいたほうが良かろうな。
調べたところで襲撃予定日の確度が多少上がる程度ではあろうが、万が一の見逃しになるよりはずっといい。
「一行が通る道は……?」
「大凡調べがついており申す。当初の想像どおり、東の襲撃地と北西の襲撃地のどちらかで確定でござる」
「なぜ確定だと言い切れる?」
伯爵は鋭い目でダークエルフを見やるが、ダークエルフは柳に風と受け流す。
「さて、そこまでは申せませぬ」
ダークエルフは薄気味の悪い笑みを浮かべるばかりだ。
ライル王国のロンベルト王国の拠点は治癒院の仮面を被っているのは有名だが、そこで働く者はダークエルフに限らない。
普段出入りする人種は多岐に亘っているのだ。
そして、ライル王国の現外商長は現役戦士であった若い頃もロンベルティアに長期間滞在した経験があり、今の役職に就いてからもかなりの長期間になる。
加えて、現役当時から組織力には長けていた。
そう難しくはないとは言え、当の侯爵の依頼を受けて神社で行われていた「ある活動」に対する詳細な調査報告書を短期間で作成した実績もある。
一人二人の調査員で出来る仕事ではない。
トゥケリンがその気になって本気の調査を命じれば、国王が食べたここ一週間のメニューすら正確な物が調べられるのだ。
「……更に東の襲撃地の可能性はないのだな?」
「ございませぬ」
ダークエルフが自信有りげに断言したことで、伯爵は可能性を一つ、記憶から消去した。




